〔 カメレオン俳優の生涯 〕
「右手が勝手にやったんだよ…!」
「ホントだもん!
僕のこっちの手、勝手に動くんだ」
あれは幼稚園の年中の頃だったか
渚が今にも泣きだしそうな顔で
必死に訴えた事を
大人は誰もまともに取り合わなかった
保育士はもちろん、母親さえも
でもそれは当然の事だった
まずカミングアウトのタイミングが
よくなかったな、と俺は思う
友達を右手で殴った後にそれを言っちゃ
周囲の人間には
言い訳にしか聞こえないだろう
そもそも"勝手に右手が動く"なんて
普通は有り得ない
その事実を
渚も幼心に察した様で
それ以降、彼はただの一度も
人前でその話をしなかった
だから俺だけだ
渚は間違ってない
嘘をついてもない
オレ
友達を殴ったのは「右手」で
渚じゃないと知っているのは
渚が遊んでいたオモチャを
横取りした彼奴に
俺は無性に腹が立った
そして、次の瞬間には殴っていた
だから渚は悪くないよ
慰める意味で
俺は渚の左手をそっと撫でた
__
「ありがとう」
_いいって事だ
机の上に並ぶ
100点満点のテストを見つめながら
渚は俺に小さく礼を言った
"自分の右手は自分より賢い"
渚は小学四年生でその事実を見抜く
算数のテストの時間
もうギブアップとばかりに
鉛筆を転がしていた左手から
俺はそれを奪い問題を全て解いてやった
その結果が、100点というわけだ
渚は自分の右手は天才だと思った様だが
実際は少し違う
渚が寝ている間や
友達と遊んでいる間
俺は勝手に動く訳にもいかないので
暇潰しとして渚が授業で習った知識を
復習していた
ただそれだけの事だった
テスト中鉛筆を奪ったのも
渚を助けたかったというのは
理由の八割くらいで
残りの二割は暇だったからだ
それでも渚は俺を褒めた
「ありがとう」と言ってくれた
いいって事だ相棒
その日から勉強は俺の担当となった
__
『双子だったのよ、あんた』
渚の母親が
唐突にそんな事を言い出したのは
渚が高校二年生の時だった
「は?」
渚が俺の気持ちを代弁してくれる
その後ろに
渚はずっと1人だった
生まれた時から渚と一緒の
オレ
「右手」が言うんだから間違いない
と付け足してくれたら完璧だった
渚の母はおもむろに
一枚の小さな紙切れを渚に差し出す
『ほら、ここ
米粒みたいなのが2つあるでしょ
どっちかがアンタ
んで、どっちかがアンタの双子…
だったはずの子なんだけど
次検診に行ったら消えてたのよね
死んだとかもう一人に取り込まれたとか
諸説あるみたいだけど…』
聞きながら渚の体には鳥肌が立つ
俺も渚も直感した
俺の正体は、渚の双子だ
__
自室に戻った渚が口を開く
「あのさ、なんていうか
いつも、ありがとな」
その声が今までとは
少し違うように感じられたのは
きって気の所為じゃないだろう
俺はシャーペンを掴んで
"俺達一蓮托生だろ?気にすんなよ"
と綴った
渚は微笑んで
「うん、ありがとう」
呟く様に言い眠った
__
大学の講義中
俺の隣に座った女が話しかけてくる
『渚君って両利きなの?』
「いや、左利きだよ」
『え?!
それなのに右手で文字書いてるの?』
すごいね、と彼女は言う
「まあ、左利きって何かと不便だし」
『へー、頑張ったんだねぇ』
感心したように褒められると
悪い気はしない
そう、俺は頑張った
"自分はただの右手じゃない"
渚の双子だと知ったあの日から
渚が眠っている間
右手以外も動かせないか
必死に訓練して
__
渚
自室に戻ると「左手」は
いつかの俺と同じ様に
シャーペンで文字を綴る
" カラダを返せ "
俺はにっこり笑って答える
「どうして?俺達
一蓮托生じゃないか」