ふと和歌を思い出した
ちる花は…
かずかぎりなし…
ことごとく…
光をひきて谷にゆくかも
散っていく桜の花びらは数えられない程沢山で…その一つ一つが光と共に谷に落ちていくという詠…
何故今こんな和歌が浮かんだのか分からない
もしかしたらこの時代の景色に風情のあるモノを彷彿したからかもしれない
…誰かが言っていた
この和歌は異様に寂しく悲しい詩だと
確かにな…と今なら思える
俺はきっと谷に落ちていく花弁にはなれねェ……
どちらかと言えばその花びらを見ている側だ
この短歌はどちらが悲しいンだろうなァ…?
光と共に谷底へ落ちていけるのと
それをただ眺めることしかできねェのとは……
チッ
らしくねェなァ…
今日はやけに静かで急かされる
何処か虚しさに似た感情が沸々と沸き上がる…
こっちに来てからは
アイツが五月蝿く絡んできていたからか
何だか落ち着かない
昔は独りで居ることが当たり前で平気だった
それが今となっては落ち着かねェ……
屋敷の中を歩いていると
…居間に布巾をかけた桜餅を見つけた
確か…これは朝アイツが俺と一緒に食べようともって来たやつだ
俺は別段和菓子が好きってわけでもなく
年寄り臭いと思えることもあり
いらねェと突き返したが…
えらくしつこかったので渋々了承した
作りたてだから
稽古が終わったらすぐに帰ってくるからこれでお茶をしよう
そう言って稽古をしに出ていったっきり
アイツは帰って来ていない
どこまでいってンだァ…?
ったく
せっかくの桜餅が固くなるだろォが
そうぼやいて一口サイズに作られた桜餅を一つだけ口に頬張った
米みたいにつぶつぶした生地に団子顔負けの弾力とモチモチした食感
そして仄かに香る桜の葉の匂い
塩漬けの葉は本当に良い香りがして
口一杯に広がるあんこの甘さに眉を寄せる
甘ェ……
そう呟くと口一杯に広がる程くどい甘さが
スッと消えるように引いていき少し驚いた
後に残らない甘さ
それと同時に何処かアイツのようにも見えて
笑ってしまった
桜餅を食べると
直ぐに浮かぶアイツの顔
桜餅を頬張って幸せそうな顔して笑っている
アイツが笑うのがなんだか分かるような気がする
お茶を一口飲むと
さっぱりとして一際お茶が美味しく感じる
向こうにいた時は珈琲ばかりを好んでいたが
抹茶も悪くない
空は澄みきって茜色の太陽が沈んで行く
今夜は満月か?
月見も悪くないな
日が暮れはじめ肌寒いような風が吹きはじめる
……早く帰ってこいよ
…帰ってきたら文句を言ってやる
そして茶ァでも淹れて残りの桜餅を食べる
そう決めた
アイツは何をしようと多分…
食べることなら笑って頷くと思う
風が中へ吹き抜けるその度に
俺の中の燻る何かを流してくれているようにも思えたが
この日
胸が騒ぐような不安に似た気持ち悪さは
ついぞ消えることがなかった…