NOTE15 書くとココロが軽くなる はじめる

#この世界は残酷らしい

読んでると、
思わず胸がギュッとしめつけられる、
そんなポエムを集めました。

全10作品 ・













            約束























「…こちらマーメイド1ごう、いじょうなしです、どーぞ」


ざざッと入り込むノイズとマイクに近すぎる大声に了解と返事する。


ゆうちゃんは某夢の国が好きで、自らをマーメイドと称している。マーメイド2号はトイザらス出身の青いトリケラトプス。俺はというと、


「もー、ちゃんとおへんじして、どーぞ」

「…セバスチャン、了解」


人語を解するカニである。




ゆうちゃんがほしいとねだるのでトランシーバーのおもちゃを購入したはいいものの、毎日のように公園に行って探偵ごっこをするのにも飽きてきた。


いまごろママは何してるんだろうと考える。腕時計の短針は11と12のあいだで居心地悪そうにしている。空腹で胃が熱い。風とも言えない砂っぽい空気が鼻にまとわる。今日も花粉がやばいらしい。


「セバスチャン!」


無言だったトランシーバーから声が飛び出した。顔をあげるとゆうちゃんがいない。
トランシーバーの向こうに呼びかけるが、ノイズにかき消されてしまったようだった。


公園の外に出ていないことを願いつつ、砂場やブランコのまわりを確認するが見当たらない。もういちどトランシーバーに声をかける。

「もしもしゆうちゃん、どこにいるの?近くになにがある?」


「…常に目で追っててって何度言えばわかるの?馬鹿じゃないの?」



耳を疑った。ママの声だ。
俺は言葉を失って公園の真ん中で棒立ちになってしまった。知らない子どもとばっちり目が合ってしまって気まずい。


「ゆうちゃん、じゃなくってマーメイド1号は自販機の横にいるから。さっさと帰ってきなさい」


公園が遊具ごとぼやけた。その摩訶不思議さになんの驚きもなかったことが、自然のようにさえ思えた。

マーメイド1号はおなかがすいたので自力での帰宅を試みたことを白状した。セバスチャンは置いていかれて悲しいです。泣き真似をしたらマーメイドはなぐさめてくれた。


帰り道、パン屋で食パンとアンパンを買った。家に着くころには両者ともゆうちゃんの強い抱擁によって真っ平らになっているだろう。



ママは去年の春に交通事故に遭って亡くなった。居眠り運転の餌食となってそのまま帰ってこなかった。

助けを求める声で目が覚める夜はあと何回あるだろうと嘆息してしまう。俺の脳は都合の悪いことばかり覚えていやがる。


ゆうちゃんがパンを放り出して手洗いうがいをしている隙に、木枠のなかでぎこちない笑みを見せるママと向かいあう。


もう声は聞けないのかな。
という言葉がのどにつっかえる。
欲深いねと笑われた気がして背中を丸めた。
愛情ってやつがこんな数十センチの四辺に収まるはずがなかった。



ダイニングテーブルに置いたトランシーバーが、ざざ、と唸った。

そういえばママは空気を読むのがうまかったなと思い当たってしまって心臓が主張を増していく。


正座で痺れた足を叱りつつそれをひっつかむと、かすかに声らしきものが耳に届いた。


「…合言葉は?」



なにそれ知らない。
声に感情こそこもっていないが確実にママだ。
困惑する俺の足元でゆうちゃんはちいさな手を日光にかざしながら寝転んでいる。



思いだした。結婚してすぐのころ、帰ったときに玄関前で毎日言ってたやつだ。


無言を貫くトランシーバーを口元に持ち直し、はっきりと声にした。許してくれという期待も込めて。




「…認証。」



今度は俺から尋ねる。

「…こちらセバスチャン。応答願います。どうぞ」



しばしの沈黙は、永遠だったものとなったのだ。





…こちら、マーメイド3号。

約束は果たされた。

闇夜・2023-05-06 #小説リハビリ #この世界は残酷らしい

























仕事帰りは歩道橋を通る。職質を受けるためではなく、いっとき死ぬために。すっかり禿げ上がった笑えないおじさんズのために無糖ヨーグルトのような残業をしたその帰路である。富士山にもハワイにも行ったことがない人間にとって、徒歩で行けるいちばん高いところとは歩道橋のまんなかにほかならない。アスファルトを滑る鉄塊どもを見下ろして、ふと呼吸をやめる瞬間に空は人間を突き放す。自我の捨て方は簡単だ。


