〔 私の残り、君にあげる 〕
_瑞樹視点
君がいれば。
泣きながら何度も思ったんだ
あの時。あの瞬間。あの場所で。
素直に「大好き」だと言えば
素直に君を抱き締め返していれば
何か変わっていただろうか
後悔が俺の心臓を切り刻んでいく
"君がいれば俺は
命なんかいらなかったのに"
__
大好きだから
君が大好きで仕方がないから
どうか、俺を嫌ってくれ
どうせ俺は長く生きられないから
『やっほー』
病室に入ってくるなり
『会いたかったよ瑞樹ー!』
なんて、恥ずかしい事を
サラッと言いつつ
兎のように
ぴょんぴょん飛び跳ねる彼女を見ると
昔を思い出さずには居られない
『瑞樹君!あのねあのね!』
砂場に小さな山を作っている俺に
優衣がぴょんぴょん飛び跳ねながら
話しかけてくる
『私ね、瑞樹君が好き!』
『だからね』
『瑞樹君が困ってたら』
『私が何とかするから!』
『瑞樹君、いっぱい笑ってね!』
『ね、瑞樹』
名前を呼ばれてハッとする
記憶から現実へと意識を引き戻すと
優衣がじっとこちらを見ていた
そんな些細なことで
ドキドキしてしまって
でも、喜んでいると悟られたくなくて
ん?と短く返事をする
『未来って、明るいと思う?』
「急になんだよ」
『いやー、朝の占い見てたら
私最下位でさー
今日は上手くいかないらしいんだよね
だから、未来が明るいか
ふと気になっちゃって』
えへへ、と彼女が笑う
なんだこの可愛さ大優勝の生き物は
うっかり口を滑らせて
「可愛い愛してる」などと
本音を漏らしてしまうと大変なので
慌てて憎まれ口で誤魔化す
なぁ、優衣
他愛ない会話を交わしながらも
俺は心の中で君に話しかける
必死に元気に見せてるけど
本当は体を起こしているだけで
どうしようもなく辛いんだ
死の匂いがすぐそこまで来てるんだ
怖いんだ
死ぬのも
君とお別れなのも
君が俺に囚われてしまうのも
だからどうか
俺の事なんか嫌いになって
忘れて楽しく生きてくれ
『それでね、瑞樹』
優衣の声でまた我に返る
「ん」
『私、瑞樹に笑って欲しい』
「はぁ??」
急になんで、と
俺は目だけで問いかける
『ね、お願いお願い!』
が、しかし
優衣には伝わらなかったらしい
怒涛のお願い攻撃をされる
「いやなんでだよ」
『今日が占い最下位だったから!』
「説明になってねーし」
『今日最悪の運勢なんだぁ
やだぁって思いながら生きるより
幼馴染兼恋人の笑顔を見て
一個はいい事あったなぁった
思って生きる方が楽しいじゃん!』
なんてことだ、と心で叫ぶ
占いなんて気にしているの可愛い
恋人って言ってくれるの可愛い
俺の笑顔見たいとか可愛い
優衣の可愛いの爆発に
今にもニヤけそうなのを
ぐっと堪える
「思考回路謎すぎかよ」
「とにかくお願い!一生のお願い!」
『あぁ、もう』
これ以上
お願い攻撃と
可愛い爆弾を投げられては
俺の心は持たない
『一回だけだかんな』
やむなく降参した
まあ、一度笑うくらいなら良いだろう
と自己防衛する
「分かってるって!」
ニコニコしながら優衣が言う
もう可愛すぎてため息しか出ない
『ほれ』
少しだけ、口角を上げる
『これで満足か』
「うん!すっごい満足!
苦しゅうない!
