『神様を呼ぶ声。』
※大人要素あり
容疑者
なんて、呼ばれる日が来るなんて
生まれてこの方
思った事が無かった
死体遺棄、及び殺人
どんなに小さい命でも
やっぱり、殺人か
なんて、場に合わない事を考えた
「クズ親だな。」
パトカーに乗り込む時
会ったら必ず笑いかけてくれていた
近所のおじさんに言われた
親か
「真緒!これ、美味い!
もっかい取ってくるわ!!」
「はしゃぎ過ぎだよー先輩!」
私の高校入学祝い
と称して、一つ上の先輩
石木先輩が
食べ放題に連れて行ってくれた
周りはカップルや
家族連ればかりで
何だか居心地が悪い
でも、美味しいご飯を
食べて行くうちに
そんな思いはどこかへ行った
「もーこんな時間かぁ。
終電、そろそろじゃない??」
「あー、本当だぁ。
そろそろ帰りましょっか!」
たらふく食べて
二人で1万円は安いと思った
払おうとする私の手を差し置いて
石木先輩が全て払ってくれた
先輩に何度か礼を言って
丁度来た終電に乗ろうとした時
石木先輩に腕を引っ張られた
「ちょ、先輩!」
抵抗虚しく
石木先輩が手を離してくれたのは
終電が過ぎてからだった
「真緒、行くとこあるから来て。」
何も言わさない
とでも言いたげに
石木先輩は背を向け歩き出した
私は着いて行ってしまった
流石にこの時間に一人は怖いし
着いて行かなくてもきっと
来いと言われるだろうから
着いた先は
ホテルだった
「行こ。」
「ダメだよ。私まだ、高一。」
「いいから、早く来いって。」
それからの事は
よく覚えてない
どんなに拒んで
逃げようとしても
先輩には叶わなかった
朝起きると先輩はもう居なく
鍵返しといて
とだけ書かれた紙が
一枚机に置かれているだけだった
「真緒!!どこ居たの!!!」
家に帰ってすぐ
お母さんが血相を変えて叱ってきた
その声を聞いた途端
自分の犯した過ちに涙が溢れた
「…おか…さ…っ。」
された事
されるまでの経緯
全てお母さんに伝えた
直ぐに被害届を出したが
先輩側が事実を一切認めず
先輩のお父さんが
警察の所長で
足掻いても足掻いても
結局、揉み消されてしまった
翌日のご飯は豪華だった
揉み消し代が支払われたらしい
お母さんは心做しか
元気だった
それから何ヶ月かして
お腹に違和感を感じるようになった
重たくなったし
大きくもなった
何より疲れやすくなったし
吐き気もするようになってしまった
生理も、もうずっと来ない
恐る恐る
妊娠検査薬を使った
陽性だった
言えないまま
しばらくが経って
お腹はどんどん大きくなって
しかも、この前初めて胎動を感じた
「真緒、太ったんじゃない?」
ある日、お母さんにそう言われて
妊娠の事を打ち明けようか迷った
でも結局口から出た言葉は
「そうかも!」
だった
一度、病院に行った
「妊娠、29週です」
29週
その言葉を聞いて、お腹を撫でる
たまに蹴ってきて
「私は生きてるよ!」と
全力で訴えかけてくる
私はどうにか
この子の存在を忘れようと必死で
運動をしたり
勉強をしたり
学校に行ったりして、忘れていた
でも、この子は
産まれようと頑張っていた
「真緒?真緒…!!真緒、大丈夫!?」
学校で倒れた時、流石に隠せなくなって
保健室の先生にだけ打ち明けた
怒られるのかと思っていたけど
優しく、抱き締めてくれた
翌日、先輩が退学した
安心したのか、逃げられた気持ちなのか
よく分からない気持ちになった
ただ、泣いた
人工中絶の話をされた
それだけは絶対嫌で
泣いて話をやめてもらった
もう、いつ産まれてもおかしくない
何となくそう分かった
私は、この子に情が産まれる前に
殺ってしまおうと決めた
ホームセンターで買ってきた
切れ味のいい包丁の先を
自分の腹に向けた
「…ごめ…、ご…め…っ。」
手が震える
息が上手く出来ない
涙も汗も震えも
何もかも止まらない
その時、お腹に激痛が走った
陣痛だ
始まってしまった
私は、公衆トイレに走った
刺そうとする度
陣痛が早まった
必死に手すりを掴み
立ち上がろうとした時
ボドッ
と、鈍い音が鳴った
そして、それは産声を上げた
「…かわ、い…。」
大声で泣き叫ぶその子は
可愛かった
愛おしかったし、育てたかった
でも、この子を幸せにする勇気は
一つも、無い
不幸にするなら
苦しい思いをさせるなら
「…あぁぁぁぁぁ…ぁ!!!!!」
きっと、この世界から逃がすのが
一番の幸せ、だと思う
動かなくなったその子を抱えて
桜の木の下に行った
無我夢中で
穴を掘った
掘るものが無かったから
素手で掘った
結局途中で
子連れの親に見つかって
そのまま、逮捕された
「クズ親だな。」
パトカーに乗り込む時
会ったら必ず笑いかけてくれていた
近所のおじさんに言われた
親か
私は、正真正銘クズ親だ
我が子を自分の手で殺めた
でも
先輩は、もっとクズ親だ
