はじめる

#第1期

読んでると、
思わず胸がギュッとしめつけられる、
そんなポエムを集めました。

全91作品・










青春物語『運命を変える未来』




















第1期




















1話.記憶




















私の名前は、


未永 翠月(みながき みづき)。


現在、高校2年生の女子。


そして、幼馴染であり、


イツメングループが3人いる。


同じ女子の、


白露 星乃(しらつゆ ほしの)。


あとは、


違本 空輝(ちがもと そらき)。


篝火 夜白(かがりび やしろ)。


の、男子だ。


以上イツメン4人で楽しく、


高校生活を送っている。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


翠月
「実は、私、1年前に川で溺れたことがあるんだ。」


翠月が、ぽつりと話し始めたのは、


みんなで放課後の屋上に集まった時だった。


空輝
「えっ、翠月が?あの時、俺たち全員あそこにいたのに?」


夜白
「確かに。俺もあの場にいた。でも、助けたのが誰かは覚えていないんだよな。」


星乃
「私も…。その日、みんなで遊んでたのに、翠月が突然川に落ちて…誰かが引き上げたけど、誰だか分からなくて。」


翠月
「そうなの。助けてくれた人の顔も声も、ぜんぜん思い出せない。でも、確かに誰かが私を引き上げてくれたんだ。」


空輝
「俺は…あの時、手を伸ばした気がする。でも、その先の記憶が曖昧なんだよな。」


夜白
「俺は水の中に飛び込もうとしたけど、間に合わなかった気がする。」


星乃
「それで、みんなそれぞれ違う記憶を持ってるってこと?」


翠月
「そうみたい。怖くて、あの日のことはずっと封印してた。でも、みんなが覚えてるなら話さなきゃって思ったんだ。」


空輝
「それにしても、なんで記憶がバラバラなんだろう?」


夜白
「溺れたショックで、脳が混乱したのかもしれない。でも、助けたのが誰か知りたいよな。」


星乃
「もしかして…助けた人は私たちの中にはいなかったのかも?」


翠月
「そう考えると、ますます謎が深まる。」


空輝
「なら、もう一度あの川に行ってみようよ。何かヒントが見つかるかもしれない。」


夜白
「賛成だ。現場に行けば、忘れてた記憶が戻るかもな。」


星乃
「じゃあ、明日放課後に集合ね。翠月、無理しないでね。」


翠月
「ありがとう、みんな。私、ちゃんと向き合いたい。」


そうして、4人の謎解きが始まった。


誰が助けたのか。


失われた記憶の謎に向き合うために。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


翌日の放課後、4人は川辺に集まっていた。


夜白
「ここがあの川か。あの日は夕方だったよな。」


翠月
「うん…。なんだか緊張する。」


空輝
「みんなで一緒にいるから大丈夫だよ。」


星乃
「そうだね。じゃあ、周りをよく見てみよう。」


星乃が川の岸辺を指差す。


そこには、何かが引っかかったかのように、


水草が乱れていた。


空輝
「ここ、もしかして翠月が溺れた場所?」


翠月
「そうかも…。」


夜白
「それにしても、助けた人の足跡とか何か残ってないかな。」


星乃
「足跡は消えちゃってるかも。でも、ここに何か落ちてるよ。」


星乃が水辺に落ちていた、


小さな布切れを拾い上げる。


翠月
「それ、私のリボンかも…。川に落とした覚えがある。」


空輝
「もしこれが本当に翠月のものなら、何か手がかりになるかもな。」


夜白
「でも、誰が助けたか…どうやって見つければいいんだ?」


星乃
「みんなの記憶をもっと詳しく話してみようよ。思い出せることがあるかもしれない。」


翠月
「うん、あの日のことをもう一度思い出してみる。」


空輝
「俺は…翠月が急に流れに巻かれて、怖くて手を伸ばしたけど、届かなかった。だけど、何かが引っ張る感触はあった気がする。」


夜白
「俺は飛び込もうとした瞬間、誰かが先に飛び込んでた気がするんだ。」


星乃
「私は、あの時、川の向こう岸にいた気がする。何か叫んでたような。」


翠月
「みんな、違う場所にいたのかもね。助けてくれたのは…」


突然、翠月の声が震えた。


翠月
「もしかして…助けたのは私じゃない、私たちじゃない、誰か第三者だったのかもしれない。」


空輝
「第三者?そんな人がいたのか?」


夜白
「もしそうなら、今まで全然気づかなかった。」


星乃
「もしかしたら、その人は今もどこかにいるかもしれない。探すべきなのかも。」


4人は静かに川の流れを見つめながら、


1年前の真実へと少しずつ、


近づいていくのだった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


数日後、4人は再び集まっていた。


今度は夜の川辺。


空には星がちらつき、風が冷たかった。


翠月
「ねえ、やっぱり…誰かが助けてくれたって、思い出せない。」


空輝
「俺も。記憶が霧の中みたいなんだ。なのに、感覚だけはある。不思議な感触が残ってる。」


夜白
「俺はずっと考えてた。あの時、川の中にあ"もう一つの手"があったような気がするんだ。」


星乃
「私も、それ…思い出した。私が叫んだ時、川の中に誰かいた。でも、その姿が見えなかった。」


翠月は川の流れをじっと見つめた。


翠月
「ねえ、これっておかしくない?私、助けられたのに、誰の顔も浮かばない。みんなも見てるはずなのに、誰も"その人"を覚えてない。」


空輝
「まるで…最初から存在してなかったみたいに?」


夜白
「記憶から消されてる?そんなことあるかよ…」


星乃
「でも、記憶にぽっかり穴が空いてる。それは事実。」


翠月は、ポケットから、


小さなメモ帳を取り出した。


そこには、びしょ濡れになった、


ページが一枚だけ。


そこに鉛筆で書かれた文字が、


かすれて残っていた。


翠月
「これ、鞄の奥から出てきたの。日付は、ちょうど1年前。」


空輝
「なんて書いてあるんだ?」


翠月
「"助けたのは――"ここで切れてるの。でも、裏にこんなことが書いてあった。」


彼女はページを裏返した。


そこには震えるような筆跡で、


こう書かれていた。


「この記憶は、私だけのものじゃない」


夜白
「…つまり、記憶を共有してるってことか?俺たち4人で?」


星乃
「それとも、誰か"もう一人"が、この記憶を持ってるってこと?」


空輝
「でもそいつが誰なのか分からない以上、どうしようも――」


その時、風が吹いて、どこからか、


一枚の古びた写真が、飛ばされてきた。


星乃がそれを拾う。


星乃
「これ…私たち、4人の後ろに…もう一人写ってる。」


夜白
「誰だ、こいつ…?見覚えが…ない。」


翠月
「でも、笑ってる。私のすぐ隣で、笑ってる…」


4人は言葉を失った。


その"知らない誰か"の存在が、


この謎の核心にいると全員が直感していた。


そして、写真の裏には、こう書かれていた。


「翠月を、頼んだよ」


謎はさらに深まり、夜の川辺には、


ひんやりとした沈黙が流れていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次の日、4人は放課後の教室に集まった。


窓の外では曇り空が広がっていた。


写真に写っていた"知らない誰か"の正体を、


突き止めようとしていた。


翠月
「この人…誰なんだろう。私の隣で、笑ってる。でも、全然思い出せないの。」


空輝
「俺も見覚えがない。クラスメイトじゃないよな?名簿にもいなかった。」


夜白
「写真自体、いつ撮ったのかもわからない。てか、こんな写真、俺は見たことなかったぞ。」


星乃
「ねえ、この"頼んだよ"って書いた人、もうここにはいないんじゃない…?」


その言葉に、空気が少し重くなる。


翠月
「でも、私が溺れた時、その人がいた気がするの。腕の感触が…優しかった。」


空輝
「そいつだけが、俺たちの記憶から消えてるのかもしれない。何かの理由で。」


夜白
「それってつまり、意図的に、誰かが記憶を消したってこと?」


星乃
「翠月の命を救って、自分の存在を消す理由って何…?」


翠月が机に置いた写真を、


ぼんやりと見つめる。


翠月
「私、もしかしたら――その人のことが好きだったのかも。」


空輝
「……っ!」


空輝がわずかに息を呑むのを、


夜白と星乃は感じ取った。


夜白
「それって…翠月の中では、大切な人だったってことか。」


星乃
「でも、なんで忘れてるの?もしそんなに大事なら…」


翠月
「たぶん、忘れたんじゃなくて、忘れさせられたんだと思う。私が、これ以上追いかけないように。」


空輝
「それでも、今こうして思い出しかけてるんだ。忘れろって言われても無理な話だよ。」


夜白が静かに口を開く。


夜白
「俺さ、さっき気づいたんだ。この写真の背景、川じゃない。あの近くの廃駅だよ。」


星乃
「……ほんとだ。手すりと時計がある。」


翠月
「その駅、もう使われてないんだよね。」


空輝
「行ってみよう。そこに、何か残ってるかもしれない。」


翠月
「うん。私、はっきり思い出したい。誰が、私を――そして、私の心を救ってくれたのか。」


4人は決意を胸に、校舎をあとにした。


夕暮れの中、忘れられた駅に向かう。


その先に、記憶の扉が待っていると信じて。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


使われなくなった廃駅は、


夕焼けの中に沈んでいた。


線路は草に覆われ、


ホームには、薄く埃が積もっていた。


翠月
「ここ…やっぱり、来たことある気がする。」


空輝
「このベンチ、覚えてる。俺たち、ここでふざけて写真撮ったんじゃなかったか?」


夜白
「その時に、あの"もう一人"もいたのかもしれないな。」


星乃
「それなのに…私たち、みんな忘れてる。」


4人は無言で駅の奥へと進んでいった。


小さな待合室の扉を開けた瞬間、


夜白が待合室の壁を見つめて声を上げた。


夜白
「これ…写真が貼られてた跡だ。色が違う。」


星乃
「誰かが持ち去ったのかも…その"誰か"が。」


翠月
「じゃあ、まだこのどこかで…その人は私たちを見てるかもしれない。」


空輝
「もしかしたら、また会えるかもな。思い出せれば、きっと。」


翠月
「……私は、思い出したい。もう一度、ちゃんとその人に"ありがとう"って言いたい。」


空輝は静かにうなずいた。


星乃も夜白も、それぞれに、


何かを胸に秘めたような表情で、


夕焼けに染まる駅を見つめた。


その時、誰もが気づかぬまま、


ホームの隅に一つの黒い影が、


現れては、静かに消えていた。


その影こそが――未永の知らない記憶の、


中心にいた"あの人"だったのかもしれない。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


翌日、翠月はひとりで廃駅を訪れた。


ホームに腰掛けると、


耳にかすかな風の音が届いた。


どこか懐かしい匂いもした。


そのとき、後ろから足音がした。


空輝
「ひとりで来るなよ。心配した。」


翠月
「ごめん。でも…ここに来ないと、思い出せない気がして。」


空輝は隣に座ると、


手にしていた何かを差し出した。


空輝
「これ…駅の近くで見つけた。」


それは古びた学生証だった。


色褪せていたが、名前がかろうじて読めた。


**「海凪 海惺(うみなぎ かいせい)」**


翠月
「……この名前、聞いたことある。けど、どこで…?」


空輝
「記憶にはない。でも、俺たちのクラス名簿にその名前、去年まで載ってたんだ。」


翠月
「えっ…!? じゃあ、やっぱり同級生だった…?」


空輝
「しかも、転校の記録も、転入の記録も残ってない。まるで、最初から"存在してなかった"みたいに。」


その瞬間、翠月の脳裏に一瞬、


川に差し伸べられた手と、


その向こうの笑顔がよぎった。


翠月
「…私、覚えてる。その人、私に言った。"もし全部忘れても、笑ってくれたらそれでいい"って…。」


空輝
「翠月…それって、もしかして…」


翠月
「うん。助けてくれたのは、海惺くんだった。」


涙が零れた。


だが、それは悲しみではなかった。


そこへ、星乃と夜白が駆けてきた。


星乃
「翠月!空輝!聞いて、図書室で卒業アルバム探したの!」


夜白
「1年生のときのアルバムに、海凪 海惺って名前、載ってた。写真もあった。」


翠月
「本当に…いたんだ、私たちの中に。でも、なぜ――」


その問いの答えはまだ出ない。


けれど確かに、4人の中に消えていた、


誰かの記憶が、今また静かに、


息を吹き返していた。


翠月
「ありがとう、海惺くん。やっと…見つけられたよ。」


風が吹いた。


ホームに咲いた一輪の野花が揺れ、


陽の光が優しく差し込んでいた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


数日後、翠月は自宅の机に広げた、


アルバムと古びた学生証を見つめていた。


翠月
「海凪 海惺…やっぱり、間違いなく私たちの同級生だったんだ。」


だが、どの記録にも、


"彼がどうして消えたのか"


は、書かれていなかった。


まるで、誰かが意図的に、


彼の存在を薄れさせたように。


その夜。


4人はふたたび駅に集まっていた。


もう、あの場所は彼らにとって、


特別な場所になっていた。


翠月
「私、思い出したの。あの日、私…"死にたい"って思ってた。」


空輝
「え…」


星乃
「翠月…」


夜白
「……。」


翠月
「でも、海惺くんが言ってくれたの。"君の涙は、消えちゃダメなものだから"って。」


空輝
「翠月…今まで、誰にも言ってなかったのか?」


翠月
「うん。ずっと、忘れてた。いや…忘れたかったのかも。でも、海惺くんだけが、そのことに気づいてくれてた。」


星乃が、ポケットから、


折れた短い鉛筆を取り出す。


星乃
「これ、駅の隅で見つけたの。海惺って、鉛筆で絵を描くのが好きだったって、アルバムのメモに書いてあった。」


翠月
「やっぱり…この駅で、彼は何かを描いてたのかも。」


4人は無言で待合室の壁に目を向ける。


そこに、今まで気づかなかった、


うっすらとした線があった。


空輝
「これ…壁画…?」


よく見れば、それは時間とともに薄れた、


4人ともうひとりの少年のスケッチだった。


海惺が描いた、小さな記憶の残像。


翠月
「……私、ちゃんと前を向く。海惺くんが守ってくれた命、大事にしたい。」


星乃
「じゃあ、私たちも守ろう。海惺くんが繋いでくれた、この関係を。」


夜白
「あいつの存在を、誰にも消させない。俺たちが覚えてる。」


空輝
「海凪 海惺って名前、俺たちの中で、これからも生き続けるよ。」


その言葉に、翠月は初めて、


あの川での出来事を、


"悲しい記憶"


ではなく、


"出発点"


として受け止めることができた。


空には星が瞬き、


誰にも気づかれないように、


風の中に小さな声が混じった気がした。


――「ありがとう。」


確かに、それは海惺の声だった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


数日後、翠月は美術室にいた。


誰もいない放課後の静けさの中で、


彼女はそっと鉛筆を握り、


真っ白なキャンバスに向かっていた。


翠月
「海惺くんが、あの日描こうとしてたのは…もしかしたら、私たちだったのかもしれない。」


彼女の描く線は、少しずつ形を成していく。


4人と、それからもうひとり。


今はもうどこにもいないはずの、


海凪 海惺の笑顔を、


翠月は少しずつ思い出しながら描いていた。


そこへ、扉が静かに開いた。


空輝
「ここにいたのか。」


翠月
「空輝くん…ごめん、黙って来ちゃって。」


空輝
「いいよ。……その絵、俺たち?」


翠月
「うん。そして、海惺くんも。」


空輝は少し目を伏せた。


空輝
「正直、悔しかったよ。翠月を助けたのが、俺じゃなかったこと。……でも、それ以上に、ありがとうって思ってる。」


翠月
「うん。私も。あの時、海惺くんがいてくれなかったら、今ここにいなかった。」


空輝
「だから…ちゃんと伝えようぜ。俺たち、あいつのこと忘れないって。」


そこへ、夜白と星乃が現れた。


2人とも、美術室に入ると絵を見て、


静かに立ち尽くした。


星乃
「……これ、海惺の笑顔だね。」


夜白
「覚えてたんだ、翠月。」


翠月
「少しずつだけど、ちゃんと思い出してる。海惺くんがくれた言葉も、笑顔も。」


星乃
「じゃあ、卒業アルバムにこの絵、載せようよ。存在が消されてたなら、私たちで取り戻そう。」


夜白
「"本当にいたんだ"って証を残すんだな。」


空輝
「それが、あいつへの…いや、"俺たち"からのメッセージだな。」


翠月
「うん…きっと海惺くん、今もどこかで笑ってる。」


4人の間に静かな決意が灯る。


その絵には、確かにそこに"いた"、


少年の温度が宿っていた。


その日、窓の外には、


小さな風が吹いていた。


ふわりと舞ったページの端に、


こう書かれていた。


**「ぼくらはきっと、忘れない。」**


誰の手によるものかは分からない。


でもそれは、間違いなく"彼"の想いだった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


卒業アルバムの締切が迫るなか、


翠月たちは放課後の美術室で、


絵の完成を目指していた。


翠月
「……あと、少し。海惺くんの目が、どうしても思い出せなくて。」


星乃
「笑ってたと思うよ。あの絵の中の海惺、ちゃんと笑っててほしい。」


夜白
「思い出じゃなくていい。今の翠月が描きたい"海惺"なら、それが正解だろ。」


空輝
「なあ……誰か、来てる?」


ふと、空輝が窓の外を見た。


夕焼けに染まった校庭の向こうに、


ひとつの人影が見えた。


ゆっくり、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


制服のシルエット。


姿勢。


どこか見覚えのある歩き方。


そして、ドアがノックされた。


コン、コン――。


翠月
「……だれ?」


ぎぃ、と扉が開く。


光の逆光で最初は見えなかったその顔が、


やがてはっきりと現れた。


海惺
「……久しぶり。」


翠月
「……うそ……海惺くん……?」


星乃
「……どうして……あなた、いなくなったはずじゃ……」


夜白
「俺たち、ずっとお前は――」


海惺
「"死んだ"って、思わせたかったんだ。本当は、ずっと近くにいた。でも、君たちにとって"いなかったほうがいい"と思ってたから。」


翠月
「そんなわけない……どうして、そんなことを……!」


海惺
「翠月……あの日、川で…、君が僕を見て泣いたのを見て、僕は…自分のせいで、君の記憶に"痛み"が残るなら、消えた方がいいと思った。」


空輝
「馬鹿か、お前は……!なんで勝手に決めたんだよ。」


海惺
「……ごめん。でも、ずっと見てたんだ。君たちが前に進んでいくのを。あの駅で泣いてる翠月も、美術室で絵を描く姿も。」


翠月
「じゃあ…じゃあ、ずっと、近くにいたの?」


海惺
「うん。……でも、もう限界だった。君たちが僕を"本当に"忘れそうになってたから。」


星乃
「違う、忘れないよ。私たちは、ずっと思い出そうとしてた。」


夜白
「記憶じゃなくて、"想い"として残ってた。
だから、今こうして会えたんだろ。」


翠月は涙をこらえながら、静かに言った。


翠月
「海惺くん、帰ってきて。私たちの時間に。」


海惺は、しばらく黙ってから、


ふっと笑った。


海惺
「……ただいま。」


夕陽の中、5人の時間が、


静かに再び動き始めた。


かつて失われた記憶が、


今、未来の光に変わっていく。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


美術室での再会から、数日が過ぎた。


季節は冬の気配を含み、


木々が風に鳴っていた。


昼休み。旧校舎裏で、海惺と翠月は、


ふたりきりで話していた。


誰にも聞かれないように。


海惺
「……翠月、君に話しておかなきゃいけないことがある。」


翠月
「……なに?」


海惺
「川で助けたのは、僕じゃない。」


翠月
「……え?」


海惺
「あの日、川のほとりには確かに僕もいた。でも、水に飛び込んだのは別の誰かだった。」


翠月の目が揺れる。


翠月
「でも、私、あの日の声を覚えてる。"君の涙は消えちゃダメなものだから"って……」


海惺
「それは、あとで君の耳元で僕が言った言葉だ。君を岸に引き上げたあと、すぐにそばにいたのは……違う人間だった。」


翠月は、その場で言葉を失った。


海惺
「でも、誰だったかは言えない。それが僕の約束なんだ。」


翠月
「……知ってるんだよね? 誰か。」


海惺
「ああ。でもね、それを君が思い出す日が来るまで、僕は口を閉じると決めた。」


その沈黙のなかで、翠月は、


ふとポケットから一枚の写真を取り出した。


古びた、4人が並んで写っているもの。


翠月
「海惺くん。私、川で溺れる前に……彼氏がいたんだ。」


海惺
「……。」


翠月
「でも、その人が誰だったか、私はもう思い出せない。名前も、声も、なにも。」


海惺
「……その記憶は、たぶん君自身が鍵をかけたんだろうね。」


翠月
「ただ、その人の手だけは覚えてる。あたたかくて、強くて、泣きたくなるような手。」


風が吹いた。落ち葉がふたりの間を横切る。


海惺
「翠月。僕、来週引っ越すんだ。父の転勤で。」


翠月
「え……」


海惺
「何も言わずに行こうと思ってた。でも、君には伝えておきたかった。……"助けたのは僕じゃない"ってことだけは。」


翠月は何も言えなかった。


ただ、彼の背中が少しずつ、


遠ざかっていくのを、


風の音とともに見送った。


その日以降、海惺の席は空っぽになった。


誰も知らない名前を、


誰も知らない記憶がそっと包むように。


残された絵の中で、5人目の少年だけが、


穏やかな微笑みを浮かべていた。


風が吹いた。


静かに、何かを連れて。


そして、何かを連れて去っていった。


――記憶の正体は、まだ霧の中。


海惺が町を去ってから、一週間が経った。


ある日の放課後、翠月は旧校舎の階段に、


夜白、星乃、そして空輝を呼び出した。


夕日が三人の影を長く引き伸ばしていた。


翠月
「今日は……みんなに話したいことがあるの。」


空輝
「海惺のこと?」


翠月
「うん。あの日、私が川で助けられたのは……海惺くんじゃなかった。」


星乃
「……え?」


夜白
「どういう意味だ?」


翠月
「海惺くんは、助けた人の正体を知ってた。でも、その人の意志を尊重して、言わなかった。だから、私からも言えない……でも、確かにそこに、"私を助けてくれた誰か"がいた。」


一瞬の沈黙。


空輝
「それだけじゃないんだろ?」


翠月
「……うん。川で溺れる少し前に……私、彼氏がいたの。」


風が吹いた。


木の葉がカラカラと音を立てて舞う。


翠月
「誰だったかは、まだ思い出せない。でも確かに、私はその人のことが大好きだった。その記憶だけが、どうしても霧の中にあるの。」


星乃
「翠月……それ、どうして今話そうと思ったの?」


翠月
「黙っている方が、みんなを裏切ってる気がした。真実を知ってしまったのに、自分だけで抱えたくなかった。」


夜白
「……お前らしいな。」


翠月
「ありがと、夜白。」


その時、空輝は一歩だけ前に出たが、


なにかを言いかけて、飲み込んだ。


空輝
「……記憶ってのは、不思議なもんだな。消えたようで、ちゃんと心に残ってる。」


翠月
「うん。だから、私はちゃんと向き合いたい。自分の記憶と、大切だった誰かと。」


彼女の瞳には、迷いがなかった。


翠月
「もう逃げない。私……その"彼氏"のこと、探してみる。」


その一言に、三人の表情が揺れる。


それぞれの胸に、


思い当たるものがあるのかもしれない。


空気がわずかにざわついた――まるで、


名前を呼ばれそうで、


呼ばれなかった人の心のように。


翠月
「だから、もし――何か知ってることがあったら、教えてほしいの。……どんな小さなことでもいいから。」


その場には、もう沈黙しかなかった。


そして、物語は静かに幕を下ろす。


だが、それは終わりではなかった。


翠月が探そうとする"彼氏"――


彼に関する、さまざまな噂が、


校内に広がり始める。


机の落書き、消されたメッセージ。


あの日、川の向こうにいたのは、


誰だったのか?


