青春物語『運命を変える未来』
第1期
1話.記憶
私の名前は、
未永 翠月(みながき みづき)。
現在、高校2年生の女子。
そして、幼馴染であり、
イツメングループが3人いる。
同じ女子の、
白露 星乃(しらつゆ ほしの)。
あとは、
違本 空輝(ちがもと そらき)。
篝火 夜白(かがりび やしろ)。
の、男子だ。
以上イツメン4人で楽しく、
高校生活を送っている。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
翠月
「実は、私、1年前に川で溺れたことがあるんだ。」
翠月が、ぽつりと話し始めたのは、
みんなで放課後の屋上に集まった時だった。
空輝
「えっ、翠月が?あの時、俺たち全員あそこにいたのに?」
夜白
「確かに。俺もあの場にいた。でも、助けたのが誰かは覚えていないんだよな。」
星乃
「私も…。その日、みんなで遊んでたのに、翠月が突然川に落ちて…誰かが引き上げたけど、誰だか分からなくて。」
翠月
「そうなの。助けてくれた人の顔も声も、ぜんぜん思い出せない。でも、確かに誰かが私を引き上げてくれたんだ。」
空輝
「俺は…あの時、手を伸ばした気がする。でも、その先の記憶が曖昧なんだよな。」
夜白
「俺は水の中に飛び込もうとしたけど、間に合わなかった気がする。」
星乃
「それで、みんなそれぞれ違う記憶を持ってるってこと?」
翠月
「そうみたい。怖くて、あの日のことはずっと封印してた。でも、みんなが覚えてるなら話さなきゃって思ったんだ。」
空輝
「それにしても、なんで記憶がバラバラなんだろう?」
夜白
「溺れたショックで、脳が混乱したのかもしれない。でも、助けたのが誰か知りたいよな。」
星乃
「もしかして…助けた人は私たちの中にはいなかったのかも?」
翠月
「そう考えると、ますます謎が深まる。」
空輝
「なら、もう一度あの川に行ってみようよ。何かヒントが見つかるかもしれない。」
夜白
「賛成だ。現場に行けば、忘れてた記憶が戻るかもな。」
星乃
「じゃあ、明日放課後に集合ね。翠月、無理しないでね。」
翠月
「ありがとう、みんな。私、ちゃんと向き合いたい。」
そうして、4人の謎解きが始まった。
誰が助けたのか。
失われた記憶の謎に向き合うために。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
翌日の放課後、4人は川辺に集まっていた。
夜白
「ここがあの川か。あの日は夕方だったよな。」
翠月
「うん…。なんだか緊張する。」
空輝
「みんなで一緒にいるから大丈夫だよ。」
星乃
「そうだね。じゃあ、周りをよく見てみよう。」
星乃が川の岸辺を指差す。
そこには、何かが引っかかったかのように、
水草が乱れていた。
空輝
「ここ、もしかして翠月が溺れた場所?」
翠月
「そうかも…。」
夜白
「それにしても、助けた人の足跡とか何か残ってないかな。」
星乃
「足跡は消えちゃってるかも。でも、ここに何か落ちてるよ。」
星乃が水辺に落ちていた、
小さな布切れを拾い上げる。
翠月
「それ、私のリボンかも…。川に落とした覚えがある。」
空輝
「もしこれが本当に翠月のものなら、何か手がかりになるかもな。」
夜白
「でも、誰が助けたか…どうやって見つければいいんだ?」
星乃
「みんなの記憶をもっと詳しく話してみようよ。思い出せることがあるかもしれない。」
翠月
「うん、あの日のことをもう一度思い出してみる。」
空輝
「俺は…翠月が急に流れに巻かれて、怖くて手を伸ばしたけど、届かなかった。だけど、何かが引っ張る感触はあった気がする。」
夜白
「俺は飛び込もうとした瞬間、誰かが先に飛び込んでた気がするんだ。」
星乃
「私は、あの時、川の向こう岸にいた気がする。何か叫んでたような。」
翠月
「みんな、違う場所にいたのかもね。助けてくれたのは…」
突然、翠月の声が震えた。
翠月
「もしかして…助けたのは私じゃない、私たちじゃない、誰か第三者だったのかもしれない。」
