「病になったのは…その後、暫く経ってからです」
「彼女」は病に冒された枝の葉を
ザワザワと揺らしながら
懸命に痛みに耐える。
痛いはずだ。
人間で言うならば
骨格が曲がり
骨が飛び出すのと
同等なのだから。
ヨイヤミは彼女の痛みを拭うように
時折、彼女の肌を撫で頬を寄せ
そして尋ねた。
「この病を望んだと、言いましたね」
「ええ、だって…大きくなっても大きくなっても迅太さんは戻ってきてくれなかったんですもの。だから私は風さんに頼んで病気を運んできてもらったのです」
「死ぬ為、ではありませんね」
「死ぬ…?とんでもない。私は迅太に帰ってきてもらうために、天狗巣病になったんです」
天狗巣病
植物病害の一種
植物の茎や枝が
異常に密生する奇形症状。
この病害に冒された樹木は
天狗の巣の様な奇形を伴う為
天狗巣病と呼ぶ。
witches' broom
英名では魔女の箒である。
なるほど。
彼女の枝は分かれ分かれて
絡み合い密集して
天狗の巣のようだ。
彼女は笑う。
無理やりに笑う。
「私は迅太さんが帰ってきた時に、巣まで作ったのかとほめてもらうんです、そして迅太さんとずっと一緒に暮らすんです」
何かに怯えるように
何度も何度も願いを口にした。
そこには
得体の知れない恐怖があるようだ。
ヨイヤミは立ち上がった。
そして彼女にとって
最も残酷な言葉を伝える。
「……迅太さんは戻ってはきません」
「…帰ってきます、約束したんです」
「帰りません…それは貴女がよく分かっているはずです」
ヨイヤミの悲しそうな表情に
彼女の目が、大きく見開かれる。
それでも彼女はこう言った。
「わかりません」
「このままではあなたが苦しいだけですよ」
「それでも構いません、私はこれから先も迅太を待ち続けますから」
ヨイヤミは「仕方ないですね」
そう呟くと、ぱちんと指を鳴らせた。
「何を……っ」
「絡み合った記憶を解いてきなさい」
彼女の視界は歪んだ。
【ヨイヤミ-Case One- witches' broom⑥】
「ここは…」
昼の山だ。
さっきまで夜中の山で
藍色の鳶の人と話していたのに。
それにポカポカと暖かい。
私はザワザワと枝を揺らしながら
辺りを見回した。
たんぽぽにつくしんぼう。
蝶々が飛び回る、春だ。
そして、視線がとまる。
息を飲んだ。
目の前の川には
迅太がいたのだ。
迅太が元気に
魚を追いかけていた。
迅太を見つめる私に気がつくと
大きく手を振って、無邪気に笑う。
小麦色の肌。
筋肉質な上半身。
身体が少し小さめなのは
きっと自由に空を
飛び回るため。
背中の鷹翼。
手には大事な扇。
だけど迅太はそれを
魚を捕らえる為の道具として使っていた。
この景色、見たことがある。
この後迅太は
川の石に滑って転ぶのよ。
そう思った矢先、
バッシャーンと大きな音を立てて
「いってえ!」
迅太の声が聴こえた。
どくどく、と嫌な予感が
私の身を掠めていく。
「あーあ、ツイてないや、さくら見てたか?すごく大きいヤマメが居たんだ、この川のヌシかなあ」
濡れた服を搾りながら
迅太は当たり前に私の幹へと腰掛けた。
そして、私を見上げて声を上げる。
「あ!さくら!」
「え、なんですか?」
「お前の頭、花が咲いてる!」
すげえ!そう言って迅太は
あっという間に鷹翼で飛び上がると
私の花を撫で、
私の花に口付けた。
口付けなんてはじめてで
ときめきが止まない。
「やっと、やっと咲いたんだな」
「お前すごいなさくら」
「随分大きくなった、頑張ったな」
私を褒めちぎったあとで
迅太は心臓が止まりそうになる程の
言葉をくれた…。
「なあ、さくら」
私はさわっと花を
揺らすだけの返事を返す。
迅太はごほんと咳払いをして
こう、私に告げた。
「さくら、俺の巣になってくれ」
「え…?」
「さくらが桜を咲かせたその日にって決めてた」
何度聴いても、嬉しくて
涙が溢れる。
私はこの日のために
頑張ってきたんだもの。
これで迅太と
一緒にいられる。
雨でもないのに私の花からは
無数の滴が零れた。
そして迅太は
あの日の種明かしをした。
「さくらが出逢った頃言っただろ?自分が俺の巣になるって…俺あの時照れちまって言えなかったんだけど」
「はい」
「天狗界ではさ、決まった木に巣を作るってのは…婚姻と同じ意味なんだ」
「え…?」
「俺と婚姻の契りを結ぼう」
こんな幸せ
二度とない。
「私で……いいの?」
私は息をつきながら
迅太に尋ねた。
「さくらしかいないんだ」
迅太は私の幹に
ぎゆっと抱きつくと
そう告げて無邪気に笑う。
いかほどの時間を
そうして過ごしただろう。
ひとつに溶け合いそうな時を越えて、
迅太はとうとう、言う。
「さあてと、そうとなれば急ぎたい。巣作りの材料でも集めてくるよ」
行かないで
行っちゃダメ
私はそう叫びたかった。
私は、記憶違いをしていた…。
これは過去だ。
残酷な運命には叶うわけもなく
「気を付けて行ってきてね」
私はそう、笑ったんだ。
【ヨイヤミ-Case One- witches' broom⑥終】
ひとひら☘☽・2020-02-03 #幸介 #幸介による小さな物語 #ヨイヤミシリーズ #シリーズ #3つの宝物 #未来の恋の行方 #過去 #本領発揮 #ヨイヤミ #小説 #物語 #桜 #桜の花 #ポエム #満開 #魚とり #川 #別れ #独り言 #涙 #結婚 #婚姻 #巣 #天狗巣病 #片想い #恋 #幸せ #真実 #記憶
