【恋文】
『お慕いしておりました。ずっと、ずっと昔から。』
そんな見切り発車で書いた手紙を、貴方は静かに読んでいる。
日の光が貴方の背中を照らす。あの頃の分厚い学ランとは違う、薄いワイシャツ。いつか焦げてしまいそうだ。
手紙は次の紙に移った。
『最初は何とも思っていなかったのに、いつしか目で追うようになっていて。同じ背丈の人を見ると、期待して心臓が高鳴って。』
触ると壊れてしまいそうな文字で書かれた文章。貴方は瞬き一つせずに文字を見つめている。
あぁ、私はその姿が好きだった。
いつになっても変わらないのですね、私が好きな貴方のままでいるのですね。
図書室で本を読むときの貴方は、ちょうどそんな顔でした。
そんなに熱心に見てくれるなんて。
ふと込み上げてくる感情は、嬉しさとも寂しさとも違う、何か熱すぎるものだった。
手紙は最後の行になった。
『ただ、こんなことを言っても貴方は困るだけでしょう。貴方は私を好きではない、そんなことは分かっているのです。だからどうか、この本に隠していますから。貴方が最初に見つけてください、私の想いと私の最期を。』
そこで手紙は途切れていた。
あぁ、やっと見つけてくれた。
あの頃のままの恋心を。
辺りは静寂に包まれていた。呼吸する音すら邪魔だった。
「・・・君はいつもそうだ」
不意に、貴方が口を開く。
「勝手に託さないでほしかった。君の最期なんて最初に見つけたくないよ、君を見つけるのは最後でよかった」
視線は手紙に向かっていたけれど、手紙を見ているわけではない。もっと別の何かを見ている、そんな虚ろな目をしていた。
涙が一粒、目からこぼれた。貴方はハッとしたように、手で残りの涙を潰してしまう。
文字が滲んで見えなくなった。
「・・・あの頃の君は、もう死んだんだね」
そう口にした貴方は、見たことのない表情で微笑んだ。
私の知らない貴方だった。
ふと、貴方が私に話しかける。
「すみません、急に押し入って本を探したいなんて言って。」
「いえ、大丈夫ですよ。本当はその手紙を探してたみたいですけど」
「そうなんです。ずっと昔から探していて」
「・・・大事なものなんですね」
「えぇ、まあ。中学生の拙い恋文ですけど」
そうして笑った顔は、もう全くの別人だった。
あぁ、貴方も死んだのですね。
あの頃の二人はもういないのですね。
「じゃあ、僕はこれで。本当にお邪魔しました」
「いえ、良ければまた」
軋んだ音をたてて図書室の扉が開く。まるで現実と過去の境界線みたいだ。
「また縁があれば来ます」
そう言って貴方は出ていった。
窓辺から風が吹いてきた。
ついに私は一人になった。
涙が溢れて止まらない、あの人のように上手く潰せない。
あの人が私に気づかないで良かった。もし気づいていたら、あの手紙の意味が無くなってしまう。
最後まで酷い女でごめんなさい。最後まで我儘でごめんなさい。
貴方が私を見つけたいのと同じくらい、私も貴方を見つけたかった。貴方の最期を見たかった。
ただそれだけだったんです。
「・・・ずっと、お慕いしておりました。」
口から絞り出した言の葉は、ただの少女の本音だった。
ただの拙い恋文だった。