自分の欲に負けた、クズだ
何で、私だけ
翌日のテレビで
私の事のニュースがやっていた
無理矢理された
なんて書いてなくて
そこには嘘が並べられていた
学校から誰かが情報を漏らした
それからネットでは、私の顔と
私の本名、住所が晒された
もちろん先輩の事も書かれた
でもその記事は、直ぐに消された
「産んで、育てて、
誰か助けてくれましたか。」
私は、弁護士の人に
いつしかそう問いかけていた
「助けてくれる施設や
助けてくれる人は、少なからず
1人は居たと思います。」
そうですか
「…なら、あの時
先輩を罰する人は、居たでしょうか。」
弁護士の人は黙った
それが答えだった
刑務所の中での生活は
思った以上に心苦しかった
あの子の鳴き声が
夢に出てくる時があったからだ
きっと、あの声は
産まれた事が嬉しかったんじゃ無く
神様を呼んでいたんだと思う
こんな親の元で産まれたくないよ
こんな親のせいで不幸になりたくないよ
そう言っていたように聞こえた
「真緒さん。面会です。」
罪を償ってから数年後
お母さんとお父さんが
交通事故で亡くなったと聞いた
生きてる心地がしなくなった
まるで、子供のように
そう、あの時のあの子のように
泣き喚いた
神様を呼んだ
もちろん、誰も助けてくれないけど
罪を償い終えて
あの桜の木の元へ行った
花を手向けた
そして、手を合わせた
「…幸せになってね。」
次は、どうか
私の元に産まれないで
と、心の中で唱えた
私は、名前を変えて
雑貨屋で働いた
「1500円のお買い上げです。」
ある日、ベビー用品を買いに来た
若い妊婦さんが居た
その人を見て、あの子を思い出して
涙が零れた
「大丈夫ですか?」
と、男の人の声がした
「ありがとうございます。
少し目が痛くなっただけですよ!」
私はなるだけ元気にそう返して
もう勤務時間が終わるからと
その人に礼を言って帰った
次の日、そのお客さんが来て
女性用のハンカチを買った
「梱包してください。」
とお客さんは言った
きっと彼女さんにあげるのだろう
と思うと、少しモヤっとした
梱包をし終えたタオルを
袋に入れ、お客さんに渡すと
「これ、あなたに。」と言って
そのハンカチを渡して来た
その瞬間、恋に落ちた
それからその人は
毎日来てくれるようになった
LINEを聞かれ教えると
思った以上に会話が弾み
付き合うようになった
付き合って、数年後
お腹に違和感を覚えた
あの子の時と、一緒だ
私は妊娠検査薬を買い
検査をすると
やっぱり、陽性だった
私はだいちゃんに
その事を打ち明けた
すると泣いて喜んでくれた
出産予定日は
あの子と一緒だった
あの子だとしか思えなくなった
私にはもう、だいちゃんが居て
この子を幸せに出来るはずだ
そう心に決めたはみたものの
苦しくて堪らなかった
29週目を迎えて
だいちゃんに打ち明けた
あの子が出来た経緯
あの子に私がした最低な事
途中で泣き出した私を
だいちゃんは見捨てずに
抱き締めてくれた
「大丈夫。この子は
俺らが絶対幸せにしよう。真緒。」
偽りの名前じゃない
本当の名前を呼んでくれた
私は嬉しくて嬉しくて
だいちゃんの背中を抱き返した
予定日通り、子が産まれた
今度は喜びの声を上げた
耐えきれず、泣いてしまった
私と目が合ったその子は
あの日の子に似ていた
今この子に殺られても
私はきっと、憎めないんだろうな
なんて思っている時
ニコッと笑って
私に手を差し出してきた
私はその時決めた
この子を、幸せにしようと
「姫華、ママとパパと
公園一緒に行かない?」
「行くー!!やったぁ!」
可愛く飛び跳ねる姫華を抱っこし
あの桜の木の下に連れてきた
「姫華。一緒にお祈りして?」
姫華はお祈りがよくわかってなかった
でも私が手を合わせて?と言うと
ギューッと手を合わせて
お祈りをしてくれた
「ありがとう。姫華。」
姫華にそう言うと
姫華はニコニコな笑顔で応えてくれた
だいちゃんは
警察官になった
元からの夢を諦め
私のような人を救うんだと言った
だいちゃんが警察になって
少しした時
私と、全く一緒な状況の子が
だいちゃんの担当する事件になった
だいちゃんの努力の結果
その子を襲った男も逮捕された
そしてその子は
刑務所では無い
更生施設に入って行った
その子がだいちゃんに向け
泣きながら礼を言った時
私の中で、何かが消えた
その日から
真っ直ぐに姫華を愛せるようになった
あの日、神様を呼ぶ声を上げたのは
姫華だったのかは分からない
でも、この子は
あの日喜びの声を上げてくれた
産んでくれてありがとうって
精一杯の笑顔と鳴き声で伝えてくれた
「姫華!パパとママと
食べ放題のお店行こっか!」
「やったぁ!!行く!!」
私はきっと
今日、本当の意味で前を向けた
間に姫華
両端に私とだいちゃん
一歩、また一歩
幸せに向け
歩き出した
end#