はじめる

#妻

読んでると、
思わず胸がギュッとしめつけられる、
そんなポエムを集めました。

全56作品・



入りっぱなしだった、


透明の、小瓶。



「また、全部……なくしちまっ、た」



日に透かして振ってみれば


たぽんたぽんと小さく鳴った。




「もう……いいよな」




全て、失くした気になって


ぽつり、と独白を続ける。




「もう、充分……だよな?」



硝子と硝子がぶつかる音がした。



小瓶の中の


青酸カリを見つめる。




俺は少しずつ、


唇を近付けていった。




【Looking for Myself~分岐にゃん編~第十話 友紀目線 あの夜】





「ありがとう」



その言葉を残して



マヤは家を出ていく。



一度も振り返らずに。



「待っ……」



待ってくれ



その言葉すら伝えられず



バタンという重厚な音が



俺の耳を劈く。




“ありがとう”



……六花が笑顔で告げた、



掠れ霞んだ最後の言葉と



マヤの想いが重なり合う。




手元に残った、


六花のパーカーと


あの夜着ていたマヤのワンピース。



抜け殻の様なそれは


俺の心をひどく締め付けた。






___あの夜


マヤに声を掛けたのは


鉄橋の上に見た彼女の姿に


心が、揺さぶられたからだ。








***



マヤを拾った夜


俺はいつもの様に


河川敷の高架下にいた。



最早、日課だったのだ。



四年前、磯辺大二郎の


遺体が発見された、


全ての始まりの現場を


向こう岸に眺めながら


生と死の狭間を


右往左往することが。



あの時、上の決定に背かず


多少のことには目を瞑って


磯辺の死を自殺で処理すれば



六花やクロはああならずに


済んだのかもしれない。



後悔のどん底でそう思えば


身は切られるように痛めど


肝心の生命は


俺の胸で拍動を繰り返している。




その矛盾が心を



焦げ付かせる程に苦しかった。






リュックサックには


違法に取り寄せた、


青酸カリの小瓶が入っている。



いつも、今日こそは


今日こそは、そう思ってた。



ふと、月が見たくなって


頭上を見上げて、驚いた。





白い、ワンピース


少し、赤茶けた髪の毛。


欄干の上に、マヤがいた。



息を飲む。


一瞬……高校の時に


クロと喧嘩したと言って


家を飛び出してきた、


六花の姿と重なったのだ。





虚ろな目。


頬に流れる涙。


辛そうで


苦しそうな姿。


そして口元に蓄えた、


諦めの笑み。



1発でわかった。



あいつは、俺と同類だ。



死にたくて、死にたくて


死ぬ事が出来ない……意気地無し。





「おーい、そこのお前。パンツ見えてるぞ」



どう話しかけていいかわからず


そんな卑屈めいた言葉を


皮肉な笑みと共に投げかけた。





別に……生命を


助けようと思っていたわけじゃない。



ただ


死ぬ事で、互いの願いが報われ


互いの心が救われるなら


それもいい


そう思っただけ。





「死ぬんだろ?早く来い」



鉄橋下の川に飛び込んで


マヤに声をかけた時


わざと挑発的に


言葉を捨てた。



まさか本当に


飛び込んで来るとは


思いもしなかった。





俺が何の躊躇いもなく


そこから身を投げる姿を見て


自殺を思いとどまるなら


それでいいと思っていた。



混在する生と死への想い。


俺はあの時


マヤを見つめながら


自分の生き死にと


向き合っていたのかも


しれなかった。






「ちゃんと……死ぬから!!」





そう叫んで空を仰ぎ、



見ていなさいよとばかりに


水の中に吸い込まれていくマヤを



目の当たりにした時



心の何処かが軋んだ気がした。



見ごろしにする事も出来た。


そうしてやれば


楽になれるだろうと思っていた。



なのにあの瞬間


“助けて”


誰かがそう


俺の耳元で囁いた。



“お願い、助けてあげて”



“ゆき……っ”



