はじめる

#沖田総司

読んでると、
思わず胸がギュッとしめつけられる、
そんなポエムを集めました。

全92作品・

今日はゴミゼロの日

そして
沖田総司サマのご命日です

私にとって
とても大切な日

千華・2022-05-30
新選組
沖田総司
遥かなあなたへ
墓碑銘

今年もこの日
ごみゼロの日

ふふっ
それってボクにふさわしいですか?

そう言って
微かに笑うアナタの横顔

そうだね
アナタらしい
爽やかな日だと思うよ

今年は残念ながら
梅雨入りで雨の一日だったけど…

5月30日は
沖田総司サマの忌日です

千華・2023-05-30
沖田総司
新選組
遥かなあなたへ
墓碑銘
🆙


「夢のしずく」
 

晴れ上がった空に ひとひらの雲
それは あなたの夢の欠片―


何の憂いもないほどに
高く 遠く 澄み渡った五月の空

視界いっぱいの蒼の中
あざやかに存在を主張する純白の雲

ただまぶしく すがすがしく


思い出はいつも浄化されて
綺麗なものしか残らないから

過ぎ去った夢は
きっと 宝石のように儚く美しい

あなたの苦悩も 悲嘆も 慙愧も
すべては 五月の空の蒼に溶け込んで…

やさしい風が 吹きぬけてゆくだけ


その時
空からふいに
ぽつり、と 手のひらに落ちてきたもの

雨なんて降っていないのに?

見上げればそこには ただ
目の覚めるような蒼が 広がっているだけ


それは
こぼれ落ちた夢のしずくだったろうか

今も中空にただよう
あなたの思いの残り香のように―



◆◇◆

毎年五月は、もの思う季節です。
土方歳三の命日(5月11日)、沖田総司の命日(5月30日)―。
青く澄み渡った五月晴れの空を見ていると、ただそれだけで胸が痛くなってしまいます。
空が青い、風が光っている、空気が澄み切っている…。そんなことさえも、何ともいえず切なくて、悲しくて。
植物が芽吹き、世界が動き始めるこの季節に、彼らは逝ってしまったんだなあ、って。
訳もなくおセンチになってしまうんですね。
また、新しい五月がやってきます。

千華・2023-04-30
新選組
土方歳三
沖田総司
遥かなあなたへ
再掲

これらの作品は
アプリ『NOTE15』で作られました。

他に92作品あります

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「今日という日を」





「土方さん、今日は何の日だか知ってます?」
壬生屯所の土方歳三の部屋に、にこにこしながら入ってきたのは沖田総司だ。両手に大きな紙包みを持っている。
藪から棒になんだ、と土方は顔を上げた。
「今日? 端午の節句だろ?」
「ふうん……。ご存じなんですね」
文久三年五月五日。
彼らが京に上って、初めて迎える端午の節句だった。
新選組が屯所を構える八木家の庭には、鯉のぼりが翩翻とひるがえっている。
すでに季節は夏である。

「何が言いたい?」
土方がにらむと、沖田は首をすくめた。
「別に」
この若者は、暇ができるとこうして土方をからかいにくるのだ。
一日中、苦虫を噛み潰したような顔でにらみをきかせている土方を、見ているだけで楽しくてたまらないらしい。
土方の横に座った沖田は、持っていた紙包みを開いた。
「八木さんの奥さんに柏餅もらったんだ。土方さんもひとつどうですか」
「いらん」
「すごくおいしいですよ。土方さん、見かけによらず甘いもの好きでしょう?」
沖田がくつくつと喉をならす。獲物にじゃれる猫のようにうれしそうだ。
「いらんといったら、いらん」
土方の顔がますます渋くなる。それを見て、沖田はますますうれしそうな笑顔をみせた。

「じゃあ、こっちはどうです?」
「今度はちまきか」
土方は、やれやれと大きなため息をついた。
「ただのちまきじゃないんですよ。京でも有名な店のちまきだそうです」
「総司」
「はい?」
「何でそんなに俺に菓子を食わせたがるんだ?」
いつからこいつは菓子屋の回し者になりやがったんだ、と苦々しい思いで沖田をにらんでみたが、相変わらず何食わぬ顔で笑っている。
その顔で言った。
「だって、今日は土方さんのお誕生日じゃないですか」
「は? 誰の誕生日だって?」
土方は、一瞬、ぽかんと口を開けた。

――そんなもの、忘れてた。

坪庭に植えられた南天の葉が、さやさやと五月の風にそよぐ。
エゲレスではね、と沖田はうれしそうに言葉を続けた。
「誕生日には『ばあすでいけえき』とかいうお菓子を食べて、みんなでお祝いするんだそうですよ。残念ながら、ばあすでいけえきは用意できなかったんで、せめて柏餅でもどうかなって」
「馬鹿馬鹿しい。そんな与太話、誰に吹き込まれたんだ?」
「いやだなあ、土方さん。人の好意は黙って受けるもんですよ。せっかくお祝いしてあげようと思ったのに」
口をとがらせて、沖田が出ていった後には、紙に包まれた柏餅とちまきが残されていた。