ありがと瑞樹!大好き!」
途端、優衣が
ギュッと強く抱き締めてきた
俺の心拍がぐっと上昇する
冷静になれ、耐えろ
好きだなんて言うな。と
脳内で警鐘が鳴り響く
『はいはい分かった
分かったから離れろ
くっつくな』
「えへへーっ」
ひとしきり抱き締めて気が済んだのか
優衣は俺からバッと離れた
「じゃ、私そろそろいくね」
『おう、気をつけて帰れよ』
「うんっ」
優衣が扉に手をかけ
次の瞬間、俺の方を向いた
「みーずーきっ」
『なんだよ』
「いっぱい生きてね」
どういう意味?
と俺が言うより先に
「さよなら!」
優衣は笑顔で俺の病室を出た
__
そうして彼女は、
優衣は消えた。
ある日突然消えた優衣
警察に届出ても
ニュースで報道されても
見つかるどころか
目撃情報すらない
「優衣、なんで……」
独り病室で呟く
『調子はどうだ』
「…ッ?!誰だ?!」
『調子はどうだ、と聞いているんだ
答えろ』
姿は見えないのに
声だけが聞こえる
低く、何の感情も感じない
けれども威圧感のある声が
「体調なら、
吃驚するくらい良いよ」
声の圧力に負けて答える
優衣が消えてからというもの
俺の容態は医者も目を丸くする程に
劇的に良くなっていた
『そうか
ならばこれで契約は完了だ』
「は?契約って、何言って…」
『ああ、そうだ
ひとつ忘れていた』
俺の声が届いていないのか
声は勝手に話を進めていく
『これを渡すのも契約の内だった
ほら、受け取れ』
言葉が耳に届くのと同時に
俺の手元に一つの封筒が現れる
「んなッ?!」
『今度こそ契約は完了した
さらばだ』
その言葉を最後に
声は聞こえなくなった
仕方なく手元に現れた封筒を見る
「手紙か…?」
俺はおっかなびっくりに
封筒の中身を見た
__
瑞樹へ
やっほー、瑞樹
突然のお手紙ごめんね
ビックリした?
瑞樹ビビリだから
きっとすっごいビックリしたよねー
ごめんね
実は私ね
瑞樹にどうしても伝えたい事があって
今こうして手紙を書いてるんだ
詳しい話は出来ないんだけど
私ね、もう瑞樹と会えないんだ
皆とも会えない
だから、って訳じゃないし
こんな事お願いするの
すっごく図々しいと自分でも思うけど
あのね瑞樹
私の命の分まで
生きてくれませんか
私の分まで笑って
私の分まで泣いて
美味しい物いっぱい食べて
綺麗なものを見て
心地いい音楽を聴いて
沢山人生を楽しんで欲しいです
今「は?」って顔したでしょ(笑)
お見通しだぞー(笑)
自分でも変な頼みなの
分かってるけど
どうしてもお願い!
一生のお願い!
瑞樹大好きです
いっぱい生きて下さい
優衣より
__
ぐちゃぐちゃだった
優衣の文章も
俺の涙で汚れた顔も
優衣で埋め尽くされた頭の中も
「…ゆ、い……ッ
なんで、」
涙がとめどなく溢れてくる
なんだよ会えないって
なんだよ生きろって
なんだよ、なんなんだよ
『私ね、瑞樹君が好き!』
『だからね』
『瑞樹君が困ってたら』
『私が何とかするから!』
『瑞樹君、いっぱい笑ってね!』
優衣、俺はお前が
お前がそばに居てくれれば
それで良かったのに
俺がどれだけ慟哭しようと
手紙の内容通り
優衣には二度と会えなかった
__
「へー、これ意外と美味いんだな」
ネットで話題のパンケーキ店にて
俺は一人呟く
優衣、見えてるか
俺も手紙の内容通り
ちゃんと、美味いもん食って
綺麗な景色見て
色んな音楽聴いて
勉強して、笑って泣いて
ちゃんと生きてるよ
なぁ優衣
お前が生きてるのが
俺の中で当たり前だったんだ
だから、言えなかった
「愛してるよ、優衣」
いつかまた会えたら
俺は君に一番にそう伝えるから