性と言う名の鳥籠
~あかね編①~あかね目線
「永倉ぁ、客ー」
「あ、うん、わーかった」
私の器は、永倉あかねという。
私の心の名前は…なんだろう。
誰か、かっこいい名前を
つけてくれる子…いないかな。
いないよなぁ。
登校してすぐ脱ぎ捨てた、
制服という名の囚人服。
ジャージの方が幾分マシだ。
ジャージには男も女もない
平等だから。
私はFtMの
トランスセクシュアルだ。
ずっと思ってる。
男になりたい。
診断はまだされていないけれど
「多分」そうなのだ。
私は来客とやらがいる、廊下へと
大股で、赴いた。
「あ……っ」
その人の後ろ姿を見るなり
私は驚いて声を上げた。
それは友人である、
虎太郎の幼なじみ、雫 紗季だった。
虎太郎はMtF
つまり私とは逆で
女の子の心を持った男ってわけ。
そして雫 紗季は
虎太郎の好きな人だった。
雫とは一度も話したことがない。
その私に一体、どんな用があるんだろう。
彼は私を見つけると
仏頂面で近づいてきて言った。
「俺の事わかる?」
「雫、紗季くん」
「知ってんだ……あのさ、突然なんだけど本題」
「ほんと、突然だね」
「硬いこと言うなよ、でさ虎太郎とどんな関係?」
「は…?」
「俺さあいつの幼馴染なんだよ」
「知ってるよ」
「だーかーらー、気になるって言うか」
頭かきながらそっぽ向いて
おまけに眉間にしわまでよってる。
これって、ひょっとして。
私はちょっとしたことを思いつき
彼にこんな事を言ってみた。
「…へえ、付き合ってるとか言ったらどーするわけ?」
「は!?あいつが女と付き合うとかありえねえじゃん!」
「なんでありえないの?虎太郎すごく優しいよ」
「そりゃーわかってるよ、でもあいつ奥手だし、なよっちぃし」
「私が奥手くん大好物かもしんないじゃん」
「だ、大好物っておま…っ」
「可愛いじゃん。雫くんにだって美紀っていう学校公認の彼女いるんだし、私と虎太郎が付き合っていれば彼女談義できるよ、よかったね」
畳み掛けるように言って、彼の様子を伺う。
目を白黒させてる。
可哀想だけど、もう少し。
「だいたいどうしてそんなに気にするのさ。ただの、たーだーの、幼馴染でしょ?」
「……ただの……なのか?幼馴染ってそんな軽いもん?」
「軽いって言うか…フツー幼馴染の幸せなら喜べるんじゃない?雫くんのは…なんていうか」
「あー?なんだよ?」
「誰かと付き合うのがありえない!とか言っちゃって…まるで好きな人に恋人出来たのを認められなくて嫉妬してる人みたい」
そこまで言って私はやっと息をついた。
彼の顔をじっと見つめる。
唖然としていたかと思うと
みるみる顔が紅潮していく。
「な、な、何言ってんだよ、オ、トコ同士でそんなことあるわけねえじゃん!」
「でも、虎太郎…可愛いところもあるでしょ?」
「それは…っそうだけどっ」
図星つかれてあたふたしてる。
ほら、ビンゴだ。
ここまで聞けば、もういいや。
好きなのは充分わかった。
最近ちょっと落ち込み気味の虎太郎に
この情報、サプライズしてやろう。
私は「要件それだけなら行くよ」
そう言って踵を返したけれど
「待てって…!」
彼から飛び出た言葉に振り返る。
「何?」
「やっぱり虎太郎と…付き合」
「ううん、“ ただの”友達だよ」
「え、マジ?」
「あーはいはい、まじまーじ」
「ほんとにほんとなんだな!?」
「しつこーっ」
ひらひらっと手を振り
見るからに嬉しそうな彼を置いて
私は教室に入った。
自分の席に着席する。
一番後ろの窓際。
この場所が一番、私は好きだ。
空が見える。
グランドも見える。
外で陸上部の子達が昼練してる。
あー、走りたい。
苦い記憶が頭を掠めて
