最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな
同じ空を見上げているよ
“よし、海を見に行こう”
今日も後半の夏休みを彼の部屋で過ごしていた。
地域のローカルニュース番組の天気予報士は真夏のピークが去ったという。
夏の名残りがある街の落ち着かない雰囲気とうっすら香る秋の匂い。
彼はそんなもう終わりかけの夏にそぐわない海を提案した。
海が見たいからなんて子供みたいな理由で涼しくなってきた夕方、海まで3時間はかかるこの場所で簡単に人を連れ出さないで貰いたい。
陽キャな彼の考えることは一生をかけてもきっとわからない。
僕らは財布と携帯をポケットに詰めて出かけた。
僕らは腐れ縁だったりする。
最寄りまで25分。
最寄りまでの中間地点にそこそこの公園がある。
彼が寄りたいと言うから180近い男二人が子どもの間をぬってブランコに乗った。
彼は立ってブランコで空を切っている。
僕はあの頃から変わらない彼を座ってみていた。
オレンジの空も深くなりだした頃、夕方5時のチャイムが鳴り響いた。
小学生が当たり前のように公園から自宅へ帰る。
誰もいなくなった公園に5分ほど浸り、しびれを切らした彼が僕を引いて僕らは公園から出た。
“チャイムって夕焼け小焼けだったんだな。”
彼が呟いた。
そう言われてみればと僕も頷いた。
聞き慣れすぎて覚えてなかったメロディーが今日はやけに胸に響いた。
そこから電車とバスを乗り継ぎ、7時過ぎにようやくたどり着いた。
辺りはもう暗くなっていて海と空が同化し深い青が僕の視界を埋めた。
僕らはテトラポットに座り、途中のコンビニで買った酒を開けた。
僕らは人を騙せるくらいには大人びているらしい。
波の音と何かわからない虫の音が僕らの酒のつまみになった。
やはり沈黙が耐えられない彼が音を出した。
“懐かしいなぁ。”
彼は自分に言うように溜息のように吐き出した。
僕は自分に言うように頷いた。
“あいつが居りゃもうちょい華やかだっただろうなぁ。”
次も自分を責めるように彼は言った。
僕も自分を責めるように頷いた。
“まだ声出ねぇの?”
次は僕に言ってきた。
だから僕も彼に頷いた。
彼はあっそうと言って酒を一気に飲んだ。
僕も真似して一気に飲んだ。
夜も深まりだした頃には僕らは二人で酒を10本開けていた。
さすがに頭がぼうっとする。
彼は少し痛そうに顔を歪めている。
心配するように僕は彼の頬に手を当てた。
彼は勢いよく僕の手を弾いたあと、まずったと言わんばかりの顔をしてごめんと謝った。
僕は全力で首を振った。
彼は気まずそうに顔を伏せた。
音が消えたように感じた。
波の音さえしなかった。
やはり音を出したのは彼だった。
“あいつに会いてぇ。”
彼は叫ぶように言った。
そして顔を上げて僕の目を見た。
“お前にも会いてぇ。”
彼はそう言ってまた顔を伏せた。
泣いていると思って彼の顔を覗き込んだけど彼は泣いてなかった。
僕らは腐れ縁だった。
ご近所三人組。
仲良しトリオとして評判だった。
元気勝りでリーダー格の彼。
泣き虫でお喋りな僕。
どこか達観していたあいつ。
いつも一緒に遊んでいたしどこに行くのも何をするのも二人と一緒だった。
ゲームが好きな彼。
ぬいぐるみをいつも握っていた僕。
本を静かに読むあいつ。
やりたいことが別々になっても結局いつも3人集まっていた。
狂ったのは中学生になった頃。
陸上部の彼。
美術部の僕。
生徒会で吹奏楽部のあいつ。
多忙を極めたのはやはりあいつだった。
生徒会と部活の両立。
優等生のあいつでも目が回るほどの忙しさだったと思う。
効率主義だったあいつの取捨選択は間違っていないと今ならわかる。
あの時の僕らではわからなかったが。
あいつは僕らと関わるのを少しずつ減らしていった。
元々僕らは優等生と呼ばれるには程遠く、劣等生と問題児がよく似合う人間だった。
部活は頑張っているがとにかく素行の悪い彼と勉強、部活共に下の下の劣等生の僕。
あいつはそんな僕らに裂く時間も理由もなかった。
いや、あいつは僕に裂く理由を無くしたかったのかもしれない。
あいつが離れても僕と彼は同じ関係を続けた。
彼は何度もあいつと話をしたみたいだったが僕があいつと話すことはなかった。
それが僕とあいつの最善策だと思ったからだ。
ただ彼がなんとか昔に戻そうとしてる姿を見てると苦しくなった。
実際僕が言えばあいつが戻ってくるかもしれないことはわかっていた。
彼の希望があるとすれば僕だ。
でも僕はどうしてもその希望に答えられなかった。
罪悪感が募り、僕は声を失い言い訳を生んだ。
声が出なくなってからは彼も諦めたようにあいつに執着しなくなった。
あいつは全寮制の高校に進学し、さっさと街を出た。
残された僕らは相変わらず一緒に過ごした。
気づけば仲良し二人組に改名されていた。
そうして今も3人で来た海に2人で来ている。
“花火やるか。”
