はじめる

#バディ

読んでると、
思わず胸がギュッとしめつけられる、
そんなポエムを集めました。

全25作品・

心に寄り添ってくれるだけで

ほっこりする𓂃🫧‪

傍に居てくれるだけで

𓂃🫧‪救われる

秘密さん・2023-10-20
バディ
心の友
キミがいるだけで
生きる理由
心の拠り所
独り言
メイト🎀

【ForGetMe~クロとユキ~第十四話 スマホ】



河川敷に


よくもここまでと言うほどの


パトカーが止まっていた。




暗がりに……無数の


赤色灯の光が折り重なっている。



「クロ、早く行くぞっ」


車を停めるなり杉浦は


ドアをあけて


衛のテントへと駆けていく。



杉浦はきっと焦っていた。



想いは俺も同じだ。




やけにまとわりつく様な


空気を感じながら


ブルーシートをくぐると



先に行ったはずの


杉浦の背中にぶつかった。



石のように動かない。




「おい、杉浦、こんな所で止ま……」



止まるなよ、


咎めようと身体をずらすと


想像を絶するような光景が


目前に広がっていた。



「な、んなんだよ……これ」



そこには


高水敷の縁から


河に流れ落ちる夥しい血。



辺りを立ち込める、異臭。



ブルーシートを捲る科捜研の人間。


その視線の先にあるのは


腹が異様に


落ち窪んだ柏沖衛の遺体だった。


頭には毛髪すらなく


頭蓋骨が剥き出されている。



俺だって刑事だ。


殺人事件現場に


臨場した事も何度だってある。



刑事になってはじめての臨場だって


ぎりぎりで嘔吐は堪えたのに



……なんだ、


この腹の底から込み上げる不快感は。





「…クロ、杉浦」


苦虫を噛み潰したような顔を


していたであろう俺たちに


楠さんが声をかける。



「ガイシャな、腹を切り開かれて、内部は河へ投げ捨てられてある。頭の皮も剥がれているようだが、今のところ残骸は見つかってない。ここまでひどいと逆に滑稽だよ」


楠木さんは、眉を顰めながら


大きく息を吐き出した。



滑稽と言っておきながら


顔はどうだ。


切羽詰まって見える。




俺たちは、喉を鳴らして


唾液を飲み込み、体内から震えた。



俺たちの漫然とした捜査が


この事件の


引き金になったのではないか



出さなくていい被害者を


出してしまったのは……


俺たちではないのか。




現場の凄惨さが


そんな思考に火をつける。



目が回るようだった。




「楠木」


簡易的な検死を終えたのだろう。


楠木さんと同期の検死官


笹谷 努が


俺たちを見つけて声をかけた。



「ガイシャ、もしかするとトリメチルアミン尿症かもしれないな」


「トリ……なんだって?」


「トリメチルアミン尿症。所謂、魚臭症だね。ほら、この異臭、鉄の匂いだけじゃないだろう?すえた魚の臭い、こいつがトリメチルアミン尿症患者の特徴でね」



魚臭症……


柏沖衛、亮に共通した匂いの正体。



「この病気って、遺伝はしますか」


俺が聞くと笹谷さんは


唸りをきかせて言った。



「遺伝子変異による病気だからね、そう言った要因はあると言われているけど、なんせ患者数が少ないから。まぁ、詳しい検査をしてみなけりゃわからないけど」


「何か気になることでもあるのか?」


楠木さんの眼光にさらされた俺は


杉浦に口を開かせる。



「息子の亮も同じ匂いがしたんです。六年前の事件も、衛か亮……どちらかが磯辺宅へ押し入ったのだとすれば、冴が残したサカナツリという言葉は…もしかしたらこの匂いがそう思わせたのでは、と」


「なるほど、有り得る線では有るな」


楠木さんが渋く頷いたその時だ。


近辺の交番に務める巡査が


敬礼と共に近づき、言った。



「自転車が見つかりました」


「自転車だと?」


「はい、堤防の上です。その近くの草むらからはスマートフォンも見つかっています、来ていただけますか」


「ああ、わかった」



俺たちがそちらへ移動すると



なるほど。



黒い自転車が


まるで人だけが忽然と


消えたように倒れていた。




しゃがみこんでよくよく見ると



血痕もべったりとついている。



「犯人が乗り捨てたのか…?」


「現場のこんな近くに、か?」


「何の為に?」


「……さあ?」



杉浦と言い合い


首を捻った。





「お、おい!クロ!杉浦!!」



鑑識が写真を撮り終えた、


スマートフォンの方から


普段の落ち着きを欠いた楠木さんの


焦燥極まる声が聴こえる。



何事かと顔を見合せ


楠木さんの元へ急ぐと



「これ……お前ら、だろ?」


「え……?」



目を細める隙もなく


突きつけられたのは



スマホ画面。



トップ画像に


設定されていたのは


俺と、杉浦が


酔っ払って寝坊ける写真。




ドクン


心臓が、おかしい。





見覚えのある桃色の手帳型


スマートフォンケース。



気をつけろっていうのに


いつもスマホを所構わず


落としてしまうから


角がぼろぼろだ。




杉浦が誕生日にプレゼントした


小さなテディベアのストラップ。



俺が就職祝いに買ってやった、


クマのイヤホンジャック……。



可愛いクマが大好きな、


六花の……スマホ。





「い、妹、のスマホ……です」


なんとか口にした一言に


杉浦はギリッと歯を食いしばる。



「クロ、お前の妹、交通課だったな?連絡は」


「は…い、ひ、昼からとれ…」



情けない。


声が張り付いて


唇が震える。


声に出来ない。



「わかった、お前らはここに」



楠木さんの指示を遮って


咆哮のような杉浦の


叫び声が耳に響いた。




「クロ…!行くぞ!六花を助けに行くぞ!」




六花を


助ける



その言葉に


虚ろな眼は開かれた。




「あ、ああ……っ!」


「あ、おい!クロ、杉浦待て!上の指示を待…」



楠木さんの声は


遠ざかる。



俺たちは六花を助ける為


その痕跡を追うべく


柏沖の自宅へと向かった。

ひとひら☘☽・2020-05-27
幸介
幸介による小さな物語
ForGetMe~クロとユキ~
繋がり
救出
遺体
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【ForGetMe~クロとユキ~第十五話 斧】



俺たちは一度署に戻り


携帯許可の降りた拳銃を携えて


郊外に建つ柏沖家に到着した。




家の灯はなし


閑静な住宅街は


闇夜にしんと、静まり返る。


柏沖の住居は


暗く聳え立つようで


不気味にも見えた。





六花が……この中にいるかもしれない。



武者震いか戦慄か


握った拳を震わせて



「よし…、行くぞ、杉浦」



俺が勇んでその門をくぐろうとすると


杉浦の分厚い手が俺の肩を掴んだ。




「なんだよ」


「クロ、お前ここで待て」


「はぁ!?」



この期に及んで


とんでもない事を言い出した杉浦に


僅かばかり苛立ち、視線を射った。




「なんでお前……そんな事言うわけ」


「……発砲許可が、降りていない」


「だから、なんだ。その条件はお前も俺も変わらない。行かない理由にはならないだろ」



不満を口にする俺に


杉浦はこめかみから汗を流して


説き伏せようと言葉を投げる。




「どうせもう時期、楠木さんたちが来る。お前は指示を待ってから来ればいい」



どうして、こいつは


肝心な時に限って……


こうなのだろう。



いつもは全部俺任せにするくせに。



わなわなと記憶の底から


いずる、苦い経験。




高校の時からそうだ。



バスケ部。


インターハイを賭けた最終戦。


俺のミスでチームが負けた。


その時、杉浦は迷わず


俺のミスをかぶった。



自分のせいでチームが負けたのに


俺は責めてももらえなかった。



悔しくて、情けなくて……


こういう事はもう


二度とするなと


杉浦に掴みかかった。



取っ組み合いの喧嘩までしたのに


杉浦はまだ


何もわかっていないのか。




俺は、静かに杉浦の襟ぐりを掴む。




「確かに六花はお前の女だ。それに、俺の妹だ」


「……クロ」



杉浦の想いはわかる。



俺をここに残そうとする理由が


一人で手柄を上げたいとか


六花にいい所を見せたいとか


そんな自己顕示欲じゃないこと


くらいわかってる。



柏沖亮は危険だ。



磯辺家の事件報告書。


そして、衛の遺体……


窺い知れるのは


亮の異常性。


何が起こるかわからない。



だからこそ


自己犠牲で済むのなら


それに越したことはない



杉浦はそう思ってるに違いない。



だけど……そんなのは、馬鹿げてる。





「二人で行くぞ……バディだろ」



杉浦の目を潰れる程、睨んだ。


杉浦は一旦目を閉じ


震えるまつ毛をぐっと持ち上げる。



その眼差しにもう迷いはなかった。




「わかった、行こうクロ」


「それでこそ、杉浦だよ」





俺たちは頷き合うと


注意深く辺りを観察しながら


柏沖家の敷地内に入った。





正面から家の中へ踏み込む事は憚られ


まずは家の周囲を探る事にした。


どこか侵入できそうな箇所は


ないだろうか……。



焦りばかりが胸を叩く。




植え込みをかきわけて


塀との間を縫い先へ進むと



「おい」



押しころした杉浦の声が聴こえた。



杉浦の視線の先を窺うと


なんだ?