「ふん。総司のやつ、余計なお世話だ」
口ではぶつぶつ言いながら、柏餅をひとつほおばってみる。
沖田の言うとおり、甘いものは嫌いではない。ただ、副長としての体面もあって、京に来てからは求めて食べようとはしなかった。
(……うめえ)
甘すぎず、しつこすぎず。しっかりしているのか、ぼんやりしているのか分からない。
沖田のような味だ、と土方は思った。

◇◆◇

明治二年五月五日。
その年の端午の節句を、土方は箱館で迎えた。
誕生日などというものにとりたてて感慨もなかったが、あれ以来、なぜかその日になると、沖田総司の笑顔と柏餅の味が思い出される。
(妙なものだ)
五稜郭の自室で書類に目を通していたとき。久しぶりに甘いものが恋しくなって、土方はひとり苦笑した。

「土方先生」
「島田くんか。入りたまえ」
ドアを開けて入ってきたのは、京都以来の新選組幹部 島田魁だった。
「どうしたんだ、それは?」
土方が驚いたのも無理はない。島田は大きな盆に山盛りの柏餅を載せて持っていたのだ。
「はあ。実は、鴻池の支配人に言付かりまして」
「鴻池の?」
「直接会ってお渡しになられたら、とお勧めしたのですが、店の方が忙しいらしくすぐにお帰りになりました。一緒に土方先生へのお手紙を預かっています」

鴻池屋は、京都時代から新選組とは昵懇である。箱館支店の支配人を務める友次郎とは、土方が江戸に戻ったときから面識があり、箱館に来てからも何くれとなく便宜を図ってくれていた。
その手紙には。
「江戸で沖田先生をお見舞いしたとき、土方様の誕生日が端午の節句の日であるとうかがいました。その日には、土方様に好物の柏餅を差し上げてくれるように、と沖田先生から申し付かっておりました。
今、箱館には官軍の手が迫り、なかなか調達することが難しかったのですが、ようやくご用意できましたのでお届けさせていただきます。どうぞ皆様でお召し上がりくださいますように」

――総司か。

(あの野郎。自分が死んだ後まで、おせっかいを焼いていきやがった)
土方は、声をたてて笑った。
島田があっけにとられて見つめている。
「島田くん。これをみんなに分けてやってくれ。俺も食う」
「はあ……」
柏の葉ごと食べた。
甘くて、少ししょっぱい。
「うまい」
やはり、沖田のような味だ、と土方は思った。





―了 (初出 2011/5/5)

千華・2022-05-04
新選組
土方歳三
沖田総司
創作文
遥かなあなたへ

病むひとの

肩に重たき

小夜時雨

名残の秋に

命燃やして

千華・2021-11-07
新選組
沖田総司
掌上の雪
遥かなあなたへ
短歌かな?


◆お墓の話ですが…◆




歴史上の人物に惚れこんでしまうと、どうしてもその人の足跡が気になりますよね。
どんなところで生まれ育ったのか、いろいろな事件やエピソードのあった場所が、今どうなっているのか、あるいは、どこで死に、どこに葬られているのか―。
いわゆる「ゆかりの地」めぐりをしたくなるものですが、とりわけ、そのひとが生涯を終えた地、あるいは埋葬されている場所などは、特別の感慨を抱かせる場所なのではないでしょうか。

私が大好きな新選組は、新選組としての活躍の場が京都を中心とした地域でしたから、学生時代は、それこそ時間を見つけては、友人とともに京都に残る新選組の足跡を訪ね歩いたものでした。
彼らが屯所を構えた壬生界隈は言うに及ばず、島原、祇園、西本願寺、油小路、黒谷、東山から木屋町あたり…。
あの頃の私が撮った写真といえば、お寺や史跡の石碑、墓石などなど…本当に色気のないものばかり(笑)。
特に、好きだった山南敬助のお墓のある壬生・光縁寺へは、花を携えてそれこそ何度も足を運んだものです。

そんな私が、とりわけ高校生のときから大好きだったのが沖田総司。
ですが、実は彼の墓には、未だに参ったことがありません。
機会がないわけではなかったのですが、学生の頃の懐具合では、やはりなかなかおいそれと東京まで行くというわけにもいかなかったのです。
そうこうしているうちに、お墓は一般の人の立ち入りが禁止になってしまいました。もうずいぶん昔の話ですね。

普通の檀家の方も当然いらっしゃるわけですし、毎日毎日大挙してファンが押しかけては、お寺さんも迷惑でしょう。
さらに、本当かどうか分かりませんが、一部の不心得者が墓石を削って持って帰ったりしたためだとか聞いたことがあります。
う~ん。。。
気持ちは分からなくはない。でも、それって絶対ダメでしょ。ファンとして。
今は、命日にだけは墓参が許されているそうですが、私は未だにその機会を得られないでいます。
いつか、いつか、香華を手向けたいと思っているのですが…。