ともき、という名を


ユキと愛らしく呼ぶ六花の声で


そう聞こえたのは


気の所為だったろうか。




気がつくと俺は


マヤを助けていた。



人を……助けてしまった。



そんな、資格が


何処にあるというんだろう。






六花を死なせた。


クロを半死人にした。



一番、守りたかったものを


手放した瞬間の絶望が


体中を覆う。




そんな俺に人助けなんて


できるわけがない。



きっとまた、失敗してしまう。



本当は誰も、亡くしたくないのに。







「ねえ、あなた……名前は?」


「黒須世名」






俺のような人間が


誰かを救えるわけがない。




クロだったら救えたはずだ。



ねじ曲がって歪み切った思考が


俺に、親友の名を……語らせた。





***



誰もいなくなった部屋。


転がった自傷道具。


ふらつきながら


ベッドに身を投げる。



布団に吸い込まれていく体。


夕日を浴びて煌めく埃。



ごろんと、寝返りをうった。


数時間前まで


このベッドにあったはずの


抱き枕……その温もり……マヤ。




夜、悪夢にうなされ飛び起きた時


側にあいつがいてくれるだけで


安堵に胸を撫で下ろした。



四年前の事件から


わずか数分の睡眠を繰り返し


睡眠不足に喘いでは


規定量以上の睡眠薬に手を出した。



恐らく俺は


ひどい薬中だったのに


あいつを抱き締めると


薬を飲まなくても眠れる



俺は正常だとすら


錯覚するほどに調子はよかった。



「ま、や……」



いつもマヤがいた、


左腕が空っぽで



気がつけば


涙が溢れ出す。




また、無くしてしまう。



この急くような感情は


なんだろう。



汚泥の中で


もがき苦しみながら俺は


そっとリュックに手を伸ばす。



入りっぱなしだった、


透明の、小瓶。



「また全部……なくしちまった」



日に透かして振ってみれば


たぽんたぽんと小さく鳴った。




ドラマのように青酸カリを飲んで


すぐに死に至るわけではないが


致死量を飲み干せば


いずれゆっくりと死に至る。




「もう……いいよな」




全て、失くした気になって


ぽつり、と独白を続ける。




「もう、充分……だよな?」



硝子と硝子がぶつかる音がした。



小瓶の中の


青酸カリを見つめる。




俺は少しずつ、


唇を近付けていった。


20センチ


10センチ


5センチ、4センチ



次第に近づく死の香り。



甘酸っぱいアーモンドの香りが


鼻をさした。



瓶に口づける。



あとは


瓶を傾けるだけ。


ゆるゆると、死んでいくだけ。



手も唇も身体さえ震える。



死にたくない。



そう叫ぶのは、誰だ。


心の声に耳を塞ぎ



いざ、飲み込もうとした時だった。





“友紀、さん。生きて……?”




マヤの絞り出す様な声が、聴こえた。




その途端、


俺は青酸カリの入った小瓶を


怯えるように


手のうちから放り投げる。


小瓶はあえなく割れ


中の青酸カリは部屋に散った。



襲う不甲斐なさに俺は


阿鼻叫喚した。



「くそ、くそっ、くそっ!」



髪を掻き乱し


髪の毛が抜ける程引っ張りあげて



そのまま拳を膝へ振り下ろす。



鈍い痛みが膝を襲うも、



俺は構わず外へと飛び出した。






「マヤ……っ、マヤ、行くな……、待って、待ってくれ……」



足元が覚束無い。


涙で前が見えない。



マヤをなくしたくない



その感情に、突き動かされ


俺は、夜に差し掛かった空をかぶり


マヤを探し始めた。

ひとひら☘☽・2020-06-11
幸介
幸介による小さな物語
LookingforMyself
LookingforMyself~分岐にゃん編
それだけでいい
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死別
独り言
小瓶
青酸カリ
片想い
好きな人
ポエム
辛い
苦しい
抱き枕
好き