真実が、少しずつ音を立てて、


浮かび上がっていく。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次回 : 2話.噂 つづく

つぅ💖・2025-05-24
青春物語『運命を変える未来』
第1期
1話.記憶










青春物語『運命を変える未来』




















第1期




















7話.手紙




















ギイィ……と古い屋上の扉が、


閉まる音が響いた。


冷たい風が4人を包み込む。


少女は白いワンピースのまま、


ゆっくりとこちらを見据えていた。


空輝
「誰なんだ……?」


翠月は息を呑み、足が震えた。


夜白と星乃も顔を強ばらせ、


視線を逸らせない。


少女
「やっと会えたわ、翠月。」


少女の声は低く、冷たく、


けれどどこか凛とした響きがあった。


星乃
「……え?名前は?」


少女は不敵に微笑んだが、


その笑みはどこか鋭くて、


怖さを感じさせた。


麗奈
「赤鷺 麗奈(あかさぎ れいな)。蒼桜華学園(そうおうかがくえん)に通う生徒よ。」


翠月
「……麗奈って、あの理科室で備品を動かしてたのは、あなた?」


麗奈はじっと翠月を見つめる。


目付きは冷たく、明らかにイラついている。


麗奈
「そう。あの時、私だけがあなたたちにイジワルしてたの。空輝と翠月にだけ。」


夜白
「なんで、そんなことするの?」


麗奈は歯を食いしばり眉を寄せて答えた。


麗奈
「だって、翠月……あなたが許せなかったんだもの。ずっと、イライラしてた。」


星乃
「どうして? 何があったの?」


麗奈
「私ね……あなたがいるから、いつも邪魔される……。あなたのせいで、全部うまくいかない。」


翠月
「そんな……私は何もしてない!」


麗奈の目がギラリと光り、


不気味な笑みが再び浮かんだ。


麗奈
「あなたは私の邪魔。だから、あの理科室で、怖がらせてやった。」


空輝
「ふざけんなよ!何が目的なんだ、麗奈!」


麗奈は肩をすくめた。


麗奈
「目的?ただ、あなたたちを混乱させたかっただけ。嫌な思いを味わってほしかった。」


夜白
「そんな……最低だよ!」


麗奈は冷たい風の中で微笑みながらも、


その瞳は鋭く、


誰も近づけない威圧感を放っていた。


麗奈
「ビクビクしてる姿、最高に楽しかったわ。特に、翠月の顔。見るだけでイライラが収まる。」


翠月は震えながらも、強く言い返した。


翠月
「私は負けない。あなたのこと、絶対に許さない。」


麗奈は笑みを消し、


鋭い目つきのまま言った。


麗奈
「その覚悟……見せてもらいましょ。」


屋上に響くのは、冷たい風の音だけだった。


4人の間に緊張が張り詰め、


まるで今にも何かが、


起こりそうな予感が漂っていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


翠月
「彼って誰のこと? 教えてよ!」


麗奈は薄く笑ったが、


その表情はどこか苦しげだった。


麗奈
「教えるわけないでしょ。そう簡単に話すと思った?」


空輝が眉をひそめ、強く言った。


空輝
「もうやめろよ、麗奈。何も解決しないだろ。」


麗奈は突然、空輝に歩み寄った。


彼の胸元に手を伸ばし、


強引にキスをしようとする。


麗奈
「あなたも同じ目に合わせてあげる。今から奪うんだから。」


翠月は慌てて空輝の腕を掴み、


引き離そうとした。


翠月
「やめて! 空輝から離れて!」


麗奈は苛立ちをあらわにし、


力を込めて空輝にキスを迫る。


麗奈
「いやよ。」


夜白が咄嗟に麗奈の腕に触れようと、


手を伸ばすが麗奈は、


素早く振り払いながら叫んだ。


麗奈
「触ったら訴えるわよ! 何もしないで!」


星乃が隙をついて麗奈に近づくが、


麗奈は突然、


ポケットからナイフを取り出し、


星乃の腕に切りつけた。


星乃
「痛っ……!」


麗奈は冷たく笑いながら言った。


麗奈
「近づかないで。これ以上近づくなら、もっとひどいことになるわ。」


空輝
「おい、落ち着けよ! 何でそんなことするんだ!」


麗奈
「彼を奪ったあなたたちに、私は復讐する。それだけよ。」


翠月は涙をこらえながら、必死で言い返す。


翠月
「彼のせいにしないで! 私は何も悪くない!」


麗奈はにやりと笑い、


ナイフをゆっくりと鞘に戻した。


麗奈
「これからが楽しみね……どれだけあなたたちが苦しむか。」


夜白と星乃は恐怖で震え、


空輝も怒りと戸惑いで顔を強ばらせていた。


屋上の冷たい風が、


4人の間に重く垂れ込めたままだった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


夜白
「星乃、大丈夫か? 傷が……血が止まらない!」


星乃は震えながらも、


必死で涙をこらえていた。


星乃
「う、うん……でも痛い……すごく怖くて……」


夜白は星乃の傷を手早く押さえながら、


優しく声をかける。


夜白
「落ち着いて、すぐに手当てするから。怖がらなくていいんだ。」


その隙に、翠月は空輝の胸に、


飛び込むように抱きついた。


翠月
「空輝……離れないで……お願い……」


空輝も戸惑いながらも、


翠月をしっかりと抱き返した。


しかし、そのすぐそばに、


麗奈の影がぴったりと寄り添う。


麗奈
「まだ諦めてないわよ……」


翠月の視線が麗奈へ向くと、


麗奈は空輝の首に手を回し、


強引にキスをしてしまった。


翠月
「や、やめて……!」


翠月は怒りと悲しみで震え、


咄嗟に麗奈の頬を強くビンタした。


パシン!


麗奈は痛みで顔をしかめたが、


すぐに冷たい笑みを浮かべて、


仕返しの一撃を放った。


麗奈
「甘いんじゃない?」


バシン!


翠月はバランスを崩して、


その場に倒れ込んだ。


翠月
「ぐ……」


空輝は咄嗟に麗奈から翠月をかばい、


間に割って入る。


空輝
「もうやめろよ! 何のためにそんなことするんだ!」


麗奈はにやりと笑いながら、


空輝の胸元に手を伸ばす。


麗奈
「復讐はこれからよ。まだ序章に過ぎないんだから。」


夜白が星乃を抱きかかえ、叫んだ。


夜白
「早くここから離れよう! 無理はさせない!」


星乃は震えながらも、夜白にしがみついた。


星乃
「うん……お願い……」


翠月はゆっくりと起き上がり、


目に涙を溜めて麗奈を睨む。


翠月
「絶対に許さない……!」


屋上の冷たい風が、


4人の間の緊張をさらに深めていった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


翠月
「やめて、麗奈! もういい加減にして!」


麗奈はニヤリと笑いながら、


強く翠月の腕を掴み、ぐいっと引き寄せた。


麗奈
「甘いこと言ってんじゃないわよ。私の方が強いの。勝てるわけないでしょ?」


翠月は悔しさと怒りで震えながら、


麗奈の目をじっと見つめた。


翠月
「どうして……どうして私たちをいじめたの? 何か理由があるんでしょう?」


麗奈は少し間をおいてから、


冷たい声で答えた。


麗奈
「理由?そんなの簡単よ。あなたたちを引き裂きたいだけ。」


空輝が眉をひそめる。


空輝
「引き裂くって……何言ってるんだ?」


麗奈は不敵に笑いながら、


じっと翠月を見据えた。


麗奈
「空輝は関係ない。問題はあなただけ。あなたが必要とする人たちから、あなたを引き離したいの。」


翠月は息を飲んだ。


翠月
「どういうこと……?」


麗奈
「あなたを孤独にするの。辛さを味わわせて、あなただけにその苦しみを背負わせたいのよ。」


翠月の目に涙が滲む。


翠月
「そんなこと……そんなこと、許さない……!」


麗奈は強引に笑みを浮かべながら、


さらに翠月の体を押し込んでいった。


空輝は必死に止めようとしたが、


麗奈の圧力に押されて動けない。


空輝
「翠月……しっかりしろ……俺がいる……」


翠月は歯を食いしばり、


麗奈に負けじと身をよじった。


翠月
「絶対に負けない……私たちは……絶対に離れない……!」


麗奈は冷ややかに笑いながら、こう告げた。


麗奈
「その決意、見せてよ……」


そのまま二人は屋上で激しく絡み合い、


緊迫の空気がさらに深まった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


麗奈
「ねえ、翠月。まだ……思い出せないの?」


翠月は息を荒げながらも、


戸惑いの色を浮かべて答えた。


翠月
「な、何のこと……?」


麗奈の目が怒りに染まり、声が震える。


麗奈
「ふざけないで!アンタ、本当に覚えてないって言うつもり? 私の……私の彼氏を奪っておいて!」


空輝
「麗奈、やめろ……翠月は本当に記憶が――」


麗奈
「黙ってて空輝!!あんたも騙されてんのよ、この女に!」


翠月は後ずさりしながら、


小さく首を横に振った。


翠月
「待って……私、本当に知らないの。そんな人、思い出せない……!」


麗奈
「記憶喪失?都合のいい言い訳ね!私がどれだけ苦しんだか……わかる?!」


夜白が一歩前に出ようとしたが、


麗奈の殺気に立ち止まる。


夜白
「麗奈……お前、何があったか知らないけど、これはやりすぎだ……」


麗奈
「うるさいッ!私は全部、壊されたの! たった一人、信じられた人を……この女に奪われて……!」


星乃は震えながらも声を絞り出した。


星乃
「奪ったって……翠月がそんなことするわけない……」


麗奈の視線が一瞬、


星乃に向き――鋭く言い放つ。


麗奈
「アンタも騙されてんのよ……みんなこの子の"天使ぶった顔"に……うんざり!」


翠月は必死に声を上げた。


翠月
「お願い……教えて、誰なの?その彼氏って……!」


麗奈は息を詰まらせ、


一瞬、言いかけた唇を噛みしめた。


麗奈
「言わない……名前なんて……アンタに名乗る価値もない……!」


空輝が眉をひそめ、拳を握りしめる。


空輝
「……麗奈、本当に翠月が奪ったって、証拠はあるのかよ?」


麗奈
「証拠なんていらない。あの時、彼の視線はいつも翠月を見てた。私は、ずっと見てたんだから……!」


翠月
「そんな……私、何も……!」


麗奈
「もう黙ってよ!! その顔、記憶がないって言うその態度……全部、腹が立つのよ!!」


麗奈の怒りは、まるで崩壊寸前の、


ダムのように溢れ出していた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


麗奈
「もう我慢できない……! なんでアンタだけ、守られてんのよッ!!」


翠月
「ま、待って……! 私、本当に何も覚えてないの!」


麗奈
「だからそれがムカつくって言ってんのよ!! 忘れました、記憶ないんです~って、全部リセットされて被害者ヅラ!?ふざけんな!!」


空輝
「落ち着け、麗奈……!」


麗奈
「落ち着けるわけないでしょ!? 私のすべてだった人が、ある日突然、アンタに心を奪われて……私は何もできなかった……!」


夜白
「でも、翠月は――」


麗奈
「私の話を遮るなぁぁあッ!!!」


星乃
「っ……!」


麗奈
「私ね、毎晩泣いたんだよ?何度も、なんで私じゃダメだったのかって……どうしてあの子なのかって……!」


翠月
「……それ、本当に私だったの?」


麗奈
「アンタしかいないのよ!!笑い方も、仕草も、全部彼の好みにドンピシャだった!! 私は努力しても届かなかったのに……!」


空輝
「そんなことで、人を傷つける理由にはならない……!」


麗奈
「“そんなこと”!?あんたもその口で私の存在を否定するの!?みんなして私だけ……化け物扱いして……!!」


翠月
「違う、麗奈……そんなつもりじゃ……!」


麗奈
「じゃあなんで、あの日から全部が壊れたの!?私の毎日も、心も、夢も……!それをアンタは“覚えてない”の一言で終わらせるの!?」


翠月
「ごめん……でも、本当に思い出せないの……!」


麗奈
「そうやってまた“被害者”になって、誰かに守られて生きてくんだ……ああもう、本っ当にムカつく……!」


麗奈は怒りに任せて、


足元のバケツを蹴飛ばす。


金属音が屋上に響き、誰もが息を呑む。


麗奈
「アンタが“奪われる”苦しみ、教えてあげる……徹底的に、孤独にしてやる……!」


翠月
「麗奈っ……!」


麗奈の瞳は涙で潤んでいたが、


憎しみの炎に覆われていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


麗奈
「逃げないでよ、翠月……今度は、ちゃんと向き合ってもらうから……!」


翠月
「や、やめて……来ないで……!」


麗奈の足音がコツン、コツンと屋上に響く。


その一歩一歩が、


翠月の心臓に針を刺すように迫る。


フェンスのすぐ手前まで追いつめられ、


翠月の背中に冷たい鉄の感触が触れる。


翠月
「……っ!」


その瞬間――


脳内に、鋭い痛みが走る。


視界が歪み、記憶の断片が、


フラッシュバックのように現れた。


――雨の日、傘もささずに立ち尽くす自分。


――目の前にいたのは、一人の男子。


彼は、強引に手を掴み、


翠月に何かを必死に訴えていた。


当時の彼氏
『俺はまだ、お前が好きだ……別れたくねぇんだよ……!』


翠月
『いい加減にしてよ……もう顔も見たくない……!』


当時の彼氏
『翠月……!ふざけんなよ!!』


翠月
『――だから、やめてって言ってるのッ!!』


パァンッ!


自分の手が、相手の頬を叩いた音。


翠月
「……あ……あの人……」


意識が現実に戻る。


翠月
「……私、思い出した……」


麗奈
「……え?」


翠月
「あなたの言ってる“彼氏”、私――好きじゃなかった……! むしろ、怖かったの……!」


麗奈
「嘘……やめてよ……そんな言い訳で逃げないで……!」


翠月
「違うの! あの人、しつこくて、強引で……何度も別れようとして、でも全然聞いてくれなくて……!」


麗奈
「……やめて……やめてよッ!」


翠月
「私、あの時……顔も見たくなくて、思わずビンタしたの……! だから……付き合ってたなんて、ほんの一瞬で……!」


麗奈
「……うそ……」


その場に立ち尽くす麗奈の表情から、


怒りが一瞬にして抜け落ちた。


翠月
「本当にごめん……でも、あなたが思ってたような関係じゃなかったの……!」


麗奈
「……じゃあ、私は……ずっと、何を……誰に嫉妬してたの……?」


少女の目から、涙がひと筋、流れ落ちた――


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


麗奈
「なんでよ……なんで……っ!」


その場に崩れ落ち、地面を拳で叩く麗奈。


その肩が、小刻みに震えていた。


麗奈
「……あんたに、奪われたのは……あたしの……!」


翠月
「……え……?」


麗奈
「……漆黒……! 朝影 漆黒よ……! あんたが奪った、あたしの彼氏の名前!!」


空気が、止まった。


風が吹き抜ける屋上で、


時間だけが凍りついたように、


誰も声を発せなかった。


空輝
「……今……なんて……?」


星乃
「朝影……漆黒って……あの、伝説の……」


夜白
「“終焉ノ共鳴”の、番長……?」


翠月
「……朝影……漆黒……」


翠月の目が、ぼんやりと宙を見つめたまま、


かすかに揺れる。


翠月
「――……うそ、だよね……」


一気に押し寄せてくる、記憶の波。


頭の奥で鍵が外れるように、


閉ざされていた景色が広がっていく。


――誰も近づけなかった男。


――だけど、自分だけには、


――優しく笑ってくれた。


――無口だけど、誰よりも真っ直ぐだった。


――ふいに交わした指先。


――通い合った、あの夜の約束。


翠月
「……しっこく……朝影くん……」


膝が崩れ、フェンスにすがりつく。


翠月
「私……本当に、漆黒くんと付き合ってたの……? でも……いつ、どうやって……別れたの……?」


麗奈
「思い出せないの? 本当に……? あんなに愛し合ってたくせに……全部記憶から消すなんて、ずるいよ……!」


空輝
「翠月……お前、本当に……朝影と……」


翠月
「わからない……でも……でも確かに、心が痛い……忘れちゃいけない何かを、忘れてた気がするの……!」


星乃
「ねぇ……じゃあ、記憶を消されたって……本当だったんじゃ……?」


夜白
「記憶を消す力……それが、あの事故の……」


麗奈
「……全部……あたしのせいじゃなかった……? じゃあ、私は何に、こんなにも……」


彼女の瞳から、ぽろぽろと涙が落ちていく。


そして、4人は初めて知る――


“未永 翠月の知らない記憶”の、


その名の正体を。


それは、“朝影 漆黒”。


物語の核心へ、


扉が静かに開き始めていた――。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


水面がきらきらと反射していた。


空は青く、雲は遠く、


蝉の声がまるで背景音のように響いていた。


翠月
「ねぇ、もっとこっち来て!」


漆黒
「はしゃぎすぎだよ、気をつけて」


翠月
「漆黒ーっ! ほら、見て! 魚、捕まえたっ!」


足元までびしょびしょになりながら、


翠月が小さな網を掲げる。


中でぴちぴちと跳ねる小魚を見て、


漆黒は小さく笑った。


漆黒
「……それ、さっき俺が逃したやつ」


翠月
「えっ、そうなの!? じゃあ共同作業ってことにしよっか!」


漆黒
「……まあ、悪くないな」


翠月
「へへ、なんか今日の漆黒くん、ちょっとだけ優しいね?」


漆黒
「ちょっとだけ、じゃねぇ。……最初から優しいだろ」


翠月
「うーん、普段は怖いって言われてるじゃん。“終焉ノ共鳴”の番長って。私は平気だけど」


漆黒
「お前にだけは、そんな風に思われたくない」


翠月
「……え?」


漆黒は、ふいに翠月の手から網を取って、


ポケットから取り出した、


タオルで拭いてやる。


翠月の手がピタリと止まった。


漆黒
「お前が笑ってると、変なやつらが寄ってくる。俺はそれがムカつくんだよ」


翠月
「……嫉妬?」


漆黒
「知らねぇ。でも……お前が他のやつ見て笑うの、嫌だ」


翠月の頬がほんのり赤くなる。


けれど、すぐに川の水をすくって、


漆黒にぱしゃっとかけた。


翠月
「なにそれー! 普段怖いくせに、急にそういうこと言うのずるい!」


漆黒
「……おい、冷てぇぞ」


翠月
「ふふん。たまには仕返ししないと、私ばっかりドキドキしてるからさ」


漆黒
「……ドキドキ、してんのか?」


翠月
「うるさいっ!」


照れたように背を向ける翠月。


その背中を見ながら、漆黒がポツリと呟く。


漆黒
「俺は……いつか、お前の記憶にずっと残る男になりたいと思ってる」


翠月
「えっ……」


振り返った瞬間、


彼の顔はもういつもの無表情に戻っていた。


翠月
「……それ、今の……もう一回言って?」


漆黒
「言わねぇ。聞こえただろ」


翠月
「……もう、ほんっとずるいっ!」


夏の風が、2人の笑い声をさらっていった。


その瞬間――


それが、翠月にとっての


“忘れたくなかった日”のひとつだった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


夕暮れの公園。


空気は湿り気を帯び、


空は赤く染まっていた。


漆黒の拳が、


空輝の頬を打ち抜いたその瞬間——


全てが変わった。


翠月
「ちょっと、何してんの漆黒ッ!!」


漆黒
「……お前がアイツと楽しそうに笑ってたからだ」


空輝は口元から血を滲ませながらも、


立ち上がる。


空輝
「俺は何もしてない。翠月が、笑ってくれた。それだけだ」


漆黒
「うるせぇ……! お前なんかに、翠月を触る資格はねぇ!」


翠月
「……最低。なんでそんなこと言うの? 私、ただ友達と話してただけだよ?」


漆黒
「……友達? だったら、あんな目で見ねぇだろ。あんな……優しい顔」


翠月
「……ねえ漆黒。自分がどれだけ怖い顔してるか、自覚ある?」


漆黒
「……何だよ、それ」


翠月
「私、そんな怒鳴り声も、拳も、誰かを傷つけるとこも、見たくなかった……っ!」


漆黒
「……俺は、お前を守りたかっただけだ」


翠月
「暴力で? 疑って? 独りよがりで……! 勝手に殴って、勝手に嫉妬して……私の気持ちは?」


漆黒
「……」


翠月
「もう、無理。……私、漆黒のこと、大嫌いになった」


漆黒
「……っ!」


彼の表情が一瞬で凍りついた。


拳を握りしめたまま、視線を逸らす。


翠月
「私、あんたと一緒にいた時間、全部後悔してる。……だから、終わりにする」


漆黒
「……ふざけんな……」


翠月
「ふざけてなんかないよ。私、本気。もう、あんたとは終わり」


そう言って背を向けた翠月の背中に、


漆黒は何も言えなかった。


その日から、2人は別れた。


そしてその記憶は、翠月の中から消えた。


だが、漆黒の中ではずっと、


あの日の夕焼けと怒りと悲しみが、


焼き付いたままだった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


翠月
「麗奈……私、思い出したの。漆黒くんとのこと……全部」


麗奈
「…っ! そう…やっと思い出したのね…それで、やっぱりあんたが彼を…!」


翠月
「違うの。私……漆黒くんとは、ちゃんと別れたの。彼が空輝くんを殴ったのを見て……それで一気に冷めた。私は彼の暴力が怖かった」


麗奈
「え…?」


翠月
「その後、私の記憶は一部なくなった。でも、彼が私に向けた愛情は、もう歪んでいたの。それをちゃんと断ち切った。…それが私と漆黒くんの結末」


麗奈
「じゃ…じゃあ、私は…」


翠月
「彼は、私と別れたあと麗奈と付き合った。でも、あなたは今も彼が私のものだと思ってた」


麗奈
「そんな……そんな、馬鹿な……っ」


空輝
「……つまり、誰も麗奈の彼を“奪って”なんかいなかったってことだ」


夜白
「全部……ただのすれ違いだったんだよ、麗奈ちゃん」


星乃
「麗奈ちゃん……もう、苦しまなくていいんだよ」


麗奈
「う……うわあああああああっ!!」


少女は、その場に崩れ落ちて、


泣きじゃくった。


肩を震わせ、


涙を堰き止めることができないまま、


声をあげる。


麗奈
「ずっと、ずっと恨んでた……! でも……そんなの、私が……勝手に……!」


翠月
「もう大丈夫。私は、あなたの気持ちを否定したりしないよ。辛かったよね。大切な人が、自分の前からいなくなって」


空輝
「間違っても、傷ついても……やり直せるさ。俺たちは、敵じゃない」


夜白
「これからは、ちゃんと話そう。誤解じゃなくて、本当の気持ちでさ」


星乃
「麗奈ちゃんは、悪人じゃない……ただ、すごく寂しかっただけなんだよね……」


麗奈
「……みんな……」


4人の言葉は、重くなった彼女の心に、


少しずつ灯をともしていった。


長い闇の中で彷徨っていた少女の心に、


やっと微かな光が差し込み始めた。


そして、誰もが静かに空を見上げた。


霧のように重かった感情が、


少しずつ晴れていくように——。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


翠月
「……ここに来たのは、漆黒くんから“手紙がある”って言われたからだったの」


麗奈
「……えっ、漆黒が? 私にはそんなこと、一言も……」


空輝
「でも確かに、彼がそう言ってたんだ。“あの屋上に、真実がある”って」


夜白
「まさか、あの漆黒が手紙なんて……意外すぎるけど」


星乃
「けど……それが本当なら、きっと大切なことが書いてあるよね……?」


麗奈
「……わかったわ」


麗奈は小さくため息をつき、


ポケットから小さな銀の鍵を取り出す。


それは、1階の倉庫にあった、


“鍵付きの箱”に、ぴったりの形をしていた。


麗奈
「これ……私が持ってたの。漆黒から“絶対に翠月に渡すな”って言われてた。でも……今ならわかる。あいつも……あんたも、もう前を向いてる」


翠月
「麗奈……ありがとう」


麗奈
「礼なんていらない。ただ……終わりにしたいの。全部」


翠月は震える指で箱の鍵を回し、


カチリと音を立てて開ける。


中から現れたのは、一通の白い封筒。


丁寧な字で、“翠月へ”と書かれていた。


空輝
「……読むのか?」


翠月
「うん……みんなの前で、ちゃんと」


封を切り、中の便箋を広げた翠月の目が、


大きく見開かれた。


夜白
「何て書いてあるの?」


手紙
「俺は、お前の本当の彼氏を知ってる。川で溺れた事件の前に付き合ってた奴がいる。それは俺じゃねぇ。俺はお前の元カレだ。今は麗奈の彼氏。そして、お前の本当の彼氏は……」