私は思わず机に突っ伏した。
私は走ることが大好きだった。
でも中学に入った頃から
爆発的成長を遂げたこの胸が
走る度に邪魔でたまらなかった。
一歩踏み出す度
たゆたゆと跳ねるこの胸が憎かった。
中学の陸上部で同じ部員の女子から
「あかねは胸が大きくていいな」
そう言われて心が折れた。
その子は私の好きな子だったのだ。
好きな子に羨ましがられる胸なんて
虚しいにも程がある…。
私はそれからすぐに
走ることをやめて
座りっぱなしの美術部に
転部した。
モノ
こんな胸、切りとってしまいたい。
「…かね、あーかーね」
ぼうっと空を見上げる私の肩を揺すって
名前を呼ばれて気がついた。
ドキンと胸が大きく跳ねる。
「あ……結奈じゃん」
「もう、何ボーッとしてるの」
「ごめん、考え事してた」
「ねー聞いてよぉ、彼がさぁ」
「まーた彼氏の話かよー?」
「そーなの、ひどいんだよ」
結奈は堪りかねた!というように
私の隣の席の椅子をもってきて
私の腕にぎゅっとしがみつき、
彼氏の女好きエピソードを
あれこれと語り出した。
ふわっと、女子高生には不釣り合いな
エキゾチックな香りが鼻を刺激する。
結奈の胸の弾力…やばい。
この体は時としてとても便利だ。
男の体だったら今頃…私
すっごい変態だな。
まあ、男だったら
結奈もこんなにくっついてはこないか。
こんな時は都合よく
男でなくてよかった
そんな事思ってしまう。
「ねー、どう思う?」
「もう別れちゃえば?」
「えー?」
「そんな女好き、先ないって」
「そっかなぁ」
「結奈だけを見てくれる男、きっといるよ」
例えば、私とか。
そんなこと思ってたって
口が裂けたって言えない。
悲しいかな
私は生物学的には女だから。
「フツーの男」が「フツーの女」に
じゃれ合うように本音混じりの
冗談すら飛ばせない。
言葉の代わりに私は
ありったけの気持ちを込めて
結奈の頭を優しく撫でてやる。
すると結奈は可愛らしく
えへへと笑った。
私だけの笑顔…。
私だけの結奈にしてしまいたい。
でも
そんなこと叶うわけがないんだ…。
机の下に隠した拳を
ぎゅっと、私は握りしめた。
******
夕暮れが咲く放課後。
靴箱で外靴に履き替えていると
虎太郎の姿が見えた。
「あ、虎太郎!」
呼び止めると
虎太郎はにこっと可愛らしく笑う。
こういうところ
女だよなって思う。
せっかく帰りが一緒になった。
これも何かの縁だ。
次に交換する、
購入アイテムの話でもして帰りたい。
「一緒に帰らない?」
私が肩を叩きながら誘うと
虎太郎は眉を下げて笑った。
「ごめんあかね、今日は…」
「どうした?」
「実は…紗季に誘われたんだ」
「お!?どこどこ!どこに!?まさか放課後ホテルかよ」
「ち、ちがうよ……なんでホテルなの」
「雫くんさ、今日私のとこ来たよ」
「え!?紗季が?……なんで?」
「虎太郎と付き合ってるのかって聞きに来た」
「…なんで?」
「さあ?でもさ、違うよって言ったらガッツポーズ決めて喜んでた」
「え?」
「もしかしたら雫くん、虎太郎の中の女の子に気がついてるかもね」
「……そうなの?」
私はポジティブな意味合いで
告げた言葉だったけれど
どうやら虎太郎には
上手く伝わらなかったようだ。
不安そうな顔をして
うっすら涙目だ。
気持ちは痛い程わかる。
私たちは
自分を何処かで蔑んでるから
何処かで…諦めているから
だからこそ
他人にそう思われることが怖い。
ましてや、好きな人にそう思われるなんて
考えただけで鳥肌が立つ。
「虎太郎」
「うん…」
「ちょっとお辞儀して」
「え?なんで」
「いいから」
「わっ、ちょ、あかね」