口癖カウントを大人になってからするとは思わなかった。その時間があれば、コンビニに涼みに行くことも、昔攻略したゲームの小ネタを思い出すこともできた。「であります。」これで二桁に突入。煙草を吸うようになったのは喫煙室に避難するためで、手が勝手に煙草を持つ形になっているのも仕様だ。退職したらやめよう。煙草も愛想笑いも、緑の変なドリンクも。


いらない、と言われた。前方を歩いていた女性の落としたチケットらしきものを拾い上げ、声をかけた次の1秒だった。はあ、と考えなしに口から漏れた。女性は、いらなくなったから捨てたのと言い捨てて去った。右上の角が折れたそれを裏返すと、どなたかのトークイベントのチケットだった。どっと肩が重くなるのを感じた。捨てるのはもったいないと思う思考回路はきっと、社会が我々に並縫いで縫いつけているのだ。そうにちがいない。


言ってしまうと、トークイベントは苦手だった。いまはっきりわかった。観客は満員御礼とはとても言い難い間隔で座り、知らない芸人がひたすら口を動かすという奇妙な2時間だった。よく話がもったもんだと感心さえした。ウケていないと察した芸人の苦い顔を忘れてはならないと思う。チケットを捨てた女性はこのイベントになにを期待し、そしてなにを諦めたのだろう。トークそっちのけでそんなことばかり考えてしまった。悪い癖だ。自分のことは棚に上げて、誰かの秘密をあばくために生きている。


「でも俺は悪くないはずなんですよ…」
所詮は色恋と思ってはいけない。山崎は窮地に立たされている。崖っぷちであおる酒など味がしないだろうに、山崎は中ジョッキのおかわりと塩辛を注文した。キッスが不足してて口が寂しいのか?とからかうと、山崎は眉間にしわを寄せて「いいですよね先輩は」と最後の餃子を遠慮なく口にほうった。そもそも山崎ほどのいい男を手に入れたカノジョが浮気なんてするはずがないと入店前から再三説いている。
「おれ帰るところないんすよ」
上司ズの命令を適度にかわしつつ、それっぽい完成度の仕事ができる社員は多くない。「でも先輩ん家って布団なさそうだなあ」
しかし我ながら親身に寄り添っている。これこそあるべき先輩の姿だろう。
「あの、終電なくなっちゃいましたよ」
山崎を見やると、へらっと笑って嘘ですよと言った。まだ10時前。いつものまなざしをした彼は、伝票を迷わずこちらに突き出した。


家に帰る。この憂鬱さはとても耐えられたものではない。なにかの法に引っかかっているんじゃないかと思うほど薄い玄関ドアを開け、こちらを冷ややかに射抜くのは暗闇である。シンクの角も光ってはくれない。掃除してないから。正方形に近い居間には正座して食事をするローテーブル。こちらも同様、掃除してない。床にしいているカーペットをめくりたくないという気持ちも、あと一年ほどで断ち切らなければならない。事故物件にしないことがなによりの思いやりだろう、などと思っている節がある。そんなんだから水道を止められるのだ。
家に帰る。なにかを思いだすために。

闇夜・2023-06-22 #この世界は残酷らしい

これらの作品は
アプリ『NOTE15』で作られました。

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見た夢を小説にする試み。

供養。



















「それで、誰がいなくなるの」
「さあね」
おしゃべりが止まらない三年生の群れを音楽室になんとか押し込んだわたしたちは、拍手が遠く響く廊下で息をついた。

誘導係とかいう明確な雑用を押しつけられたわたしと利彩は、知らない先生のお別れ会に始終付き合わないといけないらしかった。
一昨日その話を持ちかけてきた学級委員の子はごめんねと何度も言ってくれたが、大会間近でみんな部活が忙しいから、帰宅部2名の名前を出すほかなかったのだろう。
わたしも利彩もわかっている。