40cm四方の小さなガラス板が


地面に埋まっているようだ。




中からは僅かな明かりが照っている。



慎重に、ゆっくりと


中を覗き見ると……



そこに見えたのは俯せに倒れた


下着姿の女性の姿だった。



息を飲む。


全身が逆毛立つ。



臓物が煮えくり返る想いがあった。



“お兄ちゃん”


幻聴がやまない。



髪の毛の長さ、色からも


それは六花の様に窺えたからだ。




六花らしき女の周りは


夥しい血液で満たされていて


ピクリともせずに


横たわっている。



ここからでは呼吸も


確認のしようがない。




辺りには血だらけの


柳刃包丁が転がっている…。



嫌な空気が、張り詰めた。




「くそっ……六花っ」



声をあげたのは


普段は冷静沈着な杉浦だった。



杉浦はそう言うが早いか


血相を変えて走り出す。



「お、おい、杉浦待て」


俺の静止も届かない。



完全に我を失っている。


変なところで熱くなる……


杉浦の悪い癖が出た。


全く、世話の焼ける奴だ……。



「くそ……!」




俺はいよいよ


拳銃に銃弾を装填して


杉浦を追い、中へと飛び込んだ。





柏沖家の中には


異様な臭いが立ち込めている。




血液の腐敗した臭いが戦慄を呼ぶ。



心臓が耳元で高鳴る。





杉浦は……どこへ行ったんだ



正常な判断を欠こうと焦燥は渦巻く。


それを感じる度俺は唇を噛んで


正気を保った。




背を壁に擦り付けながら


闇の中を進んでいくと


俺の探り足に何かが絡まり


あわや、転倒するところだ。





危ね……



なんだ……?





驚いて足元を凝視すると


黒いリュックから


何かが……飛び出している。



かつらか?


人毛の様な


その塊の裏側が捲れて見えた。




裏側は血まみれ。


つまりこれは正真正銘


頭皮から削がれた人毛なのだ。


きっと、衛のものだろう…。




噎せ返る思いに顔を顰めたその時




「六花!!六花!!おい!!」



杉浦の悲鳴とも聞き紛う様な


声が耳を劈いた。



駆ける様に先を急ぐと


壁に穴が開けられており


そこから地下へ続く、


螺旋階段が続いている。



明かりは中にうっすらと


灯されているようだ。




なるほど。


ここが先程俺たちが


庭で見た地下室へと


繋がっているのか。





亮は、何処だ……。


今、地下室に居ないとしても


杉浦の今の声を聞いたなら


必ず亮はやってくる。



急がなければ。



俺は拳銃を握り締めると


螺旋階段を下った。




カビの臭いより


腐敗臭がきつい。


目まで痛くなる程だ。



息を吸い込めば


身体が拒否をし


噎せ返って咳き込んだ。



二の腕を顔に宛てがい


なんとか悪臭を凌いで


地下までやってきた。



錆び付いた古い扉は


もはや開いていて、


その先に杉浦が


女を抱えて咽び泣く。




「六花…っ、六花、六花っ」




血の気のない青白い肌の六花が


力なく杉浦に抱き締められていた。




やはり、あれは六花だった。




俺の中で


がらがらと音を立てて崩れ出す何か。




父も母も失い、



六花だけが俺の家族だった。



死んだのか……?



六花が、死んだ…?



「六花っ、おい!」



杉浦の懸命な呼び掛けに


手はだらりと投げ出され


指先ひとつ動かない。




その光景に


ふいに涙が浮かんだが


何処に亮が


潜んでいるかもわからない。



俺が杉浦を落ち着けようと


一歩踏み出した時だった。





柏沖だ。




柏沖亮が気味の悪い笑みで


俺の対角線上の物陰から


杉浦に向かい


斧を振り下ろさんとする、


まさにその瞬間が目に映る。




「動くな!!」



裏返る声を振り絞り


拳銃を向けたその瞬間



俺に視線を投げた柏沖亮は



思い切り振りかぶったかと思うと



俺目掛けて、なんの躊躇いもなく




















その斧を……放り投げたのだった。

ひとひら☘☽・2020-05-28
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共に過ごした あの日々が



不器用な あの優しさが



掛け替えのない この瞬間をつくっている



何万光年離れたって 寂しくなんかないように



放つんだ ずっと 光り輝き続けるから






微かに残った 最期の あの温もり 忘れない





























志村けんさん。ありがとう。

聖-sei-・2020-07-07
七夕の願い事
もう一度
志村けんさんに
会わせてください
志村けん
志村けんさん
相葉雅紀
ありがとう
ありがとうございました
ご冥福をお祈りします
夜空への手紙
歌詞
バディ
幸せになって



第一章-二話「日常とトラブルの匂い」





 ヒールのかかとがズブズブと呑み込まれていく。今すぐにこの場から歩かないと足首まで泥で汚れてしまう。私の人生はいつもそうだった。足元ばかりで前を向かず、自分に急かされている。


 運転しながら煙草を吸って、窓の外へ吸い殻を撒き散らす、ヘンゼルとグレーテルのクズ版みたいな人間に何かされた人生でもなかった。


 ただあの男に出会わなければ、私の人生は少し暗いだけの平凡な人生のままだっただろうに。だけど少し悪くない、だからずっと友人としての付き合いを続けている。


 私の隣には変人がいる。



「今日は早いね馬瀬(ませ)」



 もう見慣れた、珍しい、縦長の楕円な玄関の戸。ネクタイを結びながら片手でその玄関の戸を支えて私を出迎えるこの男が、変人・藤竹 骨(ふじたけ こつ)。


 よく行動を共にするが、正直部類としては私が苦手のうちに入る人間だ。いや、人間なのかはまだ怪しいけれど。



「藤竹、あんたに合わせてるの。普通私は土日の夜に外出ないって」


「ええ! そうなの」



 寝ぐせがひどい頭を揺らして、藤竹が振り返る。



「そうなの」


「ネクタイどうやって結ぶんだっけ」


「毎日結んでるでしょアホ」


「アホ!?」




 藤竹は半袖の黒いワイシャツとぴっちりした鼠色のズボンに、仕事の時は全身を覆い隠す黒装束を纏う、微かに甘い香りのする男だ。


 その甘い香りの正体は、毎日食べているらしい砂糖がたっぷり染みた焦げ気味のこだわりトースト。服ではなく藤竹の体からその香ばしい匂いがしている。


 今も雑音にまじるようなオーブンの作動音が鳴っている。日が昇って数十分の夜十九時にトーストの匂いがする感覚は変な気分だ。もう私の日常だけれど。



「アホはアホ。ちゃんと自分でやってね。てかお茶漬け食っていい? まだ小腹が空いてて」



 立てかけてある姿見に向かってしかめっ面でネクタイ結びに苦戦している藤竹を横目に、キッチンへ向かった。ネクタイよりもそのシワだらけのワイシャツをどうにかできないものかな。