翠月
「……えっ……うそ……これ……」


空輝
「……どした?」


手紙
「……違本 空輝……だ。」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


空輝
「……えっ、俺? 俺が、翠月の……?」


翠月
「そ、そんな……でも……たしかに……」


夜白
「ちょ、ちょっと待って! 急展開すぎて、頭が追いつかないんだけど!」


星乃
「……あの時、空輝くんが翠月のそばにいた理由……全部、つながった……」


麗奈
「……漆黒……そういうことだったのね」


空輝
「でも、俺……何も覚えてない。自分が彼氏だったなんて……!」


翠月
「私も……ずっと空っぽだった。でも、今、心の奥で何かが動いてる…何かが、蘇りそうな気がするの……」


麗奈
「……漆黒は……私のこと、ちゃんと見てたのね……。」


星乃
「麗奈ちゃん……」


麗奈
「バカよね、私……“奪われた”って決めつけて、ずっと勝手に怒ってた。漆黒が選んだのは、私だったのに……それに気づけなかった……」


夜白
「でも、今わかってよかったじゃん。漆黒も、ちゃんと気持ちを伝えてたんだよ」


麗奈
「あたしはあたしのために、前に進むの。漆黒と、ちゃんと向き合いたい……」


翠月
「……私も、ちゃんと向き合いたい。過去と……そして、空輝と」


空輝
「翠月……」


翠月は一歩、空輝に近づいた。


その目は、確かな決意に満ちていた。


翠月
「今すぐ全部思い出せるわけじゃない。でも……空輝と向き合うって決めた。記憶がなくても……気持ちは本物だから」


空輝
「……うん。俺も、ちゃんと向き合いたい。過去の自分と、そして……今の…」


星乃
「……なんか、泣けるね」


夜白
「まさかこんな展開になるとは……」


麗奈
「……あたしも、漆黒と話してみる。ちゃんと、ね」


翠月
「空輝?どした…の?」


空輝
「なんでも…ねぇよ」


空輝はそう言って笑って翠月の頭を撫でた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次回 : 8話.写真 つづく

つぅ💖・2025-06-01
青春物語『運命を変える未来』
第1期
7話.手紙










青春物語『運命を変える未来』




















第1期




















2話.噂




















放課後の帰り道、4人は駅前の、


ショッピングモールへと向かっていた。


夜白
「…ん?今すれ違ったの、朝影じゃなかったか?」


星乃
「えっ、漆黒くん?三年の…」


空輝
「あいつって有名人だよな、喧嘩強くて、無口で、人とつるまないって噂の」


その瞬間、翠月がピタリと足を止めた。


顔が青ざめ、震えている。


翠月
「……行こう。早く、ここから離れよう」


空輝
「翠月?大丈夫か?」


翠月
「……あの人、見たくなかった」


星乃
「知り合いだったの?」


翠月は答えず、うつむいたまま歩き出した。


夜白
「……空輝、あの反応はただ事じゃない。聞くべきだ」


人気のない公園に入り、空輝が口を開いた。


空輝
「翠月、俺たちに話してくれ。あの朝影ってやつと、何かあったんだろ?」


翠月
「……私、溺れる前に、付き合ってたの。朝影漆黒と」


朝影 漆黒(あさくら しっこく)。


他学高校の3年生。


星乃
「えっ……!」


夜白
「……マジかよ」


翠月
「でも、覚えてないの。断片的な記憶しかない。ただ、心がざわつく。怖いの。思い出すたびに苦しくて……」


空輝
「その記憶、事故と関係あるのか?」


翠月
「わからない……でも、別れたはずなの。私から。でも理由も覚えてない」


星乃
「じゃあ、漆黒くんが彼氏だった可能性はあるけど、何かがあって別れた…?それってもしかして……」


夜白
「強引だった、とか?」


翠月
「……ごめん、思い出せない。でも、あの目が怖かった。川で溺れた時と、あの目が重なるの。誰かに腕を掴まれて、水の中に……」


空輝
「……もしかして、漆黒が関わってるってことか?」


翠月
「わかんない。でも……今、確かめたい。私、真実を知らないままじゃ進めない」


星乃
「一緒に調べよう。ね、みんな?」


夜白
「もちろんだ」


空輝
「お前が進みたいなら、俺たちはその隣にいる」


翠月は静かにうなずいた。


怯えた目の奥に、覚悟の光が宿る。


その時、背後で携帯の通知音が鳴る。


空輝が取り出したスマホの画面に、


見知らぬ番号からの、


メッセージが届いていた。


「未永翠月には近づくな。これは忠告だ。」


空輝
「……なんだこれ」


星乃
「それ、誰から?」


空輝
「知らない。でも、これ……ただの偶然じゃなさそうだな」


夜白
「動き出したか……闇の中の"何か"が」


翠月は胸を押さえながら、空を見上げた。


記憶の奥に沈む、あの黒い影が、


ゆっくりと浮かび上がってくる気がした。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


放課後。


駅前のマックで4人は机を囲んでいたが、


どこか空気が重い。


空輝
「なあ、翠月。あの朝影ってやつ、やっぱ何かあんのか?」


翠月
「……わかんない。でも、あの目……見られた瞬間、心臓がギュッて締めつけられた」


夜白
「あいつ、ヤバいやつなんだろ?三年の連中でも誰も逆らえないとか聞いたことある」


空輝
「中学の頃、教師殴って停学食らったらしいな」


翠月はうつむき、


コーラのストローを、


くわえたまま黙り込んだ。


星乃
「……」


星乃
(星乃は、知っていた。漆黒が、毎日どこかから翠月を"見ている"ことに。放課後の校門、コンビニ、通学路――何度も目が合った。わざとじゃない。あれは"見守ってる"って表情だった)


でも、それを今ここで言えば、


場の空気はもっと重くなる。


星乃はそっと話題を変えた。


星乃
「ねえ、前に川で溺れたときのこと……少しでも思い出せた?」


翠月
「……あのとき、水の中で、誰かに抱きかかえられて……でも、顔が見えなかった。ただ、ずっと誰かが私の名前を呼んでた気がする」


空輝
「それって男の声だった?」


翠月
「わかんない……水の音が強すぎて。でも、すごく悲しそうな声だった」


夜白
「……なんかもう、記憶っていうより感覚だけだな」


そのとき、


ガラスの向こうを歩く黒い影が目に入った。


黒のパーカーにフードを深くかぶり、


鋭い目だけが見える。


星乃
「……っ」


星乃
(また……漆黒。今日も来てる。偶然じゃない)


星乃は誰にも、


気づかれないように目を伏せた。


星乃
(――たぶん、あのとき助けようとしてたのも、漆黒だったんだ。でも、翠月はそれを思い出せてない。むしろ怖がってる。今はまだ、黙ってた方がいい)


星乃
「ねえ、そろそろ帰らない?暗くなると寒いし」


夜白
「おう、じゃあ俺はこっちだから」


空輝
「翠月、送ってくぞ。いいだろ?」


翠月
「……うん。お願い」


3人が立ち上がる中、


星乃だけはわずかに窓の外を見た。


漆黒の姿は、もうどこにもなかった。


星乃
(あの人は、たぶん……まだ翠月のこと、好きなんだ)


でも、好きだけじゃ、


済まされない過去がある。


その夜、星乃のスマホに、


差出人不明のDMが届いた。


「君だけは知ってるんだろ?俺があいつを見てること」


画面に映る、漆黒の名。


星乃は、スマホをそっと伏せた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


星乃は、人気のない、


廃ビルの裏手に立っていた。


月も隠れた夜。


煙草の煙と、ギラついた視線が、


視界を満たす。


漆黒
「……わざわざこんなとこまでご苦労さん。何のつもりだ、白露?」


星乃
「……翠月に近づかないで。……それを言いに来た」


漆黒
「……は?」


漆黒が一歩、ゆっくりと近づいてくる。


その足音だけで、背筋が凍った。


星乃
「聞こえたでしょ。もう……やめて。尾行も、監視も……全部気づいてた」


漆黒
「へぇ、気づいてたなら黙ってりゃいいのによ。わざわざ命知らずなことを」


星乃
「黙ってられるわけないでしょ……!翠月が、あんた見たとき、どれだけ震えてたと思ってんのよ!」


漆黒
「知らねぇな。俺の顔見て怯えるってんなら、勝手にしとけよ」


星乃
「"勝手に"じゃない……!あんたが原因なんでしょうが!!」


バッと漆黒の腕が伸び、


星乃の制服の胸ぐらが乱暴に掴まれた。


漆黒
「テメェ、調子乗んなよ」


星乃
「……っ!」


息が詰まる。


けれど、引けなかった。


自分が引いたら、翠月がまた怯える。


星乃
「殴るなら、殴ればいい……でも、翠月にだけは近づかないで……!」


漆黒
「チッ……」


手を離した漆黒が、


星乃の耳元に顔を近づける。


漆黒
「何様のつもりだよ、お前」


星乃
「翠月の友達……それ以上でも、それ以下でもない」


漆黒は鼻で笑い、


ポケットから煙草を取り出した。


漆黒
「俺はあいつを捨てたわけじゃねぇ。アイツが勝手に離れたんだ。俺が何かしたっていうなら、証拠でもあんのかよ?」


星乃
「証拠なんていらない。あの子の表情が、全部を語ってた……!」


漆黒
「ハッ……いい子ちゃんの感情論かよ。くだらねぇな」


星乃
「くだらないなんて、絶対言わせない……!翠月が、どれだけ前を向こうとしてるか、あんたなんかにわかるわけない!」


沈黙。


漆黒の目つきが、さらに鋭くなった。


漆黒
「なぁ、白露。俺が今ここでお前に何しても、誰も助けに来ねぇぞ?」


星乃
「……わかってる。でも、あたしは間違ってない」


漆黒の手が星乃の、


顎に触れそうになった瞬間、星乃が叫んだ。


星乃
「やめて!!……最低よ、あんた!」


漆黒の動きが止まり、


ゆっくりと手を引っ込める。


笑っていたが、その瞳にはどこか、


何かが壊れたような虚無があった。


漆黒
「……じゃあ、見張ってろよ。俺がどこで何してるか、ビクビクしながらな」


星乃
「……見るよ。あんたが、もう一度翠月を傷つけようとするなら、絶対に止める」


漆黒
「……チッ、面倒な女だな」


そう吐き捨てて、漆黒は背を向けた。


星乃は崩れ落ちそうな足に力を込め、


涙をこらえながらその背中を見つめていた。


星乃
(怖かった……でも、伝えなきゃいけなかった。絶対に、あの子を守るって)


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


静まり返った街の片隅。


路地裏のスナックの裏手。


夜白はフードを被り、


看板の影に身を潜めていた。


夜白
(……あれが、朝影漆黒)


ビルの隙間から見えるのは、


漆黒とその仲間たち。


明らかに学校外の、


不良、金髪、ピアス、酒の缶。


まともな雰囲気じゃない。


不良A
「漆黒、マジでやりすぎじゃねーの?この前の女、泣きそうだったんだろ?」


漆黒
「ビビってただけだ。触っただけで騒ぎすぎだっつの」


不良B
「白露星乃ってやつ?どーせお前、あの子にだけ優しくしてるとか思ってんだろ。なのにやることやってんの草」


漆黒
「うるせぇな。俺が近づこうが何しようが、あいつらに関係ねぇんだよ」


夜白
(……星乃……あいつに、何かされたのか?)


不良A
「でもよ、星乃もいいが……やっぱ未永翠月って子、まだ未練あんのか?お前、ガチで尾けてんじゃね?」


漆黒
「は?……別に。近く通っただけだろ」


不良B
「お前の"偶然"はだいたいストーカーじゃん。あいつ、またトラウマなるぜ」


漆黒
「黙れっつってんだろ!!」


夜白
(……ふざけるな。冗談じゃ済まされねぇ)


漆黒が、翠月と星乃の名前を、


"物扱い"のように話す声。


笑いながら聞いている取り巻きたちの顔。


夜白の中で、何かが静かに爆ぜた。


夜白
(こいつ……絶対、放っとけねぇ)


静かにその場を離れる。


呼吸は整っているのに、


手だけが震えていた。


夜白
(空輝にも……翠月にも……まだ言えねぇ。でも……俺が止める。次、こいつが誰かに手を出す前に)

 
廃ビルの角、煙草の煙を吐き出す、


漆黒の横顔は、月に照らされても冷たく、


夜白の中に渦巻く怒りだけが、


闇夜に熱を灯していた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


夜の街灯もまばらな裏路地。


漆黒は、黒い革ジャンの襟を立て、


ゆらりと歩み寄ってきた。


目は冷たく、微笑みはない。


肩にかけた煙草の煙がゆらりと漂う。


漆黒
「おい、翠月。話がある。」


翠月は後ずさりながら、震える声で言う。


翠月
「離れてよ……なんで、私に近づくの?」


漆黒は無言で少し近づき、


その目が星乃のことをちらりと示す。


漆黒
「星乃のこと、俺が手を出そうとしてるのは知ってるだろう?」


翠月の目が一気に怒りで燃えた。


翠月
「やめてよ!星乃に何かしたら絶対許さない!」


漆黒は冷たく鼻で笑う。


漆黒
「許さねぇって?そんなの俺には関係ねぇ。お前だって、星乃も、俺のものだ。」


翠月は涙をこらえ、必死で説得する。


翠月
「お願い……星乃を解放して。彼女を傷つけるのはやめて!」


漆黒の表情は変わらず、


鋭い視線が彼女を見据える。


漆黒
「そう簡単に手放せるかよ。お前も分かってるだろ、俺の気持ち。」


翠月は声を強めて叫んだ。


翠月
「そんなの、どうでもいい!星乃はもう関わりたくないって言ってるの!」


漆黒は苛立ちを隠せず、拳を握りしめる。


漆黒
「ふざけんなよ……」


翠月は怯えながらも、


決して目を逸らさなかった。


翠月
「お願いだよ……もうやめて、彼女から離れて!」


漆黒の心の奥底で、何かが揺れ動くが、


表には出さなかった。


夜風が二人の間を吹き抜け、


緊張の空気だけが残った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


夜の路地裏。


漆黒が冷たい目で翠月を見据え、


じりじりと距離を詰めていた。


漆黒
「お前、いつまで逃げてるつもりだ?」


翠月は震えながらも、強く言い返す。


翠月
「もうやめてよ!星乃にも手を出そうとしたくせに、なんで私にまで近づくの?」


漆黒は冷笑を浮かべた。


漆黒
「星乃は俺のもんだ。お前だって、同じだろ?」


翠月は怒りをこめて叫ぶ。


翠月
「違う!私は誰のものでもない!絶対に許さない!」


漆黒の手が伸び、


翠月の肩を掴もうとしたその瞬間、


「やめろ、漆黒!」と鋭い声が響いた。


振り向くと、空輝が走ってきて、


漆黒の腕を掴んだ。


空輝
「もうやめろよ。お前のやり方は間違ってる。」


漆黒は睨みつける。


漆黒
「お前が口出すな。」


空輝はしっかりと漆黒の腕を握り返す。


空輝
「お前が傷つけるなら、俺が止める。」


翠月は震えながらも空輝の後ろに隠れた。


漆黒は一瞬迷いの色を見せたが、


すぐに腕を振りほどき、冷たく言った。


漆黒
「またな。」


そう言い残し、漆黒は夜の闇に消えた。


空輝は翠月の肩に手を置き、優しく言った。


空輝
「大丈夫か?もう一人じゃない。」


翠月は涙をこらえながら頷いた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


廃ビルの一室。


外からの光が差さず、空気は淀んでいる。


星乃は椅子に縛られたまま、


冷たい床に目を落としていた。


バンッ!


ドアが蹴破られる音と同時に、


勢いよく誰かが入ってきた。


夜白
「星乃っ!」


星乃
「……夜白?」


夜白
「大丈夫か!?今、助ける!」


夜白は手早く星乃に近づき、


縛られていた縄をナイフで切り始める。


星乃
「ど、どうしてここが……」


夜白
「星乃が消えてから、ずっと探してた。お前のこと、俺……」


星乃
「……ありがとう。でも、どうして夜白がここまで……」


夜白
「理由なんかいらない。お前が危ない目に遭ってる、それだけで十分だろ」


星乃
「……」


縄が解け、自由になった星乃は、


小さく震えながらも、


夜白の腕にすがるように抱きついた。


星乃
「ほんとに……怖かった。誰も来てくれないと思った……」


夜白
「もう大丈夫だ。絶対、もう誰にも触れさせない」


星乃
「……夜白、手、震えてるよ」


夜白
「当たり前だろ。お前が……こんな目に遭わされて、俺が平気なわけないだろ」


星乃
「夜白……っ」


夜白
「……お前を守れなかった自分が、情けなくて仕方なかった。でも……今だけは、かっこつけさせてくれ」


星乃
「かっこつける必要なんてないよ。夜白は、もう……十分、かっこいいよ」


夜白
「……そうかよ。お前、泣いてるくせに、そういうこと言うなよ」


星乃
「バレた?」


夜白
「……ああ、バレバレだ。ほら、行こう。ここにいたら、また何があるか分からない」


星乃
「うん……でも、もう少しだけ、こうしてていい?」


夜白
「……ダメとは言わない。俺も……ちょっとだけ、お前を感じてたい」


星乃
「……ふふ、変なこと言うね」


夜白
「お前が無事だから言えるんだよ。ほんと、心臓止まるかと思った」


星乃
「……ありがと、夜白。あのね……わたし、たぶん、夜白のこと……」


夜白
「ん?」


星乃
「……やっぱ、帰ってから言う。今は、ただ一緒にいたいだけ」


夜白
「……バカ」


星乃
「うん、バカでいい」


夜白は、そっと星乃の肩を抱き寄せた。


2人の影が、割れた窓から差す月明かりに、


静かに重なっていた。


そこに言葉は少なかったけれど、


心だけは確かに近づいていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


放課後、誰もいない屋上に、


4人が久しぶりにそろっていた。


夕日が赤く校舎を染め、


風がそっと髪を揺らす。


空輝
「……ようやく、全員そろったな」


翠月
「ほんと……なんだか夢みたい。こんな日がまた来るなんて思ってなかった」


星乃
「うん……私も。もう戻れないんじゃないかって……ずっと思ってた」


夜白
「バカだな。俺らがそんなことで終わるわけねえだろ」


空輝
「……いろんなことがあった。言いたいことも、聞きたいことも、山ほどある。でも、まず……」


空輝は一歩前に出て、


真っすぐ翠月と星乃を見つめた。


空輝
「お前らを……守れなかった。すまなかった」


翠月
「そんな……空輝のせいじゃない。あたし、ただ巻き込まれただけで……」


星乃
「私も。誰かが悪いとか、そういうことじゃないよ。あの時、ただ、助けてって思ってた。でも……今は、もう平気だから」


夜白
「いや、違う。平気じゃねえだろ。無理してんの、顔見りゃ分かるよ」


星乃
「夜白……」


夜白
「だから、ここでちゃんと誓う。俺はもう、絶対にお前らを一人にしねえ。星乃、お前がどんな場所にいても、俺が絶対に見つける」


星乃
「……うん」


夜白
「命かけてでも、守る。こんなくだらねえことで、お前が涙流すなんて二度と見たくねえんだよ」


空輝
「俺もだ。翠月、お前が何を思い出しても、何に怯えても、俺はそばにいる。例え全世界が敵でも、俺はお前の味方でいる」


翠月
「……空輝……」


空輝
「守るってのは、ただそばにいるだけじゃない。お前がちゃんと笑えるようにすること。それが、俺の誓いだ」


夜白
「おお、それいいな。俺もそれ、便乗するわ」


星乃
「ふふ……勝手に便乗しないでよ」


翠月
「でも……なんか、うれしい。こんなふうに言ってもらえるなんて、夢みたいだよ」


空輝
「夢じゃねえよ。これは現実だ。俺ら4人で、これからもちゃんと歩いていくんだ」


夜白
「そうだ。誰かの記憶が消えたって、誰かが泣いたって、何があっても、俺らの絆は切れねえ」


星乃
「ありがとう、夜白……本当にありがとう」


翠月
「空輝……あたし、ずっと怖かった。でも、もう大丈夫かも」


空輝
「よかった……もう泣くな。涙は、嬉しい時だけにとっとけ」


風が吹き抜けた。


まるで、4人の誓いを包むように。


その夕日は、


悲しみも苦しみも優しく溶かして、


彼らを新しい未来へと送り出していた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


放課後、視聴覚室に集まった4人。


机には、過去の出来事を記したメモや、


漆黒の写真、そして、


翠月のスケッチブックが広げられていた。


空輝
「……結局、漆黒が本当に翠月の彼氏だったのか。そこがまだ、はっきりしないんだよな」


翠月
「……あたし、あの川で溺れたとき、誰かに手を引かれたの。温かくて、強くて……その感触だけは、今も忘れられない。でも、顔も声も思い出せないの」


星乃
「それって、漆黒だったって言われても、信じきれないってこと?」


翠月
「うん……彼のこと、どこかで見たことある気がする。でも、付き合ってたなんて、本当に?」


夜白
「なあ、星乃。お前、漆黒が翠月の元彼って話、どこで聞いたんだ?」


星乃
「生徒の噂。でも、誰が最初に言い出したのか分からない。漆黒本人も『俺だった』って言ってたけど……」


空輝
「その"俺だった"ってのが、信用できないってことだな。あいつ、自分に都合のいいこと言うタイプだ」


夜白
「実際、星乃に手ぇ出したしな。翠月のことも……危なかった」


翠月
「……もし、本当に元彼だったなら、なんであたしのこと、あんなふうに追いかけるの?」


星乃
「未練じゃない?でも、それって恋愛って言えるのかな」


夜白
「いや、執着だな。しかも、かなり危ない部類の」


空輝
「……でも、もう一度、調べる価値はある。誰があの時、翠月を助けたのか。もし漆黒じゃないなら――本当の"彼氏"は、別にいるのかもしれない」


翠月
「え……?」


空輝
「なあ、翠月。あの日、溺れる直前に誰かと会ってた記憶とか……ないか?」


翠月
「……ううん、なにも。気づいたら水の中で、そして……手を引かれてた。でも……もしかしたら……」


星乃
「もしかしたら?」


翠月
「その時……名前を呼ばれた気がする。"ミヅキ"って。でも、その声が誰のものか……分からないの」


夜白
「それ、漆黒の声だった」


翠月
「違う……と思う。もっと優しくて、落ち着いてて……」


空輝
「だったら、あいつじゃない。漆黒じゃない」


夜白
「なら、誰だ? 別の男? それとも――俺らの中に?」


沈黙が落ちた。


誰も、空輝の言葉にすぐ返せなかった。


星乃
「でも……確かに、おかしいよね。漆黒が彼氏だったなら、もっと翠月の記憶に残ってるはず」


翠月
「うん。そばにいた人なら、あんなに消えたりしないはずだよね」


空輝
「記憶が消されてる可能性もある。誰かが意図的に……」


夜白
「それって……誰かが嘘をついてるってことか?」


星乃
「だとしたら、なぜ? そして、誰が?」


4人の視線が、机の上に置かれた、


漆黒の写真に集まる。


その目の奥にある何かを見透かすように、


4人の瞳は揃って鋭くなった。


空輝
「調べよう。ちゃんと、すべてを。あの日、何があったのか。翠月を助けたのは誰だったのか。そして……」


夜白
「翠月の"本当の彼氏"が誰だったのか、な」


翠月
「……うん。あたしも、ちゃんと知りたい。あの時の気持ちを、記憶を……取り戻したい」


星乃
「一緒に、探そう。4人なら、できるよ」


屋上の夕日とは違い、


視聴覚室に差し込む光は冷たい。


それでも、


4人の胸に燃えるものは確かだった。


彼女を救った"あの手"の正体を探す旅が、


今再び始まった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


休日の午後。


街中のカフェに4人の姿があった。


木目調の落ち着いた店内。


窓際のテーブルに並ぶマグカップの中から、


微かに立ち上る香りが、


心を穏やかにさせる……はずだった。


空輝
「やっと全員そろったな。最近バラバラだったし」


星乃
「……まあ、いろいろあったからね。でも、こうして顔合わせられてるのは、正直うれしい」


翠月
「……うん。ありがとう、みんな」


夜白
「お前が謝ることじゃねえよ。元はといえば……」


空輝
「……あいつのせい、だよな」


その瞬間だった。


店の入り口で、風鈴のような、


小さなベルの音が鳴る。


4人の目が、無意識にそちらに向いた。


漆黒だった。


真っ黒なパーカーのフードを深く被り、


口元には不敵な笑み。


まるで偶然のように、


しかし明らかに意識的に、


4人の席へと視線を向けた。


そして――翠月と、目が合った。


翠月
「……っ」


星乃
「……!」


空輝はすぐに椅子を引き、


翠月と星乃の間に立つように席を移動した。


夜白も静かに立ち上がり、


二人の背を庇うように前に出る。


空輝
「こっち来るな。ここは、お前の入る場所じゃない」


夜白
「何の用だよ。喧嘩なら外でやってくれ」


漆黒は口の端を上げて、


不敵に笑っただけだった。


返事はなかった。


ただ、その目だけが翠月を刺し、


何かを告げるように、


ゆっくりと視線を滑らせながら、


カウンター席に腰を下ろした。


星乃
「……見てたよね、私たちのこと。あれは偶然じゃない」


翠月
「……こわい。なんで、あの人……あたしたちのいる場所にまで来るの……」


空輝
「大丈夫だ、翠月。絶対、俺たちが守る。お前に、もう一度あんな思いはさせない」


夜白
「俺もいる。星乃も、翠月も、絶対に手出しはさせねぇ」


星乃
「……ありがとう。でも、私も……もう逃げない」


翠月はぎゅっと拳を握ると、


窓の外に視線を移した。


雨上がりの街が、夕日で濡れて光っていた。


心がざわめく。


漆黒の存在が突き刺さる。


それでも、今日の翠月は、


少しだけ違っていた。


頭の奥に――記憶の深い底に、


ふと浮かんだ声があった。


???
「泣くときは、俺の前だけにしてよ、ミヅキ。」


翠月
(……誰? 今の声……知ってる。あたし、知ってる……)


