同じ夕焼けを・2025-03-23
十二等星のダイヤ
十二等星のダイヤ
67/320
キミの話を聞きながら
いつしか学校に着いた
キミにとってこの学校は
ダンスホールや
コンサート会場のように
こころが躍る場所なのか
少なくともボクには
毎日のように過ごすために
与えられた場所にすぎない
でもここに来なくても構わないと
放り出されたら
他に過ごす場所などない
ボクにとっての学校は
自分の存在を
社会に証明するために
必要な場所でしかない
ここにいるだけで
認められる
ここにいなければ
見捨てられる
それだけの渇いた場所
それでも学校行事によって
楽しい想い出が
こころに打刻されている
そんな好きにも嫌いにも
なることのできない学校に
新学期からは
難儀な担任が着任した
十二等星のダイヤ
68/320
早くもクラスのみんなは
担任を敬遠していた
中学生相手なので
甘く見られないように
最初は厳しい態度を示す
そして次第に
優しくて親しみのある
一面を晒すことは
あり得ることだから
今はまだ厳しい面だけを
表に出す時期だと捉えて
まずは大人しくして
担任がこころを許すのを
待っていれば良いのだけど
みんなはこの担任には
温かい感情はなく
ただ学問を授けることだけを
使命と考えているのだと
悟ってしまっているようだ
ボクもまた
担任の今後の態度の変化を
期待することは
放棄した方が良いと
思い始めている
でもキミは担任の
厳しい叱責さえも
モノともせずに
堂々と立ち向かっている
キミと担任の二人のためだけに
二年生があるのだろうか
そう感じずにはいられなかった
十二等星のダイヤ
69/320
キミの話を一方的に聞いて
担任から叱責されぬよう
鉄仮面でホームルームを
やり過ごす
そんな日々を
つみ木のように
危なっかしく積み重ねながら
日々は過ぎゆき
知らない間に
桜の花が散り終えた頃
ゴールデンウィークは
目前に迫っていた
そうやく今年の
図書委員が決まり
図書室の本が
借りられるようになった
キミは待ってましたと
言わんばかりに
ゴールデンウイーク中に読む本を
しきりに選んでいた
キミが興味を持った本を
ボクも読んでみたくなって
キミが以前に
図書室で読んでいた本を
借りることにした
キミは目が高いねと
ボクのことを褒めてくれた
その言葉にボクは
この本を読めば
キミが何を考えているか
分かるような気がして
早く読みたい気持ちで
こころが弾んでいた
十二等星のダイヤ
65/320
休日はキミの存在さえ
忘れてしまったかのように
過ぎ去って
新しい月曜日を迎えた
眠たい目を擦りながら
月曜日独特の重い体を
担ぎ上げて
キミの家に向かった
川べりの桜が断りもなく
何輪かの花を咲かせていた
ようやくこの地にも
遅い春が扉を開いて
空気は冷たいながらも
冬のような鋭さは
感じなくなっていた
キミが住んでいた大都会でも
空気が肌に触れる感覚は
同じなのだろうか
はたまた大勢の人と
ひしめく人工物によって
空気の持つ感覚は
損なわれているのか
どこにでも訪れる春は
どこに住んでいるかで
やはりその風情が
違っているのか
大都会の煩忙の中を
懸命に暮らしてきたキミは
そんな感覚など
持ち合わせては
いないことだろう
十二等星のダイヤ
70/320
ようやく木々の新芽が
ほころび始めた山を
キミは感激して眺めている
その姿を見つめながら
帰宅の途を進めている
キミと別れて
いつしかボクは家に着いていた
飛び跳ねるように
玄関を駆け抜けて
自分の部屋に飛び込んだら
早速カバンから本を出した
誰も手にしないのか
古い本のわりには
あまり傷んでいない
この小説の題名は
聞いたことはない
著者も聞いたことがない
あまり本に
興味を持たなかったから
知らないだけなのか
それとも本当に人に知られない
文学の片隅に
