ー私たちは死ぬ為に集まった。
【Looking for Myself】
「こんにちは」
渋谷のハチ公前。
桜の木の下で
私は女の子二人組に声をかけた。
「あ、こんにちは」
「もしかして“カエル”ちゃん?」
「そうです、よかった…っ!にゃんさんと、リクさんですね」
「そーそー、私がリクだよ、んで、こっちがにゃん」
「カエルちゃん、はじめまして!」
三人で顔を見合わせ
ほっと胸を撫で下ろして笑い合う。
にゃんと、リクとの出会いはネット。
自殺志願者のチャットだった。
死にたい人達と
相談に乗りたい人達を集めた広場。
表向きは、死を
思い留まらせる為の場所だった。
でも、中身はどうだろう。
「死ぬな」
「簡単に死ぬとか言わないで」
「生きてればいい事あるよ」
「あなたが死にたいと思ってた今日は、誰かが生きたかった明日なんだよ」
他人事の、綺麗事ばかりが立ち並ぶ。
死にたい者には到底届かない声ばかり。
にゃんも、リクも私と同じ
リアルで疲れ切って
救いを求めたネット社会にも
嫌気がさした人間だった。
「一緒に死のうか」
その約束を、実行する為
今日、はじめて
三人は顔を合わせたのだ。
これから死ぬなんて
考えられないくらい
二人も、私も明るかった。
「これからすぐってのも、なんだからさ、カラオケ行かない?」
リクが言うと、にゃんは口元に手を当てる。
「え!どうせ死ぬんだと思ってお金持ってきてないよ!」
「じゃあ私が出すよ」
「え、カエルちゃんいいの?」
「どーせ死ぬんだし、お金なんか必要ないよ」
私は、にこっと歯を見せ笑う。
「カエルは太っ腹だなあー、じゃ行こ行こ!」
だけど、学生の私たちに
出せるお金なんてたかが知れてる。
ワンドリンク制の1時間10円
音漏れのひどい格安の
カラオケボックスに入った。
それでも、最高に楽しかった。
ロックばかり歌うリク
しっとりとバラードのにゃん
私はJ-POPばかり。
音が外れたって気にしない。
羽目を外したって気にしない。
大口開けて笑ってもいい。
小さくなる必要のない今は
最高だった。
学校みたいに……
私たちを笑う人なんていない。
私たち三人は
それぞれの場所で
いじめを受けていた。
ちょっと馬鹿にされただけで
翌日の学校が憂鬱だろう。
それがイジメとなったら
辛くないわけがないじゃない。
意味の無いイジりから
理由のないイジメの
ターゲットになれば
閉鎖的な学校生活は
それこそ、地獄だ。
家にいる時間より長く
ひとりぼっちで
いなければならない毎日を
汚い、クサイと事実とは異なる
陰口を叩かれる日々を
時に叩かれたり
椅子に画鋲を仕込まれる恐怖を
そんな生活を
少しでも想像出来たなら
「あなたが死にたかった今日は」
なんて言葉は、出ないはずだ。
「ねー」
カラオケ小休止。
音楽CMの流れるテレビ画面を前に
リクが私たちに語りかけてきた。
「んー?」
シュガーポーション3個入れた、
とてつもなく甘い紅茶を飲みながら
にゃんは、リクを見つめる。
「あたしらさぁ、死ぬ死ぬって言ってて、どんな死に方するかまだ話し合ってないじゃん」
「あ、ほんとだ」
私は思わず口を開いた。
ストローから口を離したにゃんは
「きったない死に方はしたくないなあ」
と、目を伏せる。
指先で前髪をくるくるといじりながら
リクは天井を見上げた。
「例えばぁ、飛び降りとか」
「あーやだあ」
「飛び込み」
「チョー迷惑」
「首吊り」
「ベタすぎ」
リクが問題大ありの
死に方ばかり選ぶものだから
可笑しくなった私は
一頻り、ケラケラと笑った。
するとにゃんは言う。
「色々調べたんだけどさ」
「うん」
「練炭はどう?」
「周りの迷惑にならない?ガスでしょ?」
「あー、よくドラマではさ、毒ガス発生中、すいませんが警察を、みたいな張り紙してるよな」
「それがあれば大丈夫?」
「んー…どうだろ」
「場所は?あれって確か密閉空間じゃなかった?」
私が問うと、にゃんは
待ってましたとばかりに
地図を広げ、
ある地点を指さして言った。
「実は、ここ空き家なの…鍵壊れてる」
「マジか、他民家は?」
「山の中だから、周辺には何も無い」
「ここに七輪と練炭持ってく?」
三人で、目を見合わせる。
異様な、空気だった。
自分の生命の采配が
今、ここで、決まる。
ドッ、ドッ、ドッ
今までに聞いたことが無いくらい
鼓動が耳の近くに感じた。
こんな時に
ああ、私、生きてるんだな
そんな事、ふと自覚する。
つくづく、
タイミングの悪い、
大馬鹿娘だと思う。
私達はこくん、と
誰からともなく頷く。
結局、私達は自分の生命を
練炭で終えることにした。
ホームセンターで
練炭と七輪を買い、
最期だからとプリクラを撮って
互いのスマホケースに貼った。
「お揃いだねー」
「死ぬのもお揃い」
「全部おそろだね」
どうしてだろう。
あんなに悩んでいたのに