その瞬間、あたしの胸の奥に、


あたたかい何かが確かに灯った。


翠月
(……あの頃の私。あたしが、初めて"守られてる"って感じた人……)


だが、名前までは思い出せなかった。


頭の中には、まだ、ぼやけた空白がある。


それでも、翠月は微かに笑った。


漆黒の冷たい視線とは裏腹に、


あの声は優しくて、


懐かしくて――あたしを強くしてくれた。


そして、今度こそ思った。


この記憶の先に、"本当の真実"があると。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次回 : 3話.あの日 つづく

つぅ💖・2025-05-26
青春物語『運命を変える未来』
第1期
2話.噂

これらの作品は
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他に91作品あります

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青春物語『運命を変える未来』




















第1期




















4話.言葉




















放課後の教室。


窓の外には沈みかけた夕陽が、


ゆっくりと傾いていた。


4人は静かに机を囲んでいた。


空輝
「……話そう。もう逃げない。あの日、川で起きたことを」


翠月
「うん。ずっと心に引っかかってた。私も……全部、話す」


夜白
「俺も思い出したんだ。断片だけど、はっきりしてる」


星乃
「じゃあ、順番にいこう。私から話すね」


空輝
「あぁ、頼む」


星乃
「翠月が、最近ずっと変だったの。どこか遠くを見てるような目で……心ここにあらずって感じだった」


翠月
「……うん。あの頃、付き合ってた人に裏切られて、心がボロボロで。昔の思い出がある川に、無意識に足が向いちゃって……」


星乃
「その日、後を追って川まで行ったんだ。そしたら、誰かが翠月を突き落とす瞬間を見て……!すぐに駆け寄ろうとしたけど、腕を振り払われて……倒れて、少しの間意識がなかった」


夜白
「……俺は、川の方で異変に気づいた。翠月が流されてて、助けようとした。でも、その前に誰かが飛び込んだのが見えて……俺は一瞬止まった」


空輝
「……」


夜白
「その時、川の縁に血を流して倒れてる誰かがいた。直感的にそっちを助けなきゃと思って近づいた。けど……背後から何かで殴られた。そこから先の記憶はない」


翠月
「私……流されてるとき、誰かに抱きかかえられたの。すごくあったかくて、安心した。でも……顔は見えなかった。夢みたいで」


星乃
「それって、空輝だったんじゃ……?」


空輝
「……岩に頭ぶつけて、気づいたら岸にいた。でも腕には、誰かを抱きかかえてた感覚が残ってた。たぶん……俺が翠月を助けたんだと思う」


翠月
「……ありがとう。でも、なんで思い出せないんだろう。突き落とした人の顔も、助けてくれた人の顔も、全部……ぼやけてる」


夜白
「俺も。川にいた"血を流してた誰か"の顔が全く思い出せない。殴った奴の顔も、曖昧だ」


星乃
「ねえ……これ、誰かが私たちの記憶を、意図的に消そうとしたんじゃない?」


空輝
「……あり得る。俺たちは"何か"を見た。でも、その記憶だけが、うまく思い出せない」


翠月
「じゃあ、あの日、狙われてたのは私……?」


夜白
「もしくは、俺たち全員だ」


星乃
「でも……4人でここまで話せた。思い出したことをつなげれば、きっと真実にたどり着ける」


空輝
「ああ。絶対に突き止めよう。あの日、何が起きたのか。誰が何をしたのか」


教室の窓の外、


茜色の空が夜へと変わろうとしていた。


4人の視線は交差し、


その中心に"あの日"の真相が、


静かに浮かび上がろうとしていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


教室の一角、誰からともなく集まった4人。


薄曇りの空から差す光が、


記憶の欠片のように机を照らしていた。


空輝
「……俺、気絶してたはずなんだ。でも、少しずつ意識が戻ったとき、誰かに抱えられてた。言葉は聞こえなかったけど、何か必死に叫んでる感じがして……」


翠月
「それ……私も。川から誰かに救われて、朦朧とする中で、誰かに抱きしめられてた。何か伝えてくれてたけど……その人の顔、はっきり思い出せない。あれが空輝だったのか、夜白だったのか……」


夜白
「俺は……俺も殴られて倒れた後、意識が戻った瞬間があった。気づいたら誰かを抱きしめて、名前を呼んで……でも、誰を呼んでたのかも、誰を抱えてたのかも、わからない。星乃か、翠月か……」


星乃
「……私は、はっきり言えることがある。あの日、翠月を救ったのは私じゃない。私は岸で気を失ってて、目を覚ましたとき、誰かが誰かを抱きかかえてた。その背中を、今でも覚えてる」


空輝
「背中……?」


星乃
「夕焼けを背にしてて、顔は見えなかった。でも、その人の手は震えてて……涙のような声で、ずっと誰かの名前を呼んでたの」


翠月
「じゃあ……その人が助けてくれたの?」


夜白
「可能性は高い。でも、その人が誰なのかは、みんな覚えてない。顔は見えず、声も曖昧……」


空輝
「おかしいよな。これだけのことがあったのに、記憶がこんなにぼやけてるなんて」


星乃
「逆に、誰かがそう仕向けたとしたら……」


翠月
「記憶を曖昧にさせるほどの衝撃。あるいは、何か意図があって……?」


夜白
「殴られた俺も、気絶してた空輝も、真相に近づきそうな人間から順に潰されたようにも見える」


空輝
「だとしたら、俺たちは"あの日"の真実から遠ざけられたってことだ」


星乃
「じゃあ、次に狙われるのは……?」


空気が一瞬で凍りついた。


翠月
「……もう、同じことは繰り返させない。今度は私たちで、この記憶の迷路から抜け出すの」


夜白
「ああ。もう誰にも、あの日みたいな顔をさせたくない」


空輝
「たとえ全部の記憶が戻らなくても、手がかりはそろい始めてる。思い出そう。"誰か"がそこにいた、あの日の真実を」


星乃
「そして、見つけよう。あの背中の正体を」


沈黙の中、4人の視線が重なった。


"あの日"から始まった謎が、


今ようやく動き始めようとしていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


静かな風が、街を撫でた。


常瀬
「白焔、こっちの準備は?」


白焔
「整ってる。あとは……"あいつ"だけだ」


紅蓮
「いつまで空気ぶってんだよ。アイツ、来んのかよ?」


専堂
「来る。あいつは……絶対、来る」


その言葉に重みがあるのは、


誰もが知っていたからだ。


"漆黒"――名前だけで、


すべてを黙らせる男。


場面は変わり、路地裏。


漆黒
「……静かだな。昔はもっと騒がしかった」


背中の影が伸びる。


誰もいないはずの空間に、


過去の幻が揺れる。


街では噂が渦巻いていた。


通行人A
「"終焉ノ共鳴"の連中が帰ってきたらしい」


通行人B
「それに……あの漆黒も動いたってよ」


海惺は離れた電柱の影から、


目を細めていた。


海惺
「何かが起こる。これは……ただの抗争じゃない」


カフェにて。


空輝
「おい、見ろよ……この投稿。"終焉ノ共鳴"、今夜動くらしい」


翠月
「ねぇ、それって……あの漆黒も?」


夜白
「もし揃ったら、街が終わるぞ……マジで」


星乃
「……私、嫌だよ。誰かが傷つくの、見たくない」


夜が深くなる。


廃ビルの屋上に、4人の影が並ぶ。


白焔
「来い……"漆黒"」


すると――風が止まる。


漆黒
「……随分待たせたな」


紅蓮
「ったく、どんだけ焦らすんだよ」


専堂
「でもまあ……これで、全員揃った」


常瀬
「……"終焉ノ共鳴"、再び集結ってわけだ」


白焔はふっと笑う。


白焔
「さあ、始めようか――この街の終焉を」


遠くから見ていた空輝たちは、


ただ息をのむ。


空輝
「あいつら……知り合い……?」


翠月
「でも、空気が……なんか、おかしい」


夜白
「まるで……前から決まってたみたいだ」


星乃
「……漆黒は、最初から……?」


ビルの影が交錯し、


夜の静寂が、切り裂かれる。


――それは再会か、開戦か。


終焉ノ共鳴、ついに全員集合。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


屋上に集った五つの影が、


互いを見据えていた。


紅蓮
「で、どうする? 再結成記念に一発やるか?」


白焔
「……いいや。まずは、確認したいだけだ」


常瀬
「確認?」


白焔
「あいつが、まだ……"俺たちの上"にいるのかどうか、だ」


その言葉の意味を、


周囲の誰も理解できなかった。


その数日前――。


公園の広場、陽が沈むころ。


白焔と海惺が向かい合っていた。


白焔
「オレとやるなんて、正気かよ。引くに引けねぇか?」


海惺
「……アンタが"終焉ノ共鳴"のリーダーなら、それで勝てりゃ俺が最強だろ」


言葉が落ちた瞬間、地面が跳ねる。


拳と拳、蹴りと蹴り。


どちらも一歩も譲らず、


十数分後には両者とも肩で息をしていた。


白焔
「……いい動きだ。俺とやり合って、引き分けたのは数年ぶりだ」


海惺
「……そりゃ光栄っすね。もう立てねえけどな……」


だが、その夜。


ある一言が、彼を震えさせることになる。


夜白
「なあ海惺。お前、白焔とやり合ったって聞いた」


海惺
「まあな。なんとか引き分けに持ち込んだ」


空輝
「すげえ……!」


夜白
「でもさ、その白焔って……グループ内では"2番手"らしいぜ」


海惺
「……は?」


翠月
「"終焉ノ共鳴"の真の番長は、他にいるって」


星乃
「名前は……"漆黒"」


その瞬間、海惺の表情から色が消えた。


海惺
「……嘘、だろ……?」


彼は一歩、無意識に後ずさる。


海惺
「白焔ですら、まともに勝てなかった。アイツより上が……いるのかよ……?」


夜白
「さっき、街で漆黒を見たって投稿もあった」


海惺
「……勝てねぇ。絶対に、怠慢じゃ勝てねぇよ。白焔でアレだぞ? その上とか、化け物じゃねぇか……」


彼の瞳に宿ったのは、


戦意ではなく、恐怖だった。


そして今――屋上で対峙する漆黒と白焔。


白焔
「一つ聞かせてくれ。"あの日"、何で消えた?」


漆黒
「守りたかったものがあった。今も、それは変わらない」


紅蓮
「はっ、カッコつけんなよ番……」


白焔
「……言うな、紅蓮」


白焔の一言で、全員が黙った。


空気が張り詰める。


漆黒
「……お前らが変わったように、俺も変わった。だけど……"強さ"だけは、変えてねぇ」


そのとき、海惺が廃ビルの下から、


震えながら呟いた。


海惺
「……やっぱ化け物だ。間違いねぇ。あいつが……本物の、最強だ」


夜の街を切り裂くように、風が吹く。


白焔
「……条件はシンプルだ。勝った方が"番長"だ」


漆黒
「ふっ……そりゃ、面白い」


紅蓮
「マジでやるのかよ……この距離で……?」


専堂
「バケモン同士の怠慢なんて、見たことねぇ」


常瀬
「誰も止められねぇな……」


近所のビルの屋上、


物音一つ立てずに人が集まっていた。


通行人A
「うわ……本当に始まるのか……」


通行人B
「白焔でも勝てないって噂、マジだったりして……」


海惺もビルの影に身を潜め、


目を見開いていた。


海惺
「来た……最悪の一手だ……」


イツメンたちも息を飲んで見つめていた。


空輝
「これ……ヤバすぎるだろ……」


翠月
「空気が違う……普通のケンカじゃない……」


夜白
「ここからは、誰にも止められないぞ」


星乃
「お願い……誰も死なないで……」


バチン――。


白焔の拳が風を裂いた。


漆黒は片手で受け、ニヤリと笑う。


漆黒
「……おいおい、本気で殴ったんじゃねぇよな?」


白焔
「チッ……ふざけんなよ!」


続けざまに繰り出される蹴り、肘、拳――


漆黒は、涼しい顔で捌き続ける。


紅蓮
「……相手してやってるだけだ。あの顔は、完全に余裕の表情」


専堂
「一発食らったな」


白焔の拳が、漆黒の頬をかすめた。


パシッ――。


漆黒
「……ははっ。今の、マジ?」


白焔
「テメェ……!」


漆黒は手首を鳴らす。


漆黒
「じゃ、少しだけ"ギア"上げるか」


次の瞬間、白焔の体が吹き飛ぶ。


地面に転がり、肩で息をする。


白焔
「まだ……遊んでやがるのか……!」


紅蓮
「白焔が、押されてる……」


白焔
「ふざけんなッ!! 本気出せよ、漆黒!!!」


その一言に、漆黒の目から笑みが消えた。


漆黒
「……ああ、分かった。なら、一発だけだ」


一歩、漆黒が踏み出す。


空間が揺れる。


白焔が拳を構えた瞬間――


ドンッ!!


その衝撃は、雷鳴のように街中に響いた。


白焔の体が宙に浮き、


無抵抗のまま地面に倒れ込んだ。


沈黙。


海惺
「……終わった」


星乃
「う、そ……白焔が……一発で……?」


夜白
「次元が違う……漆黒は、化け物だ……!」


漆黒はゆっくりと手を下ろすと、


仲間たちに目を向けた。


漆黒
「……これで、文句ある奴は?」


紅蓮
「……いや、ねぇよ。やっぱ……アンタが番長だ」


専堂
「終焉ノ共鳴、再結成だな」


常瀬
「"あの日"の続きが、ようやく始まる」


白焔は地面に横たわったまま、


微かに笑った。


白焔
「やっぱ……お前だよ……番長……」


漆黒が歩き出す。


その背に、誰も逆らえなかった。


夜が、再び静けさを取り戻した時。


"終焉ノ共鳴"――漆黒を頂点に、


ついに復活した。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


夕焼けが校舎を赤く染める。


空輝たちイツメンは、屋上に集まっていた。


空輝
「……終焉ノ共鳴、再結成だってよ。やべぇな、あの空気」


夜白
「白焔が一発で沈められた時、マジで時が止まった気がしたわ……」


星乃
「漆黒くん、あの頃と何か違ってた……ただの不良じゃない"何か"を背負ってるみたいな……」


翠月
「でも、漆黒くんは本当に戻ってきたんだね……誰ともつるまなかったのに……」


その中で、海惺はずっと黙っていた。


拳を握りしめたまま、目を閉じて。


空輝
「……海惺、お前ずっと黙ってるけど、なんかあったのか?」


海惺
「……いや、何も」


夜白
「いやいや、明らかに様子おかしいだろ」


星乃
「もしかして、漆黒くんと何かあったの?」


海惺
「……なにも"なかった"さ。……あの事故の日まではな」


空輝
「……!」


翠月
「え……まさか、知ってるの……? あの事故のこと……」


海惺
「……悪いけど、今は話せねぇ」


イツメンたちは困惑の表情を浮かべる。


夜白
「……なんだよ、それ」


海惺
「……俺だけが知ってる。あの日、あの場で……漆黒が何をしたか。全部見てた」


星乃
「見てたって……じゃあ……」


海惺
「けど今は、お前らに話すつもりはない」


空輝
「なんでだよ、俺たちだって関係あるだろ!?」


海惺
「関係ねぇんだよ。あの時、そこにいたのは――俺と、漆黒だけだった。だから俺が、責任を持って話す。本人にな」


沈黙が落ちる。


翠月
「……怖くないの? 今の漆黒くんは、あの頃と違うんだよ?」


海惺
「怖ぇよ。めちゃくちゃ怖い。でも……だからこそ、俺が言わなきゃいけないんだ」


夜白
「お前、バカか……」


海惺
「バカでいい。黙って見てるだけのほうが、もっと怖い」


星乃
「……本当に行くの?」


海惺
「行く。あいつに、真実を伝えに行く。……それが俺のけじめだ」


夕陽の中、海惺の背中だけが、


やけに大きく見えた。


誰も、それ以上止めることができなかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


夜の街に、海惺の足音だけが響く。


目的はただ一つ——漆黒に、


真実を伝えること。


だが、その道をふさぐ影があった。


空輝
「……待てよ、海惺」


ふいに横道から現れた空輝に、


海惺は立ち止まる。


海惺
「空輝……どいてくれ」


空輝
「行くな。今のお前じゃ無理だ。相手は"終焉ノ共鳴"の番長だぞ」


海惺
「それでも——」


背後から足音が増える。


振り向けば、


夜白、翠月、星乃が立っていた。


夜白
「……なあ、ホントに行く気なのか?」


海惺
「ああ」


星乃
「本当に伝えたいの? それが“今”じゃなきゃダメなの……?」


海惺
「時間の問題じゃねぇ。これは、もう……止
められねぇんだよ」


空輝
「なら、俺が止める。……お前が漆黒に会って何かが変わったら、全部壊れる気がする」


海惺
「何が壊れる?」


空輝
「お前自身だよ」


沈黙が落ちる。


だが、それを破ったのは翠月だった。


翠月
「……わたしも怖い。今の漆黒くんがどんな気持ちで街に戻ってきたのか、わからないから」


海惺
「それでも伝えなきゃならねぇ」


夜白
「お前さ……本当は、漆黒が何したか知ってんだろ」


海惺の目が一瞬だけ揺れた。


夜白
「お前のその“伝える”ってのは、ただの告白じゃない。——裁きだ」


星乃
「……言ったら、壊れるかもしれないよ。アイツも、お前も、全部……」


海惺
「だったら壊れていい。嘘ついたまま、なにもなかった顔して生きてくのが……一番嫌なんだよ」


空輝
「じゃあせめて、今じゃなくていいだろ!」


海惺
「今じゃなきゃ……俺の心がもたねぇんだよ!」


声が、夜の街に響き渡った。


静寂。風が吹き抜ける。


翠月
「……ごめん、わたし、止められない」


星乃
「……ほんと、バカだよ。あんたも、漆黒くんも」


夜白
「……でもさ、行くなら覚悟決めてけよ。“全部”を変えるかもしれないって」


海惺
「それでも、俺は行く」


その背を見つめながら、


空輝は歯を食いしばる。


空輝
(……なんで、あの事故のこと、そんなに知ってんだよ)


心の中に芽生えた疑念は、


まだ誰にも言えなかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


夜の倉庫街。


錆びついたコンテナの前に、


5つの影が揃っていた。


漆黒を中心に、白焔、紅蓮、専堂、常瀬。


かつての伝説、


不良グループ“終焉ノ共鳴”の再結成だ。


紅蓮
「ふーん……ここに戻ってくるとはな、漆黒」


専堂
「街の空気も変わったな。……まるでまた、何か始まるみてぇだ」


白焔
「始まってんだろ? “漆黒”がまた動き出したんだからよ」


常瀬
「けどさ……お前、なんか気にしてね?」


漆黒
「……いや、なんでもねぇ。ちょっと風が騒いでるだけだ」


そのときだった。


「……よう」


その場の空気が一瞬で凍った。


現れたのは、海凪 海惺――


漆黒以外の4人が一斉に振り返る。


紅蓮
「……誰だ?」


専堂
「どこから来た……? いや、なぜ来た?」


常瀬
「この空気に、あえて入ってくるとか正気じゃねぇ」


白焔
「待て、こいつ……見たことある。怠慢で俺と引き分けたやつだ」


漆黒だけは、微動だにせず。


漆黒
「……なんで来た」


海惺
「お前と話しに来た。……いや、喧嘩しに来たのかもな」


紅蓮
「は? お前、漆黒に?」


専堂
「止めとけ。命削るだけだぞ」


常瀬
「てか、なにを話す気なんだよ」


海惺は、周囲の4人を見渡し、


言葉を飲み込む。


海惺
「……お前らには関係ない。俺は“漆黒”に言いたいことがあるだけだ」


漆黒
「関係ねぇよ。今は俺ら“終焉ノ共鳴”は、同じ空の下にいる。……つまり、お前の言葉も、そいつらの耳に届く」


海惺の拳が震える。


だが、視線は逸らさない。


海惺
「……事故の夜のこと、全部見てた」


漆黒
「……」


紅蓮
「は?」


白焔
「なんの話だ……?」


海惺
「お前が、あの時……」


その瞬間、鋭い声が響いた。


空輝
「海惺!! やめろ!!」


背後から駆け込む4人。


翠月
「やっぱりここだった!」


星乃
「……お願い、喧嘩しないで……!」


夜白
「お前ら、何してんだよ……!」


漆黒
「……ああ、イツメンか。全員そろってるな」


空輝
「海惺、戻ろう。今ここで言うべきじゃない」


海惺
「……でも、俺しか知らないんだ。あの夜、あの場所にいたのは……」


イツメンの必死な視線と、


終焉ノ共鳴の鋭い眼光が交錯する。


漆黒が、ゆっくり一歩前に出た。


漆黒
「……じゃあ、言ってみろよ。“見た”っていう真実を」


その言葉で、


張り詰めた空気がピンと弾けた。


そして——夜の静寂が次の瞬間を、


じっと見つめていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


ガシャ――。


鉄製のスライドドアが、


強引に閉じられた音が、


倉庫内に響き渡った。


白焔
「……は?」


紅蓮
「おい、今の音……!」


専堂
「中に入ったのか!? 誰が閉めやがった!?」


常瀬が叫ぶ。


常瀬
「ちょっと待て、漆黒と……あの海惺ってやつが、あの中にいるってことか?」


倉庫の裏口に走ると、


確かにドアには鉄の棒がかませてあり、


開かないよう固定されていた。


専堂
「クソッ……これ、わざとだ」


白焔
「アイツ……やりやがったな、勝手に」


紅蓮
「正面から漆黒とぶつかって、口で伝えるしかないって……そう思い込んでる目をしてた」


星乃
「……海惺くん……」


翠月
「空輝……まさか、あんた知ってた?」


空輝
「……いや。まさか本当にやるとは思わなかった」


夜白
「でも……やる奴だよな、アイツは」


沈黙が流れる。


終焉ノ共鳴のメンバーは、


怒りと困惑を隠さない。


一方、イツメンは、


ぎこちなく立ち尽くしていた。


白焔
「お前ら……こんなやり方で俺たちが黙ってると思ってんのか?」


空輝
「でも、止める理由はないはずだ。あれは、海惺自身が命かけて決めたことだ」


専堂
「命かけたらなんでも通るってか? “漆黒”はそんな甘っちょろい相手じゃねぇぞ」


星乃
「……知ってる。でも、それでも行くって言ったの。だから、あの子はもう止まらない」


常瀬
「クソ……こっちはまだ状況すら把握できてねぇんだぞ」


紅蓮
「……けど、漆黒が止めなかったってことは、そういうことだ」


白焔
「……あいつ、聞く気あるってことか?」


空輝
「……さあな。でも、あの場を与えたのは俺たちじゃない。海惺自身だ」


倉庫の鉄扉の向こう、


何が語られているのかは、


誰にもわからない。


ただ、時間だけが静かに、


けれど確かに進んでいた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


話し合いは静かに終わった。


海惺の表情は読めなかったが、


肩の力はどこか抜けていた。


漆黒も無言のまま倉庫を出た。


空輝
「……終わった、みたいだな」


白焔
「何を話したかは知らねえが……あいつが黙ってたなら、それでいい」


終焉ノ共鳴とイツメン――二つの集団は、


無言でそれぞれの方向へと散っていく。


だがその背後で、ひとりだけ動かなかった。


漆黒。


その鋭い眼差しは、


ある一人の少女の背中を射抜いていた。


――未永 翠月。


人通りの少ない並木道。


ゆっくりと歩いていた翠月は、


ふと背中に冷たい視線を感じて振り返った。


翠月
「……誰?」


無言。


木陰からぬるりと現れたのは、


黒いフードを被った影。


翠月
「……漆黒!? なんで――」


漆黒
「一人になるのを待ってた」


翠月
「やめて。近寄らないで」


拒絶の声を無視するかのように、


漆黒はすっと距離を詰めた。


翠月
「やめっ……!」


次の瞬間、腕を掴まれ、


強引に引き寄せられる。


翠月
「いやっ、やだっ!」


漆黒
「ずっと……こうしたかった」


翠月の抵抗を無視し、唇が重ねられた。


翠月
「やめて! ふざけんなっ……!!」


振りほどき、顔を叩く。


涙がこぼれそうになるのを、必死に堪える。


翠月
「……最低……! 近づかないで、二度と……!!」


漆黒はその言葉にも、


表情を変えず立ち尽くしていた。


彼の目は、感情の読めない闇のようだった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


漆黒は翠月の必死の拒絶を無視し、


一歩下がって深く息を吐いた。


そして、静かに口を開く。


漆黒
「……真実を書いた手紙がある」


翠月はその言葉に戸惑い、目を見開いた。


翠月
「手紙……?」


漆黒
「ああ。俺が直接話すよりも、まずはその手紙を読んでほしい。俺の口から聞くより、確かなものがそこにある」


漆黒はふっと視線を逸らしながら、


小さな紙片を取り出したような動作をした。


言葉の端々に、いつもの冷たさとは違う、


どこか切実な感情が混じっていた。


翠月は警戒しつつも、


その真剣な様子に少し心を揺らされた。


翠月
「……どこにあるの?」


漆黒は、学園を教えた。


霧影学園(きりかげがくえん)。


廃棄された学校だった。


漆黒
「あの場所に隠してある。誰にも見つからないようにしている」


翠月は眉をひそめた。


翠月
「なんで、そんなことを?」


漆黒は目を伏せ、


しばらく黙ったあと、ポツリと言った。


漆黒
「俺は……お前に嘘をつきたくない。真実を知ってほしい。俺からじゃなく、文字で、確実に」


その言葉に、翠月は驚きとともに、


どこか寂しさを感じた。


普段は冷徹な漆黒が、こんなに真剣に、


自分に向き合っているなんて。


漆黒
「……最後に、ひとつだけ頼みがある」


翠月は警戒を解かず、静かに聞いた。


漆黒
「……真剣に、抱きしめたい。」


その言葉に翠月は一瞬、体が硬直した。


しかし、漆黒の瞳に浮かぶ真剣な想いに、


もう無駄な抵抗は意味がないと思えた。


翠月はゆっくりと身を任せた。


漆黒の腕がそっと彼女を包み込み、


その重みと温もりに心が揺れた。


冷たい影の中に潜む、かすかな温かさ。


それは、漆黒の孤独と、


翠月への不器用な想いの証だった。


そのまま、二人はしばらく、


静かに重なり合い、


互いの存在を確かめ合っていた。


ハッ!


