あの電話があったのは
2度目の記念日が過ぎた頃だった
大切な君との大切な時間
〈心を込めて、ナポリタン〉
アイカ
「ねえ、愛夏。ドーナツ食べる?」
「食べる!やった」
何よりドーナツが好きな愛夏は
ほんとに可愛い
_あなたと付き合いたいです
早くに両親を亡くし、似た境遇の2人
言い出せて本当に良かった
心置きなく一緒に居られる相手だ
タクミ
「拓実くん、今日は何日だ?」
「12月13日」
「もうすぐクリスマスだよ」
「気が早くないか?」
「だって年末と被って忙しいし、早くに
予定組まないとじゃん」
「まあな」
「愛夏、次フリーの日いつ?」
「明日空いてるけど、、」
「明日は俺家に居なきゃ
いけないんだよな」
「そういえば友達来るって言ってたね」
「じゃあ私はどこか出掛けてくるよ」
「悪い」
「18日なら出掛けられるよな」
「うん!嬉しい」
「じゃプラン考えとく」
今年もいい締めくくりができそうだ
「じゃあな、拓実」
「おう、じゃあな」
愛夏に伝えた時間より少し早い解散
まあのんびりしてきてほしいし
昼飯でも作るか
ぱぱっとナポリタンを食卓に
並べ終わった時、携帯が着信を知らせた
液晶には 愛夏 の文字
高ぶる気持ちを抑えて電話を取った
「もしもし」
「もしもし」
男性の声がした
「双葉総合病院の今井と申します」
聞き覚えのない病院だ
「連絡先の一番上でしたので
お電話しました」
「この方とは?」
「恋人です」
「詳しい話は病院でしますので
こちらにいらっしゃってください」
「は、はい。分かりました」
告げられた住所を慌ててメモして
家を飛び出した
さほど緊急ではないと思います
とのことだったが
何気ない赤信号も気が気じゃなかった
通話の後ろに聞こえた
救急隊員さんの声が巡る
「あの、今井先生にこちらにと
言われたんですが」
「ああ、伺っております」
案内されたのは小さな一室
「お待たせしました」
「改めまして今井と申します」
「宮野です」
「病室にご案内しますね」
「お願いします」
「拓実くん」
「愛夏、お待たせ」
「ご本人にはお話しましたが
心因性ショックによるものだと
思われるので病気という訳では
ありません」
「心当たりはないんだけどね」
「そうか」
「念のため2日ほどお休みに
なって下さい」
「分かりました」
「では、失礼します」
「ありがとうございます」
「拓実くん、ごめんね」
「良いんだよ」
ほんと焦ったけどさ
「元気なら予定通り出掛けようか」
「うん」
予想以上に話が盛り上がった
「じゃあ、今日は帰るね」
「ありがとう、おやすみなさい」
「明日な」
来る時にはやけに長く感じた道も
あっという間だった
ああ、忘れてた
悲しげに取り残されたナポリタン
いつぶりだろうな
1人で明かす夜
でも寂しいのは今だけ
「ドーナツ買ってきてくれた?」
「あ、ごめん」
「もう」
「体調は?」
「今は大丈夫」
「今は?」
「実は今日微熱が出たの」
「すぐ治ったけど」
「そうだったのか」
少し浮かんだ不安も
愛夏の笑顔で吹き飛んだ
今日も、いつも通りの彼女でした
雨音で目が覚めた、12月15日
「明日は準備があるから
お昼食べてから来てね」
てっきり早く来てって言われるかと
思ったけど愛夏らしいか
のんびりテレビを点けた時だった
「もしもし」
「もしもし、双葉総合病院の今井です」
先生?
「宮野さん
こちらに来ていただけますか」
「は、はい。分かりました」
最短のように終わったやり取り
すっかり覚えたあの道
何気ない赤信号も気が気じゃなかった
通話の後ろに聞こえた
看護師さんの声が巡る
案内されたのは小さな一室
「お待たせしてすいません」
「とても申し上げにくいのですが」
意味もわからず身構える
「成瀬さん、急変しまして」
え?
「私達も全力を尽くしましたが
つい先ほどお亡くなりになりました」
ドラマで聞くようなセリフ
何度も頭を下げられた
「詳しいことはいいので会いたいです」
「分かりました」
先生の顔を見ていられなかった
経緯まで聞いたら八つ当たりして
しまいそうで怖かった
淡い光に照らされる愛夏は
優しい顔をしていた
こんなの画面の向こうだけ
だと思ってたのに
ご両親以上に早く行ってしまったね
「先生、ありがとうございました」
「いえ、我々の落ち度は多いです」
「彼女身寄りがないので
お葬式手伝っていただけますか?」
「もちろんです」
医療の力でも気づけないことはある
救われない命もある
呪文のように言い聞かせていた
彼女が旅立った日は止めどない程
涙が出た
後から聞いた話では
ガンを患っていたらしい
早期発見されにくく、発覚した時には
もう遅かったと
先生達は何も悪くないんだ
今だからこそ思えることだけれど
買い忘れたドーナツ
もうすぐだったお出かけ
明るく迎える聖夜
幸せを祈る新年
まだ見えない遥か先
叶えたかったことが
叶えられたはずのことが
数えきれない程あるよ
カラフルな電飾が町を彩る夜
ナポリタンを準備した
あの電話が遥か昔に思える
引き留めておけばよかったと
何度思ったことだろう
約束された未来なんてないけれど
まだまだ長く君の隣に居たかった
どうか僕との時間の分まで
幸せになってください_。
………………………………………………
ここまで読んでくれた方
ありがとうございます
この物語は今の社会情勢を元に
小説風に書いたものです
最後に、コロナ禍の中で未練多きまま
亡くなられた沢山の方への追悼と
医療、保健所関係の従事者の方へ
感謝を込めて
大切な人との時間を大切に_。