NOTE15 書くとココロが軽くなる はじめる

#奈落

読んでると、
思わず胸がギュッとしめつけられる、
そんなポエムを集めました。

全18作品 ・










【幸せな奈落】










会いたいなと、


最近思うのです。




これは奈落で綴る


私の日記です。






生まれてから十六年間程生きた時、



常に笑顔で満ちていた少女は





深く愛した想い人に告白をし


交際することとなりました。







想い人はスポーツも出来て


成績優秀なこともあり、





好意を持つ女子は少なくは


ありませんでした。







そんな中、少女は



世間で言う"虐め"という行為を






受けるようになりました。







その被害は想い人まで害し、





想い人は少女に別れを告げました。









少女は人生で初めて




死にたいと思うようになりました。







そこから始まる少女の





塵みたいな日常を



此処、奈落で綴ります。

















「死ねよ。」







「わかった。」









「ざまあ」






「うん。」













虐めは別れてからも




止まることは無かった。










関に野に


笑に真




そう書いて


せきの えま。







いついかなる時も



真実の笑みを魅せるという意味で






笑真と名付けられた。








シャーペンの先で



肉を引きちぎられ



腕に描かれた







"死ね"の文字。









その痛々しく




考えられぬ傷は






文字は掠れ読めなくはなるも




痕が消えることはない。










笑真は両親に隠し続けた。





いついかなる時も



偽りの笑みを面に貼り付けて。










そんな彼女が



唯一本音を打ち明けたのは





アルバイト先の本屋の





シミズリョウヘイ
清水凌平





一つ年上の高校生であった。











「うわっ、なあにその指の傷」






隠せない手の傷だが



彼は何も察する事無く指摘した。








「拒否として伸ばした手を



躊躇なく叩かれたら





赤くなって。




これは、内出血というものなのかな。







何時間かしたら青く染まった。」











「すっげえ痛そう。




んな奴殺しちゃえばいいのに。」










「殺したいとは思わない。





自分が死ねばいいのだから。」











「えー、そう?




俺は逆に死ねって思うなー。」













凌平がそう言いきった後、





二人の間には



少しの沈黙が続いたが







凌平はもう一度口を開いた。









「痛くねえの?」







「1から10で表すのなら


体の痛さは7くらいで、



心の痛さは0以下。」








「0以下ってなんだよ。




お前ドMなの?」









「よく分からない。




死にたいと思うのは



心が痛がってるとは思わないから。」












「お前、病んでんな。」










「病んでない。」













真実の笑顔とは何だろうか。





ふと溢れ出す笑みか



面白い場面を見た時か








よく、分からない。










「じゃな。



送ってこうか?」








「…え?」









「そんなこと言える人だったんだ、




みたいな目で見んじゃねえよ。






俺結構言える人よ。」











「びっくりした。




じゃ、さようなら。」











「遠回しに断ってくんなし。



ん、また今度。」













お風呂に入る時




傷が染みるのはちょっと面倒だし、







下にものを置く時





背中が痛むのは結構嫌だし、












体に傷をつけるのは




出来れば辞めてもらいたいと思う。











良いことをした人は天国に




悪いことをした人は地獄に







生まれ変わったらまた…とか









そういう決めつけを謳うけど、






真実ではないのに、



何故 子に孫へと





伝えられていくのか。










そして何故


皆それを当たり前に






信じるのか。











奈落に逝きたいと思う。






よく分からないし




あるのかも分からないけど








逝きたいと思う。













朝起きると、




1番に感じるのはやっぱり体の痛み。








骨の髄から皮膚の表面まで




一時も休むことなく





伝わり響く痛み。










「笑真ー?