死ぬ事を決めたら
いじめなんて
ちっぽけな事に思えてきた。
一人だったら
こうはいかないかもしれない。
絶望のまま逝くよりも
三人で笑って逝けたら
幸せだ。
そんな事を本気で思う程
そこには妙な絆が存在した。
私達は生まれて初めてに近い、
ガールズトークに花を咲かせながら
電車に乗ってにゃんの持ち込んだ、
民家の場所へと移動した。
待ち合わせた渋谷の
人混みから一変。
周りには野山。
無人駅。
人の姿は見えない。
寂しい場所だった。
「…なんかほんと、山だな」
「山だね」
「日が暮れてきたよ」
橙色に燃えるような夕焼け空。
飛んで家へ帰る烏の群れ。
寂を助長する伸びた影を踏み
私達は無言で民家へと急ぐ。
“ 本当に、いいんだろうか”
そんな迷いすら
生まれる程、美しい夕暮れ時だった。
「うわぁ…」
「こりゃまたなんとも」
「ホラーだね」
民家へ着く頃には
街灯ひとつない土地は
真っ暗だった。
懐中電灯に照らされたそこは
お化け屋敷のようだ。
蔦と草木が生い茂り
ネジが腐り落ちた鉄の門は
風にギィギィと揺れていた。
あまつさえ野ざらしのそれは
真っ茶色に錆びている。
私達は目を見合せ、頷き合い
民家の中へと入っていく。
草が倒された跡がある。
この山の中だ。
ケモノでもいるのだろう。
蜘蛛の巣を払い
草を掻き分け
建付けの悪くなった引き戸を
三人で力を合わせ何とか引いた。
カビの匂いが
そこら中に立ち込めている。
「ねえ、疲れない?」
「当たり前に疲れた」
ヒュー、ヒューと
至る隙間から入る風が
芯から体を冷やしていった。
「でも、休んじゃうと動くの嫌になる…」
にゃんのその言葉をうけて
腐り落ちそうな畳から
腰を上げた私とリクは
ガムテープで
風の入る隙間を
片っ端から埋めていく。
にゃんは練炭を準備した。
私達は
死にものぐるいで
自分たちの生命を終える準備をした。
「……ね、手、繋いでも、いい?」
にゃんが、練炭につく炎を見て言う。
「何、怖いのかよ」
リクの声も震えていた。
「いいよ」
きっと、差し出した私の指先だって
震えているに違いない。
足や手に痺れが生まれる。
三人は寄り添うように肩を寄せた。
気持ち悪い…。
とてつもなく頭が…痛い。
練炭自殺が楽なんて
誰が言ったんだろう。
痛い、苦しい。
私は、動きにくくなった、口を動かした。
「ね……」
「……ん」
「あたしたち、なんで……死にたかったんだった?」
「なんで…だっけ」
「あー……いじめ」
「そうだ……学校が…楽しくなくて」
「生きる意味……わかんなくなって」
話しながら涙が溢れた。
でも
でも
と、私たちの中の私達が
声を上げるのだ。
その声の通り…言葉を発す。
「でも……さ」
「今日……ちょー…楽しかった」
「死ぬの、嫌になるくらい…楽しかったね」
あんなに笑ったのは
久しぶりだった。
今日一日
死にたい自分たちを
ネタにして
三人で笑い転げた。
今までのいじめも
今から死のうとしていることも
全部が嘘みたいに思えた。
「ねえ」
私は、告げる。
「死ぬの恐い」
リクは、泣く。
「死ぬの、やだ」
にゃんは息を詰まらせる。
「死ぬの、辞めたい…っ」
死ぬ為に集まった三人の意志が
死の目前で、覆された。
私達は、力を振り絞る。
馬鹿げた死を取りやめる為に。
生きる為に。
かびだらけの畳を這い
窓辺に目張りしたガムテープを剥がし
窓を大きく開けた。
その瞬間、外の新鮮な空気が
胸いっぱいに取り込まれる。
「うぇっ…」
「や、ば」
「頭…割れ、そ」
私達は嘔吐して
倒れ込み
意識を失った。
目が覚めると
翌日の昼だった。
目を開いた先
太陽が真上に見える。
「あー…まだ頭痛っ」
「死のうとしたしね」
「死ぬとか、ほんとやば」
私たちは
からがら生命を得た。
死にたかったのに。
死にきれなかった。
覚悟がなかった。
覚悟がなくてよかった。
死ななくてよかった。
「帰ろっか」
かびくさい民家の畳に横になって
充分に休んだ後で
私達は、立ち上がる。
そして、三人で
手を繋いで帰路に立つ。
「ねえ」
「んー?」
「二人の名前、聞いてない」
「あー」
リクが笑って言った。
「あたしの名前は齋藤由紀」
「私は、新山まやだよ」
「由紀と、まや」
私は、噛み締めるように
二人の名を呼ぶ。
すると、心の中が
暖かくなった気がした。
「で、カエルちゃんは?」
「私の名前はね…」
よろしく、由紀、まや
三人で、人生に打ち勝とう
死のうとまでした私達だもの
きっと、この世知辛い世の中
生き抜く勇気も、持っている。
私の名前は
佐原 華絵。
不器用だけど、
この人生を生きようと誓う
一人の女子高生。
私たちは弱い。
弱いから
また死にたくなるかもしれない。
その時はまた
3人で集まろう。
「一緒に死のうか」
そんな言葉もう必要ない。
「一緒にカラオケ行かない?」
これで、充分だ。