空輝
「第三者?そんな人がいたのか?」
夜白
「もしそうなら、今まで全然気づかなかった。」
星乃
「もしかしたら、その人は今もどこかにいるかもしれない。探すべきなのかも。」
4人は静かに川の流れを見つめながら、
1年前の真実へと少しずつ、
近づいていくのだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
数日後、4人は再び集まっていた。
今度は夜の川辺。
空には星がちらつき、風が冷たかった。
翠月
「ねえ、やっぱり…誰かが助けてくれたって、思い出せない。」
空輝
「俺も。記憶が霧の中みたいなんだ。なのに、感覚だけはある。不思議な感触が残ってる。」
夜白
「俺はずっと考えてた。あの時、川の中にあ"もう一つの手"があったような気がするんだ。」
星乃
「私も、それ…思い出した。私が叫んだ時、川の中に誰かいた。でも、その姿が見えなかった。」
翠月は川の流れをじっと見つめた。
翠月
「ねえ、これっておかしくない?私、助けられたのに、誰の顔も浮かばない。みんなも見てるはずなのに、誰も"その人"を覚えてない。」
空輝
「まるで…最初から存在してなかったみたいに?」
夜白
「記憶から消されてる?そんなことあるかよ…」
星乃
「でも、記憶にぽっかり穴が空いてる。それは事実。」
翠月は、ポケットから、
小さなメモ帳を取り出した。
そこには、びしょ濡れになった、
ページが一枚だけ。
そこに鉛筆で書かれた文字が、
かすれて残っていた。
翠月
「これ、鞄の奥から出てきたの。日付は、ちょうど1年前。」
空輝
「なんて書いてあるんだ?」
翠月
「"助けたのは――"ここで切れてるの。でも、裏にこんなことが書いてあった。」
彼女はページを裏返した。
そこには震えるような筆跡で、
こう書かれていた。
「この記憶は、私だけのものじゃない」
夜白
「…つまり、記憶を共有してるってことか?俺たち4人で?」
星乃
「それとも、誰か"もう一人"が、この記憶を持ってるってこと?」
空輝
「でもそいつが誰なのか分からない以上、どうしようも――」
その時、風が吹いて、どこからか、
一枚の古びた写真が、飛ばされてきた。
星乃がそれを拾う。
星乃
「これ…私たち、4人の後ろに…もう一人写ってる。」
夜白
「誰だ、こいつ…?見覚えが…ない。」
翠月
「でも、笑ってる。私のすぐ隣で、笑ってる…」
4人は言葉を失った。
その"知らない誰か"の存在が、
この謎の核心にいると全員が直感していた。
そして、写真の裏には、こう書かれていた。
「翠月を、頼んだよ」
謎はさらに深まり、夜の川辺には、
ひんやりとした沈黙が流れていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
次の日、4人は放課後の教室に集まった。
窓の外では曇り空が広がっていた。
写真に写っていた"知らない誰か"の正体を、
突き止めようとしていた。
翠月
「この人…誰なんだろう。私の隣で、笑ってる。でも、全然思い出せないの。」
空輝
「俺も見覚えがない。クラスメイトじゃないよな?名簿にもいなかった。」
夜白
「写真自体、いつ撮ったのかもわからない。てか、こんな写真、俺は見たことなかったぞ。」
星乃
「ねえ、この"頼んだよ"って書いた人、もうここにはいないんじゃない…?」
その言葉に、空気が少し重くなる。
翠月
「でも、私が溺れた時、その人がいた気がするの。腕の感触が…優しかった。」
空輝
「そいつだけが、俺たちの記憶から消えてるのかもしれない。何かの理由で。」
夜白
「それってつまり、意図的に、誰かが記憶を消したってこと?」
星乃
「翠月の命を救って、自分の存在を消す理由って何…?」
翠月が机に置いた写真を、
ぼんやりと見つめる。
翠月
「私、もしかしたら――その人のことが好きだったのかも。」
空輝
「……っ!」
空輝がわずかに息を呑むのを、
夜白と星乃は感じ取った。
夜白