起きてるのー?」








朝日が窓を貫通して




部屋が暖まってきた







少し遅い朝の時間。











母親が笑真に声をかけた。











「おーきてるよー!」






喉から精一杯声を出した。












母親に二時からバイトだと




言うことを伝えると、






電車賃の他に



おやつに食べる用と





タッパーに入った


塩漬けのリンゴを渡してきた。









季節は秋、



寒くもないし暑くもない。







椛や銀杏が枯れ散るを見て、



人々は美しいというこの季節。









枯れる葉を見て美しいというのは



普通におかしいと思うけれど、






実際そう思ってる人って




私くらいしか居ないんだろうな。











そう教えられてきたから。





桜はピンク色が舞って綺麗だし



向日葵は太陽を向く姿勢が美しいし



秋の葉っぱは色付いて綺麗だし



雪がさんさんと降る銀世界は美しい。












そう謳われてきたから。






人は殺してはいけない


小・中学校は行かなきゃいけない


目上の人は敬わなきゃいけない







いずれは死に腐る


今とか世界とかそういうのに



囚われて





生きよう生きようって



足掻く人間たちが






"決まり"を作ったから。











私はそういう



私が生きるこの今が





どうにも好きになれない。














「おはようございまーす、」






「清水さん、もうお昼すぎてる。」






「別に良くねえ?



俺さっき起きて猛ダッシュよ。





ほんと、おはようの時間なの今は。」












「あっそうですか。」









「あっそうですよ。」











新入荷された本が入った



ダンボールを






はさみやらカッターやらで



手際良く開封して








本棚の下の引き出しへと




詰めていく。










この作業はレジ打ちと違って




無心で行えるし、






万が一


刃物で肉を切ったとしても








それにいちいち痛がってたら




私の虐められ役の立場なんて






今日まで続けてこられるわけない。











「そいや、関野はさーあ、





本が好きでやってんの?」










「別に好きじゃない。




本屋のバイトをしてる理由なんて



これといったものは無いけど、







今までやってきたから



他で続けられる自信はないし、






今の今までも続けている。」











「そうかー、





俺の理由、聞いちゃう?」











「別にどっちでもいい。




真横で話してたら



いやでも耳に入ってくるから





聞いてほしかったら



勝手に話して。」











「いや冷たいねほんと。






俺ね、本めっちゃ好きなの。





いや何でかとか分かんないけどね。









なんかすげえなーって思う。




感情をさ、こう、



揺さぶられるじゃん。









本だけじゃないけどさ、



エンタメってすげー!ってなんない?」













「はあ、まあ、なる、かな。」









「でしょ?




でもさすがに俺


小説家とか映画監督には




なれねえからさ。







せめて売る側になりてえ!って



思った。」












「そうなんですね。」










清水さんみたいな




夢で満ちていて







やりたい事とか



やってきた事とかを







当たり前に語れて




"生きてる"を





実感してそうな人を見ると






尊敬というか、なんというか









凄いなと、思う。









「清水さん、



巻き込んでいい?」







「ん、いいよー別に。




どーせ、面倒臭いことっしょ?