さて、油小路の変で犠牲となった伊東甲子太郎を始めとする御陵衛士たちの遺骸は、始め壬生の光縁寺に葬られましたが、明治になって泉涌寺の近くにある戒光寺に改葬されました。
そこにはもちろん、藤堂平助の墓もあります。
実は、学生時代にこのお墓へはお参りしたことがあったのですが、当時は藤堂に対してそれほど思い入れを持っていたわけではなかったので、あまり覚えていないんです…。

今になってもう一度行ってみたいなあと思い、調べてみましたら、なんとこちらの墓所も立ち入り禁止になっているではありませんか。
その原因が、これまた「一部の不心得者のため」だという…。
具体的な理由は書いてありませんでしたが、まったく、困ったものですね。

墓参という行為や、墓前で手を合わせるときの気持ち、そんな浮ついた思いで足を運ぶわけではないはず。
本当に歴史上の人物が好きな人なら、絶対に観光客気分でなんて行けないはずなんです。
せっかく、思い思って訪ねていっても、こんな理由でそこに入れないなんて、すごく悲しいですよね。

光縁寺や壬生塚も、近年はお参りするのにお金がいるようになりましたが、お参りさせてもらっているんだ、という「気持ち」を形にしたマナーだと思えば、それも当然なのかもしれません。

明日(旧暦11月18日)は、藤堂平助の命日です。
墓参の叶わない私は、今年も遠くから彼の冥福を祈りましょう。







千華・2021-11-17
歴史語り
新選組
沖田総司
藤堂平助
遥かなあなたへ
墓碑銘

桜の散りざまは見事だけれど…。
春の淡雪と同じで
落ちれば消えてしまう儚いもの。

人の世もそうではないか。
命も、夢も、
すべては瞬時の幻に過ぎない。

だからこそ、人は
限られた生を精一杯生きている。
もがき苦しみ、血を流しながら。

千華・2021-03-25
再掲
沖田総司
掌上の雪
遥かなあなたへ
墓碑銘
桜舞う頃



総司は受け取った刀をあらためた。
すらり、と抜く。名刀菊一文字則宗が、身震いするような光芒を放った。
二尺四寸二分。細身で腰反りが高く、丁子乱れの刃文に、えもいわれぬ気品がある。

「ほんまに、立派なお差し料どすなあ」
お糸がため息をついた。
さすがに研ぎ師の娘である。
刀に込められた神気の深さがわかるらしい。

「お糸さん、見てごらんなさい。作られてから何百年もたっているというのに、この刀の光は変わらない。
これまでどれだけ人間の血を吸ってきたかしれないのに、この刀身には一点の曇りもない」
「へえ……」
「これから先も、ずっとこのままの姿で、後世に残っていくんでしょうね」

見つめていると、吸い込まれそうになる。
総司は、則宗をぱちりと鞘におさめた。
「菊一文字は立派すぎて、わたしなどにはふさわしくない刀ですよ」
思いがけない声音の暗さに、お糸は驚いたように総司を見た。
頬が青ざめている。

――このおひとは、何かもっと、別のことを言おうとしてはるのやわ。

それがいったい何なのか、だまって男の横顔を見つめるばかりだ。

総司は考えている。
(何人の男たちがこの刀を手にし、そして死んでいったのだろう。それぞれに哀しみも苦しみもあったはずなのに、そんなものは跡形もなく消え去って……。
菊一文字だけが、昔のままの姿で、今、俺の手の中にある)

もうすぐ自分も、この世から消えるのだ。
そのとき菊一文字則宗は、沖田総司という男の、痕跡さえ留めはしないだろう。

――人間の一生なんて、一振りの刀ほどの値打ちもない。つまらないものだな……。



「掌上の雪」より

千華・2022-10-29
なんか刀剣見に行くのでテンション上がりました
掌上の雪
沖田総司
遥かなあなたへ
再掲


◇◆風 花◆◇

 


――あ、見て 見て!
歳三さん
雪だよ、ホラ!


今年初めて見る雪に
お前は弾んだ声をあげて
子犬のようにはしゃぐ

少し尖った白い頤(おとがい)が
灰色の空をふり仰ぐ

その肩に 髪に
やさしくまとわり落ちる
白い結晶たち

雪は 音もなく舞い降りて
俺とお前を
静寂の中に包み込む


お前は 雪を追いかけ
追いかけ
時折ふり返っては
うれしそうに笑う

俺は――
雪なんて嫌いだ

この世に存在した証をとどめもせず
跡形もなく
とけて消えてしまうから

雪のはかなさは お前に似ている

今にも神隠しに遭って
目の前から掻き消えてしまいそうな
細い背中

生きている証を
俺の腕の中だけに残して


お前が消えてしまわないように
黙って逝ってしまわないように

片時も目をそらさず
心を離さず
いつも お前だけを見つめていよう

お前が生きた日々は
今も これからも
俺の胸の中にある
忘れようのない ぬくもりとともに




◆◇◆

私が住んでいる地域では、あまり雪は降りません。
たまに降っても、積もるほどではなく、「風花」の名のとおり、舞い散るように地面に落ちては消えてゆきます。
そのはかなさに、歳三は、総司の命を重ね合わせているんですね。
そして、やりきれない想いを持てあましてしまう……といういつものパターン。

