同じ夕焼けを・2025-05-14
十二等星のダイヤ
十二等星のダイヤ
225/320
あいさつの他には
キミは何も話さないで
浮かない表情で歩いていた
しばし無言で
運動靴の足音と
少し勢力を増しながらも
まだ稚拙さを感じる
セミの鳴き声を聞きながら
ただ虚しく学校へと向かう
夏休みという
たくさんの期待を
受けとめてくれる期間が
もうすぐに迫っているのに
ボクたちはそれに
背中を向けているようで
夏から逃げ出そうと
しているかのようだった
その時キミはふと
夏の風は熱を帯びているのに
なんで心地良いんだろうとか
川の流れに反射する光は
宝石みたいに
燦めいているねとか
夏の遅い夕焼けは
こころを落ち着かせるねとか
夏の風景を
特に感慨もなく話していた
ボクはただそれを
相槌を打ちながら
聞いていたのだけど
相槌を打つことさえも
たじろがれるのだった
十二等星のダイヤ
224/320
キミの家にたどり着いた
緊張感が瞬く間に高まり
頼りない手つきで
ためらいがちにベルを鳴らす
少しの間をおいたけれど
なんの音沙汰もない
覚悟を決めていたボクは
その静寂に
押し潰されそうになった
もしかして今日キミは
学校を休むのだろうか
そんな不安さえも
襲いかかってきた
耐えかねたボクは
もう一度ベルを鳴らそうと
おずおずと手を伸ばしたら
扉が開いて
キミが玄関から姿を現した
おはようと言う
キミのあいさつが
どこか機械的な響きがして
ボクのこころに
冷たい感覚を浴びせた
それでもボクは
いつものように
オハヨと声を絞り出した
十二等星のダイヤ
227/320
そしてキミは
自分のこころの居場所を
探すために
ひとりで山に登っていたのか
もしそうだとしても
キミに対してボクが出来ること
そんなモノがあるのだろうか
キミの顔をさりげなく
見つめていても
答えは出なかった
だけどこのまま
夏休みに入ってしまったら
こんな風に
肩を並べて歩く人も
図書室で一緒に
本を読む人もいなくなる
そんな日々が幾日も続く
そうなったらキミは
彼女のことを
考え続けるだけの日々を
毎日毎日送ることになる
そんな生活を
送らせてはならない
送って欲しくはない
人と話すことができず
哀しみさえも伝えることが
できないボクだから
キミの気持ちが
ミンミンゼミの鳴き声のように
こころに響くのだった
十二等星のダイヤ
206/320
臆病な手を震わせて
教室の扉を
ゆっくりと開きます
もしかしたらアナタが
何ともない姿で
席に座っていたら
そんなことを期待しなければ
現実を目の当たりには
できないほどに
ワタシのこころは
空気の抜けた風船のように
しぼんでいました
祈るようにアナタの席に
目を向けたけれど
当然アナタはいません
そして誰もいませんでした
ワタシは自分の席に
カバンを取りに行ったら
諦めの悪いワタシのこころは
再びアナタの席に
視線を向けたのです
そこにアナタはいなかった
でもたったひとつの希望を
ワタシは見つけました
アナタの机の横に
カバンがかけられていたのです
十二等星のダイヤ
222/320
何も考えが浮かばないまま
明日という日が
時間どおりにやって来た
またあの月曜日と
同じ気持ちで朝を迎えた
事情は違うけれど
この苦しみは
ボクが播いた種によるものだ
あの時はこの種が
スクスクと成長して
きっと二人の前に
幸せの花を咲かせるものと
純粋に考えていた
だけどその種からは
蔓草が生えてきて
ボクたちのこころを
締めつけてしまった
ボクたちはもがくほどに
蔓草はこんがらがって
もうもがくことも
できないほどになっていた
ボクにはもはや
時間の経過を待って
蔓草が枯れ果てるまで
耐え忍ぶしかないようだった
十二等星のダイヤ
214/320
1時間位過ぎた頃
無をうち破る声が