「それって…翠月の中では、大切な人だったってことか。」
星乃
「でも、なんで忘れてるの?もしそんなに大事なら…」
翠月
「たぶん、忘れたんじゃなくて、忘れさせられたんだと思う。私が、これ以上追いかけないように。」
空輝
「それでも、今こうして思い出しかけてるんだ。忘れろって言われても無理な話だよ。」
夜白が静かに口を開く。
夜白
「俺さ、さっき気づいたんだ。この写真の背景、川じゃない。あの近くの廃駅だよ。」
星乃
「……ほんとだ。手すりと時計がある。」
翠月
「その駅、もう使われてないんだよね。」
空輝
「行ってみよう。そこに、何か残ってるかもしれない。」
翠月
「うん。私、はっきり思い出したい。誰が、私を――そして、私の心を救ってくれたのか。」
4人は決意を胸に、校舎をあとにした。
夕暮れの中、忘れられた駅に向かう。
その先に、記憶の扉が待っていると信じて。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
使われなくなった廃駅は、
夕焼けの中に沈んでいた。
線路は草に覆われ、
ホームには、薄く埃が積もっていた。
翠月
「ここ…やっぱり、来たことある気がする。」
空輝
「このベンチ、覚えてる。俺たち、ここでふざけて写真撮ったんじゃなかったか?」
夜白
「その時に、あの"もう一人"もいたのかもしれないな。」
星乃
「それなのに…私たち、みんな忘れてる。」
4人は無言で駅の奥へと進んでいった。
小さな待合室の扉を開けた瞬間、
夜白が待合室の壁を見つめて声を上げた。
夜白
「これ…写真が貼られてた跡だ。色が違う。」
星乃
「誰かが持ち去ったのかも…その"誰か"が。」
翠月
「じゃあ、まだこのどこかで…その人は私たちを見てるかもしれない。」
空輝
「もしかしたら、また会えるかもな。思い出せれば、きっと。」
翠月
「……私は、思い出したい。もう一度、ちゃんとその人に"ありがとう"って言いたい。」
空輝は静かにうなずいた。
星乃も夜白も、それぞれに、
何かを胸に秘めたような表情で、
夕焼けに染まる駅を見つめた。
その時、誰もが気づかぬまま、
ホームの隅に一つの黒い影が、
現れては、静かに消えていた。
その影こそが――未永の知らない記憶の、
中心にいた"あの人"だったのかもしれない。
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翌日、翠月はひとりで廃駅を訪れた。
ホームに腰掛けると、
耳にかすかな風の音が届いた。
どこか懐かしい匂いもした。
そのとき、後ろから足音がした。
空輝
「ひとりで来るなよ。心配した。」
翠月
「ごめん。でも…ここに来ないと、思い出せない気がして。」
空輝は隣に座ると、
手にしていた何かを差し出した。
空輝
「これ…駅の近くで見つけた。」
それは古びた学生証だった。
色褪せていたが、名前がかろうじて読めた。
**「海凪 海惺(うみなぎ かいせい)」**
翠月
「……この名前、聞いたことある。けど、どこで…?」
空輝
「記憶にはない。でも、俺たちのクラス名簿にその名前、去年まで載ってたんだ。」
翠月
「えっ…!? じゃあ、やっぱり同級生だった…?」
空輝
「しかも、転校の記録も、転入の記録も残ってない。まるで、最初から"存在してなかった"みたいに。」
その瞬間、翠月の脳裏に一瞬、
川に差し伸べられた手と、
その向こうの笑顔がよぎった。
翠月
「…私、覚えてる。その人、私に言った。"もし全部忘れても、笑ってくれたらそれでいい"って…。」
空輝
「翠月…それって、もしかして…」
翠月
「うん。助けてくれたのは、海惺くんだった。」
涙が零れた。
だが、それは悲しみではなかった。
そこへ、星乃と夜白が駆けてきた。
星乃
「翠月!空輝!聞いて、図書室で卒業アルバム探したの!」
夜白
「1年生のときのアルバムに、海凪 海惺って名前、載ってた。写真もあった。」
翠月
「本当に…いたんだ、私たちの中に。でも、なぜ――」
