【ForGetMe~クロとユキ~第十四話 スマホ】
河川敷に
よくもここまでと言うほどの
パトカーが止まっていた。
暗がりに……無数の
赤色灯の光が折り重なっている。
「クロ、早く行くぞっ」
車を停めるなり杉浦は
ドアをあけて
衛のテントへと駆けていく。
杉浦はきっと焦っていた。
想いは俺も同じだ。
やけにまとわりつく様な
空気を感じながら
ブルーシートをくぐると
先に行ったはずの
杉浦の背中にぶつかった。
石のように動かない。
「おい、杉浦、こんな所で止ま……」
止まるなよ、
咎めようと身体をずらすと
想像を絶するような光景が
目前に広がっていた。
「な、んなんだよ……これ」
そこには
高水敷の縁から
河に流れ落ちる夥しい血。
辺りを立ち込める、異臭。
ブルーシートを捲る科捜研の人間。
その視線の先にあるのは
腹が異様に
落ち窪んだ柏沖衛の遺体だった。
頭には毛髪すらなく
頭蓋骨が剥き出されている。
俺だって刑事だ。
殺人事件現場に
臨場した事も何度だってある。
刑事になってはじめての臨場だって
ぎりぎりで嘔吐は堪えたのに
……なんだ、
この腹の底から込み上げる不快感は。
「…クロ、杉浦」
苦虫を噛み潰したような顔を
していたであろう俺たちに
楠さんが声をかける。
「ガイシャな、腹を切り開かれて、内部は河へ投げ捨てられてある。頭の皮も剥がれているようだが、今のところ残骸は見つかってない。ここまでひどいと逆に滑稽だよ」
楠木さんは、眉を顰めながら
大きく息を吐き出した。
滑稽と言っておきながら
顔はどうだ。
切羽詰まって見える。
俺たちは、喉を鳴らして
唾液を飲み込み、体内から震えた。
俺たちの漫然とした捜査が
この事件の
引き金になったのではないか
出さなくていい被害者を
出してしまったのは……
俺たちではないのか。
現場の凄惨さが
そんな思考に火をつける。
目が回るようだった。
「楠木」
簡易的な検死を終えたのだろう。
楠木さんと同期の検死官
笹谷 努が
俺たちを見つけて声をかけた。
「ガイシャ、もしかするとトリメチルアミン尿症かもしれないな」
「トリ……なんだって?」
「トリメチルアミン尿症。所謂、魚臭症だね。ほら、この異臭、鉄の匂いだけじゃないだろう?すえた魚の臭い、こいつがトリメチルアミン尿症患者の特徴でね」
魚臭症……
柏沖衛、亮に共通した匂いの正体。
「この病気って、遺伝はしますか」
俺が聞くと笹谷さんは
唸りをきかせて言った。
「遺伝子変異による病気だからね、そう言った要因はあると言われているけど、なんせ患者数が少ないから。まぁ、詳しい検査をしてみなけりゃわからないけど」
「何か気になることでもあるのか?」
楠木さんの眼光にさらされた俺は
杉浦に口を開かせる。
「息子の亮も同じ匂いがしたんです。六年前の事件も、衛か亮……どちらかが磯辺宅へ押し入ったのだとすれば、冴が残したサカナツリという言葉は…もしかしたらこの匂いがそう思わせたのでは、と」
「なるほど、有り得る線では有るな」
楠木さんが渋く頷いたその時だ。
近辺の交番に務める巡査が
敬礼と共に近づき、言った。
「自転車が見つかりました」
「自転車だと?」
「はい、堤防の上です。その近くの草むらからはスマートフォンも見つかっています、来ていただけますか」
「ああ、わかった」
俺たちがそちらへ移動すると
なるほど。
黒い自転車が
まるで人だけが忽然と
消えたように倒れていた。
しゃがみこんでよくよく見ると
血痕もべったりとついている。
「犯人が乗り捨てたのか…?」
「現場のこんな近くに、か?」
「何の為に?」
「……さあ?」
杉浦と言い合い
首を捻った。
「お、おい!クロ!杉浦!!」
鑑識が写真を撮り終えた、
スマートフォンの方から
普段の落ち着きを欠いた楠木さんの
焦燥極まる声が聴こえる。
何事かと顔を見合せ
楠木さんの元へ急ぐと
「これ……お前ら、だろ?」
「え……?」
目を細める隙もなく
突きつけられたのは
スマホ画面。
トップ画像に
設定されていたのは
俺と、杉浦が
酔っ払って寝坊ける写真。
ドクン
心臓が、おかしい。
見覚えのある桃色の手帳型
スマートフォンケース。
気をつけろっていうのに
いつもスマホを所構わず
落としてしまうから
角がぼろぼろだ。
杉浦が誕生日にプレゼントした
小さなテディベアのストラップ。
俺が就職祝いに買ってやった、
クマのイヤホンジャック……。
可愛いクマが大好きな、
六花の……スマホ。
「い、妹、のスマホ……です」
なんとか口にした一言に
杉浦はギリッと歯を食いしばる。
「クロ、お前の妹、交通課だったな?連絡は」
「は…い、ひ、昼からとれ…」
情けない。
声が張り付いて
唇が震える。
声に出来ない。
「わかった、お前らはここに」
楠木さんの指示を遮って
咆哮のような杉浦の
叫び声が耳に響いた。
「クロ…!行くぞ!六花を助けに行くぞ!」
六花を
助ける
その言葉に
虚ろな眼は開かれた。
「あ、ああ……っ!」
「あ、おい!クロ、杉浦待て!上の指示を待…」
楠木さんの声は
遠ざかる。
俺たちは六花を助ける為
その痕跡を追うべく
柏沖の自宅へと向かった。