…閲覧注意…
ホラー要素有
いつもの通学路。
赤いランドセルを背負い
毎日、毎日
花を摘んで帰る女の子がいた。
「何しているの?」
「花、つんでる」
「うわぁ、はなちゃんすごい、お花いっぱいだね」
「…うん」
「それどうするの」
「……お母さんにあげるの」
はなが友達のサラに
そう言うか言わないかの間に
「サラ」
「あ、ママ」
母親がサラを迎えに来た。
「ばいばい、はなちゃん、またね」
「うん…またね」
はなはその場に立ち尽し
サラが母親と手を繋いで
帰っていく様子を見つめていた。
「はなちゃん、お花つんでたの?」
「うん!お母さんにあげるんだって」
「そう、はなちゃんのお母さん病気だから、きっと早く元気になって欲しいんだね」
「うん、優しいね」
――異食症。
「ただいま…」
ベニヤ板にトタンを張り付けただけの貸家。
そこがはなの家だった。
兄弟はない。父もない。母ひとり子ひとり。
母子家庭だった。
はなは、さして寂しいと思ったことは無い。
はなの世界には元々、自分以外の人はいないのだ。
自分以外はみな、家畜か虫けらか
はたまた人ではない何かと思っている。
はなは垢がたまって
茶色く線を引いた首をぽりぽりとかいた。
ふとズボンが破けているのを発見すると
はなは、すぐさまズボンを脱ぎ
ビリビリとさらに破いて微笑んだ。
下着のまま、廊下を歩む。
木の板はギシギシ鳴った。
ううー、ううーと
うめき声が近づいてくる。
そして、1番奥の部屋に到達した時
床の上にはなの母親はいた。
「お母さんただいま」
「うう……うう」
うめき声は母親の喉から発されたものだった。
はなの年齢を考えれば
母親だってまだ若いのだろうが
ざんばら頭に、白髪、痩せた体
落ちくぼんだ目。
どう見ても老婆でしかない。
はなは項垂れる母親の猫背を淡々と正してやった。
「お水のむ?」
「……ご、はん」
「うん、とってきたよ」
はなはさっき道端でつんできた野花を
母親の布団の上にバラバラとばらまいた。
すると母親の目の色が変わった。
まるで獲物を見つけた獅子のように
まるで一週間何も口にしていない乞食のように
花を掴んではむしゃむしゃと口へ運ぶ。
急いで食べては唾を飛ばした。
摘んできたばかりの花だ。
新鮮で美しい花には虫だってつく。
母は時折虫だけを摘んで
はなに分けてよこした。
はなは、当たり前の事のように
それを口に運んだ。
狂った世界を
狂っていると思えない
はなの生まれた場所は
そういう場所だった。
母親の異食症は
もうずっと治らない。
病院にいく金もない。
はなは一年中
せっせと花を運ぶしかなかった。
しかし春、夏、秋と過ぎ
季節は冬になると大変だ。
毎年冬になると
母親はとても辛そうだった。
食料となる花がないのだから。
「花…は…な、花が食べたい、花」
「いつもの、お花屋さんに行ってみる」
はなは、雪がしんしんと降り積もる中
通学路と同じ道を通って近所の花屋にきた。
冬は花が咲いていないので
しかたなく、はなは花屋で
悪くなった花を
もらって帰ることにしていた。
でもどうしたことだ。
店が開いていない。
はなは、店の裏に回り、花屋の自宅の戸を
寒さで震える拳で叩いた。
「まあはなちゃん、こんなに寒いのにそんな薄着で…」
「……お花、もらえますか」
雪を払いながら、花屋のおばさんは
申し訳なさそうな表情をうかべた。
「はなちゃん、うちね、お店閉めることにしたの」
「え…?」
「おじちゃんが倒れちゃって競りにいけなくなっちゃったから」
はなが言葉を失っていると、
おばさんは心苦しく思ったのか
待っててと言い残し、奥へと戻っていった。
やがて戻ってきたおばさんは
大きな袋を持っていた。
中にはやわらかいタオルと、袋いっぱいのおかし
それからほかほかのおにぎりが入っていた。
「はなちゃん、またおいで」
「……はい」
そう返事はしたが、はなの頭の中は
これから母親の食料をどう調達するか
そのことで頭がいっぱいだった。
家に帰ると、はなは
汚れた皿を服の裾で拭って
花屋のおばさんにもらってきたおにぎりを乗せ
母親にもっていった。
「お母さん…ご飯だよ」
母親は嬉々としたが
はなの手に乗せられているのが
おにぎりだと知ると顔中しわだらけになった。
「はな、はなは?はなは、どうしたの?」
「お花、ないの、ごめんね」
「はな、…はな、はな」
「でもお母さん何か食べないと死んじゃう」
「花、はな、はな……」
「食べてみてよ…きっとおいしいよ」
はなは、皿の上のおにぎりを
手にとると「花、花」と
うわ言のようにつぶやく母にすすめたが
やがてそれは母親の怒りを買った。
「んんんー!あー、うううう」
母親はなんとも言えない叫び声をあげながら
はなの手の中のおにぎりを払うと
はなに馬乗りになった。
「はな、花、はな、はなは!?花」
そして、胸ぐらをつかんで
浮かせてはごんごんと床に押し付けた。
(お母さんが食べたいのは…はなならなんでもいいんだ)
「……お母さん、わかった」
はなは、悲しそうにそう言って
また、雪の降る通学路に出た。
花屋を通り過ぎて
ホームセンターへとたどり着く。
腐り落ちるのではないかと思うほど
足は冷たくて、感覚を無くしていた。
はなは、迷わず包丁を手にとると
レジへ持っていったが、従業員にとめられた。
「お嬢ちゃん包丁は大人の人じゃないと売れないんだ」
「……お母さんに、頼まれた」
「それじゃあお母さんと一緒においで」
「……うん」
はなは、包丁を諦めると違うレジへと並び
太いロープを買って
また通学路の道をとぼとぼと歩き出した。
「あれ?はなちゃん?」
呼ばれて振り返るとそこには
暖かそうなオーバーともこもこの手袋
毛糸の帽子で防寒したサラがいた。
「どうしたの?」
「お母さんに、はなを届けに行くの」
「ふうーん、お花あるの?」
「うん…」
「ね、少し遊ぼ?」
はなは断ろうかと思ったが
楽しい思い出をひとつくらい作ろうと
サラの誘いに乗った。
雪玉をころがしながら
サラは言う。
「そーいえばはなちゃんの名前かわいいよね」
「そう?」
「うん!かわいい」
「……ありがとう」
呟くと、サラはまた口を開いた。
「サラの名前もね、はなちゃんと同じなんだよ」
「…え?」
「あのね、名前の意味がね、サラも花なんだって」
はなは、じっとその話を聞いた。
「なんかね、沙羅双樹っていう木の花が白くてかわいいんだって!ママが1番大好きな花の名前、サラにつけてくれたの」
「へぇ……」
はなは、にっこりと笑い、一言告げる。
「そっか、サラちゃんも、お花なんだ」
「うん!同じだね」
そして、はなは今まで見せたことがない程
安堵した表情を見せながら
買い物袋の中のロープに手を伸ばす。
――雪にかき消された悲鳴は通学路に落ちた。
「〇〇小学校の学区内で12月から2月にかけて起きている小学生の行方不明事件で、不明者の名前に共通点がある事がわかりました………行方不明になっているのは、間谷サラちゃん、月野ひまわりちゃん、田邊あおいくん……」