それにしても――。
「風花」とはよくいったもので、乱舞する雪はどこか桜吹雪に似ています。
はかないけれど、ひたむきで、まっすぐで、いさぎよくさえある。
土方歳三と沖田総司のふたりに思いをはせるとき、私はいつもこの風景を思い描いてしまいます。
動乱の時代をひとすじに貫いた男たちの熱い生きざまに、乾杯。

千華・2021-11-13
新選組
土方歳三
沖田総司
遥かなあなたへ
昔の詩
再掲


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

12章 雪の色(2)






「千穂……」
声に出して女の名前を呼んだとき、土方の中で音をたててはじけるものがあった。
こらえていた感情が胸にせき上げ、土方はその場に立ち尽くした。
(お前は、もう、いないんだな――)
ひとが死ぬとは、こういうことなのか。
深い喪失感と虚無だけが、胸の中に充満している。
急に視界がぼやけた。土方は、自分でも気づかぬうちに泣いているのだった。
「いっそのこと、千穂がほんとうに長州の間者だったなら、そしたら、あいつのことを憎んで憎んで……。忘れちまうことができたかもしれねえのに……」

――それさえできねえ!

肩が震え、声にならない鳴咽が漏れた。
「土方さん……」
これほど無防備な土方は見たことがない。
その後ろ姿の哀しさに、総司は、崩れるように土方の胸にしがみついた。

「歳三さん。俺、恐いんだ」
口調が、宗次郎と呼ばれたこどもの頃に戻っている。
土方の着物の衿からは、血の匂いがした。
先刻の刺客の返り血だろうか。あるいは、皮膚にしみついた匂いかもしれない。
自分の身体も、きっと同じ匂いがするのだろう。
「死ぬのが恐いんじゃない。毎日毎日、命の削られていくのを見ているしかない自分が情けなくて……。あと少ししか生きられない自分なのに、他人を[殺]しながら生き永らえているのがつらいんだ」
「――総司!」
甘えだといわれてもいい。
今の土方になら、自分の弱さを受け止めてもらえるような気がした。
今日まで生きてきたこと、たとえそのすべてが罪であったとしても、土方なら許してくれるだろう――。

その肩のあまりの薄さに、土方は思わず眸をうるませた。
「総司……総司……、この馬鹿野郎。なんで労咳になんかなっちまいやがったんだ!」
「歳三さん」
「俺みてえな嫌われ者ならいざ知らず、おめえのようないい奴が――。どう考えても理不尽じゃねえか」
土方は天にむかって怒っていた。目頭に涙さえにじませて。
それを見たとき、総司の全身に震えが走った。
身体中の毛がそそけ立ち、胸の芯が熱く燃えた。
(この人のためなら、今ここで死んでもいい)
「いいえ、俺でよかったんですよ。土方さんに病気なんて似合わない」
「総司――」

その時、先刻の仲居が着替えと酒肴を運んで来た。
上がり框(かまち)の向こうで、まだあどけなさの残る顔が、驚いたように二人を見つめている。
「あ……あの、ここに置いときますよって。何か御用どしたら、呼んどくれやす」
一種異様な雰囲気に気圧されたのか、女はやっとそれだけをいい、そそくさと出ていってしまった。
いつのまにか雨の気配は消えている。
火桶の中で炭のはぜる音が、静寂をよけいに深いものにしていた。

「総司。頼むから――。身体を大事にしてくれ。俺ァもうこれ以上、大切なものを失いたくねえんだ」
総司に向けられた土方のまなざしが、いつにも増して温かい。
千穂を、愛するものを失った哀しみによって、土方歳三という男の性根が矯められ、心のあくが浄化されたのだろうか。
その視線に引き寄せられるように、ついに総司はひとつのことばを口にした。
「俺ではだめですか?」

――俺では、あの人のように、あなたの心を安めることは、できませんか?