漆黒の腕の中で震えながらも、


翠月の意識はふと遠くの、


景色に引き戻された。


澄んだ水がきらきらと光る川辺。


青空の下、


無邪気に遊んでいたあの日の記憶。


あの頃の翠月は、ただ純粋に楽しんでいた。


冷たい水に足を浸し、笑い声を響かせ、


夕日に照らされた波紋を追いかけていた。


翠月
「ねぇ、もっとこっち来て!」


誰かの声が楽しげに響き、


翠月は無邪気に駆け出していた。


だけど、あの時、何かが違った。


笑顔の奥にどこか不安げな影が隠れていた。


やっと思い出せた。


その人の名と、言葉が。




















漆黒
「はしゃぎすぎだよ、気をつけて」


と。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次回 : 5話.引出し つづく

つぅ💖・2025-05-28
青春物語『運命を変える未来』
第1期
4話.言葉










青春物語『運命を変える未来』




















第1期




















8話.写真




















翠月がひとりで歩きながら、


静かな海辺の道を歩いていると、


突然、海惺が現れた。


海惺
「やあ、翠月。偶然だね。」


翠月
「海惺……久しぶり。」


海惺はポケットから写真を取り出し、


翠月に見せた。


海惺
「これ、覚えてる?」


写真には笑顔の空輝と翠月が、


一緒に写っている。


まだ恋人同士だった頃のものだ。


翠月はその写真をじっと見つめる。


翠月
「……ごめん、全然思い出せない。」


海惺
「そうだよね。あの頃の記憶、君にはまだ遠いみたいだ。」


翠月
「どうして、これを持ってるの?」


海惺
「空輝が大事にしていたんだ。だから俺もずっと持ってた。」


翠月
「……空輝は、あの頃のこと、覚えてるのかな。」


海惺
「覚えてるさ。君と過ごした時間は、彼にとっても大切だったはずだ。」


翠月
「でも、今は…なんだか遠く感じる。」


海惺
「時間が解決するよ。焦らなくていい。」


翠月は写真を握りしめ、海惺を見つめる。


翠月
「ありがとう、海惺。少しだけ勇気が出た気がする。」


海惺
「それなら良かった。何かあったらいつでも言ってね。」


翠月
「うん、またね。」


そう言って翠月は海辺の風を感じながら、


ゆっくり歩き出した。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



翠月
「こんなに笑ってたんだ……私たち。」


道端のカフェにふと立ち寄り、席に座る。


窓の外には楽しそうな、


カップルたちが目立つ。


翠月
(あの頃の私たちも、こんな風に笑ってたのかな……)


店内の柔らかな音楽が流れる中、


珈琲を一口飲みながら、


翠月は空輝との思い出を、


必死に思い出そうとする。


翠月
「空輝と……手を繋いで歩いたこと、あったっけ?」


ふと隣の席のカップルが、


楽しそうに話しているのが目に入る。


女性
「ねえ、覚えてる?初めてここに来た日のこと。」


男性
「もちろんさ。あの時の君の笑顔、忘れられないよ。」


翠月はその会話に聞き耳を立てながら、


自分と空輝を重ねてみる。


翠月
(ああ、そうだよね。私たちもそんな感じだったのかな……)


でも、頭の中はまだ混乱していて、


感覚だけが残っている。


翠月
「でも、なんで思い出せないんだろう……」


そこへ店員が声をかける。


店員
「おかわりはいかがですか?」


翠月
「あ、はい。お願いします。」


しばらく窓の外を眺めていると、


ふいに空輝の声が頭に浮かぶ。


空輝(心の中)
「大丈夫だよ、翠月。ゆっくりでいいから、俺たちの時間を思い出そう。」


翠月は目を閉じて深呼吸する。


翠月
「そうだね、焦らない。私たちの時間は、きっと戻ってくる。」


カップルの笑顔や会話に包まれながら、


翠月は少しずつ、


心が軽くなるのを感じていた。


翠月
「空輝……また、会いたいな。」


外の風がカフェのドアを揺らし、


翠月の髪をそっと撫でる。


翠月は写真をバッグにしまい、


ゆっくりと立ち上がった。


翠月
「さあ、帰ろう。」


少しだけ未来に向けて、


一歩踏み出した気がした。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



翠月
「……やっぱり、会いたい」


自宅の前まで来た足は、ふと方向を変えた。


思い出した空輝の笑顔が、


胸をぎゅっと締めつける。


翠月
「このまま家に帰ったら、後悔するかも」


彼の家の前に着き、


躊躇いがちにチャイムを押す。


――ピンポーン。


……静寂。


翠月
「……いない、のかな?」


もう一度、押す。


――ピンポーン。


玄関の灯りもつかない。返事はない。


翠月
「留守……? もしかして、出かけてるのかも」


不安と寂しさが押し寄せる中、


玄関脇の小さな窓を見上げる。


翠月
(あの部屋、空輝の部屋……)


電気はついていない。


代わりに自分の鼓動だけが、


やけに大きく響いている気がした。


翠月
「少しだけ……探してみよう」


歩いて数分の公園、


かつて一緒に話した場所。


ベンチには誰もいない。


翠月
(空輝、今どこにいるの……?)


小さな溜息が白くなりかける。


翠月
「こんな気持ちになるなんて、思ってなかった……」


ポケットの中の写真を取り出して見つめる。


翠月
「……ねえ空輝、どうしてこんなに、あなたに会いたいって思うんだろう」


風が木々を揺らし、葉の音がざわめく。


翠月
「ねえ、お願い。もう一度だけでいい。あなたに……会いたいよ」


声に出すと、涙が頬をつたった。


だけど、彼の姿は見つからなかった。


翠月
「……また、明日来てみようかな」


その言葉だけが、


自分を少しだけ前に進ませてくれた。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



午後の日差しがやわらかく街を包む中、


星乃はカフェの帰り道、


ふと見覚えのある後ろ姿を見つけた。


星乃
「……あれ? 夜白くん……?」


彼は、笑顔で話している。


向かいにいるのは、見知らぬ女の子。


年は同じくらいだろうか。


少し頬を染め、手をぎゅっと握っている。


星乃
「……えっ、なに、これ……告白……?」


一歩、隠れるように角へ身を寄せた。


星乃
「どうしよう……めっちゃ気になる……!」


心臓がばくばくと鳴る。


息を止めるようにして、


そっと視線を向ける。


女の子
「……ずっと気になってて……よかったら、連絡先だけでも……」


夜白は少し驚いたような顔で笑った。


夜白
「え、マジか……ごめん、俺、気になってる子いるから」


星乃の胸がキュッと締め付けられた。


だけど次の瞬間、その言葉に目を見開く。


星乃
(気になってる子って……まさか……)


夜白は軽く頭を下げ、丁寧に断っていた。


女の子は少し寂しそうにうなずいて、


その場を去る。


星乃
「…………」


気づけば夜白が歩き出していた。


星乃は無意識にその後をつけていた。


星乃
(誰のこと……私、なの?)


