短編小説
永遠が存在しない此世で君に永遠を誓う
梅雨は嫌いだ
じめじめした空気、 低気圧による偏頭痛
何より靴の中に入ってくる水ほど
不快なものはあまりないだろう。
......また水が入ってきた
少し駐車場を歩いたらすぐこの様だ。
「行くよ」
母にそう言われ僕は白い建物の中に
足を踏み入れた。
今日の母は元気がない
窶れ切った顔は
何かに怯えているような
何かに後悔しているような顔をしていて
赤く腫れた目は
絶望なんて言葉では表せない目をしている
僕は異常過ぎる母になんの言葉も
かけてあげることが出来なかった
僕は大きな建物の中に入り
当たりを見回すと異様な光景に息を呑んだ
烏のような真っ黒な服をみんな着て、
丸い粒のブレスレットを持っている。
僕もふと手元を見てみれば
ブレスレットを持っていて
よく分からない紐までついている
正面にはたくさんの花が飾ってあり、
和服の人がぶつぶつ何かを呟いている。
ここは何処なのだろう?
僕はどうしてここにいるのだろう?
何も分からない。
今分かるのは正面に飾ってある写真の人が
僕を変えた貴方ということだけ。
何も知らない...なぜ僕はここにいるのか
「よく、こんな所に来れたわね!!」
突然誰かに怒鳴られた。
顔を見ると彼女に似ている。
「申し訳ございません、うちの息子が!!」
母は涙ながらに謝罪をする
心臓を鷲掴みされた感覚。
静かだった場所は一瞬で修羅場と化す
どうしてそんなに謝るのだろう
僕は誰かに何かをしてしまったの?
「貴方の子供のせいでうちの娘がっ!!」
彼女に似た人は母に
言葉の暴力を振るう
誰かのせい...彼女が1番嫌っていた言葉
『誰かのせいにするのは自分の責任を
否定して現実から逃げてるだけ』
正義感のある彼女はよくそう言っていた。
懐かしいな、また君と話したい
「貴方の子供」とは恐らく僕のことだ
僕が彼女に何をしてしまったのだろうか?
そんなことどうでもいい
今は四角い枠の中で笑っている
彼女に触れたくて
歩みを寄せた。
写真の前にある白い箱に目が止まり、
上についている小さな扉を
そっと開けてみると
彼女はその中で寝ていた。
...何をしているの?
寝ることが三度の飯よりも
好きだった君の事だ。
「ねぇいつまで寝ているの?」
僕の一言で会場は静かになった。
ずっと叫んでいた彼女に似た人や、
謝罪を続けていた僕の母
今までぶつぶつ唱えていた人でさえ
言葉を止めた
僕は直接彼女に触れたくて、
白い箱を開けた。
文句を言う人など、どこにも居なかった。
彼女の手をそっと握ってみると
冷たかった。
人の温もりなど微塵もなく、
ただ物体がそこにあるだけだった。
「...嘘だ。 」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
...辞めてくれ。 夢なら覚めてくれ。
何があったんだ?彼女の身に。
そうか、ここは葬式場なのか、
烏色の礼服に丸い珠のついた数珠
全て合点がいく。
彼女の為に開かれた儀式
彼女は愛されていたんだなと思う
僕は辛くて悲しくて苦しくて
その場所に立っていられず、
僕は会場を飛び出した。
独りになる時間が必要だった。
トイレだとすぐに見つかる気がして
僕は階段を駆け上がった
最上階には大きな扉があり開けてみると
どんよりとした雨雲が空を覆っていた。
まるで僕の心みたい。
梅雨は嫌いだ。
『私は好きだよ?梅雨。』
いつの日か彼女はそう言っていた。
その時静かに流していた涙に
僕が目を背けなければ
彼女は生きていたのだろうか
僕はまだ何かを忘れている。
もっと重要な何か。
彼女の死より重要な事などあるのだろうか
感情がぐるぐる回る
僕も彼女のところに
逝けるだろうかと思い真下を見てみた。
すると、映像を見るかのように
数日の記憶が一気に僕の中に戻った
『...ねぇ2人で死んじゃおっか』
突然の彼女の一言
『大好きだよ』
涙ながらに言われた最後の一言
.....あぁ 思い出した。
全部思い出してしまった。
僕だけ生き残ったのか。
僕らはある梅雨の雨の日、
彼女と飛び降り自殺を試みた。
俗に言う心中というものだ。
理不尽な世界に疲れ果てて
変わらない現実に諦め、
2人でビルの屋上から身を投げた。
僕はもともと闇を抱えていた。
僕は学校では陰キャと呼ばれる分類で、
クラスのみんなから虐められていた。
僕が捨てた人生を拾ったのが彼女だった。
『じゃあ私の為に生きてよ』
モノクロだった世界が
一気に色付けられていった。
でもそんな幸せも長くは続かなかった。
ある日から彼女は笑わなくなった。
まるで違う世界の何かをじっと見ている彼女は
正直少し怖かった。
『...ねぇ2人で死んじゃおっか』
ある雨の日の帰り彼女にそう言われた。
それは今から出かけようとでも言うかのように
淡々と一切の感情がこもってない言葉だった
僕は彼女の為に生きているのだから
『お望みならば』と返した。
向かった場所は廃ビル。
『最後に恋人っぽいことしてよ』と頼まれた僕は
彼女を優しく強く抱き締めた。
『そこはキスでしょー?』
頬を膨らませて文句を言う彼女が可愛くて
少し微笑んだ。
そうして僕らは死ぬはずだった
しかし彼女は地面に着く直前
僕を思い切り抱きしめた。
僕の頭を彼女のお腹に抱え込むように。
そうして彼女に「大好きだよ」と
涙いっぱいで言われたのを最後に
激しい衝撃が体を襲い意識が途絶えた。
しかし僕の体を見渡しても擦り傷ばかりで
目立った怪我はどこにもない。
あぁ彼女が僕の下敷きになったのか。
彼女は最初から僕を死なせる気がなかったのか
彼女の意図に気づいた僕は罪悪感に押し潰され
涙が止まらない。
梅雨の雨は僕の涙を誤魔化してくれる。
少しだけ雨に感謝をし僕は声をあげて泣いた。
君の隣だけが僕の居場所だった。
『理不尽な世界でも君と一緒なら抗える』
そんな気がしていたのに
ふらつく足で会場に戻ると彼女の棺は
大量の花で溢れていた。
今から火葬をするらしい。
僕はひとつの決心をする。
僕は人の目を盗み、彼女の棺の中に入る。
幸い葬儀の人も親族も遠くで話していた為
誰も僕に気づくことは無かった
僕は冷たい君をぎゅっと抱きしめてそっと呟く。
「今から逢いに逝くからね」と。
独りで彼女を死なせてしまった僕は
じりじりと罪を味わいながら死ぬのが
1番相応しい死に方だと思う。
お互い自殺だ、地獄だろうと、何処だろうと
永遠が存在しなかった
この世界で君に永遠を誓おう
とある梅雨の日、火葬場で2人分の遺骨が
見つかった事がニュースに取り上げられた。
Fin