追いやられてしまった本なのか
考えていても仕方ないので
表紙を開くことにした
十二等星のダイヤ
80/320
図書室で新たに二冊
本を借りて帰った
いずれもキミが
興味深げに読んでいた
無名の小説だった
ゴールデンウイークの後半は
この二冊を読むことに
時間を捧げることにした
キミもまた
幾冊かの本を借りていた
学校帰りにキミは
先日ボクが読んだ小説の
魅力について語りだした
キミの読解力は
遥かに優れていて
さりげない表現や
描写の中から
主人公の感情を
汲み取っていた
何よりもその小説を
全て自分の生き方と対比して
自分と主人公の感性の違いを
楽しんでいるのだった
こんな風に
本を読んだことのないボクは
驚くとともに
著者が伝えたかった
さりげないメッセージに
気づこうとしていないことを
申し訳なくて
俯いてキミの話しを聞いていた
十二等星のダイヤ
64/320
ではキミのためなのか
遠くから転校して
不安でこころが
落ち着かないキミが
みんなから注目を浴びて
より一層不安になる
キミはこの年頃の人が
夢中になるだろう
マンガやゲームには
一切興味がない
だからクラスメイトと
打ち解けるきっかけもない
その情報を学校が掴んでいて
敢えてボクを窓口にすることで
キミが理由で孤立するのではなく
ボクが原因で孤立してしまった
そうなればボクたちは
一蓮托生なので
孤立はしなくなる
理屈としては
正しいのかもしれないけど
学校がとるべき手段ではない
ボクの思考は
キミとボクの間を往来しながら
ますますボクは
分からなくなってしまい
とうとうボクは
理由を考えることを
断念してしまった
十二等星のダイヤ
75/320
ヒバリのさえずりで
目が覚めた
慌てて時計を確認すると
もはや10時を過ぎていた
布団から飛び起きて
カーテンを開けると
高い日射しが
窓を叩いていた
部屋の冷ややかな空気に対し
外の心地良い暖かさが
白い蝶の舞う姿に反射して
視覚的に伝わってきた
この安らぎのある景色を
素直に受け入れられないのは
いくらゴールデンウイークでも
こんな時間まで寝ているのは
愚かしいように思えて
春の燦めいた空とは相反して
クシャクシャした気持ちで
しかたなかったからだ
それにしても
昨夜は何時に寝たか
覚えてはいない
あの小説について
いろいろと考えていたら
なかなか眠れなかったから
十二等星のダイヤ
84/320
この物語で主人公が
走ることに向き合うきっかけは
偶然のように見えて
こうなることが
必然だとキミは言う
もし天気が曇りだったら
もし体育が持久走でなかったら
もしその生徒が完走しなかったら
主人公はその場面にも
出会うことさえなかったはず
主人公はそうなるべくして
なったんだ
走ることが好きだから
走れなくなって
走りたい気持ちを
無理矢理に抑えつけても
自分のこころにウソはつけない
そして世の中は
またキミを走らせようと
舞台を設けたんだ
そして主人公は
たくさんの力に背中を押され
舞台立つべくして立ったんだ
キミはまるでこの小説の
著者であるかのように
文章には表現されていない
主人公が向かうべき運命を
語っていた
十二等星のダイヤ
81/320
ゴールデンウィークは
羽ばたくように終わった
ボクは図書室で借りた本を
読むだけで過ごしていた
大都会から空の狭いこの地に
越してきたキミを
気の毒に思いつつも
ボクは四角く切り取られた
空しか見えない空間で
過ごしていたことが
愚かな気がして
登校前の五月の空を
虚ろに眺めていた
図書室で借りた本は
やはり静かな物語だった
他人には小さく見える苦しみを
ひっそりと抱えながらも
小さな奇跡の連続で
生きる希望を見つけ出し
小さな一歩を踏み出す物語
走ることができなくなり
もう走ることを諦めていた
そんなある日の
