「卵くらいあれば…」
私は世名の家の
冷蔵庫に手を伸ばす。
「こら」
気がつくと
まるで覆い被さるように
長身の世名が
私を見下ろしていた。
「何してんの」
耳元に囁かれる言葉。
心臓がいくつあっても
たりないよ。
【Looking for Myself 分岐にゃん編~第五話 女の影】
「ん……、んん」
ブラインドから漏れる陽射しが
深い眠りから私を引きずり出した。
導かれる様に目を開くと
目の前には世名の寝顔があって
ふくらんだ胸には
世名の手のひらが
ちゃっかり置かれていた。
思わず息を飲んで
世名に静かに語りかける。
「あ……あのぅ、世名」
「……ん、」
血色のない顔が
朝日に歪む。
「ねえ、世名」
「……なんだよ……」
目は開かずに
声だけで返事た世名は
気だるそうに欠伸した。
「む、ねに、手が…」
「朝から……大胆だな」
「ち、ちがっ、自分から乗せたりしない」
相変わらず
顔から火が出るようなこと
しれっと言った世名は
声も出さずに卑屈に笑んだ。
私は未だだるそうに
身を横たえる世名を残し
ベッドから這い出た。
喉が渇いたし
お腹も空いた
「ねえ、世名。冷蔵庫……」
開けてもいい?
そう聞こうと思ったが
完全に沈黙している。
また眠っちゃったのかな…?
私はしばらく考えたが
冷蔵庫を勝手に
開けることにした。
「えー……」
中を開くと
そこには
大量のアルコールだけで
食材らしきものは
何も見当たらない。
「ビールだらけ……」
殺風景な部屋
たくさんの自傷道具
冷蔵庫の中は
趣向品だけ。
世名はこの世界で
死んだように生きている。
なんだかやりきれない。
胸がツンと痛くなった。
「卵とか…一個くらい」
せめてそのくらいあれば
スクランブルエッグくらい
作ってあげられるのに。
缶ビールの林をかき分けながら
目当てのものを探す。
それにしても
作って“あげられる”なんて
なんて烏滸がましいんだろう。
私は……世名の彼女でも
なんでもないのに。
そう想えば
羞恥が湧いて
ほんの少し
寂しかった。
「こら」
気がつくと長身の世名が
冷蔵庫に手をついて
寝起きの細い目で
私を見下ろしていた。
「あ…」
「何してんの」
背を折るようにして
耳元で囁かれる声。
身体に響く、重低音。
一気に血が上って
今にも倒れそうだった。
「た……卵、探してた」
「ねえよ……ったく、窃盗罪だぞ」
「そんなつもりじゃ」
考えてみれば
他所の家の冷蔵庫を
物色するなんて非常識だ。
「ごめん、なさい」
しゅんとして
私が世名を見上げると
彼は唸って頭を
大きくかいてこう答えた。
「しゃあねえな、めんどくせぇけど買い出しに行くか」
「え…?」
「準備しろ、行くんだろ」
「う、うん」
世名と買い出し。
どうしてだろう。
こんなに胸が踊るのは。
世名の櫛で
髪を梳かす。
歯ブラシは
世名から
新しいものを
出してもらった。
世名の家のトイレで
用を済ませて
世名のぶかぶかの
洋服を着るのだろうと
思っていた……。
髪を梳かし顔を洗い
歯を磨いて世名の元へ行くと
「ほら」
そう言って出されたのは
着古しの女性物の黒パーカーと
Tシャツ。
それから
ボトルグリーンの
スカーチョ。
「……これって」
ズキンと胸が痛んだ。
「随分前の代物だが、いけんだろ」
わかってる。
世名は詮索が嫌いだ。
私が知りたい事はきっと
何も答えてくれない。
世名から受け取った
女性物の洋服を見つめて
私は完全に
フリーズしてしまった。
早く
何か言わなきゃ。
そう思うけれど
口が、動いてくれない。
すると世名は
「行くのか行かねえのかはっきりしろ」
私の頭をつかむように撫でて
そう、声を張った。
「……行く」
仕方なく、
脱衣所で着替えると
ふわっと香水のにおい。
随分前のものって
言っていたけれど
本当のことかな。
女慣れはしているみたいだし
彼女くらいいるのかもしれない。
世名は宿無しの私を
拾ってくれただけだ。
必死に割り切ろうとするけれど
うまくいかず心は沈む一方で
とうとう、目には涙が滲んだ。
私は……
何がしたいんだろう。
住宅街を抜け
喧騒の忙しいアーケード街へと
足を踏み入れる。
相変わらず
足の速い世名に
必死に食らいついて
目的地のスーパーへと
吸い寄せられた。
お惣菜のいい匂い。
世名はその辺りを
眺めているけれど。
「……世名」
「あ?お前も選んでいいぞ」
「……手料理する」
「はあ?お前が?」
「……うん」
「めんどくせえし惣菜でいい」
「わ、私っ、惣菜アレルギーなの」
「はあ?」
自分でもびっくりだ。
こんなバレバレな嘘をつくなんて。
惣菜アレルギーなんて
聞いたことがない。
そもそも
どうして
何にこんなに
張り合っているのか。
着込んだ服の
ポケットの中で
ぎゅっと
手のひらが痛くなるほど
拳を握り締めた。
何故だか
目頭が熱くなる。
世名は眉の皺を直すとそんな私を
実に面白そうに眺め、告げた。
「へえ?じゃあ作ってみれば」
「え、いいの!?世名んちのキッチン借りてもいい!?」
「おー…」
興味なさげにそう答えると
調理器具を見てくると言って
別店舗へと店を出ていく。
その後ろ姿を見送って
私はそっと微笑む。
せっかくなら
美味しいって言わせたい。
「よし、頑張ろ…っ」
私は、気を取り直して
頭の中で想像する朝食の
食材を調達しはじめた。
ひとひら☘☽・2020-04-25 #幸介 #幸介による小さな物語 #LookingforMyself #LookingforMyself~分岐にゃん編 #自殺未遂 #自殺 #謎の男 #恋 #芽生え #朝食 #手料理 #窃盗罪 #女物 #洋服 #切ない #痛い #胸 #心 #あの日に戻りたい #大切な人に伝えたい事 #愛 #女の影 #失恋 #ポエム #独り言 #小説 #物語 #好きな人 #会いたい
