※この物語はフィクションです
※長編小説(かなり長め)
※読まないで好き押すのNG
何を犠牲にしたら、
あの日に戻る事を許されますか
僕が一生後悔することになる
選択を誤ったあの日に
#タルギウユ
Episode 1,
土砂降りの雪の日、
仕事から帰る途中に
背後から突然話しかけられた
『あの、!』
振り向くと
まだあどけなさの残る顔をした
少女がびしょ濡れで立っている
傘はさしておらず
寒そうな格好で
肩から小さめのショルダーバッグを
さげているだけだった
「どうした?」
面倒な事は嫌いな主義だ
それにもう深夜の12時半
早く家に帰って疲れを癒したい
『迷子になっちゃって、
道が分からないんです』
「警察に行けばいい」
『でも、もうこんな時間だし』
「夜中に出歩いている君が悪いだろ」
『今日だけ泊めて貰えませんか』
「断る」
『お願いします』
「他を当たってくれ」
少女は泣きそうな顔で俯いた
街灯が2人を照らす
沈黙が流れる
「…今日だけだぞ」
『いいんですか!?』
勢いよく顔を上げて此方を見る
「風邪ひかれたら
罪悪感、感じるだろ」
うんざりしながら言う
『ありがとうございます』
「ほら、入れ」
傘を差し出すと
嬉しそうに隣に来る
『助かります
ほんとにありがとうございます』
その時合った目は、
漂ってきた香りは、
一生忘れられない
あの日を思い出させた
「今日だけだからな
明日の昼には
出ていけよ?」
『分かってます』
冬の夜空に2人の吐く息が
白く重なって舞い上がっていった
Episode 2,
「飯作っておくから、
先にお風呂であったまってこい」
タオルと服を渡す
『下着は…?』
「女物の服なんて
持ってるわけないだろ
洗濯して明日返すから、今日は
俺の服で我慢してくれ」
『はい』
踵を返して立ち去ろうとするのを
呼び止める
「そのショルダーバッグ、
リビングに
置いていかないのか?」
『女子には女子の都合があるんです』
「ふーん…?」
まあ初めて会った男に
貴重品が入ったバッグを
預けるのは怖いかもな
少女がお風呂に入ったあと
キッチンで昨日作ったカレーを
温め直して食べる
お皿を流しにつけて
ダイニングテーブルの椅子に
腰を掛けた
「一息入れるか」
冷蔵庫から240mlの
タルギウユを出して飲んだ
「甘いな…これの何処が
美味しいってんだ、あの人は」
ドアの開く音がして少女が
リビングに入ってきた
一番小さいサイズの服を
渡したはずなのだが、
やはり大きすぎたか
『自分だけ休憩ですかー?』
嫌味のように言ってくる
「冷蔵庫に腐るほどあるから
好きに飲め」
『やった』
「の前に」
俺は脱衣所に
少女を引きずり戻す
「風邪をひかねぇように
お風呂に入れてやったのに
なんで髪を乾かさない?」
『忘れてました』
「ったく…」
ドライヤーの熱風を少女の肩より
少し下くらいまでの長さの
綺麗な黒髪に当てて乾かす
『自分で出来ますよ』
「いや、いい」
『そうですか…笑』
暫くしてドライヤーを止める
「終わったぞ」
『ありがとうございます』
「あと、これ」
タルギウユを差し出す
『美味しそう』
「甘過ぎるけどな」
それを受け取ると
少女は眉を少し下げて
懐かしいような、悲しいような、
そんな表情で微笑んだ
「俺も風呂入ってくるから
キッチンに温めておいた
カレー、食べててくれ」
『了解です』
脱衣所を出て行く少女の肩には
相変わらずちゃんと
ショルダーバッグがさげられている
「よほど大事なものが
入ってるんだろうな」
思わず呟いていた
Episode 3,
お風呂からあがると
歯を磨きながら
鏡で自分の身体を見てみた
あの日の傷が消えることなく
脇腹に残っている
そこから視線を離すと
分厚めのセーターを着込んだ
リビングでは少女が
ソファで眠りかけていた
キッチンの水切りラックには
少し水気の残っているお皿が
綺麗に並んでいる
俺がカレーを食べたお皿と
少女用に残しておいた
カレーのお皿だった
どうやら洗ってくれたらしい
ソファに近付いて
まだ寝惚けている
その華奢な肩を揺すった