 確か前に藤竹と買い物をした時にこっそりカゴに入れたお茶漬けの素があったと思う。背伸びをして上の棚を探した。



「いいけど」


「あんたも食う?」


「いや、トーストあるから」



 私は本当に会話が適当だ。藤竹は毎日のルーティーンとしてトーストを食べ続けている。それを知っていて食べるかどうかをきいてみたのだ。



「でも昼飯に食おうかな」


「昼飯が茶漬けって質素だね」


「じゃあやめる!」



 藤竹は人に流されやすい一面がある。悪く言うと相手任せ、良く言うと相手の意見を尊重するということだけれど。



「そういえばこの前さ、いつもみたいにお客に会って星の粉薬とか見せたんだけどな、その人に何も売れなかったんだ! 苦し紛れにいつも通り摩訶不思議の名刺は押しつけて帰ったけど」


「あんたを正しく理解する人が現れたってことじゃん」



 夜に現れる黒装束の男から一見意味不明な薬を買うなんて、おかしいと思っていた。久しぶりに藤竹から商品を買わない人が出てきて少し嬉しい。そんなことを思う私は性格が悪い。



「どういうこったよ!?」


「別に。ほんと、これだから昼夜逆転男は」


「言っておくが」



 いつの間にかネクタイを結び終わった藤竹が私の言葉きっかけにムスッとした顔をした。



「俺の視点からだとそっちが昼夜逆転、でしょ」


「予言の薬盗んだのか!?」



 元々大きな目を飛び出そうなほど見開いて驚く藤竹に笑いそうになる。


 予言の薬というのはおそらく藤竹が開発した、星屋で売っている商品。十中八九名前そのままに、飲むと未来予言ができるという効果があるのだろう。



「なわけあるか。そんなもん飲まなくたって散々同じようなこと言われてんだから分かるって」


「そうか……」



 藤竹は「昔は昼と夜の概念が逆で、朝は夜、夜は朝、と呼ばれていたんだ」なんて説を唱えて自分自身もそれを心から信じ、一般人の私から見れば完全に昼夜が逆転した生活を送っている。


 なので休日の昼間にふらっと彼の家に邪魔すると、ソファーなどで寝ていることがほとんどだ。「一歩譲って朝夜の呼び方はそっちに合わせているだろう」なんてさらに意味不明なことを言っている。


 この前、彼がつとめている会社の蛇のような顔の社員と、この藤竹の家で偶然居合わせたので「摩訶不思議の人達ってみんなこうですか?」ときいてみた。


 そしたら「そんなわけない! こいつだけです。せっかく星屋の末裔なのにその力を会社に使わない、殆ど幽霊社員の変人ですし」と被せ気味に返事をされたことがある。


 藤竹の知り合いだと言うと、名刺だけ渡され帰っていった。藤竹と同じ摩訶不思議株式会社営業課の込山 蛇蓮(こみやま じゃれん)という名の社員だった。


 藤竹は殆ど会社に出勤していない。なのに時々すごい業績を残すため、特別に会社に残らせてもらっているようだ。星屋とやらは藤竹が勝手に副業でやっている商売だ。商品も大半が自分で作っているらしい。力の入れ具合を見るに会社の方が副業だと思えるが、面倒なので口には出さない。



「今から星屋?」


「ううん、今日は休み。出勤しようかなって」


「定時過ぎてるだろうし、今から行っても人いないんじゃないの」


「ほんとだ」


「やっぱりアホ。予定ないじゃん今日」



 不思議な薬を作れるほど頭がいいはずなのに、なぜこういう時は馬鹿になるのだろう。一時期私の前でだけそういうキャラクターを演じていると思っていたが、何度か会った、藤竹と仲のいい込山さんを見るにそういうわけでもないらしかった。


 チン、とオーブンが鳴る。トーストが焼けたようだ。



「一緒にトースト食う?」


「だから、お茶漬け食うんだってば! パン焼くんじゃなくて米炊くの!」


「そうだった」


「まったく……」



___プルルルルル



 その時、机の上にポツンと置いてある藤竹の携帯から電話の着信音が鳴った。藤竹は画面を見てから不思議そうな顔で電話に出る。



「もしもし、あー藤竹ですが。……この前の下駄少年! いやあ、嬉しいな! ところで御用は? ……とりあえずそっちに向かおうか。住所は? ……分かった。待ってて」



 最初はいつものように大口をあけて話していたが、段々と珍しく神妙な顔をする藤竹。



「藤竹? もしかしてさっき言ってた、商品を買わなかったっていう?」


「ああ。ちょっと行ってくる」



 オーブンに入ったままのトーストそっちのけで黒装束に腕を通す。



「待ってよ、トーストは? お茶漬けは?」


「トーストは冷めても美味しい」


「いやいや冷えたらカッチカチだよ。フランスパンみたいに硬くなってるって」


「もう、なに、一緒に来たいの?」



 藤竹が私の肩に、覆うほど大きい手を置いた。しょうがなくみたいな言い方に苛ついた。胃の環境が悪くなった気がする。



「は? なわけ! 私今部屋着だし、他の所にこの格好で行けない」


「行きたいんだね! じゃあ俺のパーカー上から羽織って! 下駄少年の元へレッツゴーだ!」


「ちょっと!!」



 適当なパーカーを被せられ、グイッと男の力で腕を引っ張られた。トーストは留守番。これだから私の人生は平凡じゃなくなっていく。










(終わり)












































































































-登場人物-


●馬瀬

読み:ませ

この2話の主人公「私」。女性。下の名前は不明。年齢も不明。話しぶりからして藤竹と歳が近いのだろうか。

藤竹と家が近く、友人の様子。よく藤竹の家に行ったり、一緒に買い物に行ったりする仲。藤竹のことを「変人」「アホ」と言うことが多い。だがなんだかんだで一緒にいるあたり……。

太陽が出ている時間のことを夜と呼ぶ。


●藤竹 骨

読み:ふじたけ こつ

摩訶不思議株式会社営業課に所属している(が幽霊社員の)男。それとは別に星屋という看板を掲げ、自身で開発した不思議な薬を夜な夜な売っている売人。

推定二十代の、謎が多い男。馬瀬なら何か知っていそう。少々天然というより馬鹿。だが薬を開発するほどの頭脳は持ち合わせている様子。頭の良さと馬鹿って共存するんだね。

昔、昼夜の概念が今とは逆だったと言い、自身も太陽が出ている昼に起きて月が浮かぶ夜に寝る。この説はこの世界ではおかしい、そんな藤竹を周りは変人と呼ぶ。






























































-あとがき-


前回1話と同じように、一人称視点で語る主人公と藤竹の2人だけの会話劇になりました。構図同じすぎて笑う。


今回は藤竹の人物像をちょっと深堀しようかなと思ったけどできんかった。いまんとこ変人としか分からない。


最後の電話はどういうことでしょうね(←白々しい)。「下駄少年」から察するに1話と関係あるっぽいですけど。


1話は3ヶ月も前に書いたものだけど、続きが書いてみたくなった。この2話の続きはまた時間空くかもしれません。


ここまで読んでくれた方へ。もし宜しければこの小説の感想をお願いいたします。読んでいただけてとても嬉しいです。ありがとうございました。

筧沙織>・2023-12-13
『こんな夜には星屋がひらく。』
小説
創作
休息のひととき
小説/from:沙織
タグ使用/from:沙織
独り言
ポエム
憂鬱
バディ
友人
大丈夫
呟き
クリスマスはきっと
拝啓未熟な僕へ
花束を君に
タグ使用/from:沙織



第一章-三話「加速」





 馬瀬は藤竹の運転する車の助手席に座り、藤竹の使っている柔軟剤と体臭が香る、何サイズも上のパーカーに体をうずめていた。裏起毛が冷え性気味の馬瀬を温めるが、それよりも先程から肝が冷えるので寒いままだった。


