『死という、甘美な誘惑。永遠の救済』
君と出会ったのは、偶然。
捨てられていた君を拾った。
僕の気まぐれ。
僕の血を飲ませた。結末を、僕は知っていた。
それは、ただの暇潰し
1つ目の過ち
君は、僕のような化け物に捕まった
憐れな人の子
驚異的な生命。
その終わりに、君は、愚かにも僕に縋った
「まだ死にたくない」
それが、2つ目の過ち
げほげほ、と咳き込む声が聞こえる。
ガラスが割れるような、耳に痛い音が響いた。
「・・・だから言ったのに」
君がこちらに視線を向ける。
そして、君の目が驚きに見開かれた。
床に倒れる、君の身体。咳き込む口元からは、血が垂れている。
君の身体は、確実に蝕まれている。長い時間をかけて、確実に。
骸に、命を注ぎ込んで、無理やり生きているのだ。
君の存在は、この世の摂理に反する。
こうなることを僕は分かっていた。最初から、全て
「っ、平気です」
「どこが」
僕と同じ時間を生きるために、生も死も捨てた君。
可愛そうで、憐れで、狂おしく愛しい。
全てを投げ打つ、無償の愛。
空っぽの僕を、君は埋めてくれた。
見捨てることが出来なかった愚かさと弱さ。
終わらないことを嘆いているだけの僕のことなんて、とっとと世界から切り離して、そのまま捨ててしまえばよかったのに。
君のそんなところを、僕は愛していたよ。
「ねぇ、終わらせてあげよっか?全部」
君がいてくれた日々を、僕は忘れないよ。
僕の人生からすれば、瞬きくらいの時間であったとしても。
「いや、いやです」
もうあなたを、ひとりぼっちにはしないと誓ったのに
君はそう言って、涙を流した。
僕の比にはならないとはいえ、君だって、常人からすれば考えられないほどの時間を生きてきた。
世界の汚いところをたくさん見てきたはずなのに、君の涙は、君の瞳は濁らない。
澄み切った青空のような瞳。その瞳に、いつだって僕だけを映してくれていたね。
「あなたがまた、ひとりになってしまう」
平気だよ。その一言が、喉に詰まった。
ひとりでも平気だったよ。君と出会う前はね。
ひとりは怖くなかった。孤独さえ知らなかったから。
君と出会ってしまった。君との生活はあたたかで、まるで生きているみたいだった。
死んだように生きていた僕に、もう一度、生きることを教えてくれた。
君のいない日々を考えてみる。どうってことないはずだ。
君と出会う前に戻るだけ。ただ、それだけなんだから。
朝起きる。焼きたてのパンの匂いはしない。
僕は朝食になにを食べるんだろう。ひとりで生きているとき、なにかを食べるという習慣はあったっけ?
そのあと、どうするんだろう。散歩?ボードゲーム?たったひとりで?
そこまで考えて、やめた。
耐えられない。君のいない永遠なんて、耐えられない。
考えただけで、今すぐにでもこの呪いに似た人生を終わらせたくなった。終わらせ方なんて知らないし、そもそも終わりがあるのかも知らないけど。
それでも、
「平気だよ。元に戻るだけだ」
僕は冷たく言い捨てる。君が、傷ついた顔をする。そんな顔、もう二度とさせたくなかったのに。
「・・・君以外にも、たくさんいたよ。僕と同じ時間を生きようとする愚か者がね」
嘘だ。僕と同じ時間を生きようとした愚かで愛しい人は、君だけだよ。
「期待だけさせといて、最期はいつもこうだ。どうせいなくなるんなら、最初から僕に近づかないでほしいよ」
嘘だ。こんな結末になると知ってても、僕は君と出会ったことを後悔なんてしない。嘆いたりなんか、するもんか。
君の瞳の色が、急激に冷めていく。これでいい、そう自分に言い聞かせた。
これでいいんだ。
「終わらしてあげるよ」
高いところから飛び降りても、刃で心臓を突き刺しても、毒を一気に煽っても
僕は、終わることが出来なかった。
終わりがあることの幸せを、僕は誰よりも知っている。
君はもう、解放されるべきだ。
生と死の狭間。そこで永久に彷徨う亡霊なんかになってはいけない。
君は、僕に生をくれた。
僕は、君から死を奪った。
もう、返さなければならない。
「私は、あなたを、っ!」
聞いてはいけない。聞いてしまえば、僕は君を手放すことが出来なくなってしまう。
ああ、可愛い人の子。
憐れな人の子。
僕は確かに、君を愛していたよ
君の悲鳴。ああ、痛い。
君に出会わなければ、痛みも苦しみも知らずに済んだのに。
僕の気まぐれ。僕の暇潰し。
僕の過ち、?
僕の戯れ
僕の罪
君の呪い
「・・・憐れだな、人の子」
事切れた君を、優しく抱きしめる。
自分から漏れた声が、震えていて焦った。
涙が溢れて止まらなかった。涙、?僕が?
目から熱い液体が流れ出てくる。こんなこと初めてだ。
最初は、ただの興味、ただの暇潰しだったはずなのに。
いつの間に、こんなに情が移ってしまったのだろう。
永遠を生きる化け物が、人間の真似事をして、幸せを知ってしまった。
僕が生きてきた時間。
これから僕が生きていく時間。
それから見れば、ほんの瞬き程度の時間を、君と共にしただけ。それだけなのに、
「・・・とても、耐えられそうにないよ」
君を抱きしめる。
頭に浮かんだ禁忌を、必死にかき消した。
こんな愛し方しか出来ない化け物を、
どうか許してくれ
『全ては、永遠に繰り返す罪の
序章に過ぎない』