はじめる

#老婆

読んでると、
思わず胸がギュッとしめつけられる、
そんなポエムを集めました。

全3作品・



「随分と仲睦まじいご夫婦だったのですね」


ヨイヤミは、含み笑って


そう、老婆に告げた。


すると老婆は


声を荒らげる。



「何処が仲睦まじいってのさっ」


それは単なる怒りというより

恨みじみた激高の仕方だ。


腐りかけの茅葺きが


はらはらとヨイヤミに降り注ぐ。



「そう見えましたよ」


ヨイヤミは肩に降り積もった、


重たい茅を払いながら


そう言葉にした。



「よし、じゃあよく聴くんだね、おきぬの悪女っぷりったらヨイヤミ、あんたも驚くよ」


荒がるままに息巻いて


老婆は出しにくそうな声を


ますます嗄れさせた。



「ええ、では聴かせて下さい、貴女の見たものを」



ヨイヤミは、老婆に笑いかけると


再び、彼女に背を預ける。


「おきぬの悪女っぷりを話すには…まずはおさきのことを話さなきゃならないね」


「ええ、聞きますとも。たっぷりとね」


ざざっと辺りの草花が


強い風に、音を立てた。




【ヨイヤミ Case two carpenter③】




おさきは庭で花を積む。


病床のおっとさんの枕元に


季節を届けるためだった。





そこへまだ若々しい五郎兵衛が


「お、おさきーーーー!」


坂を転がるようにして


駆けてきた。



五郎兵衛の目は嬉々として


生き生きと見える。



やっと、ここまで来ると


五郎兵衛は額から垂れる汗を


拭きながらおさきに言った。




「おさき、おさき!!き、聞いてくれ!」


「あれぇ?ゴロちゃんどうしたの?」


「俺、大川の大工にならあ!」


「え!大川の大工さんってあの?お船の方じゃなくて…五大の大川大工?」


「俺の彫刻のさ、細工が絶妙だって認められて、大川の棟梁が自分の団に入れてやるって!もしかしたら宮の方も任せてもらえるかもしれねえっ」


「え、すごいすごい!ゴロちゃんすごい」



おさきと、五郎兵衛は


手を取り合って喜んだ。


ふと、我に返ると


2人声を合わせて


「あ……」


パッと手を離して


これまた二人で顔を赤らめる。



両親とも早くに


亡くしていた五郎兵衛は


息子もおらずに親方が一人で


細々と船の修理をしている、


大工家業を手伝っていた。



しかし、学んでいる途中で


親方が死病にかかって


死んでしまったから大変だ。



それからは見様見真似で


親方の跡を継いだが


船の修理だけじゃ生計が


成り立たない。



仕方なく細やかな彫刻を施して


木造の仏を作り


町に売りに出ていた。



どうもその先で


この辺りでは有名な大工団


大川大工の棟梁に


その腕を買われたらしい。



おさきは

本当に嬉しそうに

顔を綻ばせて

五郎兵衛の出世を喜んだ。



そんなおさきに

五郎兵衛は

鼻の頭を掻きながら尋ねた。




「……なあおさき」


「んぅ?なあに、ゴロちゃん」


春にならんとする時節の事。


おさきの手に握られた、


カタクリの花が風に揺れる。



「おめぇ、いい人はいるのかい」



おさきは目を丸くしたかと思うと


今度は涙を流しながら笑った。


「居たらとっくにお嫁に行ってるよ。だってあたし、もう28だよ、こんなじゃ行かず後家になっちゃうねぇ」


おさきは本当は、


五郎兵衛を好いていた。



とても、とても好いていたから


病床のおっとさんが


自分亡き後のおさきの行く末を案じて


もらってきた縁談も断り続けていた。



五郎兵衛は、俯いて


しばらく黙り込んだが


やがて意を決したように


こう呟いた。



「大川の大工としてやっていけりゃ、生計も楽になる……なぁ、おさき。俺がおめえのこともらってもいいか?」


「え…?」


「ずぅっと、おめえのことが好きだったんだ」



おさきの頬に一雫の涙が


零れ落ちたかと思うと


それは堰を切って


流れ続ける。



「なんで…泣くんだよ」


バツが悪そうにそう呟いて


五郎兵衛は不器用に指の腹で


おさきの涙を拭った。



「あたしで…、いいの?」


やっと発したおさきの言葉に


五郎兵衛はにっこりと笑う。



「おめぇ以外にゃ考えらんねえんだ…だめか?」


「……うん、うん…、あたしだってゴロちゃんのことずっとずっと、好きだったよ、祝言あげるなら…ゴロちゃんとじゃなきゃ、嫌だった」


「おさき」



二人はかたく、抱き合った。


抱き合って、触れ合った。


長年、思い合った二人の愛だ。



そう簡単に、


そうさ、


壊れるわけはない。



…なかったのに。



【ヨイヤミCase two carpenter③終】

ひとひら☘☽・2020-02-11
幸介
幸介による小さな物語
ヨイヤミシリーズ
小説
ヨイヤミ
ヨイヤミcase2carpenter
物語
好きなだけなのに
独り言
ポエム
カタクリの花
大工
告白
プロポーズ
室町時代
痛み
老婆
茅葺き屋根