 明るくて知らない道を走っている。こんな夜に、こんな遠出をしてしまっていいものかと焦っている。



「ねえ、やっぱり嫌だよこんな夜中にさあ。あんたの家に行くだけのはずだったから親には少し出てくるとしか言ってないし」


「それは申し訳なかったね」



 藤竹は黒装束から出ている手でハンドルを握り、前を見たまま眉の端を下げて微笑した。しかし次の瞬間には一変して真面目な顔を見せた。



「でも一人じゃ嫌だったんだ。馬瀬が一番信頼できるから、ついてきてほしくて」



 馬瀬は藤竹の言葉を受け取り、飲み込む。胸のどこかが揺らいだ。そのいつもとは違う湿った雰囲気の真っ直ぐな横顔に、馬瀬は既視感を感じていた。



「ふん」



 そのまま何も言わない藤竹に急につまらなくなり小さく鼻を鳴らして、ガラス越しの景色に目を移した。スイッチで窓を半分くらいまで下げて夜風を顔に浴びる。ガラス越しでも直でも、景色は変わらないものなんだと思った。ガラスがどこまで景色を通すのか今まで疑問に思ったことは一度もないけれど。



「__込山さんは二番目なの?」



 頭に浮かぶと同時に、気がつけば口に出ていた。


 藤竹が勤める会社で同じ部署所属の込山蛇蓮という男が、藤竹本人が目の前で眠っている時に藤竹宅へ訪ねてきた。その際に馬瀬は優しさで藤竹を起こさずに込山とやり取りをし、名刺を受け取りその日は帰ってもらったのだった。



「えっ?」


「私が一番信頼できるって言うんなら、あの親しそうな込山さんが二番目ってことになる。可哀想。そうだよ、可哀想」



 赤信号で車が止まり、藤竹は一瞬斜め上の虚空を見る。



「込山……あの同期の蛇面のか?」


「ひどいね」



 馬瀬は、藤竹が込山のことを蛇面だと云ったことに対してではなく、込山のことを思い出すまでに間があったことに衝撃を受けていた。二人は仲のいいとばかり思っていたからだ。



「いやだって、そんなに話したことないし!」



 藤竹は子供のように口を尖らせる。



「ふうん。そう」


「あ、あん時はごめんて」



 馬瀬は口から溜息のようなものと一緒に、心のこもっていない言葉が漏れ出た。藤竹はそれが拗ねているように見えたのか、少し面倒くさそうに謝る。



「別に蒸し返して謝らせるつもりじゃないけど? はい青」



 馬瀬は細かい言葉の抑揚で、藤竹が心の底から謝っていないことを理解していた。少し溜まったストレスをこっそり言葉に乗せてぶつけた。信号が青に切り替わったのを見たので知らせる。



「……青信号って緑だよね」


「うん」


「本当は緑なのに名前だけ青なんだよなあ」


「そうね」


「なんでだろうな」


「なんでかねぇ」



     *



 下駄少年、熊川 緑郎(くまがわ ろくろう)は携帯を握りしめ震えていた。以前夜を徘徊している時に偶然出会ったおかしな売人の男。もらった名刺に書かれた番号に電話して呼び出した。そいつがこれからここへやってくる。


 おおごとにしてしまったかもしれないという少しの後悔と、もし厄介なことをすればそこに横たわる父にしたことと同じことをしなければならないという覚悟が震えを膨らませていた。


 あの男を呼んだのは、星の粉薬を欲しいからではない。あの時、男が地面に広げた瓶の中に〝時戻りの石〟というラベルが貼られた瓶があったと思うからだ。



     1



 緑郎は七年前から父と二人暮らしだった。たった一時間前、緑郎はその父親を金属バットでなぐり気絶させた。出血しているが、まだ息はある。父は倒れた時風呂に入ってきたばかりだったからか、床に水の混ざった血が薄く滲んでいる。


 現在中学二年生で成長期に差し掛かり、父親の身長に近づいてきており、筋肉もつき始めたため、簡単ではなかったが実行に移すのは可能であった。


 バットは小学生の頃、周りの同級生の男子が野球少年ばかりだったため、自分もあわせなければと思い父親にねだって買ってもらったものだった。結果、長い間押し入れの奥で埃を被ることになったのだが、今となっては買っておいてよかったと緑郎は思った。


 しかし欲は渦巻く。警察につかまりたくない、と強く願わずにはいられない。


 緑郎は中学二年生だ。つまらない毎日だが、まだやりたいことはあった。焦りの中、走馬灯のように頭に映像が流れる。しかしすべて最近のもので、なんのあてにもならない。と思ったが、すぐあとにあの男のうすら笑みを思い出した。


(沢山の瓶の中で時戻りの石があったはず)


 緑郎は脂汗をかきながら笑う。もしそれに時を戻す力があるのなら、過去に戻ってもっと計画をたてて実行しようと思った。


 藁にもすがる思いで電話をかけた。


 __プルルルルル


(三年前から毎日、朝はコンビニのおにぎり頬張る。休日はそれに加えて昼飯がコンビニ弁当だ。一見綺麗に見えて掃除の行き届いてない部屋、そんな家で暮らすのは不快なので掃除機をかけるが、黙っていると父親はそのことに気づきもしない。フローラルな香りはするのにシワだらけの服。話せる友人はたった一人だけな学校生活。それでも何とか登校できていたのは、美味い飯がたらふく食べられるから。親戚や近所の人からの憐れむような視線、結局は他人事だと思っているくせに蚊帳の外から気持ちだけはこちらに向けている。中途半端な同情なんていらないのに。母さんがなくなったのは親父のせいだ。母さんは親父なんかを気づかって自分の病気を隠していた。だって、僕は母さんがしんでから初めて母さんが抱えていた病気のことを知ったんだから)


 __ルルルッ



「……もしもし」



     *



 出発から何十分か経過した。流れる景色がすべて同じに見える。ラジオのパーソナリティの声が、もう言語として捉えられないほどに輪郭がぼやけて聞こえている。溜息をひとつ、ついた。



「ねえ、いつ着くの」



 そう云いながらも藤竹の気まずそうな顔から、馬瀬は何かを察していた。



「あとー……四十分くらい?」


「嘘でしょ、そんなに遠い場所だったの!? なんて所に付き合わせてくれたんだ」



 思わず立ち上がろうとする。シートベルトが肩を沈めた。だがその前に頭のてっぺんがルーフに激突。歯や首に響く衝撃だった。藤竹は一瞬慌てるが、運転があるので前を向きながら「大丈夫!?」と声をかけた。馬瀬が羽織っているぶかぶかのパーカーが左肩からずり落ちる。肩に戻して、正面のジッパーを上げた。



「大丈夫……」


「よかった。あ、遠い場所だった件、ごめん。俺も乗ってナビ見るまで、こんな遠いとは思わなくて」


「……ちっとは薬の開発以外の場面で頭使ってあげなさいよ」



 頬杖をついて睨みつける。



「ひどいなあ」


「で?」


「ん?」


「今から行く場所にはどんな人がいるの」



 馬瀬は純粋に気になっていた。



「どんな、っつっても普通の少年だよ。下駄履いてる」


「へえ、そう」


「電話で助けてって言われてさ。詳しい話は聞いてないけど大変なことがあったんだよ」



 そんな具体的でない助けで車を出すとは、と馬瀬は心の中で呆れていた。だが藤竹の隣にいる人間としていちいち文句を言っていたらキリがない、そんな緩いようで固いような覚悟があった。



「……まあ、これ以上言ったって何にもならないし諦めるわ。私を巻き込んだことはまだ許してないけど」



 そう云い、ふと自分のズボンのポケットに手を入れてみる。すると左のポケットからスマホが出てきた。馬瀬はこの先四十分の退屈を紛らわせると思い、静かに喜ぶ。 四桁の番号を入力しロックを解除した。通知を見ると、母からのメッセージが大量に入っていてぎょっとした。


<そろそろ帰ってきたら>
<もう三十分くらい経つけど>
<千寿子?>


 母からはいつも「ちず」と呼ばれている。本名で呼ばれた理由はおそらく怒っているか心配しているかのどちらかだ。そっと通知欄を閉じて見ないことにする。


 最近よくやっているパズルゲームアプリを開き、プレイボタンを押す。「酔わない?」と藤竹の声が聞こえたが無視をした。私は車に酔いやすいが、今は車酔いよりも気を紛らわすことが優先だった。










(終わり)



















