【それは夕焼けだった】


総文字数5532文字



それは朝焼けだった。


君が生まれた日。
そして僕が生まれた日。


それは木漏れ日だった。


君と僕が出会った日。
そして共に歩み始めた日。



それは夕焼けだった。


君と僕が分かたれた日。
僕が笑って君が泣いた日。



君よ、笑え。




――――――――――――


僕は死んだのだ。


それは1ヶ月程前の事。



癌だった。



結婚してから18年。


互いに43歳の年だった。




こどもは発病まで頑張っていたが


結局出来なかった。




妻の紗香は、保育士だったのに


最後までこどもを


持たせてやれなかったことが


僕の唯一の後悔だ。




我ながら薄命だった。




僕はどうやら幽霊になったらしい。


だけど足がある事には笑ってしまう。



この一ヶ月


ずっと、紗香を見てきた。




きっと、生きていた頃より


正味ずっと長く、紗香の側にいた。



僕の遺影に縋っては


子どものように泣きじゃくる。




「なあ、紗香」
「僕はそこには居ないよ」



「僕は、ここだよ」



紗香の髪を撫でたくて


手を差し伸べる。




でも僕の手は


紗香をすり抜けてしまう。




当たり前の事だが


声も空気を震わせる事はなかった。




僕は肉親を無くしたことはない。




今、泣きじゃくる紗香と


泣きじゃくる紗香を苦しく思う僕とは


一体どちらが辛いんだろう。





「…芳樹さびしいよ……助けてよ」
紗香の涙が、手のひらに落ちていく。




「芳樹、芳樹…」
今紗香が蚊の鳴くような声で叫ぶ僕の名は
なんと、切ないことだろう。



僕は、拳をぎゅっと握った。





辛いね紗香。
僕も、辛いよ。





紗香は酒を飲まない女だった。




僕が幼い頃から見てきた、


父の酒に付き合う母の姿、二人の笑顔。



大人になって結婚でもしたら


僕もそうなるのだろうと勝手に思っていた。




だから僕は紗香をよく酒に誘った。



呑めないからといっては、


お猪口に酒を注いで寄り添ってくれた。




それが今はどうだろう。


僕が呑み残して死んだ一升瓶の中の酒を


僕の形見になったお猪口に注いで毎晩呑む。




一升瓶の中身がなくなると


わざわざ新しいものを買ってきて


僕の一升瓶へと注ぎ入れた。




シュンシュンとやかんが鳴る。


背中を丸めてこたつに入る紗香は


お猪口、三つで


顔を赤くしてウトウトしはじめた。





「ほら、ストーブ消さないと危ないよ」
僕は紗香の耳元で優しく囁く。



最近、声に想いを込めると


伝わる事を覚えた。




「…あ、そうだ、ストーブ…消さなきゃ」
紗香はふらふらと立ち上がり
ストーブを消しに行く。




よかった、これで火事になんてなって
こっちに来たって……
迎えは絶対いかないからな。



全く…。僕がいなきゃ紗香は何も出来ない。
これじゃあ、安心して行けないじゃないか。




時は刻々と過ぎ去る…。



もう時期、僕は…。





「きょ…うで、49日……」


その日、紗香は呟いた。


そうだよ紗香。
僕の為に伏した喪を明かす日だ。




なのに、紗香は泣きじゃくる。


今日もやっぱり泣きじゃくる。



僕の好きだった紗香の頬は


削げ落ちたように痩けていた。




栗色の艶めいた髪の毛は


闇のように黒くなり


ボサボサになっている。



あんなにお洒落だった紗香が


いつも同じ部屋着に身を包んだ。





そして、呟いた。





「私も……死ぬ」


紗香、待てよ
死ぬってどういう事だ




僕は慌てて声をあげる。


慌てているから、想いがうまく


言葉に乗せられない…。




紗香はキッチンへ進むと


包丁を手にふらふらと風呂場へと歩む。




紗香、紗香っ
死んだらだめだっ




いくら呼びかけても伝わらない。


こんなに肉体の無い身体を


呪ったことはない。





気付け、気付け
僕の存在に気づけ。


死してからもずっと
紗香の側にいた僕に気付け。


紗香、紗香っ




紗香の隣を歩き伝え続けた。




「まず何を…しなきゃいけないんだっけ」



まるで覇気のない声で紗香は呟く。




「紗香、思い出せよ、僕が病床で諦めかけた時、君が言ったんじゃないか…生きてって。お願いだから生きてよって…」




紗香に僕の声は聴こえない。


風呂にお湯が溜まっていく様子を


呆然として見つめていた。




僕の目からは涙が溢れ続ける。




とうとう、お湯が溜まりきり


しばらく漏れ出していた水道の蛇口を


紗香はようやくしめた。





浴槽に腕を沈め


手にした包丁をじっと見つめる。






「芳樹…今、行くね」





僕は……僕は……っ





こんなこと、望んでいないっ







一際強く叫んだ時


僕の真横にある、


バスカウンターに置いてあったシャンプーが


ガタンっと大きな音を立てて落ちた。




ビクッと肩を震わせて


紗香はカウンターを見つめる。




ころ、ころころと


シャンプーの容器が転がり


紗香の足にぶつかって止まった。





「どうして、落ちたんだろ…」



