『monoworld2』
俺は今、メルが現れてから一番の問題と対面して立ち尽くしていた
風呂どうする…?
6畳部屋のど真ん中で
おそらく考える人の象よりも険しい顔をして突っ立っていた
こびととはいえ女の子と一緒に風呂なんか入っていいのか?
いやいや、相手はこびとだぞ??
いや、そういう問題ではなく 一人で入らせたら 母視点 無人の風呂から音がするとか怖すぎるだろ
いやそもそも、1人で入れるのか?
と脳内戦争が繰り広げられる
そんな俺の事情なんかつゆ知らずメルは
「何突っ立ってんのよ」
とぶっきらぼうに放つ
生意気な…
そして小さなメルの何十倍も大きい俺のベットで気持ちよさそうにゴロゴロとくつろいでいる
ずいぶんこの世界に馴染んでいるようですね…
「…お前、風呂どうすんの」
「え?一緒に入らないの?」
当たり前だと言わんばかりのテンションで言ってくるもんだから、お笑い番組で芸人が盛大にボケをかました時くらいのリアクションでズコー!とか言いそうになった。危ない。
俺があんぐりと口を開けていると
「…何よ!変なこと考えてるの…ヘンタイ!」
小さな手で小さな体を隠す素振りを見せながら なんか言ってやがる
「アホか!」
こんな小さな子に手なんか出したくても出せない
いや出したいなんて思ってないけど
「もぅ!うそだって!別に見られても問題ないから、安心してよ」
そう得意げに笑ってやがる
ま、まあ君がそう言うなら?そうさせてもらおうかな?
冷静に考えて
相手は人間の赤ちゃんよりも小さいんだ
いくら性別が異なろうが変に意識する方がおかしいだろう
脳内戦争はすぐに終幕を迎えた
部屋着のズボンのポケットにメルを入れ、風呂場へ向かう
メルの特等席はだいたいポケットの中だ
他の人にバレてはとても困る
俺が歩く度にモゴモゴと揺れるのが伝わる
それが少し心地よかったりする
・・・
仕方ないからと強がりながら
本音は喜んでくれるんじゃないかと思いたって湯船にアヒルの飾りをうかべた
「なにこれ!かわいー!!」
とメルは嬉しそうにそのアヒルに乗ってプカプカと湯船を浮いていた
メルにぴったりのサイズだ
喜んでもらえたみたいでよかった
その様子を眺めて自然と口角が上がる
今日の朝衝撃的な出会いをしたばかりなのに
なぜだろう
前から一緒にいたみたいな安定感がある
「メル、楽しい?」
「すごい楽しい!このアヒルさん気に入ったわ!」
そういうことが聞きたかったんじゃないんだけど
メルが楽しいならそれでいいか
そう思った
メルが乗ったアヒルを軽く押すと
「ちょっと!こわいこわい!」
とはしゃぐのが可愛くてついついいじめたくなる
風呂をあがり、上京した姉の部屋から人形に着せていたお手製の服をこっそり取ってきて着せてあげる
「ぴったりだわ!かわいい!」
赤と白の水玉のワンピース
クルクル回り裾をなびかせ嬉しそうにしている
よく似合っていた
ふわふわしたスカートが雰囲気にピッタリで見とれてしまった
のはここだけの話
ドライヤーで髪を乾かしてあげると
体ごと飛んでいってしまうんじゃないかと思ったけど
そんなことは無かった
嬉しそうに温風に吹かれていた
大人用の歯ブラシはさすがに大きすぎるから
子供用の歯ブラシを買ってきて何とか歯を磨いてあげる
ちっちゃいなあ
可愛いなあと思いながら
何もかもが新鮮だった
俺の枕の横に寝かせ、ハンカチをかけてあげた
良い匂いとハンカチを抱きしめている
このまま
同じベットで眠り
同じ夢まで見てしまいそうだ
楽しい1日で忘れかけていたことをふと思い出す
「メル、元の世界への戻り方検討もつかないのか?」
「んー…心当たりだけど……たぶん…花だよ」
「花?」
「ピンクの花をとって来いって言われたの」
「その花を見つければ戻れるのか」
「わかんないけど…まずは見つけてみないと」
「ピンクの花っつってもいろいろあるからなあ」
「それを見つけるのがカイトの役目よ!」
とりあえずスマホでピンクの花
と検索するとたくさんの知らない花の名前と写真が出てきて見当もつかない
「次の休みの日に花畑にでも行こう」
「花畑…!素敵!」
楽しむために行くわけじゃないんだけど
何事も行動しなければ始まらない
この日はそう約束して眠りについた
・・・
朝七時に起きて
一緒に顔を洗って
朝食を食べて
歯磨きをして
登校して
たまに授業中筆箱の中から邪魔してきて
制服のポケットから落ちそうになって友達にバレそうになって
ちっこくて可愛いくせに柿ピーが好物だとわかって
一緒に風呂入って
夕飯食べて
勉強して
同じベットで眠って
そんな風に休日までの日々を過ごした
楽しい楽しい日々だった
メルがいるだけで、こんなに日々が輝くなんて思ってなかった
一緒に過ごせば過ごすほど愛しさが溢れていることに気づかない訳には行かなかった
花畑に行くという約束の前夜
布団の中でメルの元の世界のことを考えていた
それはどんな世界なんだろうと
明日花畑に行ったら、ピンクの花を見つけてしまったら、メルとの日々は終わってしまうのだろうかと
「メル」
その呼び掛けに応答がない代わりにスヤスヤと心地の良い呼吸が聞こえる
その寝顔を見つめてみる
長いまつ毛
短い爪
確かに存在している
小さな小さな命
帰りたいだろうな 元の世界
頭をそっと撫でて
この時間が続けばいいと思った
ああ
気づいてしまった
メルが元の世界へ帰ってしまうことを嫌だと思っている自分がいることに