“おまえさ、なんで俺と一緒にいんの?”
サッカー馬鹿の彼は唐突に聞き出した。
“理由なんていんの?”
これが答え。これ以下も以上もない。
それでも彼は納得しなかった。
“いるから聞いてるんだろ。”
どうやら、彼のサッカーチームの人に色々言われたらしい。
恋人よりサッカーを優先する。
恋人の誕生日よりサッカーの試合日を覚えている。
恋人との時間よりサッカーの練習を楽しむ。
そんな人間と付き合えんのは、相当な物好きだと言われたらしい。
確かに、彼はサッカーに身体も脳みそも預けちゃっている。
そのうち、心臓まで預けそうで少し怖い。
そうなってしまえばこの関係は確実に終わる。
でも続いているってことは彼は心臓をサッカーに捧げてないってことだ。
それだけで彼と一緒にいる理由になる。
このまま話をやめてやろうかとも思ったが彼の滅多に見れない不安そうな顔で気持ちが簡単に変わった。
“それ、今更過ぎない?”
小馬鹿にしたように笑った。
彼はサッカーボールを抱えながら拗ねた。
そんな彼に心臓が少し強く跳ねたのは気のせい。
“仮に、そんなこと気にしてたらあんたのそばになんていないし。”
その言葉に彼は少し顔をあげた。
“あんたの人生の中心にはサッカーがあって、それがあんただし。”
彼のサッカーボールを抱く力が強くなったように感じた。
“自分がその中に割って入ろうって気はさらさらないし、自分の人生をあんたに牛耳られる気もないから。”
彼は少し不思議そうな顔をした。
“ただ、あんたが死ぬまでサッカーしてる姿を1番近くで長く見てやろうと思ってるだけ。”
そう言うと彼の心臓が少し強く跳ねた気がした。
その姿を見て小さく笑う。
“あんたはせいぜい死ぬまでサッカーしてなよ。”
笑った。満面の笑みで。
彼の目に幸せそうな人間が映った。
“しょうがないから、骨くらいは拾ってあげる。”
彼はサッカーボールごと抱き締めた。
自分と彼でサッカーボールをサンドする。
“あんたはなんで一緒にいるの?”
なんとなく聞いてみた。
“…朝起きて、1日の最初に見るものは不細工な寝顔がいい。”
“何?喧嘩売ってんの?買うけど?”
彼は続けた。
“1日の最後は、おまえの体温を感じたい。”
流石にこれは引く。
“ごめん。ちょっときもい。”
“うっせぇ。続きがあんだよ。”
まだあるのかと思ったけど黙っといた。
彼は続ける。
“頭がカンカンする声援より、チームメイトの野太い雄叫びより、お前の声が落ち着く。”
想像して少し笑う。
“練習の日は、頑張れより頑張れば?がいい。試合の日は、負けないでより負けんなよがいい。”
痺れを切らす。
彼らしからぬ遠い言い回しに少し苛つく。
“…何が言いたいの?”
彼は一呼吸おいた。
そして言った。
“おまえの厭味ったらしい声を1番近くで長く聞くのも悪くないと思った。”
彼らしい言い方に少し笑う。
“サッカー馬鹿のくせに偉そうで腹立つね。”
彼は少し抱き締める力を抜いた。
彼の目に厭味ったらしく口角を上げた人間が映る。
“くたばんなよ。サッカーのないあんたなんて魅力ないんだから。”
“上等だ。ばーか。”
彼はサッカーボールを強く抱き、優しくキスをした。