優希 #吹奏楽・2025-03-14
私の音
打楽器
パーカッション
1年生の頃からずっと
鍵盤打楽器は私の担当だった
いつだって向き合ってきた
私が叩くグロッケンの鍵盤からは
透き通るような高音と
芯があって柔らかい音色が響いていた
それが自分の音の個性だと思ってたし
私はそんな自分の音色が好きだった
この音が自分自身の強みだって思ってた
先輩がいなくなってから少しの間
たったの4ヶ月
私はドラムに専念して
ほとんど鍵盤をする機会がなかった
そのたった4ヶ月が
私の1年間積み重ねてきた音を
奪っていってしまった
意識しなくても自然と出ていたあの音は
まだ取り戻せないまま
どれが私の音だったのかも
分からなくなってきてる
それでも取り戻したいんだ
先輩達とも違った私の音
このパーカッションパートで
私にしかなかったあの音色を
ここで失いたくはない
だから私は私自身の音に
全力で向き合っていく
少しの希望と
大好きなものに支えられ
今日も私は生きてます
マレットを握ると少しだけ心が整った
誰にも言えなかった気持ちも
音になって誰かに聞いて貰えた
上手く演奏出来なくても
演奏したい理由はちゃんとあった
誰にも見えない場所で
ずっと自分と向き合ってきた
言葉にできない感情が
全部音となって飛んでいった
練習終わり、最後の1音を鳴らすと
今日の自分を
そっと抱きしめるような気持ちになった
傷だらけになりながら
必死に積み上げた努力を
「才能」の一言で片付けられることが
他の何よりも大嫌い
私が毎晩1人で泣いてたこと
毎日打楽器のことだけ考えて
隠れてたくさん練習してたこと
何も分かってない人に
ずっとろくに練習もしてなかった人に
「才能だね」そんなこと言われたって
少しも嬉しくない
私は「打楽器の才能」よりも
「限界まで努力できる才能」を
誰かに見つけて欲しかった
1年半前の先輩は
2年間打楽器やってる今の私より
楽器に向き合った時間も
短かったはずなのに
私は今もまだ
あの頃の先輩に追いつけない
毎日打楽器をやれる私と違って
打楽器に触れる環境もない
それでもこの1年間
打楽器を大好きでいた後輩は
2年も基礎を重ねてきた私が
いろんな人に教えて貰って
やっと出来るようになったロールを
自分の力だけで
もうすぐ掴もうとしてる
2人で一緒に打楽器を始めて
私のことをいつも
「凄い」って言ってたあの子は
私がほんの数日前に教えたことを
いつの間にかできるようになって
ありえないくらいのスピードで
成長していってる
私、焦ってるんだ
どれだけ打楽器に向き合って努力しても
前みたいに早く成長できなくて
先輩に追いつけないどころか
周りに追いつかれそうで
このままじゃエースでいられなくなる
それが怖くて仕方ない
でも、
先輩の代わりに私が
このパーカッションパートで
絶対1番になるって誓ったんだ
私は、負けない
部活を初めてからずっと
嬉しいこと楽しいことより
苦しいこと辛いことの方が
たくさんだった
きっとそれは
これからだって変わらない
それでも私はこの人生を
音楽と共に生きていきたい
中学生になって
吹奏楽部の見学に行ったあの日
運命の出会いをした
打楽器ではなくフルートに
初めて聴いたあの音に心を掴まれた
でも、自分では吹けなかった
30分頑張っても
全く音が出る気配すらなくて
結局フルートは諦めた
元々楽器経験もなかったし
音楽に興味があったわけじゃなかった
それなのに、なんとなく
何も考えず入部した
もしかしたらそれも
運命だったのかもしれない
他の楽器体験でも
音を出せない楽器が
周りの子達よりも多かった
フルート、ホルンは全然ダメ
クラリネット、サックス
トランペットもほとんど出ない
ギリギリ出るときがあっても
音は汚いし、小さいし
もう一度吹いたら出なくなる
ちゃんと鳴らせたのはユーフォニアム
一応なんとかなってたのがトロンボーン
最終的に第1希望にしたのは
トロンボーンだった
トロンボーンのオーディションを
受けたのは私を含め3人
合格を貰えるのは1人だけ
当然のように私は落ちた
分かってた
肺活量がなくて音量は小さかったし
管楽器には向いてなかったんだ
そこから
本当はユーフォに行こうと思ってた
でも、何があったわけでもないのに
なんとなく、だけど、どうしても
