小説
【夏色の記憶】
麦わら帽子が揺れる。
君が笑うと、夏が笑う。
ひまわり畑の中に埋もれて、
麦わら帽子の赤いリボンだけが
ゆらゆらと風に乗って
踊っていた。
大きな木の下、
できた日陰で目を閉じ、
仰向けに寝転がる。
夏を吸い込んだ。
久しぶりに、深く息をすることを思い出す。
「清太君」
目を開けると、
夏を纏った君が居た。
「シャボン玉」
空には、透明な丸が
ゆらゆらと風に乗っている。
_ああ、あの日と同じだ。
懐かしい、夏の風が
辺りを吹いた。
もう、三年前になるのか。
君の記憶。
三年たった今でも、
少しも戻る気配がない。
あの日の君は、もう、居ない。
「綺麗だね。夏だ」
君は、あの日と、
全く同じ台詞を吐いた。
「真夏だ。サイダーが飲みたい」
そう、オレンジジュースを飲みながら
僕は言う。
勿論、あの日と同じ台詞。
一休みしよう。
そんな彼女の言葉に、
僕等は二人並んで寝転がる。
「記憶をなくしてから」
目を閉じて、口だけを動かし君が言う。
「私が私じゃないみたいで」
声が、少し震え出した。
「清太くんのことも、
友達のことも。
まだ、何も思い出せない」
彼女は言った。
「あのトラックだけが、
毎晩夢に出てくる。
あのトラックに、
私はデータ消去されたの」
懐かしい。
また、柔らかな風が吹いて、
彼女の長い髪をふわりと靡かせた。
「清太くんは、どうして私と居てくれるの」
不思議そうに、そう問うと、
静かに僕を見つめた。
「どうせ、いつかは居なくなるんでしょ。
皆みたいに、
何も思い出せない私に幻滅するんでしょ」
「しないよ」
「もういいよ。
私が悪いわけじゃないのに。
皆、三年たったらもういない。
私は、何も思い出せない」
僕の記憶の中の君は、
いつだって笑ってた。
君の記憶の中に、
僕は居ないのか。
そう思うと、
やっぱり少し悲しい。
「何で、一緒に居てくれるのか?
どうせ、いつか居なくなる?」
雲が流れて、太陽が隠れる。
もう一度太陽が顔を出すと、
真夏の空気と共に、
あの日と同じ台詞を吐いた。
「好きだから。
ずっと、そばに居るよ」
置いていた麦わら帽子が、
夏に溶けて宙を舞う。
「あの日の君がいなくとも、
君は君だよ」
彼女が、一瞬、
ここから居なくなったような気がした。
心ここに在らず、
のように、瞬きもせず、
記憶の遠くを見つめてるように。
「セイタ」
そして、数秒後。
涙声の君が呟く。
「返事する前に、
記憶失っちゃったんだ」
ふふっ、と笑う。
ああ。やっとか。
「私も、君が好きだよ」
「三年間、ずっと待ってた」
「三年間、そばに居てくれてありがとう」
繋いだ手に、夏が集まった。
その光景を、
向日葵と、
向日葵にかぶさった麦わら帽子だけが
ただ、眺めていた__。
END