-登場人物-


●馬瀬千寿子

読み:ませ ちずこ

主人公「私」。女性。下の名前は今回最後の最後に判明。年齢不明。話しぶりからして藤竹と歳が近いのだろうか。二話の冒頭からして少し下向きな性格だと読み取れる。

藤竹と友人の仲。家が近いのでよく藤竹の家に行ったり、一緒に買い物に行ったりする。藤竹のことを「変人」「アホ」と言うことが多い。だがなんだかんだで一緒にいる。

太陽が出ている時間のことを夜と呼ぶ。


●藤竹骨

読み:ふじたけ こつ

謎が多い男性。推定二十代。

摩訶不思議株式会社営業課に所属している(が幽霊社員の)男。それとは別に星屋という看板を掲げ、自身で開発した不思議な薬を夜な夜な売っている売人。

馬瀬なら何か知っていそう。少々天然というより馬鹿。だが薬を開発するほどの頭脳は持ち合わせている様子。頭の良さと馬鹿って共存するんだということを教えてくれるキャタクター。

昔、昼夜の概念が今とは逆だったと言い、自身も太陽が出ている昼に起きて月が浮かぶ夜に寝る。この説はこの世界ではおかしい、そんな藤竹を周りは変人と呼ぶ。


●熊川緑郎

読み:くまがわ ろくろう

一話で主人公「僕」だった「下駄少年」。中学二年生(成長期)。今回名前が判明。わりと冷静で達観しているけど、家庭環境もあって少し精神的に不安定。サンダル感覚で下駄を履く。

一人だけ友達がいる。一話の時から地の文で話には出ていた。その友人はオカルト好きで「昔は昼と夜が逆だったんだよ」と藤竹のようなことを言う、そこらをフラフラしているような人間らしい(一話参照)。

父親が嫌い。

馬瀬と同じく、太陽が出ている時間のことを夜と呼ぶ。








































-あとがき-


読んでくださりありがとうございました。とても嬉しいです。拙い文章ではありましたが楽しんでいただけていたら幸いです。


前回のあとがきで、次の話の投稿まで時間が空くかもしれないと言っておきながら、こん星の話を書くのが楽しくなっちゃって三日くらいで書き上げました。


こん星ってなんかこんぶみたいだよね(脱線)。他にいい略し方ないものか。夜星?夜ひら?どれもしっくり来ない(笑)。とりあえずこん星のままで。


今気がついた偶然ですが、一話二話今回三話と全て背景写真に後ろ姿の女性がうつっていますね。馬瀬ってことにしときます。


このあとがきの所はコピペなしで毎回書いてます(登場人物欄はコピペするけど毎回情報が加わるため加筆が多い)。疲れます。本編書いてる時よりは頭使わないけれど。


今回、文量のわりにあまり物語の進展なくて申し訳ない。でも伏線を一個張ってる(つもり)だから許していただきたいです……。


馬瀬の下の名前と、下駄少年の名前が判明しましたね。おめでたいです。緑郎くん、ちゃんと苗字に動物入れときましたよ。


まだちゃんとは出してないけど、既に込山が不憫でちょっとジワジワ来てます。書いたの自分なのに笑けてる。家に訪ねたら藤竹寝てるし、同期なのに藤竹には覚えられてないし。


ちなみにこの小説は小説アプリで書いてるのですが、書いてるうちに所々守らないとむちゃくちゃになるような設定増えてきたので、人物や藤竹の薬や世界観などの設定をまとめたり、

一話二話ゼロ話(皿が割れる)をコピペして執筆中いつでも見返して辻褄合わせができるようにするのに時間かかりました。登場人物のプロフィールページ作りました。裏設定とかもあります。


でもそのおかげで一話に一瞬出てきた緑郎の友達の存在を忘れずにすみました。危ない、存在消えるとこだった。藤竹と同じ思想持ってるキャラを忘れるとは。ほんと危なかった。


あと実は緑郎が一話で下駄を履いてたことも最初(二話の冒頭執筆中の時)忘れてました。ざっと見返してからそれに気づいて、藤竹に「下駄少年」って呼ばせました。どこまでも危ない。まだ一話で見逃した設定ないか不安。作者なのに。


最後に。もし宜しければですが、この小説の感想をお願いいたします。感想が来ると作者の私が飛んで喜びます。次回四話ですが、近いうちに書くか、もしくは今回の執筆で燃え尽きて投稿が先になるかもしれませんがお待ちください。ここまで読んでくださりありがとうございました。

筧沙織>・2023-12-17
『こんな夜には星屋がひらく。』
小説
創作
物語
星の残り香をもとめて。
ゆかりんのタグを使用
タグ使用/from:沙織
小説/from:沙織
独り言
憂鬱
バディ
友人
大丈夫
父親
クリスマスはきっと
大切な人



第一章-五話「時戻り」





 赤い花が広がった。


 数時間前、金属バットで親父を殴った。親父はまだ生きている。そのことに僕は安心するわけでもなく、救急車を呼んだ込山って男を恨むわけでもなかった。何故かはっきりと残念とは思えなかった。


 下しか見れない。警察官が、硬く丈夫そうな手で僕を外に連れていく。その制服の厚い生地が背中にあたって、現実感が増す。拳銃、暴発しないかななんて考える。


 春夏秋冬、母さんがしんだ時も、通ったいつもの出入口が、とてつもなく嫌に感じた。



    *




「藤竹!」



そう云って赤い光の奥から大きく手を振りながら近づいてくる人影の一人は、摩訶不思議株式会社営業課、込山さんだった。最初に会った時と同じスーツ姿だ。思わず藤竹と私は「えっ」と声を揃えて驚く。



「ねえ、なんで込山さんいるの」



 分かるはずもないのに混乱して藤竹に訊く。



「さ、さあ……俺なんか怖い」と、この寒さからか少しの怖さからか自分の腕を抱いて目を細める藤竹。



 ここは県内、摩訶不思議株式会社の本社もこの県内にあると藤竹から聞いた。単なる偶然だと思う。というか、あちらの込山さん側からすれば、黒装束という怪しい格好をしている藤竹を見つけられない方が変か。



「込山さんはあんたのストーカーとかじゃなく同期さんでしょうが。ただの偶然でしょ」


「同期っていうか俺あんま出勤してないから会った回数少ないし……」



 車内でも同じようなことを言っていた気がする。込山さんはいつも藤竹に心の距離をとられている。そんなことは露知らず込山さんは駆け足のスピードを緩めながら、切れ長な目を細めて笑っている。



「それでもあっちは気にかけてくれてるってことじゃないの。前に家まで来てくれたし」


「藤竹! なんでここに?」



 膝に手をついて少し息を切らしながらも笑顔を崩さず込山さんは云う。走ったことによるものとは別で、疲れているように見えるのは気のせいだろうか。その後ろから眼鏡をかけた同じくスーツ姿の女性が早足でやってきている。



「あー、知り合いに会いに来たってとこかな?」と、藤竹は分かりやすく込山さんから目線を外して誤魔化す。


「へえ……あっ、あの時の! 藤竹のお友達ですよね!」


「ええ……まあ」



 込山さんが私に気づき、〝お友達〟なんて余計なことを云う。実は藤竹の家で込山さんと初めて会った時、本人が寝ているのをいいことに、調子に乗って自分のことを込山さんに『藤竹の友達です』なんて説明をしてしまったのだ。



「ちょ、込山に俺と友達って言ってくれたの!?」


「うっさい!」


「理不尽」



 嬉しそうな顔をする藤竹に、完全な否定はできなかった。



「ふっ」



 いつの間にか込山の隣にいた、眼鏡の女性が静かに笑う。向き合ってくだらない会話をしていた私と藤竹が同時にその女性を見る。



「あ、この人は最近入ってきた人でね。でも年齢的には俺の二個上の」


「蓮見鷹世といいます。どうぞよろしく」



 女性ではあるけれど、中性的な人だった。一見すると自分で切ったかのような長めのショートカット。前髪が右目を隠していて、残りの前髪を左耳にかけている。ずり落ち気味の半月型の眼鏡の奥に、三白眼の目が力強くあった。怖い印象の見た目だが、その落ち着いた声を聞くと不思議と怖いとは思わない。けれど哀しい雰囲気を漂わせていた。



「藤竹骨です! 一応込山と同期です」


「一応って言うな。あっ、馬瀬千寿子と申します。私は、こいつの……えっと」



 なんと言うべきか考えてしまって言葉に詰まる。



「お友達、ですよね」



 耳から垂れ下がった前髪をひっかけ直しながら、微笑んで云われた。年上の、大人の余裕だろうか。一応私も成人済みだがそれでもどこか遠く感じた。



「……まあ、正確には隣にいるだけというか。〝見つけてもらった〟というか。家がお向かいさんってだけで。今も、連れてこられただけですし。その、違いますけど。一応そんな感じです」