廊下の奥から聞こえました
声の主は担任だと
瞬時に分かりました
きっとアナタを送って
学校に戻ってから
アナタの前では堪えていた
憤りが発せられたのでしょう
そしてその声で
ワタシは現世に戻りました
現世に戻ったワタシは
ここで一人
突っ伏していることが
ワタシの起こした問題から
逃げていることに
気がついたのです
アナタの怪我の程度とは
関係なしに
ワタシの起こした問題で
担任を初め先生たちは
ワタシに対して
何か対処することを
考えるはずです
アナタに対する
ワタシの取った行動は
中学生にとっては
ごく当たり前のこと
そんな考えは
アナタという
当たり前を軽々越えてしまった
一人の天才の前では
とんでもない行動であることを
受けとめなければ
ならなかったのです
十二等星のダイヤ
215/320
アナタに対してよりも
ワタシは担任に対して
許しを請わなくてはならない
ともすれば学校に対して
許しを請わなくてはならない
そう気づいたら
ワタシはとんでもない
大きなモノから
責められていると
気がついたのです
そしてもしもアナタの怪我が
重傷だったとしたら
アナタの人生に対して
許しを請わなくてはならない
そう考えたら
とてつもなく大きなモノが
ワタシの背中にもたれている
そう気づいたら
この教室であたかもワタシが
被害者であるかのように
黄昏れていることが
許せなくなったのです
ワタシにできることを
何かしないといけない
そう考えたら
いたたまれなくなったのです
そしてワタシは自分が
担任に対して
学校に対して
アナタに対して
取るべき行動に気づいて
こころに決めたのです
十二等星のダイヤ
218/320
この学校を去っても
アナタのこころの底からの
笑顔を見ることができた
一緒に手を取って
踊ることができた
アナタがみんなに隠していた
淋しい表情を見ることができた
だからワタシはこの学校を
去ってしまっても
みんなに自慢ができるのです
もしワタシのことを
気にかけてくれるのなら
どうか輝かしい未来を
実現させて欲しいのです
今は自分を抑えつけていても
社会から賞賛される
功績を残したなら
もうアナタは何ひとつ
我慢をすることなどないのです
本当の自分で生きていけるのです
そんなアナタの姿を
見届けることが
ワタシの願いで幸せなのです
アナタの未来が輝くほどに
ワタシはたくさん自慢が
できるのです
十二等星のダイヤ
219/320
書きあがったら
念のために
読みかえしてみました
アナタへのお詫びのはずが
アナタへの願いばかり
書いていることに気づきます
しかもアナタの功績によって
ワタシが救われるなど
随分厚かましいことを
書いたものだなと
我ながら呆れました
書き直そうかと思ったけど
これもワタシの本心だから
きっとアナタは
受けとめてくれるはず
今日のほんの一時だけ
アナタは本当の姿を
ワタシに見せてくれたから
きっとワタシのワガママを
分かってくれるはず
ワタシの気持ちを
屋上で笑ったように
心地良く受けとめてくれるはず
そう信じている気持ちに
なぜか絶対の自信に
満ちていたのです
十二等星のダイヤ
208/320
ようやくアナタに会える
はやる気持ちと同時に
あんなことがあったのに
アナタと出会っても
良いものだろうか
怯えた気持ちを
同時に抱えて
ワタシのこころは
急沸騰しそうなほどに
危うい状態でした
アナタを怪我させたことは
抗えない事実だけれど
アナタが屋上で見せた
体全体から放たれた歓喜も
覆せはしない真実なので
その結果に対して
アナタがワタシを
許そうが恨んでいようが
全身で受けとめる覚悟を
決めていました
でも教室に入ってきたのは
アナタではなくて
担任なのでした
そして担任の後ろには
アナタの姿はありませんでした
十二等星のダイヤ