さっき閉めたばかりの扉が開き、集会で見かけたことのある女の先生の顔だけがにゅっと出てきて、中に入っていっしょに歌うようにわたしたちに言いつけた。
急かされるままに滑り込み、壁に沿うようにして並ぶ。
3年生の弾く伴奏が流れはじめた。
左隣にいる利彩が、この歌知らないんだけどとぼやいた。
わたしはうつむいて、知らない三年生の人さし指が2本、スカートとスカートの間で絡んでいるのをただ凝視し続けた。

音楽の先生らしいそのひとが去年の合唱コンクールの思い出を語り始めたところで、わたしたちはお手洗いに行くふりをして抜け出した。
「合唱コンの審査員やってたひとなんだ。ぜんぜん記憶ない」
手の水滴を振りはらいながら、利彩は正面の鏡をのぞきこむ。
ぱっつんの前髪を手ぐしで梳かす爪には薄くトップコートが塗られている。
わたしは今日のハンカチがキャラものだったことを思い出して、手を拭くのをやめた。
「これ、誘導いらなかったよね」
個室の壁にもたれかかった利彩は、文句を垂れ流しながらゆるくウェーブのかかったミディアムヘアを撫でつけた。髪を巻くのも、わたしのポニーテールもしっかり校則違反だ。敷地内外を問わずあちこちにはびこるそれらが黙認される、その程度の学校である。

トイレは底冷えがひどく、早々にそこを出たわたしたちは音楽室の手前の空き教室に入った。
そこは一時的な物置として使われていたようで、図書室にあるような焦げた色の棚がいくつか壁に設けてあった。
利彩とわたしは机をはさんでお互いの正面に椅子を持ち出して座った。
「うちはいいけど、遙香はよかったの?私あんまり聞かないで引き受けちゃったから」
スマホの電源ボタンを長押ししながら利彩はじっとわたしを注視した。
この子は一見ひょうひょうとしているようで、そういうことができる子だ。
他人を慮ることを臆さず、周りを見渡す姿勢を崩さない。代わりに、自分を守る殻を頑なに手放さず、他人に内側を見せることをしない。
そのミステリアスな雰囲気が惹きつけるのか、授業の合間に彼女に話しかけるひとは多い。そのなかでわたしにも挨拶してくれるひとはごくわずかだ。
「うん。今日は塾ないから大丈夫」
「ならいいけど。うちも今日は親が休みだからご飯やってくれるって」
眩しいのが苦手らしい利彩は、スマホも点いているのかわからないくらいの明るさに設定する。親指が画面をスクロールしながら時折ダブルタップする仕草で、わたしのやっていないSNSの周回だなとわかるようになってしまった。
校庭をぐるぐる走るテニス部の掛け声が止み、音楽室から漏れ出る合唱も遠くに聞こえた。