私は強引に虎太郎の襟を引っ掴んで
お辞儀をさせた。
こうでもしないと
身長の高い虎太郎の頭には
私の手が届かないのだ。
くしゃくしゃと髪を流すように
私は虎太郎の頭を撫でて小声で言った。
「考えてもみなって。虎太郎の中の女に気付いていて、私と付き合ってるんじゃないかって気にして聞きにまで来たんだよ、しかも!付き合ってないって知って喜んでた。これって…ネガティブな意味かよ」
「あかね…」
「どう考えても違うだろ?」
虎太郎はぐすんと鼻を鳴らした。
「泣くなって」
「うん…ポジティブに考える」
ここまで来れば一安心だ。
私は微笑んで虎太郎に尋ねた。
「雫くんとどこ行くの?」
「カラオケ……ふたりっきり」
えへへと笑う虎太郎が可愛い。
「よーし、西野カナのラブソングお見舞してこい」
「さすがにそれはないでしょ」
虎太郎にしては珍しく
歯を見せて笑った後
彼は手を振って私の元を去った。
「虎太郎、がんばれ」
私は、ひとつ
ちいさなため息をつく。
好きな人と両想い。
私たちトランスセクシャルにとって
それは夢のまた夢だ。
本当は喉から手が出る程欲しい。
隠している分
普通に恋する何千倍も
きっとときめいてる。
なのに、
伝えられないのが関の山なんだ。
どうして、何度も思った。
どうして私が、そうだったのか
意味を、理由を探しても
教科書も参考書も
答えなんか教えてくれない。
だから
虎太郎は私の希望だ。
虎太郎が雫くんと恋人になんてなったら
してはいけない期待も
もしかしたら“ してもいいもの”に
なるのかもしれない。
頑張れ、虎太郎
頑張れ
何度も、祈るように
友人にエールを送りながら
昇降口を出ると
「もう、あかねってば遅い!」
黄昏色の夕日を浴びた結奈がいた。
「え?今日帰る約束してた?」
「ううん、してない!」
結奈のイヒッと白い歯が光る。
「なんだそれ」
「王子様を待ってたのだ!」
「ますますなんだそれだよっ」
と、言いつつ、王子様
ふとした男扱いに心臓は躍る。
「あーかね」
「なに」
「一緒に帰ろ」
「ん、帰ろっか」
私は、結奈が好きだ。
諦めた振りをして暮らす中で
やっぱり諦められないと思える瞬間は
驚くほどある…。
夕焼けに長く伸びた影に追われながら
細い道路を二人で歩いていると
「ねーあかねー」
ふと、結奈が甘えた声を出す。
「んー?」
気のない返事をわざとかえすと
結奈はこう告げた。
「いつも彼との事聞いてくれてありがとね」
「だから、早く別れなって」
「そうやって言ってくれるのは結奈のさ、幸せを願ってくれてるからだよね」
ちくん、と胸に針が刺さった。
純粋に結奈の幸せだけを祈って
伝えるアドバイスじゃないからだ。
結奈に近づく男がいなくなればいいのに
本当はいつも、そう思ってる。
「私、そんなあかねが好きだよ」
ああ、結奈ごめん。
そんな事言えなくて
「私も、結奈のこと好きだよ」
抱えた確かな想いを
ごまかして結奈に、伝えた。
日暮れは……近い。
どうか、このまま夕焼け色に
恋の色に染めたままでいてくれないかな
この夢のようなひとときを
終わらせないでよ、神様。
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性と言う名の鳥籠
第3段っすー♪
今回もまた長い話になりましたが
読んでくださった方
ありがとうございました
昨日アンケートとらせていただいた下駄箱
靴箱で採用させていただきました
ご協力頂いたみなさん
ありがとーっす(*´ω`*)
この話を最初から見たい方は
タグの#幸介/性と言う名の鳥籠
から、移動してみてください
よろしくお願いします(*´ω`*)
幸介