胸の奥がざわめく。


答えを確かめたい気持ちと、


怖くて聞けない気持ちが入り混じる。


夜白は、ふと立ち止まり、空を見上げた。


夜白
「……星乃、見てるの、わかってんだけどな」


星乃
「えっ……ばれてた!?」


慌てて物陰から飛び出す。


星乃
「あのっ、えっと……偶然、通りかかっただけで!」


夜白
「うそつけ、さっきからずっとついてきてたじゃん」


星乃
「そ、それは……! あの子と話してるの見て、つい……気になっちゃって……」


夜白は苦笑しながら、


星乃の頭を軽くポンと叩いた。


夜白
「バカだな、星乃。俺が誰を好きか、そんなの決まってるだろ」


星乃
「……え?」


夜白
「ヒント、今日もつけられてたやつ」


星乃の顔がぱあっと赤くなる。


星乃
「それって……わ、私!?」


夜白
「正解」



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



星乃はその言葉の意味を、


しっかり飲み込むまで、


しばらく時間がかかった。


星乃
「……うそ、でしょ……ほんとに?」


夜白
「ほんと。俺がそんな冗談言うと思う?」


星乃
「……言いそうだけど、でも……今のは本気っぽかった」


夜白
「本気に決まってんだろ」


そう言って、夜白は、


ポケットに手を突っ込んだまま、


くいっと顎で前を指した。


夜白
「せっかくだし、ちょっと歩かね?」


星乃
「う、うん!」


2人は並んで歩き出した。


通りには夕陽が差し込み、


カップルたちが幸せそうに、


笑い合いながら行き交っている。


星乃
「……みんな、手ぇ繋いでるね」


夜白
「そりゃカップルだしな」


星乃
「……私たちも、そっち側、なのかな?」


夜白
「さぁ、どうだろな」


夜白はニヤリと笑って、


星乃の横顔をちらっと見た。


星乃はふくれっ面で少し頬を膨らませる。


星乃
「そうやってはぐらかすの、ずるい」


夜白
「はぐらかしてねぇよ。星乃がちゃんと“そうなりたい”って言わねーからだろ?」


星乃
「……わ、私だって……」


夜白
「だって?」


星乃
「……繋ぎたい、けど……」


夜白
「けど?」


星乃
「……からかわないでよぉ!」


星乃は思わずうつむいて叫んだ。


夜白はふっと吹き出して笑った。


夜白
「可愛すぎてからかいたくなるんだよ」


星乃
「っ……もう、ほんと最低!」


その瞬間、すれ違うカップルが、


しっかりと手を繋いでいるのが見えた。


星乃は思わずその手元に視線を落とした。


夜白
「見すぎじゃね?」


星乃
「だって、羨ましいんだもん……」


夜白
「……」


夜白はしばらく黙っていたが、


ふと星乃の手元に視線をやり、


軽く指先で星乃の手をつついた。


夜白
「……じゃあ、お預けな」


星乃
「……え?」


夜白
「今すぐは繋がねぇ。もっと、焦らしてやる」


星乃
「なっ……! ほんっとに意地悪!!」



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



夜白は肩をすくめて、


まるで何も悪くないと、


言わんばかりの顔をする。


夜白
「そんなに怒るなって。可愛い反応してくれるから、ついな?」


星乃
「つい、じゃないし! ほんとにもう……!」


星乃はふくれたまま、夜白の横を歩く。


すれ違うカップルが手を繋いでいるたびに、


ちらちらと視線をそっちに向けては、


また夜白を見る。


手は、まだ繋がっていない。


夜白
「お、また見てる。そんなに繋ぎたいんだ?」


星乃
「べ、別に……! ただ、見てるだけだもん!」


夜白
「ふーん? でも顔に書いてあるけどな。『うらやましい~~』って」


星乃
「うるさいっ!」


星乃は思わず夜白の腕をペシッと叩いた。


夜白
「はいはい、痛くもかゆくもないでーす」


星乃
「むぅ~~~~~……」


ぷくぅっと頬を膨らませながら、


まるで駄々をこねる子供のように、


星乃は足をバタつかせて歩く。


星乃
「もうこうなったら、赤ちゃんみたいに地面に寝転がって泣いてやるっ!」


夜白
「やめろ、通報される」


星乃
「じゃあ! 繋いでよ!!」


夜白
「……だーめ」


星乃
「なんでぇぇぇぇ……」


星乃はがっくりと肩を落とし、


しょんぼりと歩く。


その姿に夜白はくすっと笑った。


夜白
「……ったく、可愛いな」


そんなやり取りを続けていたら、


いつの間にか星乃の家の前に着いていた。


星乃
「あ……ついちゃった……」


夜白
「そりゃ歩いてりゃ着くさ」


星乃
「やだ、帰りたくない……」


夜白
「子どもかお前は」


星乃
「夜白ともうちょっといたいもん」


夜白
「ダメ。今日はここまで。我慢しな」


星乃
「……むぅ~~~、じゃあ……明日、学校でなんかしてくれる?」


夜白
「んー……まぁ、気が向いたらな」


星乃
「絶対ね!? 約束だよ!」


夜白
「あーはいはい。期待してろ」


星乃
「……期待しすぎて寝れなかったらどうしてくれるのよ!」


夜白
「そん時は夢で俺が手ぇ繋いでやるよ」


星乃
「……ほんとに意地悪!!」



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



翠月
「今日は……見つかるといいな」


朝日がまだ低い位置にある時間、


翠月はそっと家を出た。


手には、昨日から、


ずっと持ち歩いている一枚の写真。


空輝と笑って並ぶ、自分。


翠月
「……この時の私、本当に楽しそうに笑ってる」


空輝に会いたい。


話したい。


触れたい。


そんな気持ちに突き動かされ、


今日もまた探しに出る。


歩きながら、ふと足を止める。


翠月
「あ、ここの自販機……前に、空輝とジュース取り合いになったんだっけ……」


ジュースを奪い合って、


笑い転げたあの時間。


記憶が、断片ではなく、鮮明に浮かぶ。


翠月
「私……忘れてたわけじゃなかったんだ……きっと、心の奥にあったんだね」


次に向かったのは、並木道のある公園。


翠月
「ここでは……空輝が、私のリュックのチャック閉めてくれて……“お前、抜けてるな”って……笑ってた」


その声が、耳の奥で再生された気がして、


ぎゅっと胸が締めつけられる。


翠月
「こんなにたくさん……思い出があったのに……なんで、忘れちゃってたんだろ……」


ふらりとベンチに腰を下ろし、


写真を見つめる。


翠月
「……会いたいよ、空輝。もう一度だけでいいから、笑ってよ……私の前で」


夕方、空が朱色に染まり始めても、


空輝の姿はどこにもなかった。


翠月
「……会えなかったな、今日も……」


静かに風が頬を撫でる。


まるで、空輝が「またな」と、


微笑んでるような気がした。


翠月
「……寂しいよ、空輝。どこにいるの……?」


目頭がじんわり熱くなる。


翠月
「でも……絶対、見つける。だって……私は、空輝が好きだから」


小さな決意を胸に、ゆっくりと立ち上がる。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



翠月
「……あれ? 空輝……いない?」


教室に入った瞬間、


無意識に探した視線の先に、


空輝の姿はなかった。


翠月
「まさか、またどこか行っちゃった……?」


その不安をかき消すように、


星乃がそっと隣に寄ってくる。


星乃
「翠月、空輝くん今日はお休みだって。夜白くんがさっき言ってた」


翠月
「……え? 休み?」


星乃
「うん。熱が出たらしくて……ちゃんと家で寝てるって」


翠月
「そっか……熱……なら、仕方ないよね……」


言葉ではそう言っても、


心の奥はしゅんと冷えていく。


翠月
「会えるって思ってたから……ちょっと、拍子抜けしちゃった」


星乃
「うん、わかるよその気持ち……私もさ、今日……夜白くんが“明日してあげる”って言ってたから……ちょっと楽しみにしてたのに」


翠月
「ふふ、それもお預け?」


星乃
「……っぽい。なんであの人、そういうの焦らすのうまいんだろ」


翠月
「意地悪なんじゃない?」


星乃
「ほんっとそれ!!」


笑い合う二人。でも、どこか少し、寂しげ。


その後ろから、夜白がひょっこり顔を出す。


夜白
「お、俺の悪口してないよな?」


星乃
「ちょ、ちょっと!? 聞いてたの!?」


夜白
「まぁな。聞くつもりはなかったけど、耳が勝手に反応した」


星乃
「……もう、意地悪なのも限度あるから!」


翠月
「で、空輝は本当に大丈夫なの?」


夜白
「ああ、熱はあるけど、そんな重くはない。ただ無理すんなって俺が止めた」


翠月
「……そうなんだ。ありがとう、夜白」


夜白
「ま、心配だよな。明日には来れると思うよ」


星乃
「……で? 昨日の“明日してあげる”ってやつは?」


夜白
「はは、星乃、せっかちだな」


星乃
「ちがっ……違わないけど!」


夜白
「それは放課後にでも、な」


星乃
「……ほんっと、焦らし屋!」


翠月
「ふふ……でも、そういうの、ちょっと羨ましいかも」


翠月は窓の外を見ながら、ふと呟く。


翠月
「……明日は、空輝に会えますように」



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



星乃
「……もしかしてさ、忘れてるとかじゃないよね?」


夜白
「は? なにを?」


星乃
「今日……してくれるって言ったじゃん!」


夜白
「ああ、それ。覚えてるよ」


星乃
「なのに! 放課後になっても何もしてこないってどういうこと!?」


夜白はニヤリと笑いながら、


星乃の前で両手を、


ポケットに突っ込んだまま立ち止まる。


夜白
「焦りすぎ。可愛いけどな」


星乃
「なっ……! ほんとにまたそうやって焦らして……」


夜白
「まぁ、場所選ぶって話。ここじゃ落ち着かないだろ?」


星乃
「……むぅ~~~っ」


星乃は頬をふくらませ、


ぶつぶつ言いながら、


カバンをぎゅっと抱きしめた。


星乃
「もういい! 自分で帰るもん!」


夜白
「おいおい、冗談だって」


そのやりとりを、


教室の隅から静かに見ていた翠月は、


窓の外に視線を戻した。


机に肘をつき、ほお杖をついたまま、


雲の流れを目で追っている。


星乃
「翠月……」


星乃は夜白を振り切って、


翠月のもとに歩み寄る。


星乃
「まだ……会えないの、寂しい?」


翠月
「……うん。なんでだろうね。たった一日会えないだけで、こんなに胸が苦しくなるなんて」


星乃
「それ、きっと――ほんとの気持ちだよ」


翠月
「……うん。ちゃんと気づいてた。もう、会いたくて仕方ないの。昨日は我慢できたのに、今日は無理だった」


星乃
「明日は会えるよ、きっと。空輝くん、絶対に翠月のこと考えてるよ」


翠月
「……そうかな」


星乃
「そうだよ。だって、あのときの空輝くん……すっごく優しい目してたもん。翠月のこと見てるとき」


翠月
「……そうだったんだ」


星乃は、そっと翠月の背中を、


さすりながら微笑む。


星乃
「だから、ほら。元気出して?」


翠月
「ありがとう、星乃」


そんな二人のやりとりを、


教室の入口で見ていた夜白は、


少しだけ表情を和らげた。


夜白
「……おい、星乃。行くぞ」


星乃
「えっ、もう?」


夜白
「“してやること”忘れないうちにな」


星乃
「――!!」


一瞬で顔を赤くした星乃が、


カバンを抱えて慌てて夜白の後を追った。


翠月はその様子を見て、小さく微笑んだ。


翠月
「……私も、ちゃんと伝えられるかな」



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



星乃
「今日こそは来てるよね……空輝くん」


星乃は朝の通学路で、


隣を歩く翠月の横顔を気にしながら、


小さくつぶやいた。


翠月
「……うん。今日は会える、って信じてる」


その言葉に、夜白も少し黙りこむ。


夜白
「……あいつ、無理して学校休むような奴じゃねぇしな」


3人は少しだけ足早に校門をくぐった。


そして教室に入ると、空っぽの空輝の席が、


まるでぽっかりと穴のように見えた。


星乃
「……また、来てない」


翠月
「……」


夜白
「……今日、行こう。放課後、空輝んち」


星乃
「うん、行こ」


翠月
「……ありがとう」


──放課後。


3人は並んで空輝の家の前に立った。


ピンポン、とチャイムを鳴らしても、


返事はない。


夜白
「……いねぇな」


星乃
「うそ……。もしかして、本当に何かあったんじゃ……」


翠月は顔を曇らせ、


ポストや玄関まわりを、


気にするように見渡した。

そのとき、ふと近所の角から、


杖をついたおじいちゃんと、


買い物袋を下げたおばあちゃんが、


ゆっくりと歩いてきた。


おばあちゃん
「あら、あなたたち……あの子のお友達かい?」


夜白
「空輝のことですか?」


おじいちゃん
「さっきね、救急車で若い子が運ばれてったって話があったんだよ。具合が悪そうだったって」


翠月
「……っ!!」


星乃
「どこの病院か、わかりますか!?」


おばあちゃん
「それがねぇ……聞いたけど忘れちゃったのよ。ごめんねぇ」


おじいちゃん
「でも、ここらの子なら、市内のどこかの病院だと思うけどねぇ……」


その情報だけを胸に、


3人は言葉を失ったまま立ち尽くした。


翠月
「……そんな……」


星乃
「きっと、違う人だよ。空輝くんじゃないよ……!」


夜白
「……そう信じたいけど……」


翠月は震える手で、


ポケットから空輝の写真を取り出した。


前に海惺からもらった、


笑ってる空輝の写真。


翠月
「お願い……無事でいて……。お願いだから……」


星乃
「翠月……!」


翠月はその場にしゃがみ込み、


小さく震え始めた。


夜白
「……俺たちで、絶対見つけよう。病院、片っ端からでも当たるしかねぇ」


星乃
「うん……一緒に、探そう」


翠月
「……うん……っ」


3人の目には、


それぞれ不安と決意が宿っていた。


夜白
「……ダメだ。ここにもいねぇ」


星乃
「次の病院は、地図で見ると歩いて20分くらい……行こう!」


翠月
「うん……急ごう……!」


──3人は必死に走った。


夕方になりかけた空は、


どこか不安を煽るような色をしている。


夜白
「ここの病院がダメだったら、次はバス使うか」


星乃
「もう……どこにいるの……空輝くん……」


翠月
「お願い……どうか無事でいて……」


──そして、3つ目の病院。


受付の前で3人は息を整えながら、


名前を伝える。


夜白
「違本……空輝って名前の人、運ばれてませんか?」


受付
「すみません……そのような患者さんは、こちらでは受け入れておりません」


星乃
「……そう、ですか……ありがとうございます」


翠月
「……っ」


──病院を出たあと、


公園のベンチに腰を下ろした。


夜白
「手がかりゼロか……チクショウ……」


星乃
「こんなに……不安になるなんて思わなかった……」


翠月
「……昨日、会いたくて探し回ったのに……そのとき会えてたら、こんな思いしなくて済んだかもしれないのに……」


夜白
「翠月、お前のせいじゃねぇよ」


星乃
「そうだよ、誰のせいでもない。ただ、空輝くんが……無事であるって、信じるしかないよ」


翠月
「……うん……でも、怖い。何もできないのが……一番、怖い……」


星乃
「翠月、大丈夫。絶対大丈夫だよ。私たち、まだ何も終わってないよ?」


夜白
「おいおい、しっかりしろよ、翠月。あの空輝だぞ? そう簡単にやられるかよ」


翠月
「……でも……会いたくて探して、どこにもいなくて……もう、どうしたらいいか分からない……」


星乃
「じゃあ、もう一回だけ探そう? 諦めるのはそれからでも遅くないよ。ね、夜白くん!」


夜白
「おう。とことん付き合ってやるよ。翠月が笑うまで、な」


翠月
「……笑えないよ、今は……苦しいだけだもん……」


星乃
「じゃあ、一緒に苦しもう? 一人で抱えないで。私たち、友達じゃん……!」


夜白
「バカだなお前は……俺だって、空輝がいなきゃまともに笑えねぇっての。あいつは、俺たちの中心なんだよ」


翠月
「……うん……そう、だね……」


──翠月はぎゅっと胸元を握りしめ、


涙をこらえるように顔を伏せた。


星乃
「明日また、行こうよ。もう一度だけ、病院じゃなくても、あいつの匂いがしそうな場所……歩こう?」


夜白
「手がかりがなくても、探してれば何か見つかる。運命ってのは、そういう時に動くんだよ」


翠月
「……運命、かぁ……だったら……もう一回だけ、信じてみようかな……」


星乃
「その気持ち! それ! それでこそ翠月!」


夜白
「そうそう。俺たちが一緒なんだから、何も怖くねぇよ」


翠月
「ありがとう、2人とも……私、ほんとに弱いな……」


星乃
「誰でも弱くなる時あるよ。でも、ちゃんと支えるから。だから、また立ち上がって」


夜白
「空輝に会うまで、絶対諦めんなよ。あいつ、きっと……心配してんぞ、お前のこと」


翠月
「……うん。会いたい。会って、ちゃんと伝えたい……」


──翠月の目に、


少しだけ光が戻ったように見えた。


星乃
「よし! じゃあ明日は朝からフルパワーで行こう!」


夜白
「おう、作戦会議な。缶コーヒー買って集合な」


翠月
「ふふっ……なんか、ちょっと元気出てきたかも」


──3人の背中に夕陽が差し込む。


希望はまだ、消えていない。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



──朝。昨日の決意を胸に、


3人は再び空輝を探しに出かけた。


だが――


星乃
「……今日も、いないね……」


夜白
「くそ……どこまで行ったんだよ、アイツ……」


翠月
「……何か、手がかりがあるはずなのに……それすら……見つからない……」


──重苦しい沈黙が3人を包んだ。


その翌日も、学校に空輝の姿はなかった。


星乃
「もう……先生に聞くしかないよね……?」


夜白
「ああ。もう隠しとく段階じゃねぇだろ」


──放課後、職員室へ向かった3人は、


担任の先生を捕まえた。


夜白
「先生、空輝のこと……本当は知ってるんじゃないんですか?」


星乃
「何か、何か少しでも……私たちに教えてください!」


翠月
「……お願い、します……!」


──先生は、一瞬、表情をこわばらせた。


先生
「……ごめんね、でも……今は何も言えないんだ。落ち着いたら、きっとまた――」


夜白
「今が落ち着いてるって思ってんのかよ!? 空輝がいないんだぞ!!」


先生
「……夜白くん……」


──視線を落とし、


ほんの少しの沈黙のあと、


先生は静かに呟いた。


先生
「……ただ、ね……これは……あくまで可能性の話だけど……」


──小さな声、


聞き逃すようなかすれたトーンで――


先生
「……もしかしたら……もう……戻ってこれないかも、しれない……」


──そのまま、先生は何も言わず、


職員室を去っていった。


星乃
「……なに、それ……どういう意味なの……?」


夜白
「……ふざけんなよ……そんなの……認められるわけないだろ……!」


翠月
「……戻って……こない……? 空輝が……?」


──3人の心に、


冷たい風が吹いたようだった。


──希望が、


一筋ずつ剥がれ落ちていくような感覚。


──それでも、


涙すら流れないほど、現実は残酷で。


翠月
「……なんで……なんで……こんな……」


──誰も、答えを持っていなかった。


放課後の教室に、沈黙だけが残った。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次回 : 9話.突然 つづく

つぅ💖・2025-06-08
青春物語『運命を変える未来』
第1期
8話.写真










青春物語『運命を変える未来』




















第1期




















3話.あの日




















水面が裂け、世界が沈黙に包まれた。


空輝
「――ッ!」


誰かが溺れていた。


迷いなんてなかった。


ただ身体が勝手に飛び込んでいた。


水の中は冷たく、深く、


思っていたよりも流れが速かった。


必死に手を伸ばす。見えたのは、揺れる影。


空輝
「……!」


その瞬間、岩に頭を打ちつけた。


視界がグラつき、呼吸が乱れる。


けれど、掴んだ腕の感触だけは、


はっきりとあった。


空輝
「……だいじょう……ぶ……」


水から這い上がり、


身体を引きずって岸へ向かう。


腕に抱えていたその人の顔が……


ぼやけていた。


空輝
「だれ……だっけ……?」


唇が動いたのに、声はもう出なかった。


気を失う寸前、誰かの声が耳元で響いた。


???
「お願い……お願い、目を開けて……!」


???
「大丈夫、もう安全だから……! お願い……っ」


何人かの声が重なった気がする。


泣いていたのか、怒鳴っていたのか、


優しかったのか――何も思い出せない。


それでも、あのとき自分が――


空輝
(俺は……誰を、助けたんだ?)


病院の白い天井を見上げる。


点滴の針、包帯の巻かれた頭。


医師の説明は、


「頭部の外傷と一時的な記憶障害」。


でも、心の奥でひっかかっている。


空輝
(あの腕の細さ……あの声の震え……誰か、大切な人だった気がする)


思い出せない。


でも、確かに手を伸ばした。


命懸けで守りたかった誰かだった。


空輝
「――……っ、チクショウ……!」


手が震える。


悔しさと焦燥で、思わず唇を噛んだ。


あの人の泣き声、震える声、


血のにおいすら、まだ肌に残っているのに。


それが、誰だったのか――わからない。


空輝
(翠月……星乃……夜白……いや、もしかしたら、あいつじゃなくて……)


選びきれないほど、誰もが心に残っていた。


ただひとつ、確かなことがある。


空輝
(もう一度、声が聞きたい。……もう一度、会って確かめたい)


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


川の音が、遠い昔の記憶を、


連れてくるようだった。


翠月はスマホをぎゅっと握りしめたまま、


草むらに膝を抱えて座っていた。


翠月
「……どうして、またここに来ちゃうんだろ」


スマホの画面には、ひとつの名前。


見慣れたその名前をタップしかけて、


指を止める。


もう何度、削除しようと思ったか、


分からない。


でも、できなかった。


心のどこかで、


まだ何かを信じたがっている自分がいた。


翠月
「信じて、裏切られて……バカみたい」


柔らかな風が髪を揺らし、


川辺の草を撫でる。


視界の先には、水面に反射する太陽の光。


まるで、過去の記憶が、


そこに閉じ込められているようだった。


浮かんでくる、断片的な風景。


小さな頃、ここで笑い合っていた、


誰かの後ろ姿。


翠月
「……誰、だったんだろう」


その人と、アイスを分け合った。


その人と、手を繋いだ。


その人と――たしか、川辺で約束をした。


「絶対、泣かせたりしねぇよ」


急に浮かんだ、少年の声。


あたたかくて、ちょっと照れくさそうで。


でも、心から真っ直ぐだった。


翠月
「……誰の声?」


足元に視線を落とす。


スマホの画面にはまだ"名前"が灯ったまま。


でも――今の声の主は、


その人じゃない気がした。


ふと、背後から気配がして、


誰かが近づいてくる足音がする。


翠月は振り返らなかった。


もう、傷つきたくなかった。


???
「翠月……」


その声に、胸がざわついた。


顔を上げようとする。


でも、できなかった。


「やめて……今は、何も聞きたくない」


背を向けて、そっと立ち上がる。


心の中では、いまだに探していた。


あの約束をくれた声の主。


あのときの笑顔。


そして――


本当に自分を救ってくれた、誰か。


川の水音が、静かに語りかけるようだった。


名前のない記憶が、少しずつ、


形になりはじめている。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


川沿いを歩くたびに、胸の奥がざわつく。


それが何なのか、夜白にはまだわからない。


夜白
「……あの日、俺は……何を見た?」


水音が脳裏で反響する。


川の流れの中に浮かんでいたのは、


確かに誰かだった。


制服のスカートが水に、


ゆらゆらと揺れていた。


――翠月。


夜白
「なんで……」


その瞬間、体は勝手に動いた。


靴を脱ぎ捨てて、


川に足を踏み出そうとした。


でも。


自分より先に、誰かが川に飛び込んだ。


夜白
「……誰だ?」


あの背中。


水面に浮かんだその影は、


確かに見覚えがあるはずなのに、


どうしても名前が浮かばない。


代わりに、鈍い痛みが頭に走る。


そのあと、地面に蹲る――


もうひとつの影に気づいた。


夜白
「……!」


血まみれの手。


制服の袖にまでべったりと染み込んだ赤。


誰かが傷ついていた。


夜白
「おい、大丈夫か!」


駆け寄った瞬間、


後頭部に何かが振り下ろされる音がした。


ガツン――という音と共に、


世界がぐらつく。


夜白
「……っ、だれ……?」


振り返ると、そこに立っていたのは……


黒い服を着た、誰か。


顔がぼやけて見えない。


夜白
「なんで……こんなこと……」


視界がにじみ、


足元が崩れるように力が抜ける。


そして、真っ暗な闇に吸い込まれていった。


――病室の天井を見上げたとき、


すべては夢だったのかとも思った。


でも、頭にはまだ、


うずくまるような鈍痛が残っている。


夜白
「……俺は、何を見て……何を忘れてる?」


誰かが翠月を助けた。


自分はただ、川辺で突っ立っていただけだ。


夜白
「いや……本当にそうか?」


飛び込んだのが誰かもわからない。


傷だらけだった誰かの顔も思い出せない。


そしてもう一人――、


地面で血を流していた人の記憶が、


すっぽりと抜け落ちている。


夜白
「……何かがおかしい」


記憶が途切れたあの瞬間、


自分は何を見て、何を知ってしまったのか。


それが、今も夜白の胸を締め付けていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


草むらに倒れ込んだ星乃は、


体の痛みと戦いながら、


薄くなった意識の中で、


必死に目を開けようとしていた。


星乃
「……くっ……あの子……翠月は……?」


声はかすれ、思考はぼんやりとしていた。


血が腕に伝う感触に気づきながらも、


それを無視して立ち上がろうとしたが、


足がふらつき、また倒れそうになる。


星乃
「こんなところで……倒れていられない……!」


ゆっくりと意識が戻り始める中で、


星乃は必死に川の方向へと歩き出した。


足元がおぼつかないが、


翠月の姿を探す強い決意だけはあった。


星乃
「翠月、どこにいるの……!」


その瞬間、背後から、


力強い腕が彼女を支えた。


???
「星乃!しっかりしろ、動けなくなるぞ!」


星乃
「……だれ……?」


顔を上げてその人を見ても、


名前はどうしても思い出せなかった。


ただ、聞き覚えのない声と、


温もりだけがそこにあった。


星乃
「助けて……翠月を……」


震える声で懇願するが、


その腕の主が誰なのか、


まだ分からないままだった。


???
「落ち着け。必ず見つけ出すから。」


星乃は意識がまた遠のきそうになる中、


その正体不明の、


誰かの腕の中に揺られていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


川の流れる音が、


静かな夜にさざ波のように響いていた。


そのすぐ脇で、


殴り合いの音だけが異様に浮かんでいた。


拳が唸り、相手が呻き声を上げて、


地面に倒れこむ。


湿った土の匂いが鼻をつく。


???
「……やっぱ、あんたって最高だわ」


背後からの声。


振り返ると、土手に腰を下ろし、


楽しげに脚をぶらつかせていた。


???
「この川の音と、あんたの喧嘩の音、似合いすぎてて鳥肌立つ」


漆黒
「……頭おかしいんじゃねぇのか」


???
「そうかも。でも、そうじゃなきゃ、あんたに惚れてない」


彼女の目には一切の迷いがなかった。


ただ純粋に、暴れる漆黒を肯定していた。


???
「あたしにはわかるよ。あんたが怒ってるのも、暴れてるのも、全部ちゃんと理由あるって」


漆黒
「理由……?」


???
「ねぇ、あんたが一番かっこよかったの、覚えてる?あの時――全部ぶっ壊して、背中向けて歩いた時」


漆黒
「……」


川の向こうから、冷たい風が吹いた。


肌に当たるたび、


どこか痛むような気がした。


???
「誰にも縛られない。誰にも媚びない。だから好きなんだよ、あたしは」


その言葉が、かつて誰かに拒まれた、


自分をなだめるように聞こえた。


漆黒
「お前、こういうの見て怖くねぇのか」


???
「怖いわけない。むしろ誇らしい。あたしの彼氏、こんなに強くて、綺麗に怒れるんだもん」


"綺麗に怒れる"というその表現が、


皮肉のように胸に刺さった。


???
「ねぇ、あたしがいるじゃん。あんたが誰に捨てられても、あたしが拾う。何があっても肯定してあげるよ」


漆黒は黙って、また倒れた男に、


目を落とした。


すぐ傍には、ゆるやかに光る川面。


その音は、不思議と懐かしく――


けれど何も思い出せなかった。


???
「ここ、思い出の場所なのかな?……でも、今はもう、あたしとの場所にすればいいじゃん」


漆黒
「……それでいいのか」


???
「いいに決まってんじゃん。あたしは、今のあんたが一番かっこいいと思ってる」


漆黒は黙って空を見上げた。


胸の奥に沈殿する"何か"は、


まだ名を持たない。


けれどそれは、


確かに痛みであり、悔しさだった。


失くした何かを思い出せないまま、


彼は今日も"最強"を演じ続ける。


ただ一人、自分を肯定してくれる女と共に。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


街の裏路地。


鉄骨の隙間から洩れる、


ネオンの光に照らされ、


海惺は壁際に身を潜めていた。


海惺
(……やっぱり動いてるな、終焉ノ共鳴)


終焉ノ共鳴(しゅうえんのきょうめい)――。


その名を口にした瞬間、誰もが言葉を飲む。


不良の頂点。


喧嘩に一度も敗北したことのない、


伝説の集団。


その頂点に立つのは、銀髪の男、


夕星 白焔(ゆうづつ はくえん)。


他メンバー、


紅蓮 二側(ぐれん にそく)。


専堂 三牙(せんどう みつき)。


常瀬 四鷹(ときせ したか)。


海惺は1週間、


彼らの動きを単独で追っていた。


なぜなら、空輝の名前が、


その標的リストに載っていたからだ。


白焔
「"違本 空輝"……潰す価値はある。あいつの存在が邪魔なんだよ」


不良たちがうごめく倉庫の影から、


スマホで録音を続ける。


怒号。笑い声。煙草のにおいと、汗の熱気。


すべてが空輝へ向けられていた。


海惺
(空輝に何の恨みがある……? それとも、何かを知ってるのか?)


終焉ノ共鳴が動く時、必ず何かが壊される。


誰かが消される。


自分はそれを黙って、


見過ごすつもりはなかった。


海惺
「……俺が止める。お前らなんかに、大事なもん壊させない」


そのとき、誰かの足音が背後から迫る。


???
「……スパイごっこ、楽しいか?」


海惺
「……!」


振り向いたと同時に、腕を掴まれる。


睨むような鋭い目。


終焉ノ共鳴のNo.2――紅蓮 二側。


紅蓮
「白焔の命令でな。お前が嗅ぎまわってるの、前から知ってたんだよ」


海惺
「……で? 殴って口塞ぐか?」


紅蓮
「フン、意外と肝は据わってるな。だから"見逃す"んだよ。今はな」


紅蓮は一歩近づき、耳元で囁く。


紅蓮
「だが次に会ったら、背中から刺す。……覚えとけ、海惺」


彼が去ると同時に、スマホの録音を止める。


海惺
(やっぱり動いてる。空輝は、本気で狙われてる)


決意だけが身体を支えていた。


この事実を、誰かが伝えねばならない。


海惺
「……俺が盾になる。誰にも渡さねぇよ、あいつらなんかに」


ネオンに照らされるその瞳に、


迷いはなかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

終焉ノ共鳴――


街で恐れられる最強の不良軍団。


リーダーの白焔を筆頭に、


紅蓮、専堂、常瀬の四人は、


どのグループにも負けたことがなく、


誰もが近寄れない存在だった。


海惺は薄暗い路地裏で、


彼らの動きをじっと見つめていた。

海惺
(あいつらが空輝を狙っている……それを俺だけが知っている)


白焔が仲間と談笑しながらも、


鋭い視線をどこか遠くに向けている。


紅蓮が冷たい笑みを、


浮かべているのが目に入った。


海惺は慎重にスマホで録音を開始する。


紅蓮
「空輝の噂、聞いたか?どこかで大人しくしてりゃいいのに、調子に乗ってるらしいぜ」


専堂
「ぶっ潰してやろうぜ。俺たちの力、見せつけてやる」


常瀬
「いや、今回は俺たちだけじゃ足りないかもしれん。白焔が本気だ」


海惺
(怖すぎる……だけど放っておけない)


海惺は深く息を吸い込み、


影から動く彼らの行動を追い続けた。


その時、スマホに着信が入る。


彼女の声は震えていたが、


その覚悟が伝わってきた。


海惺はスマホをしまい、


冷たい風を感じながら、


夜の街へ足を踏み出した。


海惺
(終焉ノ共鳴……お前たちの暴走は、ここで終わる)


彼の背中には決意がみなぎっていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


空気が張り詰める薄暗い裏路地。


人目を避けるように、


海惺は壁に背を預けていた。


視線の先に見えるのは、二人。


専堂三牙と常瀬四鷹。


終焉ノ共鳴の牙が、


まさか二人きりで歩くとは。


海惺
「……ついてるな」


足音を殺し、背後から近づく。


瞬間、靴音が路面に響く。


三牙が振り返ると同時、


海惺の拳が真っ直ぐに飛んだ。


海惺
「まず一人」


三牙
「ぐっ……!?」


あまりの速さに反応できず、


三牙は壁に叩きつけられ、肩を砕かれた。


四鷹
「テメェ何者だ!」


海惺
「名乗る義理はない。けど、覚えとけ。お前らみたいな"暴れるだけの雑魚"に、俺は負けない」


四鷹はポケットから刃物を取り出す。


四鷹
「舐めんなよ……こっちは終焉ノ共鳴だ!」


だが、海惺は怯まない。


むしろ、口角をわずかに上げた。


海惺
「刃物で優位取れると思った時点で、お前の負けだ」


次の瞬間、四鷹が振るう前に、


海惺は地を蹴って間合いを詰め、


腹へ重い膝蹴りを叩き込んだ。


四鷹
「ぐっは……!」


武器は地面に転がり、


海惺は無言で踏みつける。


海惺
「終焉ノ共鳴?笑わせる。名前だけ威勢がいいな。たった一人の人間に壊されちまうんだからな。喧嘩ってのは……威圧と覚悟の質で決めんだよ」


三牙
「くそ……なんで……」


海惺
「俺は守りたいもんがある。そのためなら、何度でも地を這ってきた」


四鷹
「誰かに……仕込まれたか……?」


海惺
「いや、ただの独断だ。だが、空輝を狙うなら……お前ら全員、俺が止める」


薄暗い路地に、二人の呻き声だけが残る。


海惺はその場を背にしながら、


静かに呟いた。


海惺
「次は本丸だな。……白焔」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


薄暗い廃ビルの屋上。


風がうなり、鉄骨が軋む中、


二つの影が向かい合う。


紅蓮
「……三牙と四鷹を潰したのは、てめぇだな」


海惺
「ん?なんだ白焔じゃねぇのか。噂の"終焉ノ共鳴"の残りカス」


紅蓮
「言ってくれるじゃねぇか……俺は紅蓮 二側。終焉ノ共鳴の、爪牙そのものだ。あの二人より、ずっとヤバいぞ」


海惺
「へぇ……で、その爪牙ってのは、今から俺に噛みつくってことか?」


紅蓮
「殺る!」


叫んだ瞬間、紅蓮の拳が風を裂く。速い。


だが、海惺は涼しい顔で一歩下がる。


海惺
「焦るなよ。遊びはゆっくりやろうぜ?」


紅蓮
「遊びだとッ!?」


もう一発、そして三発目。


だがすべて、海惺の肩すらかすらない。


紅蓮
「避けてるだけかよ……ビビってんのか?」


海惺
「ビビってる?いや……どう料理するか、考えてるだけだよ」


ニヤリと笑う海惺。


その余裕が、紅蓮の神経を逆撫でする。


紅蓮
「ふざけるなっ……これでも喰らえッ!」


踏み込み、回し蹴り。


瞬間、海惺が踏み込んだ。


紅蓮の死角へ。


海惺
「遅ぇよ」


ドンッ。


音より早く、拳が紅蓮の鳩尾に沈み込む。


紅蓮はそのまま、膝をついた。


紅蓮
「……っ、ぐ……あ……っ!」


海惺
「痛ぇか?じゃあ、もう一本いこうか」


今度は頬に一閃。


紅蓮の身体がよろめき、


鉄柵に背を打ちつける。


紅蓮
「……なんなんだよ……てめぇ……!」


海惺
「言っただろ。格が違ぇって。俺は……好きで喧嘩やってたわけじゃねぇ」


海惺は歩み寄る。


ゆっくりと、逃げ場を奪うように。


海惺
「でもよ。大事なもんが狙われたら、黙ってらんねぇんだよ」


拳を振りかぶる。その一撃が――


紅蓮
「――待て、くそ……やめ――」


ドガッ。


一撃で紅蓮は沈んだ。動かない。


海惺
「……残り、ひとりだな。白焔」


海風が、彼の黒髪を静かに揺らしていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


廃ビルの屋上。


夕焼けに照らされ、


二人の影が長く伸びていた。


白焔
「――アイツ、空輝ってのは特別だ。潰せば俺の伝説が完成する」


海惺
「……まだそんなこと言ってんのか。お前には、空輝の重さがわかっちゃいねぇ」


白焔
「重さ?笑わせんな。ただのガキに、街の頂点は渡せねぇ」


海惺
「その"ガキ"に、何もかも追い抜かれるのが怖いんだろ?」


白焔の瞳に、鋭く光が宿る。


白焔
「黙れ。テメェこそ、何様だ。いつから正義面するようになった?」


海惺
「正義じゃねぇ。アイツは……守る価値がある。それだけだ」


一瞬の沈黙。


次の瞬間、白焔の拳が炎のように迫る。


海惺
「おせぇ!」


鋭く身を捻り、海惺は白焔の攻撃を躱す。


そしてすぐに反撃。拳が頬を打ちぬく。


白焔
「チッ……!」


白焔は笑った。


怒りと快楽が入り混じった、戦闘狂の笑み。


白焔
「やっぱ面白ぇわ、テメェ!」


海惺
「なら満足させてやるよ――後悔もまとめてな!」


激突。鉄骨が揺れ、足元が砕ける。


拳と拳、蹴りと蹴りがぶつかり合うたび、


空気が震えた。


白焔
「俺は……空輝を潰して、この街の頂点に立つ!」


海惺
「空輝を狙うって時点で、お前はそこに立てねぇ!」


両者、息を切らしながらも立ち続ける。


白焔
「終わらせるぞ……海惺」


海惺
「ああ――それが、"あの日"からの答えだ!」


最後の拳が、互いの顎を撃ち抜いた。


ドゴォッ!


