渡せなかった悔しさから、約1週間。
『今日が今年度ラスト授業ですね』
いつもと変わらない大好きな声を
一音一音噛み締めながら臨んだ。
手紙まで書いたのだから、と
私の気持ちを案じた親に手渡された
新しいチョコを机に入れながら。
授業が終わると、彼はすぐに去った。
まるで渡す機会を与えないかのように。
やはり渡さない方がいいのでは、
という思いがまた込み上げてくる。
来年、彼の担当になる可能性は低い。
もし、今日渡さなければ
もう二度として感謝を伝えられない。
私が彼を嫌いだと、誤解されたまま。
そんな未来が見えた。
嫌だ。
放課後、職員室に向かう。
様々な先生と生徒がやり取りしている
ドアの前で、チョコを取り出した。
一つ一つが慣れない動きで戸惑う。
勢いで中に入り、彼を探した。
居た。
彼を呼ぶ。
何も知らない彼は、怪訝そうに尋ねる。
『なにー、どしたん』
夢中になって手招きした。
それが精一杯だった。
立ち上がってくれた彼に、渡した。
「2年間ありがとうございました」
『おぉ!』
驚いた様子でこちらを見る。
当たり前だった。何しろ相手は自分のことが嫌いであろう生徒なのだから。
「来年化学受けないので」
『あー!そっか…!!』
ありがとう、とお礼を言われる。
渡せた。ちゃんと受け取ってくれた。
こんな私でも、そんなことできるんだ。
『最後の方ケンカしそうな感じやったのにな 笑』
最近、特にすれ違いが多かった。
素直になれなくて、先生を傷つけた。
「なんか…そういう感じなんも嫌やったんで…」
そう言った私を目を丸くして見つめながら、先生は思わず吹き出した。
いやめっちゃ気にしてたんですけど。
乙女心なんですけど。そんな笑います?
それはさておいて、来年のことを話す。
『文転かぁ、じゃあ来年授業抜け出して化学受けに来いよ』
『自分で化学勉強するねんな?教えたるからいつでも聞きに来い』
「ほんとですか…!」
社交辞令だとしても、
こんなに嬉しい言葉は無かった。
来年も、聞きに行っていいんだ。
授業担当じゃなくなっても、いいんだ。
最後は二人でペコペコしながら、
『ありがとうございました』と伝えた。
何度も渡しに行こうとして、
彼が居なかったり、
勇気が出せなかったりした。
もう今年は諦めようと、
泣きながら食べた最初のチョコ。
私は好きな人に対して
チョコを渡した経験がない。
だから怖かった。
引かれたら、嫌われたらって。
でも勇気を出さなかったら、
きっとずっとこのままだった。
時期外れにも近いけれど、
私にとっては立派なバレンタイン。
感謝を届けられて、仲直りもできて。
最後に渡せて、本当に良かった。