「仲睦まじかったのは、おさきと五郎兵衛さね」


老婆は理解してくれと言わんばかりの勢いで言う。


「では、何故二人は別れ別れに?」


「それは……」


老婆は僅かながら沈黙した。



沈黙して、悲しげにこう呟く。




「おさきが……突然、姿を消したのさ」



ヨイヤミは、ほう、と頷いて


再び老婆の話に


深く潜り込んで行った。





【ヨイヤミCase two carpenter④】




「じゃあおさき、行ってくる」



おさきの背におぶわれる


まだ小さなおみよをあやしながら


五郎兵衛はおさきの目を見つめた。



五郎兵衛は、


大川の大工仕事に駆り出され


遠方へと、出稼ぎに出ねばならない。



暇が与えられるのは1年後。



大きな仕事となれば


決して長くはない期間にも


不安は付き物だった。



「今度は一年…だね」



寂しげに


俯いたおさきの視線の先には


大きくなった自らの腹がある。


腹の中には既に


二人目の子、弥彦がいた。



「……一番最初に抱いて欲しかったなぁ」


「まあそん時に、親方に暇もらえたらすぐに飛んでくるさ」


「この子を抱くの一番最初は、おきぬちゃんかもね」



「まあ、おきぬだったら安心だ」



二人は、目を合わせて笑い合った。



五郎兵衛、おさき、おきぬは


幼なじみだった。



それはそれは仲のいい三人で


小さい頃から


よく野山を駆け回って遊んでいた。



信じ合っていた。


ずっとね。






五郎兵衛が出稼ぎに行って三ヶ月目


おさきは弥彦が生まれたことを


文で五郎兵衛に伝えたが


当然、帰って来れるわけもなく


結局、五郎兵衛は


1年後きっかりに帰宅した。



しかし

そこにいるはずの

おさきの姿はなく、


その代わりに


ややごの弥彦をおぶい、


おみよと手を繋いで


庭を散歩していたのは


幼なじみの片割れ


おきぬだったんだ。




「おきぬ、おさきは?やっと帰ったってのにいねえのかい」


仕方ねえやつだなと、


おみよを抱き上げる腕は


1年前よりだいぶ逞しい。



「……ゴロさん…実はね」


おきぬは、言った。


おさきは、忽然と姿を消したのだと。



「は……?、え?」


「ほんのひと月前よ、ゴロさんから予定通り帰るって文をもらったじゃない?飛脚がゴロさんちを訪ねたけど誰もいないって、私のところに来たのよ」


「誰もいねえって…おみよと弥彦は?」


「弥彦をおぶって、おみよがお花を詰みに行っていたみたい…朝までおさきちゃんおうちにいたんだって。でもそれっきり…帰っても来ないの」


「一体……どこに」


そして、おきぬは


悪びれもなくこう言った。


「言い難いんだけど村の人がね…男の人と隣村の方へ歩いてくおさきちゃんを見たんだって」


「男…と?」


五郎兵衛の表情に緊張が走った。


「いなくなる少し前、おさきちゃんずいぶん疲れてたみたい…ゴロさんがいなくて寂しいって。誰かに縋りたいって…。そんなのやめなよって言ったんだけど…」


「まさか、おさきが……待ちきれずに男とどっかへ行ったってのかい?」


「……うん」


「おみよと、弥彦置いて?」


「うん」


呆然と立ち尽くす五郎兵衛の目には


今にも溢れんばかりの涙がたまる。


あたしは叫びたかったよ。


違う、おさきは


こどもを置いて家を


出るような子じゃないだろってね


でも、あたしの声は


五郎兵衛にはもちろん届かない。





生身のおきぬは


五郎兵衛を抱き締めた。



抱き締めてその胸の中で


存分に泣かせてやったのさ。



どん底に落とされた心を


救うってのは案外簡単なもんでね


ちょいと優しく声をかけて


肌を寄せ合うだけでいいのさ。



庭には、無数の



カタクリの花が



寂しげに風に揺られている。






五郎兵衛は、すっかり


おきぬのことを信じちまった。



残された幼なじみ二人ってのも


あったのかもしれない。



五郎兵衛は失意の中で


大川の大工を辞め


村の漁師の舟で


細々と働き始めた。



大川の大工の一員になったと


嬉々として


おさきに教えていた五郎兵衛は


もうそこには居ない。



おきぬは


おさきが居ないことをこれ幸いとして


五郎兵衛の家に転がり込んだ。



季節が春、夏、秋、冬


そしてまた1年が経ち


カタクリの花が咲く頃


すっかりおきぬは


こどもたちの母親となり


五郎兵衛の


内縁の妻となっていた。


【ヨイヤミCase two carpenter④】

ひとひら☘☽・2020-02-12
幸介
幸介による小さな物語
ヨイヤミシリーズ
ヨイヤミ
ヨイヤミcase2carpenter
母親
行方知れず
行方不明
失踪
大工
漁師
内縁
好きなだけなのに
小説
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旦那さん
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老女
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