慣れてる慣れてる。」













「私、明日奈落に逝く。」








「え、まじ?」










「海で溺死を考えているので




親やら警察やらに





伝えといて貰える?」












「えー、まじか。




まあ、いいよ。










俺的には




逝ってほしくないけど。









まあ、会いたくなったら



俺が逝けばいいもんね。」











「うん。





この世界は



私には合わなかったみたい。」











「十六年間も生きてきて




よく言うよね。






でも逝ったらもう


こっち来れないよ?」










「奈落に飽きたら



そこで死んで






またどっかに行ける






そんな容易い



世界だと祈って








逝ってくる。」













「はいはい。




何処の海?」









「東京湾は目立ちそうだから、




千葉の、勝浦辺りに。」












「結構遠いとこ行くね。



じゃーさよならってことで。」












「うん、



今まで有難う御座います。




清水さん。」









「んな水臭いこと言ってんじゃねーよ。




感情無し人間が。」







「うるさいな、



感情くらいあるってば。」









その会話が



私の人生の最後。









明日は日曜日だし、




外に出る人は多そうだけど





なんたって秋だし、


海にはあんまり



人は訪れないだろう。







冷たい風が


髪を撫でて




家に帰ると

母親は笑顔で



「おかえり。」と言った






私は心の中で


「ごめんなさい。」と呟きながら




相槌を打った。








その日の夜は


すぐ眠ることが出来て




体の痛みですら


快感だった。






朝の3時半、


朝の弱い私だが




なんと理もなく目が覚めた。






まだ秋のくせに


ニットセーターに厚地のスカート。





コートにブーツと


暑苦しい服装で家を出た。







勿論、死ぬため。


早く溺れるため。


重りをつけるため。







冷たい風は


コートで遮られ



なんの寒さも感じなかった。






電車で2時間半。



千葉県勝浦市勝浦海岸。





ゴツゴツした岩場と


向かいに見える



館山市の山々に






何とも魅了された。








もう少し、


この景色を見ていこうと思い



岩場に腰をかけた。





無心で山々を眺める。




葉が赤や黄色に染まって、


なんだか虚しかった。






大して遠くなさそうな


水平線を目の当たりにすると




何処へでも行けそうな気がしてくる。






「さあ、逝くか。」




ブーツの上まで水浸しで


やがてそれは


スカート、胸下、





首までとなった。








勿論衣服はびしょ濡れで



やっと寒さを感じた。






一番新しい傷口が沁みて



やはりそれも快感であった。







その時、


波音より遥か大きい音がした。







「せーきーのー!!!!」





寒さで意識が朦朧としている中、



その声だけが響いた。








「俺!お前に死んでほしくねえ!



でもんな事言ったって、


どうせお前は



逝っちまうんだろ。





俺お前みたいに


感情無し人間じゃねえから、





悲しいって思えんだよ。






じゃあなー関野!!



俺がそっち逝ったらよー


思い出話聞かせろよ!!」











ただただ


涙が流れた。






その後、


二人の間には



少しの沈黙が続いたが、






「そんなこと


言える人だったっけ。」




そう涙を流しつつも


笑顔を零し、





私は逝った。








「感情、


ちゃんとあんじゃねーか。」













清水さん、



奈落には何も無くて


嬉しいことも無ければ


悲しいことも無い。






私が生きたあの世界とは違って


悩みも何もないけれど、




すぐこっちも


飽きそうだなと思う。






あの時、


清水さんが馬鹿みたいに叫んだ声



嫌でも聞こえたよ。





今から、


水臭いこと言うけど




鼻で笑って


指摘してよ。






「あなたが大好きです_。」












何年か経って、



ふとした時突然、




少女の目の前には


びしょ濡れの男が立っていました。







少女は笑みを浮かべて





「少し早くない?



清水さん。」




と、嬉しそうにした。







「言っただろ。



会いたくなったら



逝けばいいって。」

瀬在・2021-09-23 #幸せな奈落 #小説 #自作 #病み #奈落 #恋愛 #高校生 #謎い #手が #疲れたし #なんか #意味が #分からない #なんだこれ #えーと #うーん #感想ください #自作小説 #瀬在(小説)

彼岸花の咲く頃に

君と奈落へ落ちていく_

えこ・2021-09-10 #彼岸花が咲く頃に、 #おすすめに載ってたら教えて欲しいです #ポエム #独り言 #病み #奈落 #君

これらの作品は
アプリ『NOTE15』で作られました。

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毒選び

君を殺すため


死因選び

自分を殺すため

:.゚✾☂・゚・。花吐き。・゚・☂✾゚.:・2018-09-07 #自害主義 #自殺主義 #自殺 #自害 #毒 #独り言 #奈落 #死因 #選択 #黒薔薇の無常

むかしむかしあるところに

飛び降りようと
屋上に来た女の子がいました。

「心残りなく死ねるかな」と
微笑み、彼女は
奈落へ落ちました。

らいむ. raimu.・2022-08-03 #昔話 #むかしむかしのお話。 #飛び降り #飛び降り自殺 #屋上 #心残り #死ねる #微笑む #彼女 #奈落の底へと堕ちていく #奈落 #死にたい人へ #死にたいと思ってる人へ #ポエム #らいむのポエム帳!

