【ForGetMe~クロとユキ~杉浦の章*最終話・生涯バディ】
「……ん」
微かな掠れ声を耳にした。
その声は紛れなく
愛しい六花のものだ。
「六花……?」
六花の顔を見遣れば
六花の目はうっすらと開き
一筋の涙で枕を濡らしていた。
「六花、六花…?わかるか?」
緑色の酸素マスクの中で
六花の唇が紡ぐ、俺の名。
「ゆ、き……」
僅かな微笑に
涙が零れた
「六花……っ」
俺はナースコールを懸命に押しながら
六花の手のひらをしっかりと握る。
もう二度と
その意識を手放さぬように
痛い程、その手を握り締めた。
「恐らくはもう、大丈夫でしょう。よく頑張りましたね」
六花の胸に聴診器を当てた主治医の
判断により酸素マスクが外される。
久しぶりに見る六花の頬には
マスクのバンドの跡が
くっきりと残っていた。
俺はくすぐるように
その痕をなぞる。
「痛く、ないか」
「ちょっと…でも、大丈夫……」
六花は痛みに歪めた眉を
僅かばかり朦朧としながら下げた。
「ねえ…友紀が助けてくれたの?」
「……クロと、一緒に柏沖の自宅に」
「お兄ちゃんは、……仕事?」
キョロキョロと目を動かし
やがて俺の瞳の奥をじっと見つめる。
まるで何かを見透かすように
みるみると、白い肌は更に青ざめた。
「な、にか……あった、の?」
震える声が脳髄に響き渡る。
額に玉を浮かせながら
俺は、六花に
眼差しを注ぎ続けた。
「柏沖の投げた斧が身体に刺さった。一命はとりとめたが、まだ…意識は」
意識が一生戻らないだろうと
言われていることは
どうしても言えない。
「大丈夫……なんだよね……?」
目を、零れんばかりに見開いて
六花は、俺の手を何度も握り直す。
「大丈夫さ、だって、クロだぞ。あいつ、健康だけだろ、取り柄」
不安に泳ぐ六花の目を
食い入るように見つめて
嘘を悟られぬよう笑う。
「そっか。そうだよね……」
六花はしばらく
考え込むように黙すると
やがて腹部に
震える手のひらを当てた。
「ねえ……友紀」
ついに、来たか、と思う。
俺は喉を鳴らし
六花の頬を撫でる。
「ん?」
「お腹切られたのって、夢じゃない、よね?」
「……ああ」
「そのあと……どう、なったの?柏沖亮は、逮捕できた……?」
俺は腹部から
六花の両手のひらを掬いあげ
眼差しを六花に向ける。
目を、逸らしてはいけないと思った。
「逮捕した」
「それで?」
「六花は…手術した」
「……それで?」
もう、半ば諦めたように
そう呟く六花が悲しかった。
それでも望みを
繋ぐように唇を噛む六花が痛かった。
「子宮と卵巣を、摘出した」
なんと、残酷な言葉だろう。
俺の吐いた現実に
六花は涙をいっぱいに
溜めてこう言った。
「赤ちゃんがね……ここに、いたの」
「……ああ」
「……一週間後…付き合った記念日だったでしょ?プロポーズの返事と一緒にね、サプライズにしたかったんだぁ。友紀なら喜んでくれると、思って…きっと……きっとね、その眉毛さげて笑ってくれたでしょ?」
「……ああ」
「……っ、……赤ちゃんが生きてるうちに……言えなくて……」
俺の心を案じてくれたんだろう。
精一杯の笑顔をつくった六花は
とうとう涙を落とし、
「ごめんね…」
さめざめと声も立てずに泣いた。
「赤ちゃん…もう、生めないね……結婚も……出来ないよ」
堪らず
覆い被さるように抱き締めた。
「ごめんね」
立花は何度もそう言葉を重ねた。
その言葉を伝えなければならないのは
俺だと言うのに。
どうしたらその傷を
少しでも癒してやれるだろう。
唇を噛み締め
一層にきつくその体を抱いた。
「六花が生きてるだけで……俺はそれでいい……まずは身体、ちゃんと治せ」
こんな時にすら俺は
仏頂面でぶっきらぼうに
お決まりの文句しか言えない。
「思い切り泣いていいぞ、側に、いてやる……」
声もなく涙を落としていた六花は
俺の言葉が耳に届くと
堪えきれずに泣きしきった。
その事が、救いだった。
震える身体
怪我から来る六花の熱が
俺の目頭を熱くする。
俺は、ずっと
人と上手く付き合えなかった。
物心着いた時から
病院暮らしが長くて
学校に行けたと思ったら
もうそこに俺の居場所はなかった
その頃からずっと独りだった。
別にそれでも何も困らなかった。
人付き合いをしようと
努力をした事も無かった様に思う。
友達なんて居なくても
そんなもの
一生ものになんてなるはずがない。
たとえ陰口を叩かれても
