“よお。久しぶり。”
“…久しぶり。”
突然世界は、動き出す。
“…綺麗になったな…。”
“あんたも、かっこよくなったね…。”
“聞いてくれるか?俺の話。”
“うん。聞かせて。”
誰も知らないあんたの世界に私を連れて行ってよ。
人は情報がないと生きていけない。
道に迷えば地図を見るし、
料理をする時は作り方を調べる。
勉強には教科書が必要不可欠だ。
人付き合いにおいても例外ではない。
人を知る上において情報源は様々だ。
内緒話。悪口。ネットの書き込み。
出元のわからない噂話。
それらを駆使して相手の人物像を描き、作り上げ、本人の知らないところで偽物が出来上がってゆく。
そうしてたくさんの偽物が生まれ、本人とのずれが大きな問題へとなるのだろう。
これは、不器用な二人の本物の話。
高校生は偽物がたくさんいる。
ありもしない情報によってたくさんの人が自分を偽り、見失う。
それを大人は思春期と言うらしい。
偽物が出来てしまった時、本物が取る行動はまちまちだが、多くは偽物を本物にする。
理由は2つだと私は思う。
1つ目は、めんどくさい。
2つ目は、嫌われたくない。
あいつは前者で私は後者だった。
…だと思ってたんだ。
私は噂話や悪口が嫌いだ。
しかし、自分を守るためなら仕方ないと思う。
どうせ私も言われている。お互い様だ。
今日もどこから聞いたのかわからない噂話を聞いていた。
どうやら学校1のヤンキーのあいつらしい。
“やっぱり怖いよね。私服にピアスって。”
“ほんとにねー。制服着ろよって感じ。”
“ねえ。この前、夜にお店から出てきて補導されたらしいよ。”
“えー。それで自宅謹慎なの?やばーい。”
いつもなら右から左に聞き流すが、今日はやけに引っ掛かった。
甲高い声に苛立ちを覚えた。
勢いよくドアを開ける。
空き教室になったこの部屋は古くてドアが開きにくいのだ。
“やっぱりここにいた。”
私はズカズカとあいつの隣に座った。
“お前、何しに来たんだよ。”
“サボりに。”
“はぁ?お前、授業数大丈夫なのかよ?”
“あんたに言われたくない。”
人の心配してる場合か。
と、心でツッコむ。
学校1のヤンキーと言われているが、ほんとは優しい。
出逢いはたまたまあいつのバイト先の飲食店に食べに行ったこと。
学校はバイト禁止だから、不思議だったが、事情を聞き納得した。
それからは何かとよく会う。
“ピアス、なんで開けたんだっけ?”
“ん、あーうちのガキがひとりで開けるの怖いから一緒に開けてくれって言うからな。”
こいつは施設育ちだ。
ピアスを開けたのも年下の子に頼まれて断れなかったからだし、制服を着ないのも買う金がもったいないかららしい。
夜は毎日バイトにあけくれている。
そう、噂話は全部事実だが、全部事実ではない。
その出来事を汲み取っただけの情報であり、そこに本人の気持ちも理由も存在しない。
こいつはヤンキーでも最低な奴でもない。
優しくて良い奴だ。
誰も知らない真実を知ってることに私は優越感を覚えた。
何ヶ月かしたある日、あいつと空き教室で話し、教室戻ってきた。
空気がいつもと違うことを感じた。
“かな、何処行ってたの?”
いつも先頭立って噂話を始める彼女は私が戻ってきてすぐ問う。
“…あれ?言ってなかった?保健室だよ。”
鋭い目は疑ってるようにしか見えない。
“さっき、保健室行ったけどいなかったんだけど。”
血の気が引く。嘘はいつかばれる。
“この前、聞いたんだけど。
かな、あのヤンキーと仲いいの?”
“ねぇ、かな、どうなの?”
“まさか…嘘だよね?”
“あんな奴と…”
何を信じたいのか周りまでもが心配の言葉をかける。
そろそろ限界だった。
あいつが悪くいわれるのがどうしても許せなかった。
頭に血が上る。
“…あのヤンキーって何?あんな奴って誰?!