その問いの答えはまだ出ない。
けれど確かに、4人の中に消えていた、
誰かの記憶が、今また静かに、
息を吹き返していた。
翠月
「ありがとう、海惺くん。やっと…見つけられたよ。」
風が吹いた。
ホームに咲いた一輪の野花が揺れ、
陽の光が優しく差し込んでいた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
数日後、翠月は自宅の机に広げた、
アルバムと古びた学生証を見つめていた。
翠月
「海凪 海惺…やっぱり、間違いなく私たちの同級生だったんだ。」
だが、どの記録にも、
"彼がどうして消えたのか"
は、書かれていなかった。
まるで、誰かが意図的に、
彼の存在を薄れさせたように。
その夜。
4人はふたたび駅に集まっていた。
もう、あの場所は彼らにとって、
特別な場所になっていた。
翠月
「私、思い出したの。あの日、私…"死にたい"って思ってた。」
空輝
「え…」
星乃
「翠月…」
夜白
「……。」
翠月
「でも、海惺くんが言ってくれたの。"君の涙は、消えちゃダメなものだから"って。」
空輝
「翠月…今まで、誰にも言ってなかったのか?」
翠月
「うん。ずっと、忘れてた。いや…忘れたかったのかも。でも、海惺くんだけが、そのことに気づいてくれてた。」
星乃が、ポケットから、
折れた短い鉛筆を取り出す。
星乃
「これ、駅の隅で見つけたの。海惺って、鉛筆で絵を描くのが好きだったって、アルバムのメモに書いてあった。」
翠月
「やっぱり…この駅で、彼は何かを描いてたのかも。」
4人は無言で待合室の壁に目を向ける。
そこに、今まで気づかなかった、
うっすらとした線があった。
空輝
「これ…壁画…?」
よく見れば、それは時間とともに薄れた、
4人ともうひとりの少年のスケッチだった。
海惺が描いた、小さな記憶の残像。
翠月
「……私、ちゃんと前を向く。海惺くんが守ってくれた命、大事にしたい。」
星乃
「じゃあ、私たちも守ろう。海惺くんが繋いでくれた、この関係を。」
夜白
「あいつの存在を、誰にも消させない。俺たちが覚えてる。」
空輝
「海凪 海惺って名前、俺たちの中で、これからも生き続けるよ。」
その言葉に、翠月は初めて、
あの川での出来事を、
"悲しい記憶"
ではなく、
"出発点"
として受け止めることができた。
空には星が瞬き、
誰にも気づかれないように、
風の中に小さな声が混じった気がした。
――「ありがとう。」
確かに、それは海惺の声だった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
数日後、翠月は美術室にいた。
誰もいない放課後の静けさの中で、
彼女はそっと鉛筆を握り、
真っ白なキャンバスに向かっていた。
翠月
「海惺くんが、あの日描こうとしてたのは…もしかしたら、私たちだったのかもしれない。」
彼女の描く線は、少しずつ形を成していく。
4人と、それからもうひとり。
今はもうどこにもいないはずの、
海凪 海惺の笑顔を、
翠月は少しずつ思い出しながら描いていた。
そこへ、扉が静かに開いた。
空輝
「ここにいたのか。」
翠月
「空輝くん…ごめん、黙って来ちゃって。」
空輝
「いいよ。……その絵、俺たち?」
翠月
「うん。そして、海惺くんも。」
空輝は少し目を伏せた。
空輝
「正直、悔しかったよ。翠月を助けたのが、俺じゃなかったこと。……でも、それ以上に、ありがとうって思ってる。」
翠月
「うん。私も。あの時、海惺くんがいてくれなかったら、今ここにいなかった。」
空輝
「だから…ちゃんと伝えようぜ。俺たち、あいつのこと忘れないって。」
そこへ、夜白と星乃が現れた。
2人とも、美術室に入ると絵を見て、
静かに立ち尽くした。
星乃
「……これ、海惺の笑顔だね。」
夜白
「覚えてたんだ、翠月。」
翠月
「少しずつだけど、ちゃんと思い出してる。海惺くんがくれた言葉も、笑顔も。」
星乃