誰にもわからないこの道の先には

もしかしたら

奈落が待っているかもしれない

もしかしたら

希望に満ち溢れているかもしれない

けれど私は弱くって

足が竦んでずっとここで皆を見送るの

未熟な春@ひとこと・2021-07-11 #見送り人 #この道の先に #もしかしたら #奈落 #絶望 #希望 #弱い #弱い自分 #未来 #ポエム



あるところに遊び好きな男と厭世的な女が居た。


男は日々、其の飄々とした巧みな言葉回しと妖艶な笑みで女達を魅了し
女は死の香りの漂う儚さで世界を見据えて陰鬱として居た。
話を聞くだけならば彼等は対照的な存在であると言わざるを得ない。
然れど二人は初めて出会った日から欠かさず週に三回、会瀬を重ねて居る。


二人に共通するのは、端正な顔立ちの持ち主と言う事以外に
たった一つの理由しか無い。
其すらも、満足に確認した事は無いのだが。


「どうして、貴方はあの子を選んだの?」


ある日、女は隣で寝転ぶ男に問うた。
何時でも女を傍に侍らす此の男は生粋の遊び人だ。
其の端正な顔立ちに見合う美しい華やかな女ばかりを選んで傍に置き
此の男の所為で破綻した女も少なくはない。


泣いて縋る女をあっさりと捨てる所を目撃したのは
一度や二度では無かった筈だ。
大袈裟に話さずとも片手の指では間に合うものか。
どれもこれも、花のように美しい女達であったと言うのに。


「詰まらないことを聞くんだねぇ。」


男は備え付けのマッチ箱に手を伸ばし、慣れた手付きで火を灯す。
灰皿を持って来て居る気配はない。
…とすると、灰皿は先程ペットボトルを置いたテーブルの上だ。
多分今は女の下着か、男のカッターシャツで隠れてしまって居るだろう。


火を灯した煙草を口に、男は鼻で嗤った。
まるで、女の問いが然も可笑しな事であるかのように。


「…………。」


女は黙って男の横顔を見つめて居る。
男を見据える瞳には男の嫌味染みた言葉等映って居ない。
女の瞳に映るのは煙草を持つ男の手の甲だ。
骨張ってごつごつとした男らしい其の手が、女は好きだった。


此の大きな手で、一体何人の女を抱いたのだろう。
最近は男が拾った“あの子”も此の手を好んだのだろうか。
其とも、男の手には見向きもせず
男の端正な顔立ちや鍛えられた上半身をばかりを見ていたのかも知れない。


「まぁ…箸休め、かな。」


幾度か薄い煙を吐き出して、男は興味無さげに告げた。
最近見つけた“あの子”より、煙を肺に送る作業の方が幾分も重要らしい。
数日前に見た“あの子”を彷彿し、男の意見に納得する。


女が“あの子”を見たのは二日前の事。
“あの子”は彼と並ぶには些か地味で見劣りしてしまう程洒落っ気の無い
__垢抜けないのっぺらぼうのような女__だった。
日本人らしく言うなれば、中高生に良く居るような醤油顔。田舎娘。


話したこともない女の顔をとやかく言うのは失礼極まりないが
そんな風に思ってしまう程に男を取り巻いた女達は美しかった。


そんな美しい女ばかりを選んで居た男が
男っ気の無い“あの子”を選んだのは其こそ戯れだ。
可哀想に、無知な少女は男の気紛れに掛かってしまった。
自分では、其の糸を外すことが出来ないとも知らないで。


「最低。」


「酷いなぁ。」


全く悪びれもせずに男はわざとらしく肩を竦める。
女が本心で男を侮蔑して居ないように
男も女を酷いとは思って居なかった。
寧ろ女の何処か感情の無い物言いは心地好い。


此は“あの子”に限った話では無いのだが
確実に早い段階で“あの子”は男に溺れて深みへと沈んで行く。
息も出来ない程に溺れて藻掻いた先に行き着くのは楽園では無い。
果てしない闇の、ごみ溜めだ。出口の無い、地獄。


