きらきら星
小説
「今日の降水確率は四十パーセントです」
惰性でつけたテレビが
ニュースを流していた。
綺麗な天気予報士が
少しくもった空の下で笑っている。
パッとしない夏だった。
降るのは
傘を刺さなくても良いくらいの
細かな雨だけ。
湿った空気だけはそのまま、
雨は蕭々と降り続けている。
うねるくせっ毛の前髪を
一生懸命にアイロンして
やっとこさ
重い空気に足を踏み出した。
大学生になったと同時に
一人暮らしを始めた。
親に頼らず自立すれば
何か変わると思っていた。
けれども対して変わるものはなく
ただ一日二食のメニューを
考える作業が増えただけだった。
思えばずっと抱えている。
普通の生活を送る中で
どこかにある虚無感。
幸せでもなく
不幸でもなく
その狭間で
酸素を吸って
二酸化炭素を吐き出すだけの
くだらない日々。
根暗陰キャと呼ばれた高校時代も
もうすぎた話なのに
相変わらずその代名詞はぴったりなままだよ。
死にたいなんて
朝起きる度に思ってる。
家を出たのは昼前だったのに
バイトが終われば外は暗かった。
稼ぐために入れれる分だけ
シフトを入れた食堂バイトは
暑苦しいおじさんたちの
酒の匂いで溢れている。
オレンジ色の店から足を踏み出せば
鼻の先に雨が落ちた。
ポツポツと
柔らかに落ちてくる冷たい雨は
でこぼこのアスファルトに
小さな水たまりを作っている。
私は歩き出した。
傘を差す必要はなかった。
そんなぱっとしない雨だった。
アパートの前には
古びた公園がある。
滑り台とブランコとベンチがあるだけの
狭い公園だった。
きーらーきーらーひーかーるー
おーそーらーのーほーしーよー
帰り道、
毎日寄るその公園に入ると
低い声の童謡が聞こえた。
まーばーたーきーすーれーばー
みーんーなーをーみーてーるー
久しぶりに聞いた
きらきら星。
見ればブランコに乗る
高校の制服姿の男の子が
静かに上を向いて歌っていた。
その光景は不気味なものだった。
雨の降る空に
星の姿は見当たらない。
それでも男の子は
ブランコをキイキイ揺らしながら
静かに
そして響く声で
きらきら星を歌っていた。
それはなんとも心地よいメロディーだった。
私は入口付近のベンチに座って
目を閉じた。
目を閉じたまま
上を向くと
そこには星が見えた。
きーらーきーらーひーかーるー
おーそーらーのーほーしーよー
そのメロディーに聞き入っていた。
目の前には満天の星空だった。
柔らかな雨が頬に当たるのに
それは冷たくなかった。
「おねーさん、何してるの」
低い声がした。
耳を澄ましても
もうきらきら星は聞こえない。
目を開ける。
「濡れるよ」
緩んだネクタイ、
だらしなく出されたシャツ。
ブランコにいた男の子が
私の前に立っていた。
「あ、」
「おねーさんずっと居たでしょ。
何してたの。
雨、これから強くなるよ」
「あぁ、少し、散歩」
「なんだそれ」
男の子は踵を返した。
「雨が強くなるから
もう帰ったら」
男の子はそう言い捨てて
ブランコの下に落とされたバッグを拾うと
気だるげに歩いて去った。
それから毎日
男の子はブランコにいた。
雨が降る日も
降らない日も
彼はブランコに揺られながら
きらきら星と
少しの童話を歌った。
そして帰る時に
少しだけ言葉を交わして
彼は去った。
そんなある日、彼は言う。
「どっか行こうよ、おねーさん」
彼は自分の傘の中に
私を入れた。
「どこいくの」
もう空も暗い時間。
「明るいところに」
彼は私を連れ出した。
隣を歩く彼は
私より何十センチか身長が高い。
高校生にしても
少し高いのだろう。
雨はポツポツと
大きな傘に当たって音を奏でる。
「どこに行くの」
「散歩だよ」
「散歩って」
「おねーさんと行きたかったから」
ヘッドライトが
私たちを照らしては流れていく。
「おねーさんって暗い顔してるよね」
「なに、それ」
「なんでもないけどさ」
「はあ?」
「笑えばいいのに」
「笑えないんだよ」
「じゃあ泣けばいいじゃん」
「意味がわからないよ」
大きなショッピングモールの前を
二人で歩いていく。
ただ歩くだけ。
ただ話すだけ。
でも居心地が良くて
その低い声が暖かかった。
気づけば公園に帰ってきていた。
「送ってくよ」
彼は言った。
「大丈夫だよ」
彼は困った顔をする。
そして、その傘を私に握らせた。
「持って帰っていいよ。
もう日付変わってるから
気をつけて帰ってね」
「ありがとう」
彼は踵を返す。
いつも通り見送ると
彼は立ち止まった。
「おねーさんは、泣くのが下手だね」
なんだ、それ。
「知らないよ、そんなの」
次の日。
目が覚めて
一番先に思うのは
死にたい、だった。
パッとしない毎日、
見せない青空。
幸せでもなく
不幸でもない、
繰り返しの毎日。
惰性でテレビをつけると
ニュースキャスターは
深いしわを顔に刻んでいた。
男子高校生、
自宅のマンションで飛び降り。
テレビの右上に
そんなキャッチコピーが出ている。
冷や汗が出ていた。
そんなわけない。
そんなわけ、ないでしょう。
夜になっても
低い声で奏でる
きらきら星は聞こえない。
走って公園まで来たのに
そこにいるはずの人がいない。
浮かび上がる
朝のキャッチコピー。
そんなわけ、ない。
いつものベンチに腰かける。
目を閉じてもきらきら星は聞こえない。
目を閉じても
満天の星空は浮かばない。
震えながら目を開けると
ベンチの下に
彼のカバンが落ちていた。
その上に
小さな紙がひとつ。
あなたは泣くのが下手だから
僕が空から
雨を降らせてあげるよ。
そしたらその時に
ちゃんと泣くんだよ。
おねーさんのこと見て
降らせてあげるから。
死ぬ時は空に飛ぶって決めてたんだ。
だって、星になれるだろう?
そしたらあなたを見れる。
慰めるのは星であって欲しいよ。
またね、おねーさん。
見上げたら
目なんか瞑らなくたって
そこには満天の星空があった。
ねぇ、雨なんて降ってないよ。
ねぇ、ねぇ。
冷たい何かが、
頬を伝った。
「今日の降水確率は五十パーセントです」
惰性でつけたテレビが
ニュースを流していた。
綺麗な天気予報士が
少しくもった空の下で笑っている。
私は傘を持たず外に出た。
目が赤く腫れてるのも
なんとなく分かっている。
昼間の空に星は見えない。
END
きらきら星
火花レイ様よりネタ提供
きらきらひかる おそらのほしよ
まばたきしては みんなをみてる
きらきらひかる おそらのほしよ
きらきらひかる おそらのほしよ
みんなのうたが とどくといいな
きらきらひかる おそらのほしよ
きらきらひかる おそらのほしよ
まばたきしては みんなをみてる
きらきらひかる おそらのほしよ
みんなのうたが とどくといいな
きらきらひかる おそらのほしよ