嵐が止んだ後の散歩
足は自然と
吸い込まれていくように
海の方向へと向かっていった
着いたときまだ海は荒れていた
風もゴーゴーと吹いていて
この格好のままじゃ寒いくらい
どこかから流され着いた木の上に
しゃがんで腰掛けて海を見つめた
バシャーンバシャーンと交互に
浜辺に近づいてくる青黒い波
この波に呑み込まれたら
自分はどこに行くのだろうか
どこにたどり着くのだろうか
凡人なら想像を絶するであろう
この状況に僕は少し興奮していた
この激しい波に攫われたら
人は息が出来なくなって
水底に沈んでいくだろう
溺死はあまり経験したくないが
人生の一環として経験しても
多分問題ないだろう
海風によって少しベタついた体で
波の去り際に近づいて行った
スニーカーを脱ぎ捨て
ジャンパーをも捨てて
髪を括っていたゴムを外して
分厚い靴下を脱ぎ捨てた
顕になった裸足で
雨で冷えた砂の上を歩き
タイミングよく押し寄せた波に
足をつけた
ひんやりというより
凍えるように冷たい海は
嵐が去ったばかりだということを
何も隠さずに証明していた
一歩 一歩 足を進める
海に足首まで浸かったとき
遠くから車の音が聞こえてきた
見つかったらどうしようもない
でも一度やってみたい
ふたつの感情がせめぎ合って
車が辺りを通る頃には
膝下までもが浸かっていた
足が酷く震えてきた
ゴーゴーと吹く風に髪がなびいて
ベタついた顔に張り付いた
通り過ぎて行った車は
僕のことなんか見ていなかった
だんだんと足が進まなくなった
体が波に押されて
あまり前に進めなくなったのだ
実験はここまでかな
なんて研究者っぽくまとめても
好奇心はなくならなかった
行ける所まで行ってみよう
死因が溺死ではなく
凍死になったとしても
その勢いに乗り
大股でゆっくり進んでいけば
膝上 太もも辺りまで海に浸かった
そろそろ波に
抵抗できなくなってきた
足の感覚もなくなってきた
頭もふわふわしてきて
何かを考えるのが
困難な状況になってきた
でもまだ足に
感覚が残っているのなら
進めるところまで進もうじゃないか
辛くても実験を成し遂げるのが
研究者だから
なんて研究者でも
言わなそうなことを考えて
意識が朦朧としてきた中で
最後に考えたのがそれだった
目の前がだんだん暗くなっていき
瞼を閉じれば目の前の状況も
感覚も 何も分からなくなった
膝から崩れ落ちたとき
ちょうど波に攫われて
僕は海に呑み込まれた
その海には点々と
被害者の着ていた衣服などが
連なっていて
自ら海に呑み込まれに行った
そんな推測をした警察だった