そんなもの一過性に過ぎない。
そう、思ってた。
友情だ、恋愛だ
一喜一憂して
浮かれて笑うやつらを
蔑んで見ていたのかもしれない。
だが、俺は
クロと出会って変わり
六花と会って愛を知った。
この兄妹なしでは
俺の人生はまたどん底だ。
1度知った人の温もりを
その安堵と安らぎを
忘れる事は決して出来ない。
「六花……」
「ん……?」
未だ止まぬ涙を六花の頬から
親指の腹でひとすくいし
俺は、出来る限りの優しさを
笑顔に託して呟いた。
「俺はお前の側にいたい」
「……友紀」
「一緒にクロを待とう」
俺のありのままを伝えたい。
「ずっと一緒にいよう」
辛い時は側に居るから。
苦しい時は支えるから。
悲しい時は涙を拭うから。
口に出来ない想いを
ありったけ詰め込む。
好きだから。
「結婚……出来ないなんて、言うなよ」
どうして俺が泣くのだろう。
辛いのは、六花なのに。
「友紀ぃ……」
六花は、俺に両手を差し伸べる。
頼りない腕。
細い指先。
中身のなくなった体。
きっと心は……
壊れかけてる。
だが、しかし
「六花……っ」
やり直しはきく。
そう、何度でも。
六花に出来た罅を
もう一度、
俺の何かで埋めてやる。
俺は六花を軽く抱き寄せ
額を合わせた。
「傷が癒えたら……結婚、しよう」
二度目の、プロポーズだ。
「……ほんとに……いいの?私で、いいの?」
「俺みたいな男……相手に出来んのお前くらいなもんだろ」
「赤ちゃん……産めなくても……?」
「どうしてもってんなら、クロを俺らの赤ん坊にしてやってもいいぞ」
三人一緒に。
ずっと一緒に。
そんな想いを込めて
軽口を叩けばようやく
六花に僅かな笑顔の花が咲く。
「それは、さすがに無理じゃない?」
「法律掻い潜る方法探すさ」
「文書偽造?」
「ああ」
「不良刑事」
「上等だね」
俺は六花と涙を拭い合いながら
笑い合う。
長い、戦いになるだろう。
柏沖亮の裁きに行き着くまでも、
クロが目覚めるまでも、
六花の心の傷が癒えるまでも、
俺の自責が消えるまでも。
一生、無理かもしれない。
一緒にいることで
傷つけ合うかもしれない。
途方なく続く道に
嫌気がさすこともあるだろう。
それでも…
一緒にいたいと思える。
人生の、バディ。
__病める時も健やかなる時も
三ヶ月後
傷の治癒と共に退院が決まった六花と
簡易的な式をあげた。
病院での、人前式だった。
誓いの言葉が優しく耳に入る。
手を繋いで、見つめるのは
牧師でも、互いでもない。
俺たちの視線の先にいたのは
俺たちの愛の証人
眠ったままのクロ……その人だ。
「お兄ちゃん、早く目覚ましなよ」
「悔しいだろ、早く追いかけてこいよ、なあ」
二人で声を合わせて笑う。
無言のまま懇々と
眠り続けるクロを思えば
涙も浮かぶが
今日は泣かないでいよう。
そう、六花と誓い合った。
「誓いの口付けを」
牧師が言う。
俺たちはようやく向き直った。
そして、
畝り合った三人の道すじは今
1本に束なり未来に向かい
虹のように伸びていく。
心ひとつに
ずっと一緒に
願いを窓外の空へ昇らせ
俺は六花に……口付けた。
「道、分かつその時まで共に」
・・・end・・・
***
お、おつか
おつかれさまでした|ω・)
皆さんの反応が
今回すごーーーーく
気になっている幸介です
というのもあれですね
すっきり終わらなかった感
半端ないから笑笑
にゃん(まや)の方に続くお話なので
これ以上は続けられないな
という判断で
俺の暴走に付き合って下さった、
方々のご期待に添えたかどうかと言えば
そこがわからず
壁|ω・*)コソッ…
気になっている幸介です笑
ForGetMeは
すんんんんごく悩んだし
有り得ないくらい書き直しましたし
何度も進路変更がありました
その為、
取りこぼしがちらほらあったり
ありえないミスもありました
(´・ω・|||)
あとでちまちまと
修正しようと思っているので
そこはご了承下さいm(*_ _)m
すごく悩んだけれど
初の推理物
書いてみて終わった時の
脱力感がとても気持ちいい。
癖になりそうなくらい
気持ちいい笑笑
楠木さんと検死官の
笹谷さんのコンビも良さげで
漠然となんすけど
番外編書いてみたいなあなんて。
でもネタがない笑
お蔵入りしないように
暇な時知恵絞ります...♪*゚
今までForGetMeを読んでくれた皆さん
本当にありがとうございました(*´ω`*)
幸介