それは、今日まで何度も何度も胸の中で繰り返しては、そのつど喉元でこらえてきた言葉だった。





❄️

千華・2020-07-14
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

12章 雪の色(3)





土方は驚かなかった。
むしろその告白を予期していたかのごとく、そっと総司の肩を両手で包み込んだ。
「総司。おめえは俺のために、命を削って今日までついてきてくれたんだろう?」
どうして気づいてやれなかったのか、この必死の想いに。これほどの愛に。

――もういい。もういいんだ。

土方は総司を抱く手に力を込めた。
自分の中のかたくなな部分がそっとほぐれて、ゆるやかに溶け出していくような気がする。
総司の冷たい唇が、土方の唇をかすめて、すっと頬にそれた、その時。
土方の全身は火になった。
自分の腕の中にある若者のきらめくような命の残り火が、何にも増していとおしい。
「総司――!」
「歳三……さん」
静寂の中で、永遠ともいえる時間を漂いながら、二人は溶けあい、求めあい、そして与えあった。


すべての音が吸い込まれてしまったかのように、世界はひそと静まりかえっている。

――身体がだるい……。

蒲団の上に横たわったまま、総司はしばらくの間、幸福な余韻に身をまかせた。
ふりむけば、息が届くほど近くに土方の顔がある。土方は眠っていた。
起き上がって身繕いを済ませた総司は、乱れた髪を掻き上げながら、そっと小窓を開けてみた。
窓の外は、ぼんやりと明るい。
いつの間に降ったのか、前栽の木も庭石の上も、うっすらと雪化粧に覆われている。

「歳三さん。雪だよ、冷えると思ったら――」
言いながら、総司は手をのばして、夜の闇に手のひらを広げた。
ひとつ、ふたつ……。
もろくて透明な結晶が、手の上できらきらと光る。
春の淡雪は、手のひらに落ちるか落ちないかのうちに溶けて、小さな水滴にかわってしまう。
「きれいで、だけど幻みたいにはかない――。そうだ、涙の色だね」
いいながら、総司は本当に涙ぐんでいる。
「総司――」
まどろみから醒めた土方が、総司の肩越しに窓の外をのぞき込んだ。
そして、もう一度総司を抱き締め、唇で頬の涙をぬぐってやった。
「総司、死ぬな……。俺が、俺が必ず守ってやる。だから――、俺より先に死ぬんじゃねえぞ」

土方を見上げる総司の瞳の中に、今までにない強い光が宿っている。
「歳三さん。俺、前を向いて死にたいんだ。病で痩せ細って、起き上がることもできないでみじめに死んでいくなんて、わたしには耐えられませんよ」
「………」
「これから世の中がどうなっても、わたしは、剣士として生きていきたいんです。闘って、闘って、最期は前のめりに斃れたい――」
「そうだな、総司。俺も、そうありてえと思っている」
土方は、夜の闇に乱舞する風花の群れを網膜に焼き付けた。
「時勢は変わってゆく。もう俺たちの力じゃどうにもならんかもしれん。時流にのってうまく立ち回る奴もいるが、俺にはできねえ。不器用だからな――」

土方の言棄どおり、このあと時代は大きく動いていく。
傾いた徳川幕府の屋台骨は、もはや誰の手によっても支えきれないところまできていた。維新への流れは、歴史の大きな潮流だったといっていい。
土方は、この男特有の勘で、それを感じている。
――それでも、と土方は言った。
「俺は最後まで、時流ってやつに逆らってやるさ。それが、俺と新選組の生き方だ」
ええ、と総司はうなずいて、ほれぼれと土方を見た。
自分が土方歳三という男に魅かれてやまないのは、この強引なまでの一途さなのだ。
「わたしも最後まで、土方さんについていきますよ」


総司が土方を求めたのは、たった一度、それきりだった。
それからは、たとえ二人きりになる機会があったとしても、
「伝染ったらどうします?」
わざと遠くに離れているのだ。
だが、心は常に土方とともにある。言葉には出さずとも、瞳に宿った光が、想いの強さを語っていた。
それからの総司は、殺戮と粛清に明け暮れる日々を黙って耐えた。隊務を遂行するために、あえて非情に徹した。
幕末の京の町を、総司の生が狼のように疾走する。
それは、確実に迫りくる死の影との闘いでもあった。
(どんなことがあっても、俺は歳三さんについていきますよ――)
土方を想うことで、強くなれる。
あの夜の雪の色を思い出すたび、自分の中に新しい命が生まれるような気がするのだ。

時、慶応元年春。
沖田総司、二十二歳。
副長助勤にして一番隊隊長。剣士としての強さは新選組随一といわれている。





❄️終章に続く

千華・2020-07-14
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

12章 雪の色(1)





土方歳三は、とっぷりと暮れてきた道を、提灯も持たずにさっさと歩いていく。
土を噛むように歩くのは、この男の癖だ。
その早さに追いつこうと、総司はいつか小走りになっていた。
浄土宗の総本山である知恩院を控え、このあたりには塔頭や僧坊が多い。道の両側は、延々と続く土塀と生け垣である。

「歳三さん、待って!」
青蓮院の手前まできたところで、総司はとうとう土方の袖にすがりついた。
息をきらしながら、
「――千穂さんは、長州の、間者なんかじゃないんだ。本当だよ!」
必死に訴えたが、木の下闇の中で、土方はあいかわらず無表情のままだ。
「お願いだから、俺のいうことを聞いて」
わずかに視線が動いた。
底無し沼のような暗さをたたえた双眸が、そこにあった。
「そんなことは解っている」
「え――?」
「千穂がどういう立場にいたか、さっき桂小五郎に聞かしてもらったさ」