二人の体が反対方向へ吹き飛び、


屋上に倒れ込む。


沈黙の中、夕日だけが優しく世界を包む。


勝者はいない。


ただ、空輝を巡る強い想いだけが、


そこに残った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次回 : 4話.言葉 つづく

つぅ💖・2025-05-27
青春物語『運命を変える未来』
第1期
3話.あの日










青春物語『運命を変える未来』




















第1期




















6話.宝物




















「最初はグー、じゃんけんぽん!」


空輝
「おっ、俺勝った!」


翠月
「あ……負けた……」


夜白
「あ、俺も勝った」


星乃
「わ、わたしも……負けちゃった……」


旧校舎の入り口で、


4人は円になって立っていた。


まずはじゃんけんで、


誰がどの階を調査するかを、


決めることにした。


空輝
「ってことは、勝った俺と夜白が別れて、負けた翠月と星乃を選ぶって感じか?」


夜白
「まあ、それが公平かもな。空輝、どっち選ぶ?」


空輝
「え、えっと……」


空輝の視線が自然と翠月に向く。


翠月は不安そうに空輝を見ていたが、


どこか期待も混じっていた。


空輝
「……俺、翠月と組む」


翠月
「え……う、うん。よろしく」


小さく頷いた翠月の声に、


どこか安堵が混じっていた。


空輝も、自然と力を抜いて笑みをこぼす。


夜白
「んじゃ、必然的に俺と星乃だな」


星乃
「あ……はい。よろしくお願いします、夜白くん」


星乃は頬を赤らめて、小さく頭を下げた。


夜白は少し照れたように頭をかいて笑った。


夜白
「こっちこそ、よろしく」


自然と2組のペアが出来上がる。


空輝と翠月、夜白と星乃。


空輝は肩から先ほど拾った、


謎の箱を提げていた。


空輝
「じゃ、1階は俺たち。2階は夜白と星乃。鍵、絶対見つけてやろうな」


翠月
「うん。なんか……こういうの、ゲームみたいだね」


空輝
「それ、ちょっと思った」


夜白
「でも油断すんなよ。ここ、マジでヤバそうな雰囲気してるから」


星乃
「……幽霊とか、出ないよね?」


夜白
「出たら俺が守ってやるよ。……とか言って、自分が一番ビビってるかも」


星乃
「ふふ、なんか少し安心した」


4人は軽く笑い合ったあと、


それぞれの階へと足を踏み出した。


1階は廊下が長く、


壁には古びた掲示板や、


何かのプリントが黄ばんで張られていた。


2階へ続く階段の手前で、


2組は一度振り返る。


空輝
「じゃ、何かあったらスマホで連絡とろう。電波あるかわかんねーけど」


夜白
「おう。気をつけろよ、そっちも」


翠月
「うん、そっちも」


星乃
「いってきます……!」


そして、彼らは静まり返った廃墟の中へと、


二手に分かれて消えていった――。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


理科室のドアを開けた瞬間、


空気が変わった。


翠月
「……なんか、変な匂いする」


空輝
「薬品の匂いか? いや……それだけじゃねぇな」


棚にはフラスコやビーカー、


シャーレが整然と並び、


使い古された試験管には、


まだ液体が残っていた。


けれど、そこには、


“誰かが使っている”ような気配があった。


翠月
「……ねぇ、あのフラスコ……動いてない?」


空輝
「は?」


ガタッ。


音とともに、机の上にあった、


三角フラスコが突如跳ね上がった。


空輝
「うおっ!? な、なんだこれ!?」


翠月
「きゃっ……!」


バンッ!


突然、天井からピンセットが、


雨のように降ってきた。


空輝
「翠月、伏せろ!」


空輝はとっさに翠月を抱き寄せ、


後ろへ倒れ込むようにして床に身を投げた。


寸前でピンセットが頭上をかすめ、


壁に突き刺さる。


翠月
「あ、ありがとう……」


空輝
「くそっ、何だよこの理科室、マジで呪われてんのか!?」


その瞬間、顕微鏡が、


まるで意志を持ったように、


ガタガタと揺れ出し、


跳ねながら空輝たちに迫ってきた。


空輝
「ああもう、次は顕微鏡かよっ! くらえっ!」


近くにあった椅子を掴み、


空輝は振り回して顕微鏡を撃退した。


金属音が鳴り響き、


顕微鏡は床に転がって動かなくなる。


翠月
「すごい……ほんとに戦ってる……」


空輝の横顔を見つめながら、


翠月の胸の奥がざわめいた。


怖いのに、不安なのに……


不思議と彼の後ろが一番安心できた。


そのとき、薬品棚がガラッと開き、


無数のガラス瓶が宙を舞った。


空輝
「くっそ、やりすぎだろこの学校!」


翠月
「空輝、危ない!」


飛んでくるガラス瓶――


その一つが翠月の頬をかすめた。


空輝
「バカヤロウ!」


空輝は身を乗り出して翠月の前に立ち、


次々と瓶を叩き落としていく。


床に落ちた瓶が割れ、白煙が立ちのぼる。


空輝
「翠月、下がってろ! 絶対、俺が守るから!」


その一言が、胸にまっすぐ突き刺さった。


翠月
「……うん。空輝……すごい、ほんとに……かっこいいよ……」


そのとき、不意に揺れが収まり、


備品たちの動きも止まった。


まるで、何かに満足したように。


空輝
「ふぅ……どうやら、終わったみてぇだな」


翠月
「うん……ありがとう。ほんとに……助け
られてばっかり……」


空輝
「当たり前だろ。俺は……お前が傷つくの、イヤなんだよ」


翠月の心臓が跳ねた。


音もなく、静寂だけが理科室を包んだ。


そして過去にも、


誰かに言われたのを思い出した。


???
「翠月、下がってろ! 絶対、俺が守るから!」


と。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


血の匂いが、薬品の中に混ざって漂った。


翠月
「……えっ? 空輝、腕、血が……!」


空輝
「ああ、さっきのガラス瓶でちょっとな。たいしたことねぇよ」


笑って見せたその腕には、


赤い線がいくつも走っていた。


袖は破れ、血がじわじわと滲んでいる。


翠月
「ちょっとってレベルじゃないよ! なんでそんなに無茶するの……!」


空輝
「そりゃ、お前を守るために決まってんだろ」


翠月
「……っ!」


空輝が再び前に出た。


今度は実験用スタンドがゆっくりと動き、


まるで意志を持っているかのように、


こちらへ迫ってきた。


空輝
「来るなよ……来るなって言ってんだろうがあぁあっ!!」


椅子を投げ、足で払い、拳で殴る。


けれど、動き続ける金属のスタンドに、


空輝の動きが追いつかない。


ガシャンッ!


スタンドの支柱が空輝の肩をかすめ、


体ごと壁にたたきつけられた。


翠月
「空輝っ!!」


駆け寄る翠月。目には涙が溢れていた。


翠月
「やだ……もうやめて……これ以上怪我しないでよ……!」


空輝
「バカ、泣くなって……」


翠月
「だって……空輝が、命懸けで守ってくれてるのに、私……何もできない……!」


空輝
「できてるさ。翠月が、そこにいてくれるだけで……俺、力出るから」


その言葉に、翠月の胸が締め付けられた。


ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。


翠月
「空輝……お願い、無理しないで。私、ほんとは怖くて、足も震えてて……でも……」


空輝の手を握る。


翠月
「空輝がそばにいるから、私、今ここに立ってる。だからもう、倒れないで……お願い……」


空輝
「……翠月」


血で濡れた空輝の手を、


翠月はぎゅっと握りしめた。


その瞬間、異変が止まった。


まるで、翠月の声が、


理科室の何かを鎮めたかのように、


備品たちの動きがピタリと止まった。


空輝
「……静かになった、か?」


翠月
「うん……空輝、ほんとにありがとう……!」


空輝
「いや、俺のほうこそ。翠月がいたから、ここまで戦えた」


不安と安堵の涙が翠月の頬を伝い、


ぽたぽたと空輝の傷に落ちた。


それがまるで、


癒しのしずくのように感じられた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


理科室の静寂が、


さっきまでの騒乱が嘘のように、


辺りを包んでいた。


空輝
「……ふぅ。やっと、落ち着いたな」


翠月
「うん……でも、ほんとに怖かった……」


翠月の肩がまだ小さく震えているのを見て、


空輝は無言で近づいた。


そして、そっとその体を抱きしめる。


空輝
「大丈夫。もう、何も怖くない」


翠月
「……っ」


その胸はあたたかくて、


力強くて――何より、安心できた。


翠月は空輝の胸元に顔を埋めた。


翠月
「空輝……怪我してるのに、無茶ばっかり……ほんとバカだよ……!」


空輝
「あはは。バカでいいさ。翠月を守れるなら、バカで上等」


翠月
「……そんなの、ずるいよ……」


涙が再びあふれそうになる。


でもその涙は、


さっきまでの不安や恐怖ではなくて、


胸の奥からじんわりと湧いてきた


“あたたかい何か”だった。


空輝
「泣くなって……せっかく無事なんだからさ」


翠月
「……うん。でも……」


空輝の腕の中にいると、


心がどんどん近づいていく気がした。


目が合った。息が止まりそうになる。


そして――そのまま、


翠月は咄嗟に、


空輝の頬にそっと唇を寄せた。


空輝
「……えっ」


翠月
「……っ!!」


キスした瞬間、


自分のしたことに気づいて、


翠月の顔が真っ赤に染まった。


翠月
「い、いまのは……その……あの、違くて! いや違くないけど、でも、えっと……!」


空輝
「……今の、俺にしてくれたんだよな?」


翠月
「う、うん……」


空輝
「そっか……」


空輝は照れくさそうに笑った。


そして、翠月の頭をそっと撫でる。


空輝
「ありがとな。嬉しかった」


翠月
「~~っ、もう、ほんと……バカ……」


震えた声で呟きながらも、


翠月は空輝の胸の中で、そっと目を閉じた。


その心臓の音が、やさしく響いていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


理科室のドアが静かに開いた。


薄暗い廊下に、


空輝と翠月の足音だけが響く。


翠月
「……さっきは、ありがとうね」


空輝
「ん? 何の話?」


翠月
「とぼけないで……全部。助けてくれて、守ってくれて……それに、あの……」


空輝
「あの?」


翠月
「……っ、もういいっ!」


空輝がくすっと笑う。


空輝
「ああ、かわいいな、翠月」


翠月
「な、なにそれ! ずるいよ、そういうの……!」


頬を赤らめる翠月を、


空輝は満足げに見つめた。


――だが、ふと、その足取りがふらつく。


翠月
「……空輝?」


空輝
「あ、いや……なんでもない。ちょっと、目が回っただけ」


翠月
「え? 大丈夫?」


空輝
「ああ、平気平気。行こう、次の教室」


二人は隣の空き教室へ入った。


机や棚をくまなく調べ、


棚の引き出しを一つずつ開けていく。


埃っぽさが鼻をつく。


翠月
「ねぇ、ここ……引っかかってる鍵とか、ないかな……?」


空輝
「うーん……それっぽいのは、見当たらな――っ、く……」


翠月
「!? 空輝っ!?」


突然、空輝が机に手をついて崩れかけた。


翠月
「ちょ、ちょっと! しっかりして! 顔、めっちゃ青いよ!」


空輝
「……ごめん、ちょっと、身体が……重い……」


翠月
「座って! ムリしないで、お願いだから!」


翠月は慌てて空輝の腕を引き、


近くの椅子に座らせた。


額には冷たい汗。呼吸も、少し乱れている。


翠月
「どうしよう……なにこれ……さっきの戦いで、毒とか浴びたんじゃ……」


空輝
「はは……まさか。ちょっとした疲れだって……」


翠月
「全然“ちょっと”じゃないよ! ……ダメ、もう、これ以上ムリさせない」


翠月は不安と焦りを隠せず、


空輝の手をぎゅっと握った。


翠月
「ねぇ、少しここで休もう? あたし、一人で次の教室見るから――」


空輝
「バカ。そんなこと、させるかよ……一緒に来て、守るって……約束したろ……?」


翠月
「そんなこと言ってる場合じゃないってば! あたしのほうが……空輝を、守りたいんだから!」


その声には涙が混じっていた。


空輝は、その瞳を見て、ふっと微笑んだ。


空輝
「……そっか。ありがとな、翠月」


廊下に、再び静けさが戻った。


でも、ただの探索じゃ終わらない“何か”が、


すぐそこまで近づいていた――。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


空輝を椅子に座らせ、翠月は一人、


1階の残りの教室を調査して回った。


不安を押し込め、手早く棚や机を開け、


掲示物や床も目を凝らして探す。


でも、どの教室にも――鍵は、なかった。


翠月
「……やっぱり、ここじゃないのかな……」


深いため息をつきながら、


空輝が待つ教室へと戻る。


だが――教室の扉を開けた瞬間、


息が止まった。


翠月
「……えっ!? 空輝!!?」


椅子から崩れるように倒れた空輝が、


冷たい床に横たわっていた。


翠月
「うそ……なんで……空輝! 聞こえる!? 空輝っ!!」


翠月は駆け寄り、空輝の身体を抱きしめた。


その体はぐったりと重く、


返事はない。額はまだ熱い。


翠月
「やっぱり、無理させちゃった……あたしのせいだ……!」


震える声。涙がこぼれ落ちる。


翠月は空輝の胸元に顔を埋めて、


ぽつりと囁いた。


翠月
「ごめんね……空輝……」


ぎゅっと目を閉じて、


翠月はそっと唇を重ねた。


温もりを感じた一瞬――


空輝
「……ん、んん……」


翠月
「っ!? 空輝……!?」


目を開いた空輝が、


かすかに視線を動かした。


空輝
「……今、なんか……いい夢、見た気がする……」


翠月
「バカっ……! こんなときに……!」


涙を流しながら、翠月は笑った。


翠月
「よかった……本当に……よかった……!」


空輝はぼんやりした表情のまま、


翠月の手を握った。


空輝
「……心配、かけたな……」


翠月
「当たり前でしょ……もう絶対、無理しないって約束して……!」


空輝
「……ああ。約束、するよ」


教室の窓から、


夕陽のような橙色の光が差し込んだ。


どこか不気味だった校舎の一角に、


わずかなぬくもりが戻ったようだった。


でも――その安らぎの裏で、


静かに忍び寄る“異変”が、


ふたりを見つめていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


2階はうっすら埃が舞う静かな空間だった。


長い廊下の両側に、いくつもの教室。


そのすべてが、時間を止めたように、


静まり返っている。


夜白
「……じゃ、奥の理科準備室は俺が見てくる。お前はその前の教室を頼む」


星乃
「う、うん……わかった」


小さく頷く星乃は、少し緊張していた。


それは、この廃墟の、


空気のせいだけじゃない。


――この前。自分が、


あの最強不良グループ「終焉ノ共鳴」に、


さらわれたあの夜。


血のような夕焼け、逃げ場のない倉庫。


恐怖に震え、声も出せなかった自分。


だが――その時、闇の中に現れた。


あの日、彼は誰よりも静かに、


そして速く、自分を救い出してくれた。


星乃
(……夜白くん)


思わず、その背中を目で追ってしまう。


すっと廊下の影へ消えていく彼の姿は、


まるで影そのもののようだった。


1人になった教室。


星乃は意を決して扉を開ける。


古びた机とイス。壁には剥がれた掲示物。


誰もいないはずなのに、


背筋がぞくりとする。


星乃
(大丈夫、あたし……夜白くんがいるから……)


棚を開け、床に落ちた紙を拾う。


埃だらけのロッカーも覗いていく。


だが、何もない。――手がかりはゼロ。


ふと、背後に気配を感じて振り向いた。


そこにいたのは――


夜白
「何もなかった。お前は?」


星乃
「っ、びっくりしたぁ……!もう、急に出てこないでよ……」


夜白
「悪い。気配、殺しすぎたか」


星乃
「殺すレベルだったよ……心臓止まるかと思った……」


夜白は少しだけ、唇の端を上げた。


ごく小さく。


その笑みに、星乃の胸が高鳴る。


夜白
「だが、お前が冷静に調べてたのは意外だった」


星乃
「え、意外ってなにそれ……」


夜白
「前は泣きそうな顔してたろ。……倉庫で」


星乃
「っ……覚えてたんだ」


視線が合った。


一瞬の沈黙のなかで、何かが揺れた。


夜白
「あの時……放っとけなかった。それだけだ」


星乃
「……でも、あたしは……それが、嬉しかったよ」


ゆっくりと、ほんの少しだけ近づく距離。


だがその時――教室の奥のドアが


「ギィィ……」と勝手に開いた。


闇の中から、何かがこっちを見ていた。


夜白
「……来るな、星乃。下がってろ」


ぴり、と空気が張りつめた。


恋の空気も、不穏な気配も、


交錯しながら2階探索は続く――。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


教室の奥のドアが、ゆっくりと


「ギィィ……」と開いた。


だが——その向こうには、誰もいなかった。


星乃
「きゃあっ!!」


反射的に叫んで、


背中を壁にぶつけるようにして後ずさる。


夜白
「……はは、何もいないじゃねぇか」


星乃
「い、いたかもしれないじゃん!あんなタイミングでドアが開くとか絶対おかしいでしょ!」


夜白
「風だ。もしくは、幽霊でも見たか?」


口元を緩めながら、


からかうように目を細める夜白。


でもその表情の奥に、


一瞬だけ鋭い警戒の色が見えたことに、


星乃は気づいていない。


夜白
「怖いなら、ほら。手、貸してやるよ」


そう言って、


夜白は星乃の手をそっと握った。


星乃
「えっ……」


指先から伝わる体温に、


星乃の胸がドクンと跳ねた。


星乃
(なにこれ……めちゃくちゃドキドキする……)


俯きながらも、


星乃の頬は真っ赤になっていた。


星乃
「べ、別に……怖かったわけじゃないんだからね」


夜白
「ふーん?」


星乃
「その、“ふーん?”ってなに!?今完全にバカにしたでしょ!」


夜白
「いや、ちょっと面白くてさ」


星乃
「もーっ……!」


拗ねたように目をそらす星乃。


だが、手は握られたままだった。


星乃
(あの日も、こうして手を引いてくれた……でも、今は……)


不意に思い出すのは、


倉庫での夜白の背中。


血まみれになりながらも、


自分を守ってくれた姿。


今、その手を自分から、


握り返している自分に気づいて——


星乃
「ねぇ、夜白くん……」


夜白
「ん?」


星乃
「あたし、もう少し……ここ、一緒に調べたい」


夜白
「……そうだな。まだ何か、隠れてるかもしれないしな」


そうして、ふたりは再び歩き出す。


静かな廊下、だが確実に、


二人の距離は近づいていた——。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


教室の奥を調べながらも、


星乃の視線はつい隣を歩く、


夜白に向いていた。


星乃
(あぁもう、なんでこんなに気になっちゃうの……さっきの手、あったかかったな……)


心ここにあらずで、


目の前の机を開ける手もどこかぎこちない。


夜白
「……おい、さっきから全然集中してねぇだろ」


星乃
「え!?ち、ちがっ……!」


夜白
「机の中にハンカチ突っ込んで“なんもなかった”って言うやつがどこにいんだよ」


星乃
「あっ、うぅ……見てたのね……」


頬を赤くしながら、


星乃は必死に誤魔化そうとした。


星乃
「べ、別に!ちょっと疲れてただけで、気が散ってたとかじゃ……ないし!」


夜白
「……ふーん」


夜白は星乃をじっと見つめた。


夜白
「おまえ、俺のこと気になって仕方ないんだろ?」


星乃「なっ……!」


一気に顔が真っ赤になる。


夜白
「別にさ、手分けして調べなくてもいい。俺と一緒にいたいなら、最初からそう言えよ」


その一言に、


星乃の胸がきゅんと締め付けられた。


星乃
「……もう、ズルいよ、夜白くん……」


小さく呟いて、


星乃は不意に夜白の背中に抱きついた。


夜白
「お、おい?」


星乃
「だって……一緒にいたいもん。今は、怖いのもあるけど……それだけじゃなくて……」


夜白は何も言わずに、


背中越しに星乃の手をそっと握り返した。


夜白
「……バカだな、おまえ。そばにいてくれりゃ、それでいいよ」


教室の静けさの中で、


ふたりの距離はもう、


言葉じゃ測れないほど近くなっていた——。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


それから星乃は、


まるで磁石みたいに、


夜白の腕や服の裾にぴったりくっついて、


離れなくなった。


夜白
「おい、星乃。ちょっと離れろって。歩きにくいだろ」


星乃
「やだ、くっついてたいの。……夜白くんが言ったんだもん、“一緒にいたいならそう言え”って」


夜白
「言ったけど、ここは調査中だぞ」


星乃
「調査してるもん。ほら、この引き出しだって、ちゃーんと開けてるし」


そう言いながら、


星乃は夜白の腕をつかんだまま、


片手で引き出しを開ける。


夜白
「片手でかよ……まぁ、いいけどな」


教室の中は埃っぽくて、


静寂すぎるほど静か。


窓から差す夕日が薄暗く、


どこか不気味さを感じさせる。


でもふたりの間には、


そんな空気を吹き飛ばすような、


甘ったるい雰囲気があった。


星乃
「夜白くんって、ああ見えて結構優しいよね」


夜白
「“ああ見えて”ってなんだよ」


星乃
「ちょっと怖そうに見えるけど……助けてくれた時から、ずっと気になってた」


夜白
「……あの時か。あいつらに捕まってた時な」


星乃
「うん。……ほんとは、今でもちょっと夢みたい。こうして、一緒にいられるの」


夜白
「だったら、現実って証拠、見せてやろうか?」


星乃
「……え?」


夜白がふっと微笑んで、


星乃の額にそっとキスを落とした。


星乃
「〜〜っ!」


顔を真っ赤にして硬直する星乃。


夜白
「これで、もう夢じゃないだろ」


星乃
「……し、しぬ……ドキドキして、心臓もたないかも……」


夜白
「バカ、死ぬな。せめて全室調べてからにしろよ」


そんなふたりのやりとりが、


教室の暗がりに甘く響いていた。


廊下に出て、次の教室へと向かう途中も、


星乃はずっと夜白の腕を、


つかんで離さなかった。


怖さよりも、隣にいる彼の温もりが、


勝っていたから。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


2階の廊下に、


空輝と翠月がフラフラしながら姿を現した。


星乃
「あっ、空輝くん! 翠月ちゃん!」


翠月
「星乃……夜白くん……。よかった、無事だったんだね……」


夜白
「お前らこそ。ボロボロじゃねぇか、空輝」


空輝
「ちょっと倒れてただけ。翠月が必死に助けてくれて……な?」


翠月
「な、なによそれ……言わなくていいってば……っ」


顔を赤くして俯く翠月に、


空輝は苦笑いを浮かべながら、


肩を貸していた。


その横で、


星乃が夜白の腕にくっついたまま、


ニヤニヤと見つめる。


星乃
「ふふ、なんか……こっちと似てるね、空翠ペアも」


夜白
「あ? お前が言うな」


空輝
「お、そっちはそっちで進展あった感じ?」


翠月
「ちょ、ちょっと空輝! やめてよそういうの……!」


星乃
「……まぁ、ちょっとだけね♡」


その場の空気が、


照れと甘さでふわっと包まれた――


その時だった。


夜白
「……ん? おい、あれ……階段?」


廊下の突き当たり、


今まで気づかなかった天井への階段が、


薄暗い照明の中に浮かび上がっていた。


空輝
「屋上……だよな、あれ」


翠月
「こんな場所に、屋上へ通じる階段なんて……見取り図にはなかったのに……」


星乃
「な、なんか嫌な予感する……けど、行くしかないよね……?」


4人は無言でうなずき合い、


ゆっくりと軋む階段を上っていった。


ギイィ……ギシッ……と、


踏むたびに古びた木が悲鳴をあげる。


そして、扉を押し開けたその先――


冷たい風が吹き抜ける屋上に、


誰かの姿があった。


白いワンピースに身を包み、


フェンスにもたれかかるように立つ、


ひとりの少女。


空輝
「あの人は……あの時の……!」


少女は、ゆっくりとこちらを振り返った。


今まで気配がしてた少女だった。


ついに、少女の正体が明らかに。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次回 : 7話.手紙 つづく