「おい、ベッドで寝ろ」
『あ、すみません』
先に寝室に行って暖房をつける
布団を整えていると
少女が遠慮がちに口を開いた
『私、ソファで寝ます』
「それは悪い
このベッドを使え」
『そんな、申し訳ないです』
「来客なんて滅多に来ないから
布団が1組しかないんだ」
『…じゃあ、お互いが
風邪ひかないために
一緒に寝ましょう』
「馬鹿か」
『バカなのかもしれません』
「俺はソファでいい」
『風邪ひかれたら罪悪感
感じちゃうんですけど』
「…先に奥に行け」
『はい』
少女が端に
寝転がったのを確認して
自分も反対側の端に横たわる
ベッドの真ん中に
不自然な空洞ができた
『おやすみなさい』
「おやすみ」
あれから何時間経っただろうか
少女が隣で寝てる為
緊張で目が冴えている
思わず溜息をついた時
頭に固いものが押し当てられた
片目だけを開ける
『動かないで』
「やっぱりあの人の娘だったか」
『気づいてたの?』
「最初からな」
『流石お父さんの相方だった
プロの殺し屋』
「あの人と目が似ていたし
君の香水の匂いに交じって
火薬の匂いも少し感じたしな」
『私の目的を知ってて
家にあげたの?』
「勿論
深夜12時半なんて
近くのコンビニでも
空いてる時間だ
それを無視して現れた
君の目的は俺を殺す事だろう?」
『そこまでバレてたなんて…』
「ショルダーバッグにも
火薬の匂いがついてた
そこに銃を入れてたんだろ」
『そうよ
ねぇ、最期に聞かせて
なんで父を殺したの』
「俺が殺したんじゃない
怪我が酷すぎて
助けられなかったんだ」
『仲間だったのに
見捨てて逃げたんだから、
殺したも同然よ』
「…今でも後悔しているよ」
『口だけね』
「本当だ
もう何処の暗殺組織にも
属さず1人で活動しているし、
潜入先から逃げる途中に
撃たれたあの時の銃弾も
まだ手術してもらってない」
『うそ』
「忘れない為に、身体に残している」
『そんなの信じられる訳ない!』
頭に突きつけられていた銃口が
怒りで一瞬揺らいだ瞬間、
俺は寝る前に忍ばせておいた
銃を取り出し少女の頭に向けた
「まだまだだな」
『…互角ね』
「ふっ、君と戦うつもりは無いよ」
そっと銃を下ろす
「俺は今まで散々人を殺してきた
今日君と出会ったのも
人を殺した後の帰りだ
当然の報いを受けるつもりだよ」
『どうして銃を下ろすの、
なんでそんなに優しく出来るの』
「さあ、分からない」
『狡いよ…』
「…なぁ、俺を殺すの
この銃でにしてくれないか?」
『え?』
さっき少女に向けていた銃を
放り投げる
「君のお父さんが使ってたものだ」
『これが…』
すると自分の頭に
向いていた銃口が下がった
『…もういいよ…』
「?」
『私にはあなたを殺せない』
「どうして」
『お父さん、私が小さい頃言ってた
相方が大の
甘いもの嫌いなんだ、って
でもあなたの冷蔵庫には
そのお父さんが好きだった
沢山のタルギウユが入ってた
ほんとに腐るほど
甘いもの嫌いのあなたが
砂糖たっぷりのタルギウユを
買って飲み続ける理由、
やっとわかったよ
お父さんを
忘れない為なんでしょ…?』
「…そうだよ
でも俺には
タルギウユの何処がいいのか
今も分からない」
『罪があるのは私の方だった』
少女は自分の頭に銃口を向け始める
「やめろ!!」
バンッ!!!
ギリギリで銃を掴んだものの、
奪い取れず、
弾は少女の胸を掠った
「大丈夫か!?」
そこからドロドロとした
液体が溢れ出す
急いで傷口を押えた
『大丈夫だよ』
「黙ってろ」
『いいってば』
「死んじまうだろ!」
『それ、血じゃないもん…苦笑』
「は…?」
部屋の明かりを点ける
薄ピンク色の液体
独特の甘い匂い
『脱衣所でくれたタルギウユだよ』
「飲まなかったのか?」
『なんか、お父さんが
好きだったこと思い出したら
勿体なくて胸ポケットに
入れておいたの』
「馬鹿野郎、それは
お前の父ちゃんからの
生きろっていうメッセージだよ」
『だといいな』
ベッドに染み込んだタルギウユが、
部屋中にその甘い匂いを
撒き散らしていた
いつまでも
そう、いつまでも
end___