パーカッションに
行かないといけないような気がした
結局そのままパーカッションに決まった
自分で選んだものだったけど
はじめは少しも楽しくなかった
正直、打楽器には興味もなかった
ドラムの体験でも8ビートすら出来なくて
私の中でパーカッションは論外だった
吹きたくて吹奏楽部に入った自分が
手にしているものは
金属や木の華やかな管楽器じゃなく
プラスチックのマレット
好きだなんて思えなかった
それでも一応頑張ってはみた
少しも分からないのに
難しいってことと
自分に才能がないってことだけは
嫌でも理解できる自由曲の楽譜
合奏中
永遠に感じた「1人でやって」のあの時間
何度1人でやらされても
一生出来ないような気がする連符
「先週の合奏も同じこと言ったよね」って
「もっとこうして」って
何度も何度も
泣きたくなるくらい言われて
悔しくてたまらなかった
管楽器の同級生はみんな
チューニングや基礎練習に夢中だった
吹奏楽祭やコンクールは
もちろん吹き真似
ただ、私達だけはそれができない
1ヶ月先の吹奏楽祭も
2ヶ月半先のコンクールも
私達パーカッションは
真似なんて許されない
人数の少ないパーカッションだからこそ
1年生も高いレベルを求められる
だから、やるしかない
頑張るしかない
でも、やっぱり出来なくて
また怒られる
励ましてくれる友達の言葉に
「ありがとう、大丈夫だよ」
そう言って笑ってたけど
本当は、あの頃
吹き真似で許される管楽器のみんなや
音の小さい打楽器担当の友達が
羨ましくて仕方なかった
「打楽器は真似するだけでも音が出る
特に私の楽器は聞こえやすい音をしてる
だから仕方ないんだ」
頭の中では分かっていても
同じ1年生の中で
自分だけ絶対にミスが許されないから
本当の意味で
気持ちを理解出来る人はいないんだって
それが苦しかった
辞めたくて
でも辞められなくて
「今日こそは辞めてやる」
そう思いながら
毎朝部活バックを手に家を出た
続けることが苦しくて
辞めることが怖くて
どっちを選んでも
私の進む道に光なんかない
理由も根拠もないのに
どうしてか、そんな気がした
でも、違った
気がついたら連符も譜読みも
簡単にできるようになってて
みんなより1歩先の練習を積んできた分
ちゃんと上手くなった
光がなくても
辛くても、苦しくても
それでも進み続けた人の先には
きっと明るい未来がある
大丈夫、1人じゃない
私もそう思えるようになった
本気で私を想ってくれる人がいる
私の努力を見ててくれる人がいる
努力は涙は未来の私に繋がるんだって
先生や先輩、周りのみんなが
音楽が打楽器が、全部が
たくさん教えてくれたから
私はみんなのおかげで強くなれた
あの時間を思い出すと
今がしんどくても
頑張れるような気がしてくるんだ
今も隣にいてくれる人達は
そっと背中を押してくれる
先生や先輩が私に残してくれた言葉は
たくさん勇気をくれる
みんなが私の
頑張る理由になってくれるから
きっとこれからだって大丈夫
泣いても、立ち止まっても、転んでも
きっとあの時みたいに
また前を向いて
私らしく進んで行ける日が来るから
先輩から
「優希ちゃんにいつ追いつかれるかって
ヒヤヒヤしてた」
そう手紙にも書いてあったし
3年生からの一言の時も言ってた
そんな言葉私にはもったいない
私はこの2年間ずっと
先輩に追いつこうって思って
やってきたのに
一度だって先輩には追いつけなかった
先輩はいつだって1番で
私の憧れで
ずっと先輩に追いつけないことが
悔しくて仕方かなった
それでも
先輩がそう思ってくれたことは
嬉しかったです
私の第1希望が
強豪校だって知った時
先輩は「すっごい頑張るね!」
そう言ってた
だって、好きだから
打楽器が大好きだから
もっと強くなりたい
先輩がいたからここまで来た
一緒に積み上げてきた努力を
無駄にしたくない
その選択の先に
先輩がいないことが分かってるから
ずっと怖かった
それでも私は私の選択を
信じて、正解にしたい
私がずっと見たかった景色は
きっとその先にある
だからそれが叶うまで
今は努力だ
パーカッションで先輩や後輩と
過ごしてきた日々
私達の日常にはいつも音楽があった
みんなで演奏した打楽器の音
後輩が独学で弾いていたピアノの音
先輩と私の弾んだ歌声