「君は、離れていかないの?」


「貴方は、離れていかないの?」


「俺が先に聞いたんだけどなぁ。」


女が問いに答えないのは何時もの事だ。
男も大概女達からの質問ははぐらかす。
女の場合、はぐらかしているとはまた違うのだけれど。


どちらにせよ、男は女との他愛ないやり取りを楽しんでいた。
他の女達から感じる物欲しげな雰囲気が
女からは一切感じられなかったからだろうか。


男女共に言える事だが、物欲しげな人間は鬱陶しい。
幼稚で面倒で、利己的だ。
愛情に飢えた人間のエゴイズム程鬱悒いものはないと男は思う。


隣の女にはそんな悒々とした気持ちになったことは無かった。
女と過ごす数時間、肌を重ねようが言葉を連ねようが
女は何も変わらない。
無駄な詮索をすることもなく、面倒な過去をひけらかすこともなく
唯、静かな時を堪能しているように見える。
きっと、女は元々丁寧な生活を愛す人だったのだろう。



二人が衣服を纏い、ホテルから立ち去る頃には空はもう白みかけて居た。
ホテルの下で別れを交わす事も無く
二人は全く別の方向を向いて歩いて行く。
まるで、次の会瀬の約束をしているかのように。


二人の会瀬に約束は要らない。
男が会いたい時に、そして女が会いたい時に
殺風景な海辺のベンチに赴くだけだ。
潮風に晒されてざらついた小さな時計塔の下にある寄贈品のベンチ。


小洒落たベンチの割に、誰にも座って貰えないベンチは
今やたった二人の男女の為に存在して居る。
男が先にやって来て本を読むこともあるし
女が先にやって来てベンチを掃除していくこともあった。
割合としては五分五分、と言ったところか。


未だ嘗て、どちらかがベンチに向かって待ちぼうけをしたことは無い。



二人の距離が離れるに連れて男は空を仰ぎ、女は石畳を見下ろした。
つい先程まで触れていた二人の温もりは疾うに消え失せて居る。
掌にも、身体にも、何一つ互いの存在は残って居ない。


「遊戯を楽しむ貴方は」

「生きることに疲れた君は」

「きっともうすぐ」

「きっと、あと少しで」

「私から」

「俺から」



「離れていくのだろう。」

※。.:*:・'°Lycoris※。.:*:・'°・2019-06-14 #Morningglory #小説 #短編 #短編小説 #男女 #色恋 #恋愛 #愛 #奈落 #大人 #理解 #独り言 #倫理



午後七時五十八分。
男は駅にある銀時計の下で女を待って居た。


沢山の騒きを耳に、男は目前の人々を観察する。
黄色い声を上げて会瀬する男女に母親を見送る中年の女。
肩を組み、愉しげに笑いながら居酒屋を探す男達。
其の中に男の目的の人物は居ない。


左腕の時計を一瞥し現時刻を確認すると約束の時間は疾うに過ぎて居た。


生暖かい風が頬を掠り、ぬるりと首筋に汗が垂れる。
肌に貼り付くカッターシャツの襟が何とも心地悪い。
普段は気にならないスーツのズボンも今や汗と相俟って太股を刺激し
男は必要以上に太股の痒みに襲われた。


然し、男にとってそんな苦労は些細な事だ。
女は何時だって遅れてやって来たし、
時には無断で約束を破る事もあったのだから驚く事は無い。
誰だって「これしきの事」と割り切ってしまえば怒りも湧かないだろう。
男にとっては女との約束が何より大切だった。


御世辞にも美しいとは言えない顔をした男が長らく人を待つ姿は
嘸不気味であったのだろう。
銀時計の前にある雑貨店の若い店員は男を見る度に怪訝そうに眉を寄せ
もう一人の男性店員の元へ駆けて行く。
男性店員は彼女から耳打ちされ男を一瞥すると
__まるで汚らわしい何かを見たかの様に__嘲笑した。