土方歳三が愛した女は、長州脱藩浪士の妻だった。夫だった男は、新選組に斬られて死んでいる。
どう考えても、成就する恋ではない。
常に破綻の危機におびえながら(それはすなわち死を意味する)、それでも千穂は、すべてをなげうって土方を愛そうとした。
ついには、我と我が身で土方をかばい、銃弾に斃れた。
「――だからこそ、気持ちのやり場がねえんだ……!」
土方の双眸は、真っ暗な虚空をにらんでいる。

ぽつり、とその額に雨が落ちた。
見る間に黒い点が石畳を染めて広がってゆく。
「いけねえ。とうとう降ってきやがった」
見上げた空は、雲の境もわからぬほどの暗闇だ。
その闇の中から、銀の糸をひくように、後から後から冷たいしずくが降り注いで、ふたりの肩を濡らした。
みぞれ混じりの冷たい雨である。
「総司、どこかで休もう。この雨は身体によくねえ」
土方は紋服を脱ぐと、総司の肩に着せかけた。
そして、自分より上背のある身体を抱きかかえるようにして、手近な出逢茶屋に飛び込んだ。

「女将、すまんが――、連れが急に具合が悪くなってな。少し休ませてもらいたい」
「まあまあ、急な雨で……。お困りどっしゃろ。どうぞ、ごゆっくりしていっておくれやす」
四十路は過ぎたかと思われる女将が、艶っぽい目つきで微笑した。
ふっくらとしたうりざね顔に鉄漿(かね)の色が鮮やかだ。
近ごろは男同士の客も多い。陰間茶屋と称するそれ専用の店もあるほどだ。
女将は、ずぶ濡れになって飛び込んできたふたりの男を別に奇妙にも思わず、また、よけいな詮索もしなかった。


通されたのは、離れの一室だった。
静まりかえった部屋に、庭先を濡らす雨の音だけがかすかに聞こえている。
庭石を踏んで、下働きの仲居が火桶と手拭を運んできた。
「まあまあ、えろう濡れといやすなあ。なんぞ御召し物をもってきますよって、はよお着替えやす。風邪でもひかはったら、えらいことどっせ」
「たのむ――」
女が出ていくと、部屋はまたひっそりとした。
しめやかな雨の気配が屋根を覆い、総司も土方もひとこともしゃべらず、時間だけが静かに過ぎていく。
声に出せば、今あるこの世界が壊れてしまう――。
そんな気がして、じっと息をこらしているのだ。

総司は先刻からずっと、泡立った心を抱えたまま、木偶(でく)のように部屋の隅に突っ立っている。
「総司、いい加減にしねえか。ほんとに風邪をひくぞ」
見かねた土方が濡れた紋服をはぎとり、それを衣桁に掛けようとして、ふいに手をこわばらせた。
それは、土方のために千穂が縫ってくれたものだった。

――よかった。よくお似合いになられますわ。

あるいは心のどこかに、哀しい予感があったのだろうか。
仕上がった着物を男の肩に羽織らせながら、しみとおるような笑顔を浮かべていた……。
女の家を訪うたびに、こうして脱いだ紋服を衣桁に掛け、出立の折りにはそっと肩に着せかけてくれた。
女の手のぬくもりと、髪油の甘やかな香りが、今もあざやかに残っている。
だが、すべては幻影。
二度と再び、戻ってはこないのだ。その声も、そのしぐさも。





❄️

千華・2020-07-14
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ


🔷私が新選組にはまるまで🔷


◽️新選組との出会い

新選組が好きだ。
高校生の時からだから、もう40年以上もファンを続けている。
きっかけは、当時テレビで放送されていた「新選組」というドラマである。
残念ながら、栗塚旭氏が主演していた「新選組血風録」「燃えよ剣」ではない。
主人公は近藤勇で、鶴田浩二氏が演じていた。
土方歳三は栗塚氏だったのだが、前述の2作に比べるとどうしてもこちらは一段落ちてしまうらしい。(といっても、その当時はそんなことはまったく感じなかった……というか、比較するものがなかったし)

で、ごく一般的(当時の女子高生として……笑)に、沖田総司にハマってしまったのだ。
そのドラマで沖田を演じていたのは、有川博という俳優さんだった。
これもまた、前述の2作で沖田総司を演じ、まさにはまり役といわれた島田順司氏に比べると、いかにも影が薄い。
しか~し! しかしである。
私が新選組というドロ沼に足を突っ込むことになったきっかけは、確かにこの「新選組」、そして有川博氏の沖田総司に魅せられたせいだった。

今も多くの人がその魅力を絶賛してやまないテレビドラマ「新選組血風録」と「燃えよ剣」に比べて、こちらの「新選組」は、今ではほとんど話題にのぼらないのがちょっぴり悲しい。
有川さんの総司は、ほんとにステキだったんだけどなあ…。
島田順司さんとはまた違う、ほとんど暗さを感じさせない「いいひと」っていう雰囲気の総司だった。
そんな彼が、たまに見せる寂しげな表情が、何ともいえず悲しくて。胸キュンとは、まさにこういう気持ちをいうのだろう。