あの音楽準備室からは、いつだって
私達4人の音楽と
絶えない笑い声が響いていた
先輩、今日また一歩
先輩に近づけました
スネアドラムで
オープンロールとクローズドロール
できるようになりました
まだ先輩みたいな
綺麗に粒の揃った音ではないけど
これで、先輩がいなくても
コンクールのスネアはきっと大丈夫です
今度は私がこのスネアで
先輩を超えていけるくらいになりたい
先輩の代わりに
このパーカッションのエースとして
最後のコンクールを引っ張って行きます
スティックを持って
振り上げて、下ろしたら
打面にあたって音が鳴る
私の音が響く
スピード、角度、重さ、軌道
たった1音のために
全部自分で研究して磨き上げた
叩いて、鳴らして自分を超えてきた
この手が動かなくその日まで
私は一生打楽器を手放さない
こんなレベルの吹奏楽部で
誰にも負けたくない
学校生活、人間関係
難しいことはたくさんあるけど
それを言い訳にするのだけは
絶対に嫌だ
私は誰にも負けない
そう誓ったあの日から1年半
リズムも読めない1年生だって私も
仮引退まで残り5ヶ月の3年生になった
この1年半でやっと
打楽器レッスンの先生にも
認められるようになった
コンクールのソロだって
審査員に褒めて貰えた
校内ソロコン優勝も掴んだ
きっともう
この部でなら誰にも負けない
私はそう思ってる
でもここで終わったら私じゃない
ゴールなんかない
そう言って突き進んで行くのが私
最後まで私らしく
強豪校に進学しても埋もれないように
一生音楽で生きていけるように
私は私の限界を超える
コンクールで先輩と一緒に演奏したsolo
私と先輩の絆が深まったきっかけ
本番前日「soloは2人で頑張ろう」
そう約束した
そんな、私達の特別なsoloの最後は
今までで1番最高なものだった
引退式で演奏する
フロンティアスピリット
夏のコンクールの時
バスドラムは後輩がやっていて
私はグロッケンだった
コンクールが終わった後から
後輩は部活に来なくなった
約半年後、顧問が退部届を受け取って
パーカッションパートは
3年生1人、2年生2人の
たった3人になった
本当は引退式も
コンクールの時と同じように
4人揃って演奏したかった
先輩との最後の課題曲を
私はグロッケンで終わりたかった
マーチはBDがいないと成り立たない
私が変わるしかなかった
誰も悪くない
仕方なかった
だからこそ苦しかった
合奏中、レッスンの先生に
「パーカッション3人しかいないの?」
そう聞かれたとき
否定するのは違うけど
肯定するのが嫌で
私は何も言えなかった
パーカッション全員が躊躇って
それでも先輩が答えてくれた
久しぶりに見た後輩のBDの楽譜
何も分からない初心者なりに
あの子がいつも一生懸命に
たくさん書き込んでいたこの楽譜を
目にすることすら苦しくて
半年以上ずっと
棚の奥にしまい込んでた
自分が引退するまで
もう見ないつもりだった
私や他の人のものにしたくなかった
せめてこの楽譜だけは
後輩のものとして残しておきたかった
あの子の文字や
1年生らしい書き込み
見ると苦しくなってきて
合奏中
1人で泣きそうになったことと
ずっと手が震えていたことは
誰にも気づかれてなくてよかった
1つ思ったことがあった
今の私と後輩
この曲のBDだけで考えたら
どっちの方が上手いんだろうって
その答えはきっと、後輩
いつも頑張ってるところを見てきた
楽器体験の時から才能を感じてた
あの時私が上手く止められていたら
ちゃんと、あの子を守れていたら
きっと今頃
BDでなら私も勝てない思えるくらいに
もっと凄くなってた
だから私はせめて
あの子を守れなかった責任を果たす
この引退式で後輩より上手くなって
先輩を送り出す
次の後輩達が
あの子を超えていってくれるように
今、私が1番になる
先輩から受け継いだスネアドラム
打楽器の中でも特に大切なパート
苦しくなることだってたくさんある
「なんで思い通りに
先輩みたいにできないんだろう」
そうやってたくさん悩んできた
でも、それだけじゃない
「ここは、ここだけは
先輩にも負けないくらい上手くできた」
そんな自信が、また頑張る理由になって
何度も練習を重ねて
出したかった音が形になっていく
できたって喜びも増えていく
だから打楽器は辞められないんだ