 恥ずかしさと、〝思い出してしまう〟つらさを、抑え込もうと早口になる。顔が熱い。



「一応って言うなよーっ!」



 言い返されてしまった。



「ところで、二人はこの夜中に何を? 正直言って隈すごいけど」



 真面目な声になって訊く藤竹。だが深く被った黒装束のフードに隠れてその横顔が見えない。車の中でも感じたようにいつもだけれど、こういう時の藤竹はどこか既視感があって。


 確かに藤竹の言う通り、二人の目の下には隈がくっきりとあった。瞼も半分落ちきっている。どことなく言葉も消え入るようで心配だ。



「あーやっぱ分かる? 残業ってやつだな。時間も忘れてそこらじゅう訪ねてた。それにあんま寝てねえんだ」


「だろうね。睡眠は大事だよ」



 無理はしていない様子だが、明らかに声がかすれている込山さん。藤竹は返答が早く、いつの間にか二人を観察するような目をしていた。



「そうだよな……。しかもこんな寝てない状態で限定品売りまくっちまうし。俺クビかなあ」


「限定品を粗末に売るのは、開発に携わった人間としていただけないけど。クビにはならないと思うよ」



 〝限定品〟それを二人はこの夜中に売っていたようだった。私から見ても駄目ではあると思うが、ボロボロな二人を見て責める気にはなれなかった。というかほぼ初対面だし。藤竹もそれほど怒ってはいないようだ。



「お前優しいな。ほんとごめんな。あーこんままさっきのこと忘れられそう」


「さっき?」と私に問われ、込山さんは顔をさらに暗くして、背後のマンションやパトカーを振り返って見た。



 それにつられ、蓮見さんも目を細め、黙って振り返る。四人のデコボコの影が、薄く長く伸びている。



「限定品である〝時戻りの石〟を、さっき訪問販売で売ってたんですよ。熊川緑郎って中学生の男の子に。まあこれも若干だめだったと思うんだけど」



 静かに込山さんが語り出す。



「家に上がらせてもらって商品説明しててさ。俺蓮見さんの所謂教育係っていうか。だから一緒に行動してたんだけど。時戻りの石買ってもらって、さあ帰ろうって時に蓮見さんが見ちゃって。その……倒れて気を失ってる緑郎くんのお父さんを」


「うわあ」と、藤竹は無意識に声を出しているようだった。


「混乱したけど、緑郎くんに訊いたら『僕がやりました、殴りました』って言うもんだからさ。警察呼んどいた方がいいよねってことになって。蓮見さんに通報は頼んで、俺は緑郎くんが逃げないように腕掴んでたんだけど。何故か緑郎くん逃げようとも隠れようともしないし。暴れたりもしなくて」


「あのパトカー込山たちが呼んだの!?」



 注目するところがおかしい。その緑郎という男の子が父親を殴ってしまった方よりも、パトカーを込山さんと蓮見さんが呼んだことに驚いている。やはり藤竹は時々ずれている。



「ああ。緑郎くんのお父さん幸いにもまだ息があって、さっき救急車で運ばれていったよ。緑郎くんはまだ家ん中。俺たちさっきまで色々警察に訊かれててな。正直言って疲れてる。寝たい。ただでさえ寝不足なのに」


「それはしんどいな。お疲れ。蓮見さんもお疲れ様です」


「いえ」と、どこか遠くを眺めていた蓮見さんが、向き直って藤竹に少し頭を下げた。


「というか、その時戻りの石? ってなんなんです」



 純粋な疑問が口に出ていた。なんだか一人置いてけぼりな私に、藤竹が私に云う。



「ああそれはな」



・・・



 藤竹と摩訶不思議株式会社が共同開発した期間限定販売の商品であることなど改めてざっと、〝時戻りの石〟についての説明を受けた。



「ああ、さっき車の中で言ってたやつがこれか。なんだか難しいな。私には無理。名前まんま時戻りできるものってことだけ頭に入れとく」


「ああ、それでいい。まあ馬瀬は俺の作るもんに興味ないもんな!」


「覚えたって無駄っちゃあ無駄かな」


「おおい、なんてこと云うんだ! 覚えといて損はないぞ? 事前知識ありで誰かが時戻りするのを見てると、他の人とは違って時間が改変されても記憶を失わないんだぜ! しかも記憶があることで行動に関しても改変の影響を受けず、その日の行動がなかったことにはならないで、自分や物がどっかに消えたりせず、立ってる場所も変わらずだ」


「あー……でもだんだん事前知識ってやつを持ってる人が増えると記憶を保持できちゃう人が増えるわけだから、時戻りの石の意味がなくなってきそう。あ、だから期間限定?」


「そうなんだ。ここが難所でね。今の俺の技術じゃこの部分が取り除けなかった。意外と難しかったんだ。思えば今まで作ってきた商品たちは、使用者個人の身体や内面に焦点を当てるようなものが多かった気がする。だが、過去へ意識が飛んで行くタイムリープをするこの時戻りの石は、改変などで周りに大きな影響を及ぼす。こういうのを作るのは苦手分野かな。悪用される可能性も増えちゃうしさ。まあ期間限定だからこそ、この商品は輝くのかもしれないね」



 藤竹は嬉しそうに語る。



「出てくるぞ」と、込山さんがマンションの方向を指差した。



 見ると、警察官に肩を掴まれて俯きながら出てくる少年の姿があった。部屋着のような姿だ。胸が痛む。それは熊川という少年やその父親への同情の気持ちなのかは分からなかった。



「嘘だろ、下駄少年」



 藤竹の一言で分かった。今すぐそこで連行されている熊川緑郎と、藤竹を呼び出した下駄少年は同一人物だと。



「え、何知り合いだった?」


「俺らをここに呼んだ、少年だよ」


「は? え、藤竹と馬瀬さんは緑郎くんに呼び出されたって? ……まじか」



 込山さんは混乱した様子で、髪の毛をわしゃわしゃと掻く。



「……まずいな」



 藤竹が視線を逸らさないまま、身構えた。


 私にはその意味がよく分からなかったが、込山さんも蓮見さんも何かを察したように、じっと少年を見ていた。


 熊川少年が、ズボンのポケットから何かを取り出す。桃色の、石のような塊だ。それを自分の口に運んだ。


 藤竹が叫ぶ。



「くそ、時戻りだ!!」









(終わり)

















































-登場人物-


●馬瀬千寿子

読み:ませ ちずこ

主人公「私」。女性。少し下向きな性格。二話から藤竹に借りた大きいパーカーを羽織っている。藤竹と友人の仲。藤竹のことを「変人」「馬鹿」と言うことが多い。だがなんだかんだで一緒にいる。

太陽が出ている時間のことを夜と呼ぶ。


●藤竹骨

読み:ふじたけ こつ

謎が多い男性。推定二十代?少々天然(馬鹿)。だが薬を開発するほどの頭脳は持ち合わせている。

摩訶不思議株式会社営業課所属(だが幽霊社員)。それとは別に星屋という看板を掲げ、自身で開発した不思議な薬を夜な夜な売っている売人。運転免許取得済。

昔、昼夜の概念が今とは逆だったと言い、自身も太陽が出ている昼に起きて月が浮かぶ夜に寝る。この説はこの世界ではおかしい、そんな藤竹を周りは変人と呼ぶ。


●熊川緑郎

読み:くまがわ ろくろう

一話で主人公「僕」だった「下駄少年」。男性。中学二年生(成長期)。わりと冷静で達観しているけど、少し精神的に不安定。サンダル感覚で下駄を履く。父親が嫌い。

一人だけ友達がいる。その友人はオカルト好きで「昔は昼と夜が逆だったんだよ」と藤竹のようなことを言う、そこらをフラフラしているような人間らしい(一話参照)。

馬瀬と同じく、太陽が出ている時間のことを夜と呼ぶ。


●込山蛇蓮

読み:こみやま じゃれん

摩訶不思議株式会社営業課勤務の男性。年齢不明。藤竹とは会社の同期。だが藤竹にはそんなに仲良いとは思われてない。そのことは込山本人は知らない。

蛇っぽい顔らしい。


●蓮見鷹世

読み:はすみ たかよ

摩訶不思議株式会社営業課所属。女性。番外編「転機」で主人公だった。年齢は番外編冒頭の描写からして少なくとも三十は越えている。

眼鏡をかけている。



































-あとがき-


ここまで読んで下さりありがとうございました!