◽️司馬遼太郎に魅せられて

やがて、お決まりの転落の道を一気に転がり落ちていく女子高生(笑)。
私の高校3年間は、新選組にあけて新選組にくれたといっていい。
最初に読んだ新選組関係の本は、子母澤寛氏の「新選組始末記」だった。
当時、新選組を知るためにはまずこれを、と言われていた本だ。
面白かったけれど、どちらかというと読み物というより、資料的価値の高いものだったように思う。

次に手に取ったのが、司馬遼太郎氏の名作「新選組血風録」だった。
「沖田総司の恋」に涙し、わざわざ作品の舞台になった清水寺の音羽の滝に出かけて、前の茶店で土方さんよろしく草もちを食べたり、同好の友人と壬生詣でをしたりもしたっけ……。(遠い目)
とにかく最初は、沖田総司どっぷりだったのだが、やがて「新選組」と名前のつくものは手当たり次第むさぼる中毒症状に。

そしてついに、運命の1冊との出会いが訪れる。
司馬遼太郎氏の傑作「燃えよ剣」。
出会うべき時期に、出会うべき作品にめぐり会えたことの幸せ!
この本に出会わなければ、おそらく今の私はなかっただろう。そう思えるくらいの衝撃だった。
司馬遼太郎氏の膨大な作品群の中でも、面白さと、読んだ人間を虜にするという点で、私はやはり「燃えよ剣」が頂点だと思う。
この本で新選組と土方歳三にはまり、泥沼化してしまった人を、少なくとも4人知っている(そのうち一人はうちの息子だ……笑)。

とにもかくにも、この小説に描かれた土方歳三という男。
これほど鮮烈で、「かっこいい」男を、私はほかに知らない。
もちろん欠点だらけだし、人間的には性格破綻しているような危ないところもあるし、どちらかといえば「悪人」だ。
だが、どこまでも己の信念にこだわり、それに殉じようとするかれの峻烈な生き様は、すでに善悪の範疇を超えている。
それまで、幕末史の中のほんの脇役(しかも敵役)に過ぎなかった土方を、存在感あふれる魅力的な男として世に知らしめたのは、まさしく司馬遼太郎氏の功績だろう。
それ以降の小説やドラマの土方は、多かれ少なかれこの作品の影響を受けているといっても過言ではない。

半世紀以上も前の作品なのに、今もまったく色褪せない。それどころか、今の沈滞しきった日本、疲れた現代人に、喝と勇気を与えてくれる。
「燃えよ剣」は、その文章の端々に至るまで、作者である司馬さんの主人公土方歳三に寄せる深い愛情がにじむ名作である。
こうして、私は新選組というどツボにはまり、今に至っている。





🔹

千華・2020-07-13
歴史語り
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ
万年妄想乙女


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

あとがき、もしくは言い訳





ただただ長いばかりの話を、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。m(__)m

私にとって新選組といえば、何をさておいても司馬遼太郎氏の「燃えよ剣」です。
高校時代にはまって以来、40年以上経つ今も私のバイブルであり、未だにこれを超える作品には出会えません。
というわけで、この「掌上の雪」の土方さんと沖田くんも、基本的には「燃えよ剣」のイメージからまったく抜けきれていませんね(大汗)。
「二次創作」といってもいいくらい、オリジナリティーがあまりなくて恥ずかしい限りです。
それほどに、司馬さんの描き出した土方や沖田は魅力的で、私などの未熟な筆では、とてもあれ以上の土方像、沖田像を表現するなんて不可能なこと。
でも、それでも、「いつか、自分なりの新選組を、自分の言葉で綴ってみたい」というやむにやまれぬ思いに衝き動かされて書き上げたのがこの小説です。
つたない文章ですが、読んでいただいた皆様の心に、何かしらの余韻を残せれば、これほどうれしいことはありません。

それにしても、私が沖田総司に対して昔から感じていた疑問は、「どうしてあんなに明るく人が斬れるのか?」言いかえれば、「一方で冷徹な人斬りである総司と、子どもたちと無邪気に遊んでいる総司とが、どこで結びつくのか?」でした。
河上彦斎にしろ岡田以蔵にしろ、「人斬り」と呼ばれた男たちはどこか陰惨で暗い感じがするのに、なぜ沖田総司だけは、こんなにも明るいのか――?
新選組隊士としての殺伐とした日常、さらに死病に冒され絶望と隣り合わせの毎日だったはずなのに、かれの行動や言葉から感じられるのは、哀しいほどの透明感と優しさでした。
その問いに対する私なりの答えが、この小説です。
沖田があれほどまでに純粋で心強くいられたのは、土方に対する深い想いがあったせいだと……。
少々強引ではありますが、何の打算も「けれん」もないかれの生き方の根底にある「ただひとつの熱い想い」に、共感していただければ嬉しく思います。

