『フルルを食べていた』
「ワンっ。」
ボロボロの心を
ぎゅっと抱くように
私の涙を舐めてくれる
愛犬の名はポロ
16歳の老犬
そして私も、16歳
私が産まれたその日に
お祝いとして
お母さんとお父さんが飼ってくれた
オスのゴールデンレトリバーだ
ずっとずっと
家族3人で暮らせるんだって
勝手に思ってた
9年前のあの日は
普通の1日だった
お父さんが仕事に行って
私も学校に行って
お母さんもそのうち仕事に行って
ポロはお家でお留守番
そして、私は家に帰る
そこまで、普通だった
プルプルプル
電話が鳴った
お母さんの番号だった
「もしもし?」
どうしたのかと思い
電話に出ると
「楓…楓、どうしよ。助けて…っ。」
お母さんが、泣いていた
「どしたの?何があったの?」
私は怖くなって、そう尋ねた
そしてお母さんは泣きながら言った
お父さんが
通り魔に刺されて、死んだと
「え…?」
その日、私の時計が
完璧に止まってしまった
お父さんのお葬式に行った
お父さんの棺に花を入れた
お父さんの埋葬場に行った
背が大きいのが自慢なお父さんが
ちっさな箱に入って帰って来た
私は受け入れる事が出来なくて
1度も泣けなかった
あの日から1年後
お母さんは依存先を求めるように
畠山さんと言う男の人と再婚した
その2年後二人の間に
真奈と言う子供が出来た
私は家の中で
空気と同じような存在になってしまった
そんな中で
たった1匹の味方がポロ
「ポロー。フルルだよー。」
”フルル”は
たまごと細かく切ったレタスを
犬でも食べれるお肉で包んだ
私が作ったお菓子の事
フルフルして作るから
フルルと言う名前になった
このフルルが
ポロは凄く好きなんだ
「ワンっ…ワンワンっ!」
尻尾をフリフリして
早く頂戴!と言うように
お座りをして、おまわりをして
お手のポーズまでポロはした
「はいはいっ。ほら、食べな。」
10円玉位のそれを
ポロは一瞬で食べた
ポロと居る時は
酷く心が落ち着く
ポロは何故か
畠山さんと真奈には
全く懐こうとしない
私はそれが少し
嬉しかった
「ポロ。私もご飯取ってくるね。」
「ワンっ。」
「いい子で待ってるんだよ。」
お母さんが再婚してから私は
学校に行っていない
何に対してもやる気がないから
ご飯も誰とも食べたくないから
いつも持って来て、ポロと食べる
そこら辺にあった海苔と
炊飯器の中にあるご飯を取りだし
不格好な形のおにぎりを3個ほど持ち
二階の自分の部屋に籠る
それが私の日常だ
「ポロ。ただいま。」
ポロは私のベットには登らず
床に寝転んで待っていた
歳だからか
最近ポロは、あまり動かなくなった
でも私がご飯を食べる時は
”少しちょーだいよ”
と、おねだりしてくる
「ポロ。だーめ。」
「ふぅん…。」
そう言うと、少し拗ねたような声を出し
寝転んでしまった
こうなるとポロは
フルルを上げるまで機嫌を直さない
そういう所が可愛いんだよな
「ごちそうさま。」
手を合わせて部屋を出る
歯を磨いて、また部屋に逆戻り
その日は本を読んだり
ポロを撫でたりして終わった
この生活が維持出来れば
私はきっと、大丈夫だった
次の日、朝起きると
私の部屋に、ポロが居なかった
かなり焦った
部屋を出て探すと
真奈と遊んでいた
「…あ、楓。」
「ポロ、返してよ。」
何日ぶり
いや、何ヶ月ぶりに
人と話した
でも、ポロに触れられるのは
許せなかった
「何で?楓のポロじゃないじゃん。」
鼻で笑うように、真奈は言った
「私のだよ。返して。早く。」
それがまたイラッと来て
少し強めに言ってしまった
「ポロは楓だけのじゃないから!」
真奈はそう叫んだ
その叫び声に気付いた
畠山さんとお母さんが来て
真奈が自分の好都合な所だけ話すと
お母さんは困ったような顔で言った
「ポロはみんなのなんだよ。」
は
「そうだよ。お母さんの言う通り。」
は
「楓ちゃん。分かってくれるかな。」
は
私はその時
お母さんも真奈も畠山さんも
”大嫌い”なのだと自覚した
何も言わず
そこにあったガラスの置物を
壁に投げて
部屋に籠った
その時本気で願った
”死にたい”と
どれだけ経ったかは分からない
カリカリ
さっきからずっと
ドアの方からそんな音が聞こえる
流石にイライラした私は
「何だよ!」と
ドアを開けて叫ぼうとした
「ワンっ。」
でもそこに、ポロが居て
叫ぶに叫べなかった
「ポロ…。フルル、食べる?」
小さくそう言うと
ポロは嬉しそうに
「ワンっ!」と吠えた
私はポロを中に入れ
しっかりと鍵を閉めて
ずっとポロを抱き締めた
コンコン
誰かが来たけれど
私は無視した
ポロも吠えずに居てくれた
その日は泣きながら
ポロと一緒に寝た
次の日朝起きても
ポロはちゃんとそこに居た
でも、ちょっぴり苦しそうに
息をしていた