209/320
アナタがここにいないことに
ワタシの心配は煽られました
担任にアナタの具合を
聞こうとして立ちあがったら
担任はワタシを
厳しい目つきでにらみました
途端にワタシは
何も言えなくなり
俯いてしまいました
アナタの席に向かう
担任の足音が蒸された教室に
響きわたりました
その響きはワタシに対する
非難の気持ちが
込められているのが
はっきりと分かります
ワタシは強い向かい風に
さらされたように
身もこころも威圧されて
あれだけ流れていた汗が
蛇口を閉じたように
ピタリと止まりました
そんなワタシのこころを
担任は気にもとめず
アナタの席から
カバンを手にしたら
無言のままで
教室の扉に向かって
歩き出したのです
十二等星のダイヤ
210/320
扉の手前まで
担任が歩を進めたのに
何も言わなかったので
ワタシはついに
アナタの怪我は重いのですか
すがりつくように尋ねました
担任は顔だけ振り向いて
ワタシの表情を確かめてから
オマエに話す必要はないと
突き放したのです
それでもワタシは
アナタの怪我の具合が
知りたかったので
ワタシのせいで
怪我を負わせてしまったので
どうしても知りたいのです
祈りを込めた瞳で
担任にすがりました
真夏の陽気と相反して
担任は凍りつくような目つきで
ワタシを睨みました
その目つきにワタシが
怯えているのを担任は察して
ワタシに絶望を与える
一撃をぶつけたのです
十二等星のダイヤ
223/320
こころは縛られていても
手も足も動かせる
だからいつものように
キミを迎えに行って
一緒に登校しなくてはならない
キミに寄り添えば
いつかきっと何かが起こる
そんな無邪気な願いを
両腕でがっしりと抱え
キミの家へと向かう
もしも願いというモノに
形があるのなら
どんなに重くても
担ぐことができなくても
引きずりながらでも
絶対に離しはしないだろう
だけど形も姿もなくて
全く質量もなくて
担ぐことも
引きずることさえも
できないからこそ
持ち続けることが難しいと
痛感しながら
自分の足下だけを見つめて
絶対に立ち止まるまいと
自分を鼓舞しながら
ただひたすらに歩いていた
十二等星のダイヤ
228/320
今日は一日中
キミはもうすぐ明ける
梅雨の晴れ間の空を
見つめていた
授業中は鬼も逃げるほどの
集中力を発揮しているのに
どこか落ち着きがない
そんなこころ模様が
キミの背中から伝わってくる
期末テストも終わり
ほぼ自習の時間とはいえ
勉強にかけては
一切手加減することなく
全ての力を注ぐキミの
こんなにも頼りなさそうな
背中を彼女が見つめていたら
どう思うのだろう
そんなことを想像していたら
こんなにも成績優秀なキミを
遥かに凌駕している
彼女の頭脳はどれほどなのか
想像さえもつかなかった
キミの物語では
彼女は常人を越える
頭脳を持っていながらも
夏空が広がる屋上で
無邪気にはしゃぐという
そんな愛らしい姿も見せる
では彼女なら
キミの手紙を読んで
何を想ったのだろうか
十二等星のダイヤ
216/320
ワタシはカバンから
ノートとペンケースを
取り出したら
空白のページを開いて
アナタへのお詫びの気持ちを
書き出しました
アナタと出会った運命は
素敵な友情を築くはず
なのにアナタを傷つけた
それは不慮の事故だと考えて
仕方がなかったことだと
自分に言い聞かせたら
ワタシの考えが間違っている
ようやくそれに気づきました
体育の授業を教室で過ごし
学校への行き帰りを
専属の車で送迎されている
そんなアナタに
急に運動をさせたなら
怪我をすることだって
あるはずだから
アナタが怪我をしたのは
必然だったのです
アナタの存在は
ワタシの遠くにあったのに
無理に近づいてしまったこと
それが全てを引き起こした
最大の原因だったのです