【曇天】
「いやいや、違うの
曇りだって言いたいの」
「うん?だから、
暗くて嫌われてるって事でしょ」
「え、曇りって嫌われてんの?」
「暗かったら、嫌われるでしょ
何だって、誰だってそうでしょ」
「いや、俺は好きなんだよ。」
澄み切った青に
純白の綿が浮かんでいたら
それはそれは綺麗でしょう。
そこに更に鳥なんかが
飛んでいれば
風情を好む俳人達は
それはそれは大喜びでしょう。
だが、そんな物を好まない
変な人が居ました。
はい、今まさに目の前に。
「曇りがいっちゃん好き。
お前みたいで。」
「あのね、フォローになってないっていうか
それ、言われても嬉しくないっていうか
ていうか何なの!?
告白なの!?」
「ああ!告白だとも
付き合ってくれ、花見!」
「いっみ分かんないし!
それに私は好きじゃない。
悪いけど、諦めてよね。」
「くっそ…マジか。」
彼は栗色の髪を掻き回し
悔しそうに座り込んだ。
「ちょっと、ねえ、奈倉。」
「麦くんと呼べ」
「クソ麦。しゃがみこまないでよ」
「あーあー。
ねえ、俺のどこがダメなん」
「どこがって…
意味わからないところが、ダメ。」
「確かに俺、ミステリアスだもんな」
「あ、そういうとこも、無理」
曇天を好むこの男は
奈倉 麦 といって
誰もがお察しの通り、変な人である。
時は放課後の教室。
世はその教室を
オレンジ色だと言ったりする。
オレンジ色なんてものじゃない。
濁っているようで
淡くも鮮明な、変な色。
「んじゃ、またな花見」
「うん?」
そりゃ私だって
清き晴天のような人だとか
そんな風に言われたら良かった。
麦のデリカシーの無さに
少しばかり呆れながら
帰路を重々と辿った。
空を見上げれば
全面灰色がかった曇天である。
私は思わず溜息をついて
下を向きながら早足で進んだ。
翌朝、昨日と見違える晴天で
今度は逆に、
上を見上げづらくなってしまった。
「おはよ、花見!」
胸糞悪い原因の元である
奈倉麦が、今日も無駄に朗らかに
話しかけてきた。
「はあ、おはよ。」
わざと溜息をついたりなんかして、
素っ気なく返事をしてしまった。
「むーぎ!」
短髪で赤毛混じりの
ピアスを4、5個雑に付けている男が
急に視界に現れたものだから
思わず吃驚してしまって、
先刻と同じように下を向いて
麦の横を通り過ぎて行った。
「おい御門、ジャマすんなよ」
「わりい、え、あの子?」
「そうだよ、あーあ行っちゃった」
運の悪いことに、
私と麦は席が前後で、
授業中はやたらと後ろを向いてくる。
「ねえ、ちょっと、集中しなよ」
「優等生だなあ花見は」
「何よ、暗くてつまんないって
言いたいの?」
曇天女と思われたのが
余程悔しかったのか
私らしからぬ言葉を吐いた。
「曇りは暗い、そりゃそうだけど
淡く美しく、俺を元気にしてくれる」
茶色く光る瞳が
余りにも真っ直ぐだったものだから
私は思いのほか驚いてしまって、
黙ることしかできなかった。
ホームルームも終わり、
時はあの放課後となった。
「シャーペン落ちてる、
ねえ未玖、誰のだろ」
クラスの女子の言葉で、
私は視線をシャーペンに向けると
まあなんとも見事に、
私のペンだった。
「黄瀬さんじゃない?
この席だし、」
「黄瀬?…
ああ、あの暗い人。」
昔から友達なんかいなかったし
キツい性格とか、
暗い性格とか言われてきて
自分がつまらない人間だなんていう自覚は
とうの昔からあった。
ただまあ余りにもド直球だったものだから
焦り、というか、そんな気持ち。
心を抉るようだったけど、
臆病で情けない私ですから
傷ついた、ということを
意地でも認めたくはなかった。
結局、シャーペンは受け取らず、
気づいたら教室を出ていた。
空を見上げると、
眩しいくらいの、晴天である。
うざっだるい。
目が眩む。
あと数秒でも見上げるならば
きっと吐き気が襲ってくるような
そんな嫌悪感。
…羨ましい。
羨ましいほどの眩しさ。
この嫌悪感は、
醜い妬みで
ただこの眩しさを
夢見て
憧れて
曇った心が廃れては傷んでいく。
曇天女の、どこがいいのだろうか。
曇った天気の、どこに惹かれるのか。
暗い気持ちの、どこに救われるのか。
「分からない。」
そう呟いた後、
無数の水滴が頬を蔦った。
「あ、花見ー!」
変人男、奈倉麦が楽しそうに寄ってきた。
「え、何、何で泣いてんの。」
「うるさいな。
そんなことより、
なんでそんなに嬉しそうなの。」
「え、花見がいたから。」
「それ、どれくらい嬉しいの。」
「んー、数学の授業が、急遽体育に
変わった時、のー
50倍!」
「ふはっ、何それ
分かりづら!!」
暗くて、つまんない、
そんな私が、
いるだけで、こんなに喜んでもらえるなら。
明るい、眩しい、羨ましい、
だとかの妬みも、段々と薄れてくる。
「あ、笑った。かわいい」
「な、うるさい。」
ありがとう、そう伝えたかったけど、
喉で重複して、
それから消えた。
「んで、なんで泣いてたの」
突然、声色が変わった気がした。
綺麗に光る、栗色の瞳が、
まっすぐに私の目を見てる。
「しょうもないことだよ。
暗い人、って、言われただけ。」
「誰に?」
「クラスの人」
「ごめん、やっぱ、嫌だよな」
「そりゃね、
でももういい。」
清き晴天とかいうものに、
憧れたって、
自分の本質的に、
なれるものじゃない。
もし、なれてしまったら
それはもう、私じゃないんじゃないかって
思えてくる。
「疲れたー!最悪だ!って思った一日が、
誰かにとって、
楽しくて、嬉しくて
忘れられない大切な一日なら
なんかもう、それでいいやって
それがいいやって、
思えるように、
暗くて、つまんなくて
嫌だなって思った自分が、
誰かにとって、
それがいいって、思える
大切な人なら、
なんかもう、それがいいやって、
思えるよ。」
私がそう言うと、
彼は目を丸くして
「好きだ」
と、又言った。
曇りの良さが、分からなかった。
皆を、落ち込ませるだけだと
思い込んでいた。
ただ憧れるんじゃなくて、
自分を理解して、
受け入れて、
そして又誰かに、
受け入れてもらいたい。
「花見!行こう!」
雨天の中の晴れ間のような
心優しい、物好きな少年と
曇天のような
淡く美しく、
人の心に、寄り添える少女は
彼の猛アプローチの末、
今は2人で手を繋いで
晴れの日も
雨の日も、
風の日も、
雪の日も、
曇りの日も。
手を繋いで、笑っている。