短編小説
『それでも、君を』
あと14時間10分後
君は死ぬ。
惨たらしく
理不尽に
誰も手を出せぬ
不平等の名のもとに
運命の輪の中で。
回避なんてできない
この運命からは逃れられない
落ちないのならば刺して
刺せないのならば殴って
殴れないのならば絞めて
君は死ぬ。
私が何をしたって
世界の運命からは逃れられない。
伸ばせる手は30cm程度
出せる声は笛よりも小さく
悠々と空を舞う
あの鳥の方が君を知っている
私が、あの子が
この世界に何をしたというのだろう
生まれてきた
ただそれだけのちっぽけな命に
何を求めようというの
ご飯を食べたからですか。
沢山でてきた料理、
少し残したからですか
家に入ってきた虫
沢山ころしたからですか
死ぬまで
生を軽んじたからですか
『また明日ね!』
そんな言葉を
無邪気に信じたからですか
カランと手から滑り落ちたカッター
携帯電話だけが光る部屋
ふたりで撮ったプリクラ
当たり前と同じ部屋で
異常に酸素が薄くなっていく。
いつからここに居たんだっけ。
もうじき君が死ぬ
何度もやってるのに
糸口は何も見つからないまま。
このまま眠ってしまえば
明日にならないだろうか
なんてことなく
朝日が上がってくれないだろうか
ああ、
ああ、いやだ。
"死にたくない"
オトナになりたい
もう、君なんてどうだっていい
君がいない世界だって
私がいればいい
どうしてだろう
どうして私だったんだろう
どうせ戻すなら
もっと強い人だったらよかった。
隣のお兄さんのように
ジムに通っていて筋肉が凄い人だったら
君を抱えて何処までも逃げられた。
学校の先生のように
凄く頭がいい人だったら
きっとこのループの終わりを見つけられた。
どうして、
どうして私だったの。
テストはいつも中の上で
体育は苦手な方なのに。
どうして終わってくれないの。
出来ないなりに頑張ったのに。
分からない事沢山考えたのに。
何をやっても君は死ぬ。
伸ばされた手を掴んだら背中を刺された
逃げてみれば暴走車に轢かれた
全て話しても何も変わらなかった
君が居なくなって
"私も居なくなった"
ずっと今日が終わらない
ずっと君が死ぬ今日が
私だけが死んでも
君だけが死んでも
どうして。
あの子が何をしたの。
私が何をしたの。
どうして。
警察は信じてくれなかった。
困った顔で電話してた
困った顔で私を見てた
困った顔で
面倒だと目が言っていた
彼等は悪くない。
分かってる
だって私もまだ信じられない
今日だけが終わらない
歳を取らない
同じ日がずっと。
ずっと。
そんなの誰が信じる
神様も信じてない人ばかりなのに
私だって死ぬまで
1ミリだって信じてなかったのに
流れる血と君の死ぬ顔と
冷えていく体に
ようやく理解したのよ。
信じられるわけがない
そんなことは知っている。
知っているけれど、
"だからなんだ"
今私はループして
死ねなくて
苦しくて
信じてくれてもいいじゃない
気付いてくれてもいいじゃない
だって私、
こんなに頑張ってるんだから。
神様がいるであろう空に
何度だって願った。
『死なせてください』
『ころしてください』
もうやめたいと
泣き喚いた時もあった。
怒りをそのまま君に向けたこともあった。
頑張らなきゃいけないんだと
思えたのは最初の数十回だけ。
それ以降に湧くのは絶望しかない。
手首につけた傷が
ジクジクと私を責める。
諦めるな。
今回はきっと。
そんな言葉が聞こえてくる。
私にそっくりな声が
私を責め立ててくる。
次こそは
大丈夫
どうして行かないの?
どうして助けないの?
責める
聞こえる
ノイズが
頭に鐘を打ち鳴らすように
ノイズが
「うるさい」
床に落ちたカッターで
煩わしいノイズごと傷を割いた。
ドクドクと流れる血だけが
私がまだ生きていると知らせてくれる
…知らせてくれる?
なんで
そんな
それじゃあまるで
"生きていたいみたい"じゃないか
死にたいなら
感じなければいいんだ。
死にたいなら
「うるさい」
強く、強く
目を瞑った。
もう、訳が分からない。
君が憎い
君が羨ましい
君さえいなければ
君さえ死んでくれれば
わたしは、ちゃんとしねるのに
『また明日ね!』
君が憎い
君だけが憎い
君さえいなければ
君さえ、
世界で一番なんて
嘘だったのよ
私は私が大事だったの
私は私だけが大切だったの
君なんていなくても
私は生きていればよかったの
君なんてほっぽり出して
さっさと死んでしまいたかったの
けど、ねえ
私たちふたりぼっちだから
私と君しか世界に嫌われてないから
死んだりしないでよ
ひとりにしないでよ
ねえ
今回は何もしなかったから
きっともうじき君は死ぬ
だからいかなくては。
次こそは手掛かりをみつけて
君を生かして
私は死んで。
血みどろになったカッターを
そっと首に添える。
迷いなんてものはない。
もう何度も繰り返した動作だから
もう痛みなんて感じないから
それでも、ふと思う。
「どうして私、
こんな風になってしまったの」
はやくいけと
ノイズが私を呼ぶ
暗くなってゆく部屋を最後に映して
ゆっくりと手に力を込めた。
次こそはなにか
見つかるんだろうか。
終われるんだろうか。
今更だっていい。
もし神様が願いを叶えてくれるなら
私は、無駄を消費していたあの頃に
なんでもない日々に戻りたい。
そう、ただ
君と笑っていたあの頃に。
何も知らずに愛を唄えたあの日々に。
サシュッと
軽い音と共に血が吹き出す。
つんと広がる鉄の匂いに
抵抗することなく身を任せた。
"ひとりで映るプリクラ"を最後に
視界は黒く染まっていく。
どうか
どうか
終われるといい
君を忘れてしまわないうちに
君を愛せなくなる前に
それで、
そう
欲を言うのなら
みっともなく願いを請うとするなら
私はもう一度
もう一度だけ
君に助けて欲しかった。
Fin
イメージ楽曲
『幽霊東京』/Ayase
『いかないで』/想太