体育の授業の持久走で
苦しそうにしながら
完走を目指す生徒に
こころを打たれて
走ることに向き合い始めた物語
どちらも胸をときめかせる
そんな物語ではなかった
十二等星のダイヤ
66/320
キミの家に着いて
チャイムを鳴らす
キミは嬉しそうに
玄関の扉を開く
そして開口一番
おはようとあいさつをした
ボクもオハヨと
こころとは裏腹の
無愛想なあいさつをする
キミはボクの作った
地図を頼りに
昨日小学校のある集落を
訪れたと言った
そして歩きながら
キミの目に映ったモノを
列挙し始めた
当然ボクには
馴染み深いモノばかりなので
何の興味もなく
ただ聞いているだけだった
そんなボクの無関心には
一切とらわれることなく
心底楽しそうに話している
大都会に浸かっていたキミには
このミニチュアな世界が
まるで童話に出てくる世界に
映っているのかもしれない
そのことがキミを
物語の主人公に感じさせた
ではこの主人公は
この先何処へ向かうのだろう
分かる者はいなかった
十二等星のダイヤ
62/320
新学期から三日が経った
とても長い時間を
過ごしてきた気がする
たった一人の転校生が
ボクの生活に
こんなに大きな変化を
もたらすなどとは
思いもよらなかった
それはキミの窓口として
ボクが指名されたことに
大きな原因があった
そしてそれはボクに課題を
突き付けるモノだった
ボクが敢えて指名された意図
それを考え出さないと
メモ帳は取り返せない
別に何ら大事な手帳では
ないのだけれど
何というか
答えを出さないと
あの担任から
ずっと蔑まれた態度をとられる
それはボクだけでなく
クラスのみんなさえも
そんな態度をとられてしまう
十二等星のダイヤ
61/320
キミは帰り道も
地図を見ながら
実際の景色と見比べて
歓声を上げていた
ボクのぶっきらぼうな地図は
この地に越してきたキミには
宝物の在り処を示す
地図のようにみえるらしい
実際に宝があるとは
誰も思っていないし
エラい人が
調査をしたという話も
聞いたことはなかった
だからこの地に住むボクは
今までこの地が
こんなにも興味深く
見られることはなかったから
どこか誇らしい気持ちだった
でもキミの住んでいた大都会は
何でも揃っていて
新しい文化や技術を
毎日のように呼び込んで
語り尽くせないほどの
魅力を抱きかかえている
だからキミの目には
どのように映り
キミのこころは
何にときめいているのか
知りたいと思った
十二等星のダイヤ
63/320
ボクは人と話せない
でも話したくない訳ではない
なぜか話せない
それが分かった上で
キミの窓口となった
それはどう考えても
キミのためではない
じゃあボクのためなのか
キミを通じて
人と話せるように
訓練をすることを課せられた
そんな考え方もできなくない
でも遠くから
全く異なる環境から
ここへ越して来たキミを
ボクの訓練のために
利用することは
ボクのためになったとしても
キミのためにはならない
一日でも早くこの地に慣れて
クラスのみんなと
馴染みたいだろうに
もしキミがクラスで孤立して
学校に来ることが
ツラくなっても
誰の徳にもならない
十二等星のダイヤ
79/320
ゴールデンウイークの狭間
いつものように
キミと学校に向かう
キミは休日に
ボクの地図をたどって
集落を訪ねていたそうだ
もう少しで全ての集落を
踏破できるそうで
連休後半も
楽しみでいっぱいと言った
今のキミにとって
小さな幸せとは
初めて暮らす地の
単なる普通の家々が
肩を寄せるように建っている
何の刺激さえも
もたらすことのない
集落の探訪なのだろう
でもそれが終わったら
キミは何に幸せを求めるのか
到底ボクには
想像はできないが
家と学校を往復するだけの
そんな生活は
キミのこころを
故郷である大都会に
肉体を残して飛んでゆくのか