紗香は首を捻りながら、


シャンプー容器を持ち上げて


カウンターの真ん中に


それを戻しにやってきた。





ことんと静かに容器を置いて


立ち上がろうとした時だった。




鏡越しに紗香を見つめていた僕の目が


紗香の瞳と、ぶつかった。



紗香は目を見開いて、


何度も何度も後ろを振り返る。




目には涙がいっぱいだ。




まさか…




僕は紗香に近づいた。



鏡越しの距離がどんどん縮まっていく。




紗香も鏡の側へ寄り添い


僕の顔を見ていた。



そして、震える手で


近づききった僕の頬へ触れる。





温かい……紗香の温もりだ。





「芳樹……なんで……っ」



僕はまた泣きじゃくり始めた紗香の髪の毛へ


そっと触れてみる。




相変わらず、僕の手は透明人間で


紗香をすり抜けてしまうけれど




鏡に映る僕の手は


紗香の髪の毛をしっかりと撫でていた。





「……感じるかい?」



僕は、小さく耳元で囁いた。




「……感じるよ…っ」



紗香は僕の声に答えた。




死者の声が…届いた。



やっと、届いた。





僕は49日堪え続けた切なさを


出し切る様に声を上げながら泣き


紗香を強く、きつく抱き締める。




苦しい程に抱き締めて


「泣くな、笑えよ、頼むから」


そう、紗香に伝える。




「無理だよ…芳樹がいないと、私だめだよ」


「生きているんだよ、生きていけよ」


「一人でなんて…寂しすぎる、側に行きたい、連れてって」




僕は言葉の代わりに


紗香の首元へ顔を埋めた。




辛い…



こんな弱った紗香を残して


僕は行かなければならないのか





さっ、とどこからともなく風が吹く。



ああ、感じる…お迎えの時間だ。




僕の体は風に溶け始めた。


確かに感じているはずの


紗香の温もりも


感じなくなっていく。



「芳樹…?芳樹、やだ、やだよ、行っちゃいやだ!」
「紗香…よく聞いて」


僕はまだかろうじて残る指先で


紗香の頬に触れる。



紗香も最期の時を察したか


首を振って抵抗した。




頑固なところは昔からかわらない。


でもあいにく今は


頑固な紗香を微笑んで



見つめる時間もないようだ。




「紗香、聴いて」


声を大きく上げると


紗香はようやく静かになった。





「手付かずになってる病院から持ってきた僕の私物の中に、手帳があるんだ、それ、紗香にあげるよ。僕の命より大事なものが詰まってる…なあ、一体、なんだと思う?」




僕は一生懸命笑顔を作り


紗香の手のひらを握る。



僕の笑顔を記憶に残して欲しかった。






「芳樹っやだ……っ」
「紗香…、愛し」





そして、僕は完全に……風に溶けた。











夢を見ていたのだろうか。


亡くなった芳樹が家にいるわけがない。


紗香は思う。



でも、確かに残っている。


これは確かに夫の、芳樹の温もりだ。



紗香は涙を拭うと


先程まで手首を切ろうとしていた包丁を


置き去りにバスルームを出た。




「芳樹の……荷物」


手付かずになっている夫の荷物。


ダンボールにはガムテープが貼られたままだ。





西日が射し込む。
オレンジ色に輝いたダンボール箱。



ガムテープをぺり、ぺりと


恐る恐る紗香は剥がしていき、


とうとう蓋をあけるに至った。




中を探ると手の甲が


1冊の手帳にこつんとぶつかる。




手帳カバーは夕焼け色。


よく夕日を見ながら
河川敷を歩いたっけ。


涙が滲む…。




紗香は両手で手帳を


包むように持ち上げて、


息をつく。




「紗香にあげる…って、言ったよね」


芳樹の入院中、一度


手帳の中身が気になったことがある。




『 ねえ、その中、何が書いてあるの?』


そう聞くと夫はおどけてこう言った。


『初恋の女のこと書いてあるんだ、覗くなよ』





「やきもち…妬いたな。あの時」


とめどなく、流れ込んでくる思い出。


何度拭っても涙はきらきらと落ちていく。





「……芳樹の初恋、見ちゃうからね」


宙に投げかけた言葉。

承諾はとった、紗香は

手帳のベルトに手をかけた。




手帳を開くと、


芳樹の字が飛び込んできた。






『 2018年10月27日の紗香、赤のニット帽、白のブラウス、黒ニットカーディガン、オーカー色のスカーチョ、そこまで満点なのにブーツが合わない、そこが紗香らしくて可愛い』


紗香は、目を見開いた。


『 2018年12月24日の紗香、口紅の色が変わってた。昨日までの濃い色よりも今日の淡いピンクの方が僕は好きだ。キスしたかったけど、この間肺炎起こしたばかりだしな』


『 2019年1月1日、今年も紗香を想いながらはじまり、今年の暮れも紗香を想いながら終えたい』


『 2019年3月2日、今日は紗香の頬にチーク。化粧変えたか?なんて聞くのはあざとく思えて、言えず。本当は気付いてたよ、似合ってた』


『 2019年4月6日、とうとう常時車椅子…。落ち込む僕に紗香、芳樹がちっちゃくなって顔が良く見える、と励ましてくれた。久々に、紗香の唇を奪った、照れくさくて二人で笑う、幸せだ』