毎回振り返れるように登場人物まとめてるけど、ちょっと長いからもっと短くしないとな。


この小説が昼夜の概念逆な世界観なのは、ファンタジー感を出したかったからです。普通の私たちが住んでいるような世界の中で藤竹みたいな奴がいては違和感がすごいので。いやどちらにせよ変な人だから違和感すごいか。


ちなみにですが、この次の投稿で、とあるキャラクターの心情のポエム?詩?を書きました。タグからも飛べます。誰の話なのかは秘密です。いずれ分かるようにしてあります。


最後に。もし良ければですが、感想をいただけたら幸いです。六話はまた投稿すると思います。そちらも良ければ見てください。ありがとうございました。

筧沙織>・2024-01-18
『こんな夜には星屋がひらく。』
小説
創作
物語
小説/from:沙織
独り言
憂鬱
辛い
バディ
友人
大丈夫
父親
ファンタジー
花が散る

目と目があうと


それが合図で


お互い同時に走り出す。

心羽໒꒱.·・2022-04-27
目と目が合うと
相棒
バディ



第一章-四話「動悸」





 スマホで一度ゲームしただけで、私は案の定車に酔っていた。自分の足の輪郭が揺れて掴めない。ダッシュボードにもたれかかって目を瞑る。



「酔った」


「だから言ったのに。『酔わない?』って」



 藤竹が半笑いで云う。それを耳にしながらも、今だけは苛つきよりも吐き気が勝っていた。(嗚呼、こいつの隣では苦労が多い)と。



「うん。これは自業自得すぎたね」


「いや、急に乗せた俺も悪い。外眺めたら楽になるかもよ」



 藤竹は自分のもとにあるスイッチを押し、私の側にある窓を一番下まで下げた。太陽の光が混じった暖かい風が香る。



「そういえば最近な、摩訶不思議と商品を共同開発したんだ」


「へえ、すごいじゃん」



 藤竹は天才だ。普段の言動からは想像もできないほどに頭がいいのだ。だが残念なことに天然というか馬鹿なせいでその頭脳が隠れてしまっている。私はそのことを残念に思っていた。その場の感情が邪魔して、いつも素直に褒めることができない。


 藤竹のどことなく嬉しそうな顔を見て、すごいじゃん、って私らしくないことを言ってしまったかもと思う。



「でしょ? 会社の方でも結構売れてるらしい。期間限定品だけどね。訪問販売みたいな売り方だし」


「忙しそうね。ていうかあんた営業課じゃなかったっけ……開発じゃなくて営業したら。それか開発部に行けよ」



 また素直になれなかったと思うと、忘れかけていた車酔いの吐き気が戻ってきて、外を眺める。いつの間にか景色がすっかり変わっている。目的地に近いのだろうか。



「それはなんかめんどくさいじゃん? 星屋と分けたいんだよ」


「ほんとになんで営業課にいるの。あー気持ち悪い」


「それ俺のこと言ってる?」


「どっちも」



     *



 インターホンの音が鳴る。もう夜だというのに、誰かが来たようだ。思わず倒れている父を運ぼうとするが、その重さに自分より体重がある男を運ぶのは無理があると気がついた。頭を抱える。なんとかこのリビングに通さないように対応しよう。それしかないと思った。


 不自然じゃないか、部屋着ではあるが鏡で身だしなみを軽く確認して玄関に向かう。インターホンのモニターを確認すると、スーツの男性と女性がいた。知らない顔だった。こんな夜にセールスかと思うと一気に怖くなり、恐る恐るサンダルを履いてドアを開ける。



「こんばんは」



 切れ長の目をした男性がかすれた声で云う。隣の眼鏡をかけた短めの髪の女性も会釈して何か云っていたが、疲れているのか声が小さく聞こえなかった。目の下の隈がひどい二人だった。「こういうものです」と二枚の名刺を渡された。


<摩訶不思議株式会社営業課 込山蛇蓮(こみやま じゃれん)>

<摩訶不思議株式会社営業課 蓮見鷹世(はすみ たかよ)>


 男性の方は込山、女性の方は蓮見というようだ。どちらも〝蓮〟の字が入っていることに気づく。


 自分も「熊川緑郎です」と名乗ると、悪く高鳴る心臓に手を当てた。こんな怪しい奴らに名乗ったのはいけなかっただろうか。



「今、こちらの商品を販売して回っておりまして」



 その込山の言葉が合図かのように、蓮見が鞄から小さい箱を取り出す。そして箱が開封され、中身を見ると、声が出ないほどに僕は驚いた。



「店では売っていない限定品なんですよ」


「こ、これ……! 時戻りの!!」



 箱の中身は、まさに今求めていた〝時戻りの石〟だった。一瞬、数十分前に時戻りの石が目的で電話をしたの星売りこと藤竹の顔がよぎるが、目の前に目的の品があるのですっかりそのことは頭の隅に行き、今すぐこの石を手にしたくてうずうずしている。



「ご存知ですか」


「はい名前だけは。どんな商品か、興味があります。あがって説明してくれますか」



 と言い出しながらも僕は(やっちゃった……)と内心思っていた。なぜならリビングには血を流して倒れている親父がいて、その他にこの家には自分の部屋と親父の部屋くらいしかないからだ。もはや通す場所は一択で、二人を自分の部屋へ迎え入れることにした。



「この時戻りの石について、説明をさせていただきます」



 散らかっている僕の部屋の中で、込山が話しだす。隣で蓮見が商品を見せてくれる。



「この飴玉サイズの石を口に含んで思い浮かべた時間へ、意識だけ戻ることができます。つまりタイムリープ。そうして自分の身の回りのことをやり直せるのです。ですが使えるのはたった一度きりです。一度使うと、石自体が口から消滅します」

「石を吐き出すもしくは飲み込むと、石を口に含んだ時間と同じ時刻、改変後に意識が戻ります。そして改変前の石を使用した時刻にいた場所と同じ場所に瞬間移動します。客観的に見ればあなたが消えたと思うかもしれませんね。つまり過去に居続けるにはずっと石を口に入れ続けなければならないということです。石を使用した時間にそのまま追いついてしまった場合も同じように瞬間移動をします。つまり必ず起きるということですね」

「注意点ですが、例えばこの石をあなたが使用した瞬間を、時戻りの石と認識した上で見た人がいた場合、その人はあなたが変える前の世界を覚えたままで、改変後の世界で生きます。普通だと改変前の世界の記憶を失うはずが、です。あなたが時戻りしたことを知るということですね。そしてその〝忘れなかった〟人物は、タイムリープした本人と同じように、改変後の世界で、石を使用した時間にいた場所と同じ場所に瞬間移動するのです。時戻りをした本人と忘れなかった人物が、改変前に使用していたものなどもそのままです」

「……と、お分かりいただけましたでしょうか」


「はあ、大体は」



 難しすぎて頭に入ってこなかったのが正直なところだった。


 つまり時戻りは、戻りたい時間をイメージしながら石を口に入れることで意識だけ過去に戻る、タイムリープすることができる。口に入れている間だけ過去に戻れる。石を口から出すか飲み込むことで石を口に入れた時間に飛ぶか、もしくは石を口に入れた時間までそのまま過ごすことで、石が消えて時戻りが終わる。


 時戻りをした本人と、それを時戻りだと分かりながら時戻りの瞬間を見ていた人間だけが、記憶を失わずに改変後の世界を迎え、時戻りをした時間に改変前と同じ立ち位置に瞬間移動する、ということだろうか。


 値段を聞いて、胃が痛む。財布に入ったお小遣いのほとんどがなくなることになるが、親父を今度こそ消すためにはどうってことなかった。



「お買い上げありがとうございます」



 茶色のラベルが貼られた透明な瓶に入った、桃色に光る石。冷たく硬い瓶の感触が特別感を醸し出す。自分の手の中におさまっている瓶を見て、やらなければという覚悟を強める。