ガッ、と教室の戸が軋んだ。
LINEの返信に勤しんでいた利彩が顔を上げたので、わたしもそちらを向いた。
「あんたら、いつのまに抜け出してたの」
顔を出して呵呵と笑ったのは、保健体育の市川先生だった。
見慣れないスーツ姿だが靴はいつもの真っピンクのスニーカーで、それは意地でも履くんだな、と思った。
「いっちー、いたの?」
スマホを光の速さでポケットに滑らせた利彩が尋ねる。
先生は外の廊下をひととおり見わたしてから、よく生徒がつまづく敷居レールを大きく跨いだ。
「いたよ。職員室の席、隣だからさ。」
「誰が?あの先生?」
「そ。みどり先生にはよくしてもらったからね」
先生はピンクの足先をくいっと上げ、腕を組んだ。
「利彩も遥香も、1回しか歌わないで出てきちゃったでしょ」
わたしは返事に窮して隣をうかがう。
内心、わたしの名前まで覚えているとは思わなかったので、今にも心臓を吐き出しそうだった。ただでさえ保健体育にはいい思い出がないのに。とくに体育の部分。
利彩はこちらを見ることなく、屈託のない笑顔を先生に向けていた。だって歌ったことない曲なんだもん、と悪びれない彼女に、先生も諦めたようだった。
「じゃあお二人さん、いま暇だね?」
そう続いた言葉に嫌な予感がしたのは利彩も同じだったようだ。
細まった濃いブラウンの瞳がわたしを射抜いている。机の下に隠した手のひらを痛いほど握りしめる。
痛いというより、それは祈りの最大値の出力だ。
「遥香、そんな難しい顔しないでよ。せっかくだしここの片付けをお願いしたくて」
そうして先生は、わたしたちが口をはさむ隙すら与えないままに仕事を押しつけて去っていった。

「また断れなかったね」
ごめんね、という声が聞こえてきそうな顔を見せた利彩は、きちんとスマホの電源を落としてから立ち上がった。ご苦労なことだ。
ごめんね、は利彩の口癖で、わたしはそれがなにより気に食わなかった。実際、この子が謝るべき場面などほとんどないのだ。
また拍手が聞こえる。花束を渡したのだろうか。
「いっちーが適当すぎて何すればいいかわかんないな」
ぐるりと煩雑な室内を見わたす利彩。
わたしは地べたに積まれた段ボールを指さした。
「片付けはスペースの確保から、だよ」

こんなかんじでいいのかな、とこぼしながら、わたしたちは段ボール箱に入っていた本を着々と棚に収めた。
本というのも毎年行われる作文コンクールの入賞作品を記載している冊子で、利彩はちゃんと年の古い順に並べていた。ぴしっとそろった背表紙はわたしの部屋の本棚のそれよりもきれいだ。
「終わったあ」
「終わったねえ」
畳んだ段ボール箱を壁に立てかけて、わたしたちはいっしょに猫のような伸びをした。
くたっと脱力して、さあ次はそっちの棚だと膝に力を入れたときだった。

がっ。
「いた」

顔を上げると、利彩が棚の前で後頭部に手をあてて座り込んでいた。
「え?」
そばには軽そうな箱が横になっていた。
カラフルでふわふわしたものがのぞいている。
「なんか落ちてきた」
「ええ?」
「棚にぶつかったら、落ちてきた」
はげちゃう、と頭をさする利彩を横目に箱を開く。
「あ、ふわふわだ」
飾りつけに使われる、蛍光色のまぶしいふわふわだった。
「モール、ね」
生まれは百均ですという顔をしていながら、ふわふわの集合は利彩の頭に直撃したのだった。
立ち上がった利彩がしきりに目をこするので、どうしたのと近づく。
「かゆい。なんかついてる?」
そう囁いて、利彩は目を伏せる。
わたしは、とうとう息が詰まってしまった。
まぶたに赤と青のラメのようなきらきらがついている。
さっきモールをかぶったときに降ってきたのだろう。
透き通るような鼻筋と小ぶりな唇が、切れ長の目をいっそう強調している。
ひざまずきたくなる衝動に駆られながら、それでもわたしは彼女と友だちであることを優先した。
「鏡、見てみて」
うつむいて、コンパクトミラーをそっと握らせる。
映った自分を一瞥した彼女は、照れたように口角を上げた。
「意外といいかも。祐樹もこういうの好きかな」


廊下にざわめきが戻ってきたのがわかる。お別れ会はお開きになったようだった。
迷う利彩の背中を押してかけさせた彼への通話が、予想通り長引きそうなのを察知して、わたしは誘導係の責務を二人分全うするために教室の戸をスライドさせた。
後ろから追いかけてきた「ごめんね、」に気づかないふりをして。

闇夜・2025-03-20 #この世界は残酷らしい

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