「じゃあ、卒業アルバムにこの絵、載せようよ。存在が消されてたなら、私たちで取り戻そう。」
夜白
「"本当にいたんだ"って証を残すんだな。」
空輝
「それが、あいつへの…いや、"俺たち"からのメッセージだな。」
翠月
「うん…きっと海惺くん、今もどこかで笑ってる。」
4人の間に静かな決意が灯る。
その絵には、確かにそこに"いた"、
少年の温度が宿っていた。
その日、窓の外には、
小さな風が吹いていた。
ふわりと舞ったページの端に、
こう書かれていた。
**「ぼくらはきっと、忘れない。」**
誰の手によるものかは分からない。
でもそれは、間違いなく"彼"の想いだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
卒業アルバムの締切が迫るなか、
翠月たちは放課後の美術室で、
絵の完成を目指していた。
翠月
「……あと、少し。海惺くんの目が、どうしても思い出せなくて。」
星乃
「笑ってたと思うよ。あの絵の中の海惺、ちゃんと笑っててほしい。」
夜白
「思い出じゃなくていい。今の翠月が描きたい"海惺"なら、それが正解だろ。」
空輝
「なあ……誰か、来てる?」
ふと、空輝が窓の外を見た。
夕焼けに染まった校庭の向こうに、
ひとつの人影が見えた。
ゆっくり、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
制服のシルエット。
姿勢。
どこか見覚えのある歩き方。
そして、ドアがノックされた。
コン、コン――。
翠月
「……だれ?」
ぎぃ、と扉が開く。
光の逆光で最初は見えなかったその顔が、
やがてはっきりと現れた。
海惺
「……久しぶり。」
翠月
「……うそ……海惺くん……?」
星乃
「……どうして……あなた、いなくなったはずじゃ……」
夜白
「俺たち、ずっとお前は――」
海惺
「"死んだ"って、思わせたかったんだ。本当は、ずっと近くにいた。でも、君たちにとって"いなかったほうがいい"と思ってたから。」
翠月
「そんなわけない……どうして、そんなことを……!」
海惺
「翠月……あの日、川で…、君が僕を見て泣いたのを見て、僕は…自分のせいで、君の記憶に"痛み"が残るなら、消えた方がいいと思った。」
空輝
「馬鹿か、お前は……!なんで勝手に決めたんだよ。」
海惺
「……ごめん。でも、ずっと見てたんだ。君たちが前に進んでいくのを。あの駅で泣いてる翠月も、美術室で絵を描く姿も。」
翠月
「じゃあ…じゃあ、ずっと、近くにいたの?」
海惺
「うん。……でも、もう限界だった。君たちが僕を"本当に"忘れそうになってたから。」
星乃
「違う、忘れないよ。私たちは、ずっと思い出そうとしてた。」
夜白
「記憶じゃなくて、"想い"として残ってた。
だから、今こうして会えたんだろ。」
翠月は涙をこらえながら、静かに言った。
翠月
「海惺くん、帰ってきて。私たちの時間に。」
海惺は、しばらく黙ってから、
ふっと笑った。
海惺
「……ただいま。」
夕陽の中、5人の時間が、
静かに再び動き始めた。
かつて失われた記憶が、
今、未来の光に変わっていく。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
美術室での再会から、数日が過ぎた。
季節は冬の気配を含み、
木々が風に鳴っていた。
昼休み。旧校舎裏で、海惺と翠月は、
ふたりきりで話していた。
誰にも聞かれないように。
海惺
「……翠月、君に話しておかなきゃいけないことがある。」
翠月
「……なに?」
海惺
「川で助けたのは、僕じゃない。」
翠月
「……え?」
海惺
「あの日、川のほとりには確かに僕もいた。でも、水に飛び込んだのは別の誰かだった。」
翠月の目が揺れる。
翠月
「でも、私、あの日の声を覚えてる。"君の涙は消えちゃダメなものだから"って……」
海惺
「それは、あとで君の耳元で僕が言った言葉だ。君を岸に引き上げたあと、すぐにそばにいたのは……違う人間だった。」