『2019年5月3日、紗香の誕生日。何処へも連れて行けない。それなのに紗香、優しく笑う。君の笑顔が僕の力になっていく。来年の誕生日は、夕焼けを見に日本海へ行こうか、紗香の好きな夕焼け、最高のロケーションで見たい』


『 2019年6月15日、紗香と喧嘩。最近喧嘩ばかり。泣き腫らした目を見るととても辛い。僕が苦しめてる…その事が暴言に拍車をかける…ごめん紗香、君が好きだ』




どこをめくっても


所狭しと書かれた文字。




どの行を見ても「紗香」


その名が飛び込んでくる。





最後のページには震える文字で


こう書かれていた。




『 2019年9月16日、さやかがぼくのたからもの、いのちをかけてまもりたかったひと、ぼくがしんでもいきてほしい』




死の、僅か二週間前の、日付だった。


芳樹の初恋の人は、紗香だった。


生命よりも大事なものは紗香だった。




「芳樹……っ、芳樹っっ」



してあげたいことは山ほどあった。
二人でしたいことも沢山あった。



うまくいかなくて
うまくできなくて


何度自分を責めたことだろう。



芳樹が亡くなってからも
毎日の様に後悔はやってきた。




「命…芳樹と半分こに…したかった」




そう、寿命が短くなっても
一緒に生きたかった。



でも、もう叶わない。
もう、叶わないから…



紗香は気が済むまで泣いた。
泣き疲れて眠ってしまうまで泣いた。






静かに朝は明け、紗香は目覚めた。



涙のあとをきれいさっぱり洗い流して


紗香は50日ぶりにドレッサーの前に座る。





芳樹の好きだった口紅をさした。


芳樹が褒めそこねたチークをいれた。





鏡の前で紗香は、笑顔を作った。








――それは朝焼けだった。


貴方が生まれた日。
そして私が生まれた日。


それは木漏れ日だった。


貴方と私が出会った日。
そして共に歩み始めた日。



それは夕焼けだった。


貴方と私が分かたれた日。
貴方が笑って私が泣いた日。




そしてまた朝が来た。



生きていくよ。
笑ってみるよ。



貴方が望むなら。

ひとひら☘☽・2019-11-23
幸介
HM企画STORY
HM夕焼け
夕焼け
朝焼け
ポエム
木漏れ日
死別
伴侶
幽霊
見守る
独り言
口紅
チーク
初恋
愛しさ
離れたくない
溶ける
消える
幸介による小さな物語
恋の足跡
小説
物語
幸介'sSTORY/死別
㊗オススメ㊗

「妻と別れようと思う」


彼の言葉に心臓が大きく打った。



「…そう、なんだ」


私はそう告げて


ワインを一口含む。



私より二十も年の多い彼は


無論のこと奥様がいて


私はずっと家庭の


あれこれの聞き役だった。



男と女の関係はまっさらな程ない。




だけど私は彼の強さも


弱さも見つめてきて


とっくに彼が好きになっていたし


きっと彼も


私の気持ちに気付いていたと思う。



そんな彼が19年連れ添った


奥様と別れると言い出したのだ。



私の見たところ


彼と奥様はずいぶん早くから


上手くいっていなかった。



ぶっちゃけてしまえば彼は


奥様の不倫に悩まされている。



それでも彼は今まで


奥様との関係を貫いてきたのだ。





「何があったの?」


そう問いたくなるのは当たり前だろう。




「そろそろ潮時なのかなと思ってね」


彼は私の意に反して


自然とそうなったのだと言った。



「本当に、それだけ?」


「ずいぶん攻めるね」


「だって今まで耐えてきたじゃない」



食い下がって私は、彼を覗き込む。


彼は「参ったよ」と息をついて


ワインで喉を濡らした。



「今まで妻と続けてきたのは幼くして亡くなった子どもに申し訳ないと思っていたからだよ。でもね、妻は先日の子どもの命日をすっかり忘れて二日酔いで一日中寝入っていた…我が子の命日といったって二人で線香の1本もあげてやれなかったら、二人でいる意味なんてあるのかなと」


「それで、別れを切り出そうって?」


「うん」


彼の視線がワイングラスに落ちる。


キャンドルの火が


彼の目をゆらゆらと照らした。



「辛くはない?」


「……まあ、長年連れ添った思い出もあるからね、それなりには」


そう言ってから彼は


「でも、思ったよりは」と付け加えた。



「でも、思ったよりは辛くはないよ。それは君のおかげだと思うんだ」


いつの間にか彼の目が私を捉えていた。


視線がぶつかる。


息もできないほどときめいた。



「え…?」


「あ、いや、こんな時にこんな事を言うのは、ずるいだろうね」



彼はごめんごめんと


目じりに皺をためて笑う。



「いいの……嫌でなかったら、聞かせて?」



私は小さく、呟いていた。


すると彼は僅かに唸り


考え込んだ後、こう切り出す。



「好き合って、したはずの結婚生活は闇だった。努力もしたつもりだったけれど、妻にしたら何か欠落していたのかもしれないね。だけど俺も死にたくなる程の時もあってさ、そんな時、君がいてくれて、俺の話を聞いてくれた。変に気のある素振りを見せたこともない。ただ真剣に話を聞いて、俺と妻がうまくいくようにアドバイスをくれた」