…幾度そんな様子を見ただろうか。
女がやって来たのは其から二時間後…__人々の姿も減り始めた
午後十時の事だった。


「待った?」


派手な金髪の巻き毛を揺らし
ワインレッドのドレスに身を包んだ女は悪びれず男に問うた。
約束の時間を五時間以上も過ぎて居る事に、彼女は気付いて居る。
意地悪く吊り上げられた唇は憎らしい程に艶やかで
少女の様な愛らしさが男に有無を言わせない。


だからこそ、男は無愛想に首を振る事しか出来なかった。
尤も彼女には全てを見透かされて居るのだけれど。


「其じゃ、今日は貴方の家に連れて行ってよ、御間抜けさん。」


女の緋色の唇が弧を描き、男を挑発するように指が絡まると
男は黙って其の手を振り払う。
女は物ともせずに小さく鼻で笑い、何処か冷ややかな瞳で男を見上げた。
まるで、男の心を覗き込むように。


居心地の悪さを感じつつも男には女に抗う術は無い。
其は女に漂う不思議な雰囲気の所為か、其とも。


女の声や仕草を見て居ると男は何故だかぞくりとする。
細くふっくらとした白磁の手が自分に伸びる時、
形の良い唇から澄んだ美しい音色が響く時__尤も彼女は歌わないけれど__
…ドレスからすらりとしたきめ細やかな脚が覗いた時、
男の心は何時も掻き乱された。


其でも男は分別のある人間だ。
見境無く理性を崩壊させる真似はしない。
其処等の節操無しの男達とは違って女を冷たく遇う事で自己を保ち
理性的な行動を努めて来た。
何より、男は彼女の様な女を嫌悪して居る。
派手で毳々しく、妖艶に男を誑かし、決して誰の物にも成らない…__。



「変な家。まるで病院みたい。
殺風景で無機質で…___此じゃあ箱ね。」


家に着いて開口一番女が口にした言葉は此だった。
真っ白な部屋。隅に置かれた鉄筋のベッド。小さな三段の戸棚。
成る程、確かに隔離された病室のようだと男は思う。
女に言われる迄全く気が付かなかったが。


女が狭い部屋をぐるりと回り、白い壁に指を伝わせて居るのを見ると
不意に女が小さな箱に幽閉された人形のように見えた。
不自由で、自己の無い、”何処へも行かない”人形…。


暫く部屋を歩き回って、ふと部屋の中央で立ち尽くして居る男に気付くと
女は悪戯めいた笑みを浮かべながら男に歩み寄った。
自分の部屋だと言うのに案山子の様に突っ立って居る姿は余りに滑稽だ。
時折する事と言えば、手入れの成されていない眉毛を弄って居るだけで
固く閉ざされた表情は女への侮蔑を含んで居る。


「ねぇ。眉毛が痒くなると近々キスするんですって。」


「…下らん。実際は眉毛の生え際の皮膚だ。」


「やぁね。ほんの小さなジョークじゃない。
子供向けの占いの本に書いてあったんだから。」


生真面目に答えた男に、女は然も可笑しそうにけらけらと笑う。
彼女が占いの本を読む等到底信じられるものではなかった。
女は無神論者で狡猾で、嘘吐きだ。
此もまた男を惑わす巧妙な言葉回しの戯れに違いない。


「小さな頃、母が買ってくれたの。
月夜の晩のおまじないだとか、心理テストだとか。
今思えば下らない子供騙しだけど、私、幾つか試してたのよ。
笑っちゃうでしょ。」


女が昔話をしたのは初めての事だった。
其が真実かどうかは定かではないが、彼女の言葉には何故か説得力がある。


不意に月夜の晩に夜空を眺める少女の姿が脳裏に浮かんだ。
小さな手を重ね合わせ、必死に満月に願い事を繰り返す金髪の少女…。
大きな瞳を不安と期待で揺らし、頬を薔薇色に染めて居る。
まだ幼い彼女の小さな胸にはどんな願いが詰まって居るのだろう。


男にとって嫌悪すべき女の事だと言うのに
何故か男は女の中に住まう少女の”願い”に羨望した。
あのあどけない少女の胸に、自分だけが巣食えたら。
そして彼女が自分の為だけに祈ってくれたなら。