この話、実は雑誌「小説JUNE」の小説道場というコーナーに投稿するつもりで書いたものでして、内容的には「女性向き」のところがあります。
といっても、当時私としてはむしろ「JUNE」系は苦手だったのですが、どうしても小説道場に投稿したくて、半分破れかぶれで書き始めたのでした。
そのため、トーンだけは女性向だけれど、基調はあくまでもプラトニック、例の部分は無理やり付け足しか?というきらいが無きにしもあらず(笑)。
あらためて読み返してみると、文章の端々に私自身の「とまどい」や「ためらい」が見え隠れしているような気もします。
ただ、書いていて、土方さんも沖田くんもどんどん自分で動いてくれましたし、作者としては「もう、自分の中にあるものみーんな書いちゃったから、いいや!」って心の底から言える作品になったと思っています(自己満足ですね…)。

何はともあれ、最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
これからも、土方歳三や沖田総司をはじめ、途半ばにして斃れた男たちの熱い生きざまを、私なりの言葉で精一杯綴っていきたいと思っています。
これからも、どうぞよろしくお願いします。





❄️

千華・2020-07-16
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ
JUNE
千華のトリセツ
内輪話


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

11章 凶 弾(2)





(うかつだった……。歳三さんにもしものことがあれば、すべて俺のせいだ!)
なぜ、気づかなかったのだろう。
たとえ千穂が間者でなくとも、そこを見張ってさえいれば土方は必ずやってくる。罠を仕掛けるつもりなら、いつでもできるのだ。

――どうか、無事で……!

総司は生まれて初めて、人間を超えた存在を思った。そして、心の底から、その恩寵を祈りたかった。


息せききって祇園八坂神社の石段下までたどりついた時、境内にはすでに夕闇が迫っていた。
先刻、土方と千穂の姿を見かけた茶店は、早々と戸を降ろしている。
「どこへ行ったんだろ?」
「だから、いったい、何だってんだ?」
息をきらして、原田がぼやく。
それにはかまわず、総司は血眼になって二人を捜した。
が、人気のない境内はしんと静まりかえっているばかりである。

――俺の思い過ごしなら……。

そうかもしれない。土方と千穂は、すでに何事もなくこの場を離れているのかもしれない。
そうであってくれ、と念じたそのとき、社の奥から銃声が響いた。
総司と原田は、弾かれたように顔を見合わせた。
「左之さん、上だっ!」
「おう! 行くぞっ」

二人が駆け出している頃、土方歳三は、神社の奥宮へ続く疎林の中にいた。
千穂の身体を抱き取るように支えた土方の周りを、刺客の一団が取り囲んでいる。
千穂は傷を負っていた。
「千穂! しっかりせい」
「………」
唇がわなないたが、声にならない。
胸元が赤く染まっている。
土方を狙った銃弾が、咄嗟にかれをかばった千穂の胸を貫いたのだ。
「亭主の仇をかばって撃たれるとは、馬鹿な女だ」
「桂――! きさまっ」
短銃を撃った男。刺客たちを指揮している頭目は、長州の桂小五郎だった。
桂は試衛館時代の土方を知っている。
もちろん、名もない三流道場の師範代としての土方歳三を、である。
その眼には激しい怒りと侮蔑の色があった。

土方は千穂をそっと地面に降ろすと、佩刀和泉守兼定を抜いた。
青眼に構える。
刺客たちは、じりじりと間合いをつめてくる。皆、かなりの使い手らしかった。
土方には盾に取る一本の木もない。
わきの下を冷たい汗が濡らした。
――突。
土方の足が地を蹴った。
一番手薄なところをめがけて踏み込む。
振りかぶった剣が、電光のような遠さで相手の籠手を襲う。
右手首が宙に飛び、男は声もあげずにその場にうずくまった。
囲みを切り崩し、木を背にする。
それ以外にこの窮地を脱する術はない。
土方は前ヘ、前へと出た。
それにつれて、刺客の輪も移動していく。
桂はゆっくりと、次の弾丸を込めた。

その時である。
総司と原田が、転がるようにして飛び込んできたのは。
「土方さんっ」
大声で呼ばわりつつ、総司の身体は野獣のように跳躍した。
手近のひとりを水もたまらず斬って落とし、囲みを破って土方に駆け寄る。
「――総司か」
声がかすれている。
ひとりでこれだけの人数を相手にしていたのだ。さすがの土方も、返事をする余裕がなかったのであろう。

「なんとか間に合いましたね」
「千穂が撃たれた。俺をかばって」
「千穂さんが――?」
土方が目線で指し示した向こうに、千穂は血を流して倒れていた。
その姿を眼にしたとき、総司は頭の中からすうっと血が引いていくのを感じた。
すべての感情は凍りつき、代わりに冴え冴えとした殺気が全身を包んでゆく。
次の瞬間、そこにはおそろしく冷徹な表情の若者が立っていた。





❄️

千華・2020-07-13
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