湿り気のない袋を
片手にそっと収め込む
パリパリと異色の音を放つ
黄ばんだ表紙が歴史を語っていた
少しばかり袋を傾ければ
時を感じろと言わんばかりに
汚らしく埃が宙を舞い踊る
外出する機会が無ければ
免疫までもが下がってしまうのか
喉に張り付く埃に咳き込んだ
奮闘の末封を開ければ
鋭い芳香剤の香りが鼻腔をつく
咄嗟に口を噤めば
息苦しさに降参してしまった
なんとひ弱になったんだと
自分自身でも感じてしまおう
少し時間を置きさえすれば
喰い慣れた空気がそこらを漂う
安心故に大きく息を吸い込んだ
肺いっぱいに空気を送り込めば
安堵からほっと息が出る
ふと視線を下に落として
袋の中の着物に手を掛けた
傷をつけまいとそっと慎重に
着物を空気に触れさせる
めいっぱい丈を広げてみると
想像以上に大きくて驚いた
それでも私には小さいようで
体に合わせればどうも美しくないのだ
母のお下がりだからだと
そう言ってしまえば終いなのだが
今日はそうとは言えなかった
着物自体は美しいのに
私自身はそれには似つかない
なんとも悲しい事実だった
それでも諦めるには早いと
信じて袖を通してみる
やはり丈は合わないが
好奇心に負け身体を包みこんだ
不慣れな手つきが
お前には着物なんぞ似合わない と
暗示しているようでいやらしい
幾度か着物を剥ごうとしたが
襲う好奇心は大きかった
不格好な晴れ姿だが
私にとっては上出来だ
半端に伸びたまとまりのない髪も
見様見真似で結ってみる
ボサボサと湧き出る髪も多いが
それでも何故か満足出来た
着物のおかげかもしれない
気分がいつもよりうんと良い
普段は布を被せてある
姿見にも自身を映し出させる
何十年前の着物だが
それを感じさせないほど美しい
着付けには慣れていないので
どうもシャキッとは決まらないが
それでも姿見に映る自分は楽しそう
久々に舞い上がる活気に
人間らしさを覚えた
そうすればふと
｢綺麗｣という音が口を飛び出した
しばらく発せられなかったその音は
掠れ嗄れているものだ
咄嗟に後悔とともに
重く軽快な扉に目を向ける
ピクリとも動く気配のないそれに
心を落ち着かせ息をついた
今日なら一歩
外に出られるかもしれない なんて
無様な期待をも抱く
嫌味なく笑うドアノブに
手をかければ記憶が蘇る
違和感を覚えた幼少期
それを口にした4年前
『勝手にしなさい』
そう言い残し家を出てしまった母
口にはせずとも
毎晩涙を流していた父
『女装似合うね』
手を叩き笑うクラスメイト
やはり着物なんて似合わないのだ
舞い上がった私を冷風が叩く
埃の落ちた姿見に
もう一度布を覆いかぶせた
｢今日も無理だった｣
扉に向かい
低くなった声を響かせる
一生に一度の成人式
今日も今日とて私は居ない