……
……………

……………………………


気付けば辺りには静寂が訪れて居た。
車の音も、虫の声も、夜風が窓を揺らす音も、何も聞こえない。


目前のベッドで眠る女の頬は青白く
緋色の唇だけが暗い部屋の中でぼんやりと浮かんで見える。
美しい巻き毛が絹のシーツに広がり
男は其の巻き毛を一束手に取るとそっと口に含んだ。


思えば、男は女に触れた事が一度も無い。
其は女を侮蔑する事によって自己の保身をしたからで
男の自意識を抜いても女は反対に何時も男を煽って居た様に思う。


互いの唇が触れてしまいそうな程に近付いたかと思えば
蝶のようにひらりと身体を交わしたり
男の身体に掌を滑らせ、指先を下半身へと這わせた後に
身体を押して小馬鹿にした。



___汚らわしい、獸め!___



故に男は憤慨し、其の度に侮蔑の言葉を吐いて行く。
彼女を口汚く罵る事が唯一男の自尊心を守る方法であったし
何より身体が熱に浮かされて居るのを見て自己嫌悪に陥って居た。


女の些細な戯れに嬉々として熱を帯びる等情けない。
此ではまるで、みだりに欲を求める他の男共と同じではないか。
男としての虚栄すら張れず、女の掌で転がされ
己の感情を押し込める事に精を出す人生は
何と無様で滑稽な事なのだろう。


とは言え、そもそもそんな見栄を張ったところで
女には通用しないのだから男のした行為に意味等無い。
不必要な我慢と見栄を張っただけだ。
其なのに何故、こうも女の前で見栄を張ったのか?



重苦しいカーテンの隙間から射し込む月明かりが細い首筋を照らし
其処に残った赤黒い痕を浮かび上がらせて居る。
無防備な白磁の首についた緋色は疾うに消え失せ、
黒みを増して女の身体を徐々に蝕んで行く。
此は楔だ。決して抜ける事の無い二人だけの。
あの漆黒は、後如何程で彼女の全てを飲み込むのだろうか。





『貴方って、本当にイカれてる。』





不意に、女が最期に口にした言葉が脳裏に響く。
今にも嗤い出してしまいそうな程明るく婀娜やかな其が、
男には魔魅の歌声の様に思えた。

※。.:*:・'°Lycoris※。.:*:・'°・2019-07-29 #Ambivalence #小説 #短編 #短編小説 #男女 #色恋 #恋愛 #愛 #奈落 #依存 #大人 #倫理 #願望 #呪い #愛憎 #病み

崖っぷちの縁(へり)を
それでも綱渡りしながら
生き抜いてゆく

泥濘(ぬかる)んだ奈落へ
時には足を取られ
堕ちるかもしれない

失策(ヘマ)を打つが
そんなことは
恥ずかしくもなんともない

誰もが通る道だから

逢瀬 誠・2024-06-08 #奈落 #ポエム #詩 #発表場所

No248 離さない


どんな暗闇でも
どんな奈落でも
どんな状態でも

手のひらをひらいて
めいっぱい腕を伸ばして
貴方を捕まえたい

掴んだら
「もう離さない」
貴方のこと抱き締めて
苦しがっても
うざがられても
離してあげないよ

本当に貴方が
大好きなの

正種・2018-12-06 #ワタシの貴方 #過ちだった #暗闇 #奈落 #離さない

温かく
温かく
しなくては

/ ̄\
  ( ´Ȏ‐Ȏ) ∫ 
  //\ ̄ ̄旦\
// ※\___\
\\  ※  ※ ※ ヽ
  \ヽ-―――――ヽ

無人・2022-02-20 #奈落

私が歩くこの道は

決して安易な道でなく

奈落が待ってる道である

だから、だからこそ

私は突き進むのだ

海鈴・2018-09-24 #海鈴 #奈落 #勇気 #死

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『書くとココロが軽くなる』

私たちは、一人ひとりの持つ
言葉の力を信じています。

NOTE15 by ほその夫妻