翠月は、その場で言葉を失った。
海惺
「でも、誰だったかは言えない。それが僕の約束なんだ。」
翠月
「……知ってるんだよね? 誰か。」
海惺
「ああ。でもね、それを君が思い出す日が来るまで、僕は口を閉じると決めた。」
その沈黙のなかで、翠月は、
ふとポケットから一枚の写真を取り出した。
古びた、4人が並んで写っているもの。
翠月
「海惺くん。私、川で溺れる前に……彼氏がいたんだ。」
海惺
「……。」
翠月
「でも、その人が誰だったか、私はもう思い出せない。名前も、声も、なにも。」
海惺
「……その記憶は、たぶん君自身が鍵をかけたんだろうね。」
翠月
「ただ、その人の手だけは覚えてる。あたたかくて、強くて、泣きたくなるような手。」
風が吹いた。落ち葉がふたりの間を横切る。
海惺
「翠月。僕、来週引っ越すんだ。父の転勤で。」
翠月
「え……」
海惺
「何も言わずに行こうと思ってた。でも、君には伝えておきたかった。……"助けたのは僕じゃない"ってことだけは。」
翠月は何も言えなかった。
ただ、彼の背中が少しずつ、
遠ざかっていくのを、
風の音とともに見送った。
その日以降、海惺の席は空っぽになった。
誰も知らない名前を、
誰も知らない記憶がそっと包むように。
残された絵の中で、5人目の少年だけが、
穏やかな微笑みを浮かべていた。
風が吹いた。
静かに、何かを連れて。
そして、何かを連れて去っていった。
――記憶の正体は、まだ霧の中。
海惺が町を去ってから、一週間が経った。
ある日の放課後、翠月は旧校舎の階段に、
夜白、星乃、そして空輝を呼び出した。
夕日が三人の影を長く引き伸ばしていた。
翠月
「今日は……みんなに話したいことがあるの。」
空輝
「海惺のこと?」
翠月
「うん。あの日、私が川で助けられたのは……海惺くんじゃなかった。」
星乃
「……え?」
夜白
「どういう意味だ?」
翠月
「海惺くんは、助けた人の正体を知ってた。でも、その人の意志を尊重して、言わなかった。だから、私からも言えない……でも、確かにそこに、"私を助けてくれた誰か"がいた。」
一瞬の沈黙。
空輝
「それだけじゃないんだろ?」
翠月
「……うん。川で溺れる少し前に……私、彼氏がいたの。」
風が吹いた。
木の葉がカラカラと音を立てて舞う。
翠月
「誰だったかは、まだ思い出せない。でも確かに、私はその人のことが大好きだった。その記憶だけが、どうしても霧の中にあるの。」
星乃
「翠月……それ、どうして今話そうと思ったの?」
翠月
「黙っている方が、みんなを裏切ってる気がした。真実を知ってしまったのに、自分だけで抱えたくなかった。」
夜白
「……お前らしいな。」
翠月
「ありがと、夜白。」
その時、空輝は一歩だけ前に出たが、
なにかを言いかけて、飲み込んだ。
空輝
「……記憶ってのは、不思議なもんだな。消えたようで、ちゃんと心に残ってる。」
翠月
「うん。だから、私はちゃんと向き合いたい。自分の記憶と、大切だった誰かと。」
彼女の瞳には、迷いがなかった。
翠月
「もう逃げない。私……その"彼氏"のこと、探してみる。」
その一言に、三人の表情が揺れる。
それぞれの胸に、
思い当たるものがあるのかもしれない。
空気がわずかにざわついた――まるで、
名前を呼ばれそうで、
呼ばれなかった人の心のように。
翠月
「だから、もし――何か知ってることがあったら、教えてほしいの。……どんな小さなことでもいいから。」
その場には、もう沈黙しかなかった。
そして、物語は静かに幕を下ろす。
だが、それは終わりではなかった。
翠月が探そうとする"彼氏"――
彼に関する、さまざまな噂が、
校内に広がり始める。
机の落書き、消されたメッセージ。
あの日、川の向こうにいたのは、
誰だったのか?
真実が、少しずつ音を立てて、
浮かび上がっていく。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
次回 : 2話.噂 つづく