小説
「もし、私が死んだら」
「死なないよ」
「その力で、存在ごと消してね」
万引き常習犯、
強盗常習犯、
無免許、未成年者運転、
空き巣泥棒。
彼女の犯した、罪の一部。
僅か高校二年生にして、
万引き、強盗で盗んだものは
百以上。
捕まったことは、未だに無い。
「いい加減辞めれば?」
僕は、彼女にそう言った。
「こんなクソみたいな世界には、
こんなクソみたいな私が、
お似合いでしょ?」
変な言い分だと思った。
彼女は壊れたように笑った。
嫌いじゃない、なんて思ったりした。
「キミは、嫌になったらいつでも逃げてよ。
どうせ、その力があれば
私との関わりは一瞬で消えるんだから」
「嫌じゃないから、逃げないよ」
“力”
僕は、人の記憶を操れる。
消すことも、変えることも可能だ。
「待ちなさい!」
ある日のことだった。
僕たちは、
万引きがバレた。
僕は、犯罪に染まる前は陸上部。
運動神経のいい彼女は、
余裕でハゲた店員から逃げ切った。
「初めてだなぁ、見つかるなんて」
「当たり前だよ。
ずっとしてたら、いつかは捕まるよ」
「そろそろなのかな」
何をいってるのか、僕には分からなかった。
僕等は、車を盗んでドライブした。
彼女の最悪な運転で、
遠い遠い海までいった。
「もし、私が死んだら」
「死なないよ」
「その力で、存在ごと消してね」
「分かんないよ」
一ヶ月が過ぎた。
また、彼女は万引きがバレた。
そして、捕まった。
僕はたまたま、その日、居なかった。
彼女は、持っていたカッターで、
女の店員の腕を傷つけたらしい。
逃げ切ったけど、
僕の前にたった彼女は、
体がブルブルと震えていた。
今だかつて無い、
彼女の恐怖で染まった目。
「私、この世界が嫌いなんだ」
「知ってるよ」
「通り魔に、私の母は奪われた」
「うん」
「まだ、通り魔は生きてる」
この世界が嫌いだった。
だから、僕は彼女の側に居た。
この力があれば、僕は
それなりに幸せな生活を送れていたのに。
「私、もう、ダメかもしれない。
キミは、逃げていいよ」
「まだ一緒に居るよ」
「期待しないでね」
何に?そう問うと、
彼女は寂しそうに笑った。
「君の記憶、消そうか?」
僕は、彼女に言う。
このままじゃ、
彼女が消えてしまう気がした。
「私は、許されてはいけないからさ」
一週間後、
彼女が失踪した。
探し回って、海に着くと、
盗んだ車が置いてあった。
彼女は居なかった。
車には、鍵は掛かっておらず、
中には一枚の紙。
[記憶を消して、幸せになって]
僕は悟る。
彼女はもう、この世にいない。
死ぬことで、罪を償うつもりだったのだろう。
罪なんて消えるはず無いのに。
彼女が居ない。
そう分かった瞬間に、
僕の中の何かが切れた。
モノクロに落ちて、
どうでもよくなった。
僕だって罪をおかしてきた。
記憶を消したら、いいのか?
それが、彼女の望みなのか?
彼女は、僕に忘れてほしいのか?
記憶を消そう。
頭を、少し押さえる。
力を使う、寸前。
僕は躊躇った。
「忘れたくない」
素直に、そう思った。
救われるかもしれない。
彼女の望みなのかもしれない。
でも、
それでも、
「僕は、君を忘れたくない」
忘れたくないんだ。
消せないんだ。
罪ばかりの人生で、
息苦しかったこの世界で、
唯一、君が光だったんだ。
君が居たから、楽しかったんだ。
君となら、地獄でも楽しいかな。
僕は、海に吸い込まれた_
end