つぅ💖・2025-05-30
青春物語『運命を変える未来』
第1期
6話.宝物










青春物語『運命を変える未来』




















第1期




















5話.引出し




















翠月
「ねえ、“霧影学園”って覚えてる?」


放課後の図書室。


窓際に腰掛けた翠月の問いかけに、


3人の視線が集まる。


空輝
「……漆黒が言ってた場所か。『忘れ去られた学び舎』って」


夜白
「あのときの言葉、ただの脅しかと思ってたけどな。今思えば、本気だったな……あの目は」


星乃
「あたしたち、全員“終焉ノ共鳴”に会っちゃったんだもんね。あれ以上の非日常、ないと思ってたのに」


彼らの記憶に蘇る、あの夜。


突然、街に現れた最強の不良グループ


——終焉ノ共鳴。


その頂点に立つ男、漆黒に、


それぞれが何かを見抜かれ、


言葉を残された。


翠月
「漆黒さんに言われた。“霧影学園に、お前宛ての手紙がある。知りたくなったら、向かえ”って」


空輝
「手紙ねぇ……漆黒が、そんな甘っちょろいこと言うか?」


夜白
「いや。あいつは本気だ。“真夜中しか更新されないブログに道順が載ってる”ってヒントももらった」


星乃
「それと、あの古地図。漆黒さんに言われて探したら、確かに霧影学園ってあったの。今の地図にはないけど」


空輝
「消された学校、か。ネットでも探したけど、掲示板のスレ全部削除済み。誰かが意図的に隠してる」


翠月
「……手紙の内容、知りたいの。私が“川で溺れたあの日”のこと。誰が助けてくれたのかも」


夜白
「漆黒は、あんたにだけ言ったんだよな。“思い出せば、お前の世界が変わる”って」


星乃
「霧影学園って……もしかしたら、過去を閉じ込めた場所なのかもね」


空輝
「それが“終焉ノ共鳴”とどう繋がってるかだ。あいつら、何か知ってる」


翠月
「町外れで会ったおじいさんが、こんなこと言ってた。“霧が降りた夜にだけ、あの校舎は姿を現す”って」


夜白
「明日、満月だろ? 決まりじゃん。霧影、行ってみる価値ある」


星乃
「怖いけど、ちょっとワクワクしてる自分がいる。変ね」


空輝
「おい、全員マジかよ……でもまあ、今さら引き返す選択肢はねぇか」


4人の視線が交差する。


“終焉ノ共鳴”と出会い、


過去の影が少しずつ動き始めた今——


霧影学園は、


もう“噂”だけの場所ではなかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


星乃
「この道、本当に通学路だったの……?」


空輝
「地図には載ってねぇけどな。漆黒の言ってた“森の中の通学路”ってのは、たぶんこっからだろ」


夜白
「でももう30分は歩いてるぞ。同じ木の形ばっか見てる気がする」


翠月
「なんか……ぐるぐる回ってない?」


足元の落ち葉が、


何度も同じ形を描いている。


確かに歩いてるのに、


景色だけが繰り返されていた。


星乃
「“繰り返される道迷い”って、ネットにあった……でも、消されてた記事で」


空輝
「こんなん都市伝説のレベルだろ……でも実際、抜け出せねぇ」


夜白
「——あそこ。看板、あったよな?」


夜白が指差した先。


木にかけられた案内板のようなものが、


今は何も書かれていない。


文字が削られた跡だけが残っていた。


星乃
「名前、消されてる……やっぱここ、“地元で禁じられた地名”なんだよ」


翠月
「見て、あっち!」


霧の向こう、崖の先に——


黒く沈んだシルエット。


廃墟のような校舎の影が、


うっすらと浮かんでいた。


空輝
「あれが……霧影学園……!」


夜白
「でも崖の向こうってどう行くんだ? 橋なんてないし」


星乃
「待って。道の脇、トンネルがある」


蔦に覆われた入口。


封鎖されているはずの旧道のトンネルが、


霧の中でぽっかりと口を開けていた。


翠月
「漆黒さんが言ってた。“封鎖の先に進め。看板がなければ、正しい道だ”って」


空輝
「……マジかよ、なんでそんなこと知ってんだあいつ……」


4人は静かに頷き合い、


トンネルの中へ一歩を踏み出す。


……ゴォォォォォ……


微かに、風のような音が、


背後から吹き込んだそのとき——


カン……カン……カン……カン……


突如、どこからか鳴り響くチャイムの音。


それは、誰もいないはずの、


旧校舎から確かに聞こえてきた。


翠月
「チャイム……鳴ってる……? あれ、録音じゃない……本物……」


夜白
「時間は……深夜0時ちょうど」


星乃
「こんな時間に誰が鳴らすの……? ていうか、誰が“そこ”にいるの……?」


空輝
「……いや、“誰かがいる”ってより……“誰かが呼んでる”のかもな」


トンネルの奥から吹いてくる冷たい空気が、


4人の背を押すように進ませていく。


崖の向こうの校舎は、ますます濃く、


その存在感を増していた。


——その先に、


“手紙”と“失われた記憶”があると、信じて。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


古びた門は、誰かに押し開けられたように、


半端に開いていた。


空輝
「……勝手に“入っていいよ”って言われてるみたいだな」


夜白
「嫌な歓迎の仕方だぜ。霧、濃くなってね?」


星乃
「でも、ここまで来たんだし。行くしかないよ」


4人は無言で頷き、ぎい、と、


重たい音を立てて門を押し開いた。


霧影学園の中庭には、草が生い茂り、


ブランコは錆び、誰の足跡もなかった。


翠月
「……昇降口、あそこ」


近づくと、古びたガラス戸が、


わずかに開いていた。


中に足を踏み入れた瞬間——


夜白
「……時間が止まってる」


靴箱には名前が貼られたまま。


だが、どれも埃をかぶって、


読めなくなっていた。


壁の時計は12時を指したまま、


カチリとも動かない。


星乃
「ほんとに……ここ、誰もいないはずなのに……」


空輝
「ここ、いつから止まってんだ……」


そのとき、突然、校内に響いた。


──ピンポンパンポン──


【“未永 翠月さん、職員室へ来てください”】


翠月
「っ……今の……!?」


夜白
「校内放送だよな!? でも電源なんて入ってなかったぞ!」


星乃
「あれ、翠月の名前……呼んでた……」


空輝
「誰が放送してんだよ……ここ、廃墟だろ……!」


緊張に包まれた空気の中、


4人は昇降口を抜け、校舎の奥へと進む。


廊下の壁には、


色褪せたポスターや古びた写真。


ガラス越しに見える教室の黒板には、


「離れろ」と書かれていた。


夜白
「やばい、ぞくってきた……」


やがて、見つけた職員室。


扉の奥、埃まみれの棚を探っていくと、


一冊の分厚い名簿があった。


翠月
「……これ、卒業生名簿?」


空輝
「おい、ここ。“2年C組”のとこ、見ろ」


名前がずらりと並んでいる中、


そこだけ——


一つ、ぽっかりと空欄があった。


星乃
「……名前が、消えてる?」


夜白
「まるで“誰かがいなかったこと”にされたみたいに……」


翠月
「もしかして……その“誰か”が……」


——カン、カン、カン……


再びチャイムが鳴った。


今度は明確に、


授業の終わりを告げるように。


空輝
「待て、音が……近づいてきてる……!」


突如、昇降口の扉が、


「ギィィ……」と軋みながら閉まり、


重い音を立てて鍵がかかった。


夜白
「……なあ、これ……もしかして」


星乃
「私たち……帰ってこられなくなった?」


霧影学園の空気が、まるで彼らを、


“中に閉じ込める”ように静かに、


深く沈んでいった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


昇降口の扉が閉まった瞬間、


校舎内に静寂が訪れた。


霧影学園の空気は、


まるで呼吸をするように、


ゆっくりと動いている。


翠月
「……誰かいる?」


空輝
「そんなの、いるわけねぇだろ……でも、確かに気配がする」


足音も物音もない。


ただ、廊下の奥から微かな動きを感じた。


星乃
「あれ……あの人影、見える?」


廊下の突き当たり。


かすかな黒い影が、壁際にうごめいていた。


夜白
「顔は……見えないけど……確かに誰かだ」


影は動くが、形がぼんやりとして、


輪郭がぼやけている。


まるで霧に溶けてしまいそうな、


そんな存在感。


翠月
「近づいてみる……?」


空輝
「おい、待て。なんだかわかんねぇけど、危険な気がする」


星乃
「でも、あの子……もしかしたら私たちが探してる“手紙”に関係あるかも」


4人は息を合わせて、


ゆっくりと影の方へ歩み寄った。


夜白
「名前は呼んでみるか?」


空輝
「じゃあ……“誰か”って呼んでみるか」


空輝
「ねぇ、そこにいるの?」


影は一瞬、ふっと立ち止まったが、


何の反応もない。


翠月
「“私の名前、知ってる?”って聞いてみる」


翠月
「ねぇ……私の名前、知ってる?」


返事はない。ただ、薄く光る霧の中で、


少女のシルエットだけが揺れていた。


星乃
「顔が、見えない……目も、髪も、服も……」


夜白
「でも、確かに“人”だ。確かに感じる。温度じゃなくて、気配として」


影は少しずつ、少しずつ近づいてくる。


だが、どうしてもその正体は、


見えないままだった。


空輝
「何を伝えたいんだ……?」


すると、少女の影がふわりと揺れ、


そして校舎の窓ガラスに映った。


そこには……うっすらとだが、


確かに誰かの顔があった。


ぼんやりとした涙の跡。


悲しげで、でもどこか懐かしい。


翠月
「……それって、私……?」


星乃
「まさか……あなたは……」


少女は再び影となり、


霧の中へ消えていった。


ただ一つ、風に乗って聞こえた声。


──「許さない……」──


彼女が残した謎の言葉が、


4人の胸に深く響いた。


霧影学園の闇は、まだ解けないままだった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


──「許さない……」──


少女の声が消えたあと、


校舎内は静寂に包まれた。


だが、その静けさは長くは続かなかった。


星乃
「あの扉……」


4人が立っていた昇降口の扉。


さっきまでガッチリ閉まっていたはずの、


鍵が今はゆっくりと回る音を立てて開いた。


夜白
「えっ……開いた?」


翠月
「なんで……?」


空輝
「絶対、あの子が開けたんだ……!」


廊下に冷たい風が吹き込み、


わずかに少女の気配がした。


どこからともなく、ふわりと漂う香りと、


かすかな足音。


星乃
「誰か……出て行った気がする……!」


翠月
「行かなきゃ。逃げられたら、意味ない!」


4人は恐る恐る、


校舎の外へと足を踏み出した。


外は深い霧の森に囲まれ、


薄暗くて視界が悪い。


空輝
「気をつけろ。森の中に消えたら、二度と見つけられねぇ」


夜白
「でも、あの子を放っておけない……」


彼らは声を潜めて、


足音を殺しながら進んだ。


森の中、繰り返される道迷い。


どこを向いても似た景色が続き、


同じ場所をぐるぐる回っている気がした。


星乃
「なんで……なんでこんなに迷うの?」


翠月
「この森自体が……霧影学園を守ってるのかも」


そして、木々の隙間から、


ふと崖の向こうに、


薄く浮かぶ校舎の影を見つけた。


それはまるで、


彼女が導く灯りのように見えた。


空輝
「まだ……向こう側に行けるかもな」


しかし、そこへたどり着く、


手前に立ちはだかるのは、


封鎖された古いトンネル。


錆びた金属製の扉が閉まっていて、


看板はもう風化して文字が読めなかった。


夜白
「ここも閉じられてる……」


翠月
「あの子……どこに行ったんだろう」


辺りが急に静まり返ったとき、


遠くから響く旧校舎のチャイムが、


鳴り続けるのが聞こえた。


星乃
「もう遅いのかな……」


ふと、誰かが背後にいる気配を、


感じて振り返るとそこには誰もいなかった。


森の闇に包まれながら、


4人は深く息を吸った。


空輝
「……また、廃墟に戻るしかねぇな」


霧がますます濃くなり、消えた少女の姿も、


言葉も、遠くなっていった。


霧影学園の謎は、まだ解けないまま。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


霧影学園の校舎から、


外へ追い出されたはずのあの影が、


またどこからか誘うように声をかけてきた。


星乃
「ねぇ、あの声……また聞こえたよね?」


翠月
「うん……まるで、体育館の方から」


空輝
「あそこか……あの廃れた体育館か」


夜白
「行くしかない。手掛かりはあそこにあるはずだ」


4人は覚悟を決め、


薄暗い体育館へ向かった。


床は埃だらけで、窓は割れ、


古びたネットが揺れている。


中に入ると、空気は一変し、


冷たく重苦しい気配が満ちていた。


翠月
「なんだか……怖い……」


星乃
「でも、もう引き返せないよね」


奥へ進むと、突然背後で鉄製の扉が、


大きな音を立てて閉まった。


空輝
「ちっ……閉めやがった!」


扉を何度も叩き、声を上げるが反応はない。


真っ暗な体育館の中、灯りもほとんどなく、


4人は手探りで動いた。


夜白
「落ち着け、声を出せば誰かに聞こえるかもしれない」


翠月
「でも……この感じ……何かが近い気がする」


突然、薄暗い照明の向こう側から、


少女の影がぼんやりと現れた。


けれどその姿は相変わらずぼやけ、


顔は見えなかった。


星乃
「……あの子?」


空輝
「待てよ……誘ってるだけかもしれねぇ……でも、こっち来いってことだ」


彼女はゆっくりと体育館の中央に進み、


影はふっと消えた。


夜白
「何も残らない……でも、出口も見えない……」


絶望に包まれた空気の中で、


鳴り響くのはどこからともなく聞こえる、


チャイムの音。


どこか悲しげで不気味なリズムだ。


しばらくして、


鉄の扉がガチャリと音を立てて開いた。


翠月
「えっ……開いた?」


星乃
「急いで外に出よう!」


4人は急ぎ足で外へ飛び出した。


外は霧に包まれ、湿った空気が肌を撫でる。


空輝
「……なにがあっても、あの体育館には二度と近づくな」


夜白
「あの子は……何を伝えたかったんだろう」


翠月
「でも、今は逃げるしかないよね」


誰も振り返らず、4人は走り去った。


背後で体育館の扉は、


ゆっくりと閉まっていった。


そして、また深い霧の中に、


静かに沈んでいった。


霧影学園の闇は、深まるばかり。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


倉庫の扉を閉めて、


4人は校舎の廊下へと戻った。


鍵付きの箱はそこに残り、


今は開けずに見守るしかなかった。


翠月
「箱……開けたくて仕方ないけど、今はまだ時期じゃないよね」


星乃
「うん。焦ると、余計に訳が分からなくなる気がする」


空輝
「俺もそう思う。鍵を探すのは後だ。まずはあの廃墟の中で何が起きているのか、もっと知る必要がある」


夜白
「確かに。あの箱はただの箱じゃない。何か……大事な秘密を隠してる気がする」


4人は重苦しい空気の中で、


足早に歩きながら、


それぞれの胸にある疑問を抱えていた。


翠月
「ねぇ、みんな。さっきの体育館のこと……まだ気になる。あのチャイムの音、まるで私たちを試すみたいだった」


星乃
「あの閉じ込められた瞬間、怖かったよね。でも何か、誰かが導いてる気もする」


空輝
「漆黒も言ってた。霧影学園には、ただの廃墟じゃない“何か”があるって」


夜白
「終焉ノ共鳴の番長がそう言うなら間違いない。俺たちが足を踏み入れたのは、何かの始まりだ」


4人は校舎の窓から、


差し込む薄明かりに照らされ、


改めて決意を固めた。


この学校に隠された真実を、


明らかにするまでは、


絶対に諦めない――


それが彼らの覚悟だった。


廊下の壁には、


まだ古びた掲示板が残っていた。


その上に貼られた、


古い地図の切れ端に目を留める。


翠月
「この地図……倉庫の場所も、あの封鎖されたトンネルも、ちゃんと載ってる」


星乃
「でも、それ以外にも謎の場所があるみたいだね」


空輝
「鍵のこともあるけど、まずはこの地図を頼りに校舎全体を調べよう」


夜白
「そうだな。焦らず、でも確実に前に進もう」


4人の足音は、廃墟の闇に溶けていった。


鍵付きの箱は、倉庫で静かに時を待つ。


そして、霧影学園の謎はまだ解かれず、


彼らの物語は続いていく。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


霧影学園の廃校舎を離れ、


4人は少し離れた場所へ向かっていた。


そこに建つのは、


廃墟の中でもひときわ異様な雰囲気を放つ、


4階建ての建物だった。


星乃
「あれ……あんな建物、あったっけ?」


翠月
「校舎の地図にも載ってない。まるで別の世界から持ってきたみたい」


空輝
「漆黒が言ってた場所かもしれないな。“霧影の影”ってやつを…」


夜白
「近づいてみよう。中に何か手がかりがあるはずだ」


薄くかかる霧の中で、


4人は建物の入口へと足を進める。


錆びた鉄の門は半開きで、


不気味な軋む音を響かせている。


翠月
「ここまで来ると、さすがに緊張するね……」


星乃
「でも、もう後には引けない」


建物の壁は苔に覆われ、


窓は何枚も割れていた。


だが、どこか人の気配を、


感じさせる不思議な空気が漂う。


空輝
「見ろ……入口の前に、足跡がある」


夜白
「まだ誰か来てるのか……?」


4人は互いに見つめ合いながらも、


入口のドアノブに手をかけた。


そこに確かな冷たさが伝わる。


翠月
「……開けてみる?」


星乃
「慎重に……でも、進まなきゃ」


その瞬間、背後の霧が、


風に揺れて音を立てる。


誰かの視線を感じるような気配に、


4人は一瞬息を飲んだ。


空輝
「よし、行こう」


ドアの隙間から漏れる薄暗い光と、


謎めいた静寂。


4人はゆっくりと扉を押し開けた。


そこから見える内部は、


静かに彼らを待っている。


けれどその一歩を踏み出すところで、


物語は一旦幕を閉じる。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


建物の入口で4人は顔を見合わせた。


夜白
「ここを4階まで調べる。各階ごとに1人ずつ行くしかない」


空輝
「俺が4階だ。視界が開けてるだろうから、上から全体を見渡す」


翠月
「じゃあ私が2階。少しでも何か手がかりを見つけたい」


星乃
「私は3階。廃墟っぽさを感じられそう」


夜白
「残った1階、俺が行くよ。入口に近いし、何か見逃せないかも」


そう決まると、


4人は不安と緊張を胸に、


それぞれの階へと別れた。


1階:夜白


夜白は重い鉄の扉を押し開け、


足音がこだまする薄暗い廊下に入った。


埃の匂い、カビの匂い、


時折聞こえる小さな水滴の音だけが、


彼の周囲にあった。


夜白
(静かだ……でも、気配がする)


壁には落書きがかすかに見え、


古いポスターが剥がれかけていた。


手探りで進む彼の目に、


ふと一つの古びた箱が映る。


箱の蓋には赤いペンキで


「禁忌」と書かれていた。


手を伸ばしかけたその瞬間、


背後から誰かの呼吸が、


聞こえた気がして振り返るが、


誰もいなかった。


夜白
「気のせいか……いや、違う」


心臓が激しく鼓動を打つ。


振り返った先の壁には、


ぼんやりと女の影のようなものが、


浮かんでいた。


まるで「ここに来るな」と言わんばかりに。


彼はすぐにその場を離れ、階段へと急いだ。


2階:翠月


翠月は廊下の窓から漏れる、


月光を頼りに歩いた。


壁に貼られた古い学級通信が風に揺れ、


不気味な声が囁くように感じた。


翠月
(ここは、誰かの思い出の場所なのかも)


教室の一つに入り、机の上を調べると、


埃の下から一冊の手帳が見つかった。


ページをめくると、


そこには意味深な文章が書かれていた。


『帰ってこれなくなった日……忘れてはいけない』


背筋に冷たいものが走ったが、


彼女は読み続けた。


その時、窓の外で、


かすかなチャイムの音が鳴り響いた。


翠月
「あの音……また、あの廃校のチャイム?」


慌てて窓を覗くと、


誰もいない霧の中に、


不気味な影が揺れていた。


3階:星乃


星乃はゆっくりと階段を登りながら、


自分の足音が自分だけに響く、


感覚に身震いした。


廊下の端にある教室に入り、


古い黒板に目を凝らす。


そこには「来るな」と、


何度もチョークで書かれていた。


彼女は恐る恐る黒板に手を触れると、


急に寒気が走り息が詰まった。


星乃
「だ、誰かいるの?」


教室の隅から、ひそひそと聞こえる囁き声。


顔を上げると、窓外に白い影が一瞬見えた。


星乃は震えながらも、


奥の机の引き出しを開け、


古い写真を見つけた。


写真には校舎の子どもたちの姿が、


写っていたが誰かの顔が擦り切れていた。


4階:空輝


空輝は息を整えながら4階に着くと、


広い窓から見える霧の深い森を見つめた。


遠くに、崖の向こうに見えた、


あの廃校舎の影も確認できた。


だが、部屋の中は異様な静けさだった。


足音もなく、空気は重く淀んでいる。


空輝
(ここが……一番怖いかもしれない)


部屋の真ん中にぽつんと置かれた椅子。


その上に、古びたノートが、


無造作に置かれていた。


彼が手に取ろうとした瞬間、


窓の外で風が激しく吹き荒れ、


扉がバタンと閉まった。


空輝は振り返り、全身に鳥肌が立った。


「……誰かいるのか?」


声をかけるが、返事はない。


ただ、ノートのページが、


1枚ひらりとめくれた。


4人はそれぞれの階で、


恐怖と謎を感じながら、


再び入口に集まった。


しかし、それぞれの表情は、


決して明るくなかった。


翠月
「何か……言いようのない気配があった」


夜白
「ただの廃墟じゃない、ここは」


星乃
「まだ何か、俺たちに隠れてる」


空輝
「ここから先が、もっと深い闇になるのかもしれないな……」


霧影の中で、


4人の物語はさらに深まっていく。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


空輝
「やっとあの4階建ての建物から戻ってきた。もう深夜の3時過ぎだってのに、全然眠気がこない。」


翠月
「ほんと…3階の廊下、暗くて空気が重くて、ずっと誰かに見られてる気がした。」


夜白
「あそこで手に入れた地図の断片だけが、今の俺たちの希望だ。霧影学園のどこを調べればいいのか、少しでも分かるからな。」


星乃
「でも、こんな時間に戻ってくるなんて…廃校は一層冷たくて、気味が悪いわ。」


空輝
「この時間帯の霧影学園はまるで生きてるみたいだ。闇が深すぎて、何かが蠢いてる。」


翠月
「でも、あの錆びついた箱はまだ手元にある。中身はわからないけど、放っておけない。」


夜白
「箱の鍵はまだ見つかってない。無理に開けるわけにはいかない。」


星乃
「さっさと戻って、校内の手掛かりを探そう。」


4人は廃校の入口に足を踏み入れた。


月明かりが薄く差し込み、


廊下の隅々を冷たく照らしている。


空輝
「夜中の3時、4時の霧影学園は、まるで違う場所みたいだな。」


翠月
「すごく静かで…だけど、どこかでチャイムが鳴ってる。」


夜白
「あの古びたチャイム、まるで俺たちを呼んでるみたいだ。」


星乃
「気のせいじゃないわ、確かに聞こえる。」


4人は息を殺しながら校内を探し回った。


埃を巻き上げ、足音が響く度に、


誰かに見つかるんじゃないかと、


身をすくめる。


空輝
「鍵の手掛かりはまだ見つからないな…でも箱をここに置くのは危険だ。」


翠月
「でも外に持ち歩くのも怖いし…」


夜白
「机の下なら埃まみれで誰も気づかない。そこに置こう。」


空輝はゆっくりと、


箱を机の下に滑り込ませた。


空輝
「これでひとまず安全だ。」


星乃
「箱の中に何があるのか、全くわからないけど…絶対に開ける時は来るよね。」


翠月
「その時まで、霧影学園の謎も解かなくちゃ。」


夜白
「夜の霧影学園は俺たちの挑戦を拒むようだけど、負けるわけにはいかない。」


廃墟は闇の中、


静かに彼らを見つめているようだった。


4人は廃校を後にし、夜空を見上げた。


霧の中に見え隠れする校舎の影が、


まだ彼らの前に立ちはだかっていた。


???
「みーつけた」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次回 : 6話.宝物 つづく

つぅ💖・2025-05-29
青春物語『運命を変える未来』
第1期
5話.引出し

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