「そんな君はね」


彼は続ける。



「俺の光だったよ」



ああ、駄目だ。


涙が溢れ出す。



「どうして泣くの」


彼が目をむいて、私に問う。


何処までも鈍感なんだから。



「だって…あなたの光になんて一生なれないと思ってた…」


そうだ。


一生、彼の光は奥様だと思っていた。


終わることの無い彼と彼女の関係


永遠の運命を手助けする脇役が


私の運命なのだと思っていたのだから。



涙くらい止まらなくて当然だ。



彼は、向かいあわせの


椅子を立ち上がると


私の隣へと移動して


おずおずと髪の毛をすく。



はじめて


彼に触れてもらった。


彼の腕の重たさが


心地よかった。




「妻と別れられるまで何ヶ月かかるか分からないけれど」


彼の声が間近に聴こえるのは


耳が彼にくっついているから。


至近距離に心臓がうるさい。




「俺は正式に妻と別れたら君に想いを伝えようと思う」



誠実な彼らしい言葉に


涙と共に微笑みが零れた。



「あー…」


「ん…?」


「プレッシャーに思わないでくれ。待たなくていい、誰か好きな人が出来たら迷わずそっちに…」



なんて、可愛い人。



「ううん…、待ってる」


「…本当に?俺はこんなおじさんだよ」


「…あなたを待ちたいの」



私は目を細めて


今更歳の差を気にする彼に


そう告げた。




私達の未来は


どうやら動き出したみたい。



ここからだね


きっとここから


私達の物語は紡がれていく。



あなたの新しい未来は


私が幸せで彩りたい。




…おしまい…

ひとひら☘☽・2020-01-27
幸介
幸介による小さな物語
幸介による疲れた人へのメッセージ
物語
小説
別れ
破局
紡がれる
あなたと私の物語
未来
独り言
ここから
結婚生活
君が好き
ポエム
愛してる
お楽しみ
誰かの実話かもしれない物語
心臓、跳ねた
誠実
ワイン
幸せ
彩り
失敗
結婚
離婚
彼女
叶わない恋
3つの宝物

これらの作品は
アプリ『NOTE15』で作られました。

他に56作品あります

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君の魔法を身に纏う

2人離れていても

永遠の愛で未来まで_。

ヘッダーlook・2021-01-30
時の狭間で想いを馳せる
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茜色に染まる世界で
はるぽん×おすすめ
夜の霧に溶けてく