あいつのことなんにも知らないくせに…”
突然後ろから口を塞がれた。
この大きな手はあいつだった。
“うぜぇお前。先生に頼まれただか知らねぇがつきまとうな。”
それだけ言い放つとさっさと出ていってしまった。
“な、何あれ。何様なの?”
“かな、そんなこと頼まれてたの?言ってよー。”
“てか、やっぱりあいつ最低じゃん。”
違う。違う。あいつはそんなやつじゃない。
なのにもう言葉が出なかった。
私はどこまでも弱い。
次の日、空き教室にあいつは、現れなかった。
どんなに探しても見つからなかった。
次の日、その次の日、そのまた次の日。
どんなに待ってもあいつは現れなかった。
そして突然終わりを告げる。
“ねぇ。あいつ、退学したらしいよ。”
え、…
“それ、ほんと?”
“何急に。まじだよ。さっき、職員室で退学届みたいなの出してるの見たもん。”
そんな…
気づけば駅まで来ていた。
職員室にあいつはもういなくて、帰ったと聞き、追いかけた。
大きなかばんを持っていたらしいから、きっと施設じゃないと思い、駅に向かった。
駅のホーム、ひときわ目立つ奴がいた。
“何処行くのさ…”
絞り出した声は震えていた。
あいつは勢いよく振り返った。
“なんで…ここにいんだよ”
あいつの声も震えていた。
“質問に答えてよ。何処行くの。”
あいつは俯いて答えた。
“お前は知らなくていい。”
突然距離を置かれ、腹がたった。
あいつはさらに続けた。
“誰も知らなくていい。”
気づいたら私はあいつを抱きしめてた。
そうしないと、本当に何処かへ行ってしまう気がした。
“なんで、なんでそんなこと言うの?!”
悔しかった。私はこんなことしか言えない。
“…誰も俺のことなんて知らねぇよ。
教師も、クラスメイトも、…お前も。”
頭に水滴が落ちる。あいつは、泣いていた。
“わ…私は、あんたの、何を知らないの…?”
少なくとも皆より知っている。
全てとは言えなくても誰よりも知ってる自信はあった。
だから余計に悲しくなった。
あいつは無理やり私の腕を引き離した。
あいつの顔はぐちゃぐちゃだった。
私はこんなあいつを知らない。
いつの間にか電車が来ていた。
“…ごめんな。”
そう言うとあいつは、電車に乗った。
扉が閉まるまでまだ時間はある。
あいつを引き止める最後の時間だ。
手が汗ばむ。上手く声にならない。
“あ、あんたは、誰にも教えてない、
誰もあんたを知らないんじゃない、あんたが誰にも教えないじゃない。
なのに、なんで、”
焦る気持ちが醜い言葉へ変えている。
違う。私はあいつを傷つけたいわけじゃない。
“俺は、最低なやつなんだろ?
なら、いないほうがいい。”
“違う!あんたは最低なんかじゃない!
あんたは、…”
“ありがとうな、”
あいつは笑った。
今まで見た中で1番綺麗な笑顔だった。
“ねぇ…ほんとに行くの、?”
私はあいつを引き止める力を持ってない。
あいつは何も言わず頷いた。
あいつの意志の固さが見える。
もうだめなんだ…今の私じゃ…
私も覚悟を決めた。
“…約束して!いつか、いつか必ず会いに来るって!
あんたが自分のこと私に話せるようになったら、誰も知らないあんたを聞かせて!
それまで待ってるから!ずっと待ってるから!”
扉が閉まり、電車は動き出した。
扉越しにあいつが頷いたような気がした。
私は涙を拭って歩き出した。
立ち止まってる時間はない。
いつかあいつが会いに来た時、見違えるほど強くて美しい人間になってやる。
だから、いつか会えたら__
“誰も知らないあんたの世界に連れて行ってよ。”
つぶやいた声は風にのって消えていった。
まな・2020-10-12 #誰も知らない僕の世界 #いつかの約束 #偽物と本物 #まなの小説 #長編小説 #消すかも。 #0423*0617