(この石で、あの日に戻ってやる。そして、感情に任せ計画なしに親父をなぐってしまったこの日を変える。今度はちゃんと、……僕にできるだろうか。というか、そもそもやるべきだろうか。いや、やろう)



 僕は二人を玄関へ連れていた。見送るためだ。後ろで込山と蓮見が会釈をしながら肩を小さくして歩いている。



「きゃっ」



 後ろで短く悲鳴が聞こえた。蓮見の声だ。



「どうした?」


「ドアの奥……だ、誰か倒れてる!」


(ああ、しくじった)



     *



 酔いのせいで落ち着かず、忙しなくチラチラ外を見てはやめたりを繰り返している。今は夜だ。いつもなら自室でゆっくりしている時間のため、睡魔も襲ってきている。



「……あの少年、なーんか幸薄そうな匂いがしたから星の粉薬を特におすすめしたんだけど。やっぱりなんかあるんだよなぁ」


「何、下駄少年が?」


「そう。ただ冷静な子ってだけじゃなくて。うーん、うまい言葉が出てこないな」



 そう唸ると藤竹は、片手をハンドルから離してつむじを掻く。



「会えば分かるんじゃない。電話もらったとはいえ、一度しか会ってないわけだし」



 そうだ。私は一度もその下駄少年とやらに会っていないし、藤竹でさえも顔を合わせたのは一度きり。改めて、そんな仲の相手からもらった電話でこれほど時間をかけて訪ねるのは藤竹くらいだと呆れる。



「そうだな。もうすぐつくしな」


「やっと? この吐き気から解放される」



 もう藤竹の家から出発して一時間半くらいは経つ。やっと地に足がつけると胸を撫で下ろす思いだった。



「ほんとすま……ん? なんだあれ」



 藤竹が謝ろうと視線をこちらに向ける途中でその動きを止めた。私は何があったのかと顔を覗き込み、視線の先を追った。数々のマンションや一軒家が建ち並んでおり、太陽光で見えにくいがよく見ると何かが赤く光っている。耳を澄ましてみるとサイレンが聞こえた。



「なんか騒がしいね。パトカーとか救急車かな」


「いやいや、あのマンション下駄少年の住んでるとこだよ!」


「……まじ?」



 一瞬の沈黙のあと、驚く。



「うん、まじ。やな予感だね」


「とりあえず行ってみよう」


「うん」と返事をすると藤竹は車を近くに止めた。



 野次馬からくる喧騒がよりはっきり聞こえた。シートベルトを外し車から降りる。砂か何かで少しざらついた窓に手をついて私は深呼吸をし、吐き気が薄まったところで顔を上げる。借りて着ている藤竹のパーカーが、温かいけれど大きくて少し動きにくい。


 藤竹は既に赤い光の方へ歩いていた。その背中を追いかける。


 追いついたところで、藤竹の顔がパトカーの回転灯の光で真っ赤に染まっていて少しゾッとした。目を見開いて集中するように藤竹はパトカーの様子をうかがう。すると向こうから、二つの人影が駆け足でやってきた。



「藤竹!」










(終わり)


















































-登場人物-


●馬瀬千寿子

読み:ませ ちずこ

主人公「私」。女性。少し下向きな性格。二話から藤竹に借りた大きいパーカーを羽織っている。藤竹と友人の仲。藤竹のことを「変人」「馬鹿」と言うことが多い。だがなんだかんだで一緒にいる。

太陽が出ている時間のことを夜と呼ぶ。


●藤竹骨

読み:ふじたけ こつ

謎が多い男性。推定二十代?少々天然(馬鹿)。だが薬を開発するほどの頭脳は持ち合わせている。

摩訶不思議株式会社営業課所属(だが幽霊社員)。それとは別に星屋という看板を掲げ、自身で開発した不思議な薬を夜な夜な売っている売人。運転免許取得済。

昔、昼夜の概念が今とは逆だったと言い、自身も太陽が出ている昼に起きて月が浮かぶ夜に寝る。この説はこの世界ではおかしい、そんな藤竹を周りは変人と呼ぶ。


●熊川緑郎

読み:くまがわ ろくろう

一話で主人公「僕」だった「下駄少年」。男性。中学二年生(成長期)。わりと冷静で達観しているけど、家庭環境もあって少し精神的に不安定。サンダル感覚で下駄を履く。父親が嫌い。

一人だけ友達がいる。その友人はオカルト好きで「昔は昼と夜が逆だったんだよ」と藤竹のようなことを言う、そこらをフラフラしているような人間らしい(一話参照)。

馬瀬と同じく、太陽が出ている時間のことを夜と呼ぶ。


●込山蛇蓮

読み:こみやま じゃれん

摩訶不思議株式会社営業課勤務の男性。年齢不明。藤竹とは会社の同期。だが藤竹にはそんなに仲良いとは思われてない。そのことは込山本人は知らない。

蛇っぽい顔らしい。


●蓮見鷹世

読み:はすみ たかよ

番外編「転機」で主人公だった「私」。今回本編初登場、下の名前判明。年齢は番外編冒頭の描写からして少なくとも三十は越えている。摩訶不思議株式会社営業課所属。

眼鏡をかけている。



































-あとがき-


ここまで見て下さりありがとうございます!


登場人物が増えてきましたね。あら?蓮見さん、こんなところに。前回投稿した番外編の主人公の蓮見さんが本編に登場です!下の名前は鷹世と判明。まさかの込山と行動しているようです。


時戻りの石の説明もう自分でもよく分かってないです(笑)。とりあえず設定まとめのメモとかあるんですけど。矛盾とかないといいな。


私は一応アナログ(へっぽこ)絵師なので、一昨日くらいまで実は、馬瀬・藤竹・緑郎・込山・蓮見、の五人をイラストにしてました。見た目の設定とかある程度あるので描きやすいっちゃあ描きやすい。


藤竹の顔が一番苦戦した。目ん玉でかいっていうイメージはあったけど。どうかなあ。蓮見さん、かっこよく描けた。イラストの中では個人的に込山が一番シンプルでかっこいい見た目してて好き。(脱線失礼)


小説の書き方というのはいつも試行錯誤していて。何故か一話二話番外編と今回四話は一人称視点、三話のみが三人称視点になっております。統一感がなくてほんとすみません……。


三話の地の文の書き方を根本から修正すると混乱するし、私がめんどくさい(←作者)と思うのであえてしません。どうか気にせず読み進めてください。


元々私は一人称視点の小説を書くのですが、何故か苦手な三人称に挑戦してみたくなったんでしょうね。難しいです。人物名を出しすぎてしまうし。


実はこの四話はもう最後近くまで三人称視点で書いてたんですけど書き方がばらばらになることに気がついて急遽修正して馬瀬目線と緑郎目線にしてます。でも修正前に三人称視点の四話を見返すと、うっかり地の文に「私はー」とか書いてしまってて(笑)。一人称視点の癖が抜け切っていなかったですね。


毎度言ってる気がするけど、物語に進展あんま無くてすみません!


最後に、もし良ければですが感想をいただけると嬉しいです。改めて、ここまで読んで下さりありがとうございました!

筧沙織>・2024-01-05
『こんな夜には星屋がひらく。』
小説
創作
物語
小説/from:沙織
独り言
憂鬱
辛い
バディ
友人
大丈夫
父親
ファンタジー
大切な人

かんくんの卒業ライブのvlog、
やっぱ見ちゃうんだよなぁ。
今も見てて、感動😭
3回目でも涙が出てきちゃう…
かんくんはほんとにみんなに愛されていたことが、仲間の言葉でよく分かる。
かんくん、ゆうまくん、せいやくんの同期組は一緒に長くやってきたからこそ、感じるものがあって、
かんくん、はるきくんの変温動物組は愛くるしくて、
ほんとにこのBUDDiiSっていうグループに出会えてよかったし、
胸を張ってBUDDiiSを推せる!
BUDDiiSを推すきっかけを作ってくれた、ドラマ君の花になる。一生感謝します!
今後もバディ兼8LOOMYとしてみんなの活躍応援してます!

おみく🍅・2023-04-06
おみくの推し事
BUDDiiS
バディチャン
結城叶多
卒業
バディ
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