君の通学路を歩んでいく。


随分前に
卒業していった君の通学路だった。
あの頃とは立ち並ぶ家の雰囲気も
様変わりしてしまった。

変わらないのはきっと
俺の心だけだろう。


石塀を指でなぞりながら進む。


「先生、好きです」


卒業式にはじめて告げられた想い。
俺は君の眼差しに気付いていて
知らぬふりをしていた。


俺の中に点った小さな恋心に
気付きながら見ぬふりをしていた。


あの時、結婚したばかりの妻が居なければ
俺たちはどう、変化していただろう。


「いや、何も変わらないか」


そう呟いて、澄んだ蒼空を見上げる。



俺は教師だった。
君は生徒だった。



その間柄でどう発展したというのか。



卒業式のあの日
君は俺にずっと好きだったと
伝えてくれた。


「もう子どもじゃなくなります」


引っ込み思案な君が
勇気を振り絞ってくれた。



「……もう、遅いですか……?」


人の気持ちのわかる君だ。
その言葉はきっと自分の心に蓋をして
妻を想ってくれた言葉だったんだろう。


俺は奥歯で苦虫を潰しながら
ありがとう、と笑い
元気でな、と手を振った。


そして、君は東京へと旅立った。




「本当は……あの時」


抱き締めたかった。
抱き締めて
君と同じように伝えたかった。


何度、思ったか知れない。
あの頃は小さな恋の灯火だったはずが
今は、誰を思うより、君に恋焦がれる。


十年も会っていないのに
どうしてこうも胸は叩かれるのだろう。



国語が好きな子だった。
今思えば俺が現国の教師だから
頑張ってくれていたのかなんて
自惚れたりもする。


文系に進んで夢を叶えたか
それとも第一線を退いて
結婚でもしたか……



「……結…婚……」




もし、そうならば
どうか幸せでいて欲しい



俺は妻とはうまくいかなかった。
仕事を辞める事には否定的だった妻は
家庭という閉鎖空間に徐々に追い詰めれ
精神を病んだ。


気付いた時にはもう遅く
新しい仕事につく気も失せていた。


報われない夜を過ごし続け
5年目に子どもも出来ないまま離婚した。



結婚したての頃は
あんなにも二人手を取り合って
欲しがったこどもだったが
今となっては…出来ずにいてくれて
本当によかったと胸を撫で下ろす。




それからはずっと独り身だ。
面倒な男女関係を
一からやり直すなんて
もうまっぴらごめんだ。



諦めの境地に至った俺の心を
なぐさめてくれるのはいつも君だった。



何故だか秋の風が寂しくて
今日も君の思い出を探しに街に出た。



此処を通って毎朝学校へ通っていた。
君に、会いたい。


一目会いたい。
見かけるだけで構わない。




心の穴に風が通り抜ける瞬間は
こうも切ないものなのか。


俺は涙を零さぬよう天空を見つめ
細く息を吐き出した。




その時だった。



「先生?…相良先生じゃありませんか」
前方から声をかけられた。
視線を向けて驚いた。



君が…いた。



「……沖田……か?」
「はい、お久しぶりです」
「こんな所で何してるんだ」
「今私、実家住まいで」


照れくさそうに笑ってもう一言。


「いつまでも親のスネかじってちゃだめですよね。先生に教えてもらったこと、活かせてないなっていつも思います」


あの頃と変わらぬ笑顔。
落ち着いた服装。
耳元にひかるピアス…
あの頃は穴すら空いていなかった。
髪の毛は薄い栗色だった。


「沖田…」
「はい」
「綺麗に、なったな」

つい口をついた本音に君は頬を赤らめ
しばらく、俺から顔を背けた。


そして、聞く。


「…先生、奥さん元気ですか」
「……実はな」




今更、遅いだろうか。
妻と別れたというのはずるいだろうか。
あれから君の事が忘れられなかったと
告げるのはそれこそ、遅いだろうか。



それでも、止まらない。



止まった秒針は君の通学路で
また音を立てて動き始めたのだから。

ひとひら☘☽・2019-11-06
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【ForGetMe~クロとユキ~第七話糸口】