彼の一言で僕らはさっきのコンビニで買った花火を始めた。
見た目よりも迫力のある手持ち花火をあの頃のように2本同時にやってみたり振り回してみたり。
“今年最後の花火だ。”
陽キャらしくはしゃぐ彼を見て僕も自然に笑えた。
少しの花火を残して僕らは寝転がった。
砂の感触と汗でひっついた髪やTシャツが少し心地よくて、夏を感じた。
“これ、俺の独り言な。”
と彼が始めた。
“俺、小5くらいからあいつが好きだった。
や、今もたぶん好きだ。
あいつはすげぇのに色々不器用だから守ってやりてぇなんて思ってた。
あいつはそんなこと望んでねぇのにな。”
彼は自称気味に告白を始めた。
“だから、あいつが誰を見てたかも知ってた。
それでも俺はいいと思ったし俺の気持ちは墓場まで持ってく気だった。”
少し風が冷たくなった。
“中学になって俺から距離置き出した理由もちょっとはわかってた。
あいつは頭がいいから馬鹿な俺に相談するより一人で結論出す方が効率的だったのもわかる。”
彼は偶然か意図的か僕を含まなかった。
“でも、俺は、簡単に途切れていい絆だと思わなかったし、思いたくなかった。”
彼の初めて聞くであろう弱音に近い本音。
“ここで俺の気持ち利用して情にでも訴えないとあいつはいてくれねぇって思ってたんだ。
…んなもん、なかったけどな。”
彼は最後にごめんと言って告白をやめた。
僕はぼろぼろと泣いてしまった。
泣きじゃくる僕を見て彼は相変わらず泣き虫だなと言いながら砂まみれのTシャツで僕の顔を乱暴に拭った。
彼は強い人だった。
あいつもまた強い人だった。
僕だけが弱い人間だった。
彼は自分の気持ちを犠牲にして僕らの絆を守ろうとした。
あいつは自分の気持ちを殺すために僕らから離れた。
一体僕は何をしている。
僕はやり終わった花火の柄で砂に告白を始めた。
彼はそれを読み上げた。
“僕は、君が好きだった。”
僕は震える手で続けた。
“だから今の関係で良かった。
君が、そばにいてくれて嬉しいんだ。”
彼の声色が少し低くなった。
“知ってた。”
彼は声色にそぐわない笑顔を僕に見せた。
“お前が俺を好きなことも知ってたし、あいつが、お前を好きなことも知ってた。”
彼は表情を変えないまま、声色だけが少し柔らかくなった。
“全部知った上で俺はこの関係を壊したくなかった。
お前もあいつも傷つけるってわかってて俺はあいつを引き止めたんだ。
最低だよな。”
僕らは互いにどうしようもなく一方的な片思いをしていた。
運命、なんてぼやけたものでくくるにはあまりにも虚しい関係で悲しい終わり方だった。
“あいつ、街を出る前に言ったんだ。”
彼は悲しそうな目をしていた。
“お前を頼むって。
どうしようもない弟だからって。
…やなやつだと思ったよ。
腐れ縁だからって好き勝手しやがってって。
好きなやつに言われたからって何でもやるとか思うなよって感じだわ。”
彼は空元気で笑い飛ばした。
僕は零れそうな涙をぐっと下唇噛んで我慢した。
“ほんと、ふざけんなって感じだよな。
頼まれなくたって一生親友だっつうの!”
僕が顔を上げると彼はにかっと歯を見せて陽キャの笑い方をした。
“お前の気持ちを知った上で、失礼かも知んねぇけど、俺はこのままでいたい。”
と彼は言った。
僕は思いっきり首を横に振った。
彼は悲しそうな顔をした後、そうだよなと悲しそうに呟いた。
僕は失礼に首を振ったつもりだったから彼の表情で勘違いさせていることに気づいた。
“い、ちぃがう、!”
5年ぶりに出した声はかすかすで上手く子音が出なくて醜い声だった。
それでも彼は聞き取ってくれたようで、彼は力いっぱい僕を抱き締めた。
というか、締めた。
痛い、ただの力おばけ。
“声!声出たじゃねぇか!”
馬鹿騒ぎして自分のことのように喜ぶ彼に笑えた。
僕は謎の舞を踊っている彼の横にまた書いた。
彼は舞いながらそれを読んだ。
“これからも、親友でいてね。
…って当たり前だろ!
お前ら二人とも俺を舐めんなよ!”
たった一言にここまで舞い上がれる陽キャ魂に僕は彼を羨ましく思った。
嘘、やっぱり思わない。
テンション高い。怖い。
“残った花火終わらせんぞ。”
そう言って僕らはまた花火をした。
全部終わった時には日付をまたぐ1時間前だった。
彼はさっきまでのテンションを海に置いてきたらしく、急に焦りだした。
“これ、俺ら帰れる?”
僕は首を傾げた。
彼は僕の手首を掴んで全速力で走り出した。
180の男二人が少女漫画みたいなことをしている。てか、速い。
万年インドアな僕が陸部について行けるわけがない。
僕は体全身でブレーキをかけた。
急ブレーキをかけられた彼は転けそうになっている。
僕は乱れる呼吸の合間に言った。
“い、つもぉ、あいがぉと。”
彼はおう!っていい返事をしてまた走り出した。
僕らはいつも一緒だった。
これからも一緒だ。
おじさんになっておじいさんになっても僕は今日のことを忘れられない。
疲れ切って眠ってしまった彼をみて思った。