「ポロ…?」
「……。」
ポロは歳なんだと悟った
私は、朝の誰も起きてない時間に
気付かれないようにと家を出た
最後にポロを外へ出してやりたかった
「ポロ。歩けないよね。
このベビーカーに乗せてあげるね。」
数年前に自分で買った
犬用のベビーカーにポロを乗せた
はぁ…はぁと
苦しそうに息をするポロを見るのは
凄く、辛かった
そして
近くの公園に着いた
「ポロ。この公園覚えてるかな?」
「…ワンっ。」
「無理しなくていいよ。いいから。」
ポロの頭を撫でてやると
どうしようもなく涙が溢れて
心配そうにポロが見つめてきた
「大丈夫。大丈夫だよ。」
必死に涙を拭い
ポロをベビーカーから降ろした
「ほら、この公園。
昔お父さんとお母さんと
ボールで沢山遊んだ公園だよーっ。」
ポロは頬を緩めて笑っていた
このまま眠りそうな
そんな顔をしていた
よろよろの足で
ポロは歩いた
1歩
また1歩
生きてるんだって
そう言うように
そして、何歩か進んだ所で
ポロは倒れた
「ポロ!大丈夫…?」
「ワンっ…。」
心配しないでと言うように
ポロは吠えた
私はポロをベビーカーに急いで乗せ
急遽家に帰った
9月下旬の寒風に吹かれながら
死んで欲しくなかったから
お母さん達に見られたけど
私は急いでポロを抱えて
部屋に籠った
暖かい布団の上に
ポロを置いた
「ポロ…?フルル。
フルル、食べる…?」
ポロはもう、吠えなかった
小さく首を伸ばしてくるだけだった
ポロの口に近付けた
ぱくっ
食べた後、幸せそうな顔をして
「ワンっ!」と吠えた後
目を瞑って、動かなくなってしまった
「ポロ…っ。」
最後まで温もりを感じたくて
ずっとずっとぎゅっとしていた
段々、冷たくなっていって
それでも温めたら
生き返ってくれる気がして
めいいっぱい温めた
途中でお母さんが気付いて
「もう無理だよ。」と言われても
ずっとずっと、温め続けた
「やめな…?」
「…い…きてる…っ…ぅ…っ!」
「楓…、ポロは…。」
「生きてる…!!生きてるから…っ。」
認めたくない
だからずっと生きてるって唱え続けた
1週間
ポロの死体を焼けなかった
ハエが集り始めたけど
そんなの気にしなかった
フルルを無理やり口の中にやった
そんな自分が馬鹿らしかった
お母さんに
「綺麗なまま焼いてあげよう?」
そう言われて
渋々火葬した
フルルも入れた
ポロもまた
お父さんと同じように
ちっさい箱に入って帰って来た
私にはもう、絶望しかなかった
Googleの検索履歴
『ポロ』
『ポロ 会いたい』
『ポロ 会う方法』
狂ったように
ポロに会う方法を探した
結果、自殺に辿り着いた
ホームセンターで縄を買って
YouTubeで見た
首吊り縄の作り方を見て
真似して作ったら本当に出来た
遺書も書いた
少し高めの所に
ドアノブがあったから良かった
私はそこに
自分の首元の縄と繋がる縄を結んで
そっと座った
15秒経って
少し苦しくなってきた
30秒経って
キンキンキンキンと
耳鳴りのような音が聞こえた
でも、耐えた
耐えて耐えて耐え続けた
パタン
等々動けなくなった
そして、眠くなって
”〔そこで意識が途絶えた〕”
気付くとそこは
花畑の中だった
そして、誰かに抱き締められた
「楓…っ。」
お父さんだった
「おと…さ…。」
こんなに早くには会いたくなかった
と、お父さんは泣いた
ごめんなさいと謝ると
よく耐えたねと
頭を撫でてくれた
久しぶりの優しさに
つい泣いてしまった
「ワンっ!」
何処かから
聞き覚えのある鳴き声が聞こえた
「ポロ!!」
ポロだった
思ったよりも早く会えた
本当に本当に嬉しかった
そして、ポロは
【フルルを食べていた】
ふと辺りを見ると
みんな白い無地の服を着ていた
そしてみんな幸せそうだった
お父さんが手を繋いできた
そしてポロが
「ワンっ!」と吠えた
「どしたん?」と聞くと
今から楽園に行くんだよと
お父さんが笑った
私達が居るのは、虹のふもとだった
別れたペットが
飼い主を待つ場所があると
聞いた事はあったけど
それが本当にあるとは思わなかった
その時、1つ疑問が浮かんだ
「自殺した人は、地獄じゃないの?」
それをお父さんに聞くと
「自分で選ぶんだよ。」
と、話してくれた
家族や友人や恋人に
悪いと思う人は
自ら地獄を選び
そこで辛い生活をして
罪償いのような事をする
だから、強制ではないそうだ
「私。どうすればいいかな。」
不安になってお父さんに聞いた
「楓は頑張りすぎたんだ。
だから楽園でうんと休みなさい。」
お父さんはそう返してくれた
2人と1匹で
新たな幸せに繋がる
長い長い虹を渡った
時に走り
時に周り
時にフルルを食べさせ
笑って
泣いて
でもやっぱり笑って
その先にある幸せへと
”いーっぽっ”
踏み出した__。
end