【踏みつけた屑。】
一章
「医者はいいぞ。
なんたって、人の命を救うんだからな。
収入だっていい。
立場だって、「僕は医者です」の
一言で、女が寄ってくるからな。」
クソ親父に。
僕はそう教わった。
「医者になれ。」
そう、言われ続けてきた。
あんな、薄汚い酒臭い
クソジジイなんかに。
社員五人の会社の
一番下っ端の奴に。
ろくな努力もしないで
母さんのお陰で飯食えてる奴に。
「医者になれ。」
「稼げ。」
なんて、言われたくねぇよ。
絶対、医者になってやらない。
そう心に決めていた。
「父さん、僕、
獣医になりたいな。」
「あ?何言ってるんだ。」
喉がつまってそうな
汚い声。
「獣なんか救って何になる。
無駄な職業を選んだもんだな。」
「ただでさえ、人間が支配している
人間中心の世界なんだから
殺処分されている動物が
毎年毎年増えているんだ。
だから、僕はせめて
病気だけでも治してあげたいんだよ。
楽に生きさせてあげたい。
そんなの不可能な話だけど
死因を少しでも減らしたいんだ。」
「馬鹿なこと言ってないで
勉強してさっさと医者になれよ。
おまえが獣を?
どーせ無理に決まってるだろ。
ただでさえ冴えない頭なんだから
もっと勉強しろ。
くだらない夢見てないで。」
お前は、お前は何様なんだ。
部屋に戻る途中に廊下に捨ててあった
父さんのであろうビール缶を
踏みつけて、ぺっちゃんこになるまで
踏みつけて。
それから部屋のドアを開けた。
動物の資料、本ばかりの
僕の部屋。
たまに父さんが吸った
煙草がカーペットに
放ったらかしになってるけど、
それもギタギタに踏みつけてから
綺麗にゴミ箱に捨てる。
なんなんだよ。アイツ。
クズにも程がある。
そう口を尖らせながら、
今日も本を読む。
本は、僕に全部全部教えてくれる。
だから僕は本が大好きだ。
小さい頃から動物が好きで
毎日、母さんに動物園に行きたいと
強請っていた記憶が蘇る。
絶対に叶えてやる。
無理なんか、誰も分からない。
「無理」と決めつける奴は
やったことがない奴だ。
獣医でも何でもないのに
「無理」だと決めつける。
つまりクズだ。アイツのように。
そんな事を思いながら
部屋にあるテレビの電源を入れる。
着いたのはニュース番組だった。
「鳥230万匹の殺処分」
という、大きな字幕。
胸が苦しくなる。
この前見た、ニュースでも
子犬の首を絞め、殺めたという
記事だった。
虐待する人の気持ちは
一生共感できない。
命の重さは人も犬も、鳥も
全部同じだ。
同じ生き物だ。生きてるんだ。
なのに、なのに
人間は簡単に殺す。
人間が一番自己中でクズであり
人間が一番弱く醜い。
知恵を武器に
勝手に人間中心の世界を作った。
だから僕は人間が嫌いなんだ。
死ねばいい。絶滅すればいい。
一番絶滅するべきなのは
人間なんだよ。
最近、そう考えてしまうことが
多々あるのは事実だ。
殺意が沸く。
ポツン。ポツン。と、
怒りの雨が心で降るように
大きな水溜りができている。
その水溜りに映る僕は
何よりも醜いのだ。
苦しい。救いたい。
クズな人間を殺したい。
僕は頑張った。
一日の平均睡眠時間2時間
それ以外はろくにご飯も食べず
勉強するばかり。
「最近、頑張ってるじゃないか。
漸く医者になる気が沸いたか。」
まただ。話しかけんなよ。
汚い声。聞きたくない。
「うん。」
世界で1番、素っ気なく答えた。
俺に沸いたのは怒りに混じった殺意だけ。
それがだんだん、
獣医への夢へと開花した。
「父さん、僕、
獣医学部がある大学に行く。」
「おい、医者と言っただろ。」
と、俺を睨みつける。
何も怖くない。
なぜなら俺の前に立つクズは
弱く汚いゴミだから。
「チッ…。なんか言えよ。あ?」
「ゔっ…」
とにかく速かった。
急に視界がぐらついて。
気持ち悪くなった。
殴られたのだ。腹を。
ガハっと。吐くように声を出す。
「痛い」そう叫びたかった。
どんどんどんどん殴られて。
声を出すタイミングもなかった。
「動物はこんな気持ちなのか。」
目を瞑り、赤く染まった
水溜りの横でそう呟く僕が居た。
辛く、苦しかったろう。
死ぬまで、息絶えるまで
殴られ続けるのだ。
そんな動物が数万匹、数十万匹いる。
僕はなんて無力で哀れで
醜いのだろう。
「やめろよ!!!!!!」
声が出た。今までで出したことがない
怒りに満ちた強く太い声。
正気を取り戻した時には
父さんは死んでいた。
殺したのだ。
笑えてくる。
父親を殺したんだ。
ドロドロと血が流れている。
血まで汚そうだ。
そして僕は、
無意識に倒れた父さんを踏みつけた。
ギタギタに。
笑えてくる。
ニュースに載るな。これ。
「はは、有名人じゃん。」
帰ってきた母さんは失望した。
サイレンの音がやけに響いて。
クソうるさい。
僕はリュックにありったけの
私物を詰めて、
廊下に捨ててあった煙草を
ギタギタに踏みつけてから
泣き崩れた母さんに何も言わずに
家を出た。
家出だ。
すごく快感だ。
クズを殺せた。
僕の手で殺めた。
ピーンポーン。
「はぁい。」
高く、綺麗な声。
僕はこの人間を巻き込むことになる。
「ええ?飛鳥くん?」
「こんばんは、里香。」
僕特有の笑顔で囁く。
「なあ、一緒に逃げないか?」
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