「また階段かよ……」



今日は仏の身元とされる、


四件目の証言。


古い社宅のアパート前


ここに津田桔平という男が


いるかどうかを調べる事が


俺たちの目的だった。





今日も、聴き込みに出るなり


杉浦は不平不満だらけ。



俺は呆れて笑い


杉浦の肩を叩く。



「腐るなよ、あの寺よりマシだろー?」


「だが四階ってな…結構辛いぞ」


「何時までも文句言うなよ、ほら行く」



俺は杉浦の背を押しながら


地上4階の津田宅を目指した。





***


古いアパートだ。


手入れが充分に


行き届いているとは言えない。


踊り場で壁の角を見れば


壁のペンキ塗装が捲れていた。



手すりは錆つきが目立つ。



恐らくもうすぐ


改修工事が必要だろう。



杉浦はわざと俺に


全体重を預けるように


階段を登っていく。




「おい、杉浦ぁ、重っ」


「頑張れぃ、クロー」


「くっっそ腹立つっ」



杉浦の背が振動する。


きっと彼は


ほくそ笑んでいるのだろう。





普通に登れば


疲れることもない


たった4階までの階段も


男一人分の重さを


担いで登るようなもんだ。


そりゃあ息だって切れる。



4階の踊り場で


息を整えていると


涼しい顔をした杉浦は


目当ての家の


スカスカになった、


インターホンを押した。




ぴんぽん、


お決まりの音と共に


はーい、そんな声がして


やがて鉄製のドアが開かれた。



ちらりとだけ顔を見せたのは


まだ四十歳には届かないであろう、


若い、女だった。



午後三時という時間もあるのだろう


向こうの部屋には小学生程度の


子どもの姿も見えた。




杉浦はインターホンを


押すだけの係だ。


後の指揮は俺がとる。


荒がる息を静め


俺は女性にいつもの台詞を告げた。




「わ、我々はこういう者です」


「……警察の方?」


「ええ、津田さんのお宅で御間違いないでしょうか」


「ええ…そうです。警察の方が…何か?」


「二、三お伺いしたい事がありまして」



すると女性は


ここでは何ですので、と


俺たちを家の中へ招き入れてくれた。




部屋の中は小綺麗だった。


リビングのテーブルの上には


新聞とリモコンが置いてある。


煙草の灰皿も置いてあるが


吸殻はないようだ。



杉浦が灰皿を見つけて


思い出したように


そわそわし始めた。



「…煙草、我慢しろよ?」


女性が茶を入れに


キッチンへ立った時


小声で杉浦に伝えると


彼は舌打ちと


共に言葉を投げた。





「…エスパーかよ……」


「やっぱりかよ…つうか、エスパー古!」


にやにやと笑う杉浦に


俺は小さなため息をつき


やはり、笑った。




「どうぞ。何のお構いも出来ませんが」


キッチンから戻った女性から


珈琲を差し出され


深々と頭を下げた俺は


本題へと話を進めた。



「それで、お聞きしたいことと言いますのが、こちらに津田桔平さんという男性は…」


「ええ、主人ですが…主人が、何か……?」


今までのレフト、花屋、寺とは違う、



まるで津田桔平が生きているかのような



女性の態度に俺は戸惑いを隠せない。



返す言葉が一瞬遅れると


今度は杉浦が口を出した。




「…ご主人はご健在で?」



「え、ええ…まあ。今は元気にやっております」




前の三件と違って桔平は生きている。



これが仏の身元を探る糸口にでも


なればいいのだが。


そう思い、杉浦を見やると


杉浦も多少、驚いた面持ちで


ごほん、と咳払った。



「今は……、というと?」


「数年前に、大病をしまして、あわやと言うところまで言ったんですが、なんとか持ちこたえまして」


「何年前のお話ですか」


「もう十年ほどなりますか…二十代後半で癌だなんて…映画やなんかではよく見ますが、まさか私の主人が、なんて思いもしなかったことです」


「病状はかなり?」


「ええ、手術もできないといわれましたが、胃癌にお詳しい先生に見ていただいて、二年間内科的治療をしましたら、だんだんと癌が小さくなってそれで外科的治療に踏み切って…」









生と死


四人の共通点



頭の片隅で


必死に手を伸ばし合い


繋がろうとしている。







俺と杉浦は


ほぼ同時に女性に告げた。



「主治医の名前は」



「磯辺大二郎先生という方です。県立病院のお医者さんですよ」



かたん、と音を立てる、鍵。



「磯辺……」

「大二郎……」


俺達は、顔を見合せ


ゴクリと喉を鳴らす。



その名に聞き覚えがあったのだ。



これはもしかすると


とんでもない事件に


発展するかもしれないヤマだ。





磯辺大二郎は



六年前の未解決事件の



被害者遺族だった__。

ひとひら☘☽・2020-05-10
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推理
相棒

待ってて僕のお嫁さん

どんな君でも

生涯愛を誓うから

君の笑顔は僕が守るんだって

あの日あの時決めたから。

だから君は

僕の永遠の理由でいてください_

ヘッダーlook・2021-02-10
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想像
夜の霧に溶けてく

今日で彼女辞める!

だから今すぐ

私と結婚して

なーんて、可愛く言ったって

こんなワガママ許される

わけないよね( ̄▽ ̄;)


あなたを

困らせちゃうだけだね💦


今はこのままでいい

一緒にいられることに

あなたに感謝しよう

いつもありがとう💕

愛してるよ

🌻𝓣𝓸𝓶𝓸🌻 トーク🆖・2019-02-16
彼女辞める!
だから今すぐ結婚しよう
ワガママ
許されない
可愛く
結婚
困らせちゃう
今はこのままでいい
一緒にいられること
感謝
ありがとう
愛してるよ
気まぐれ猫太郎
恋人
あなたへ🌻
自慢の恋人
カップル

我が子よ我が妻よ
我が友よ


嘆くことなかれ
強く在れ


我らは
強き絆で結ばれた家族なり


心病ませる何程の困難が在ろうとも
その困難
俺が必ずや取り払ってやろう


笑え、朗らかに
歩め、その未来に


俺は何時でも
君進む先で待っている

ひとひら☘☽・2020-03-21
genji
我が子
嘆くことなかれ
genjiとtoki
独り言
ポエム
あの時伝えたかったこと


郵便屋さん扮する娘は
誰から届く恋文よりも

心打つ優しき便りを
届けてくれた


妻からの
「お疲れ様」の文字に
我、微笑む

ひとひら☘☽・2020-03-19
genji
genjiとtoki
独り言
独り言
郵便屋さん
ポエム
genjiとkoume



「仲睦まじかったのは、おさきと五郎兵衛さね」


老婆は理解してくれと言わんばかりの勢いで言う。


「では、何故二人は別れ別れに?」


「それは……」


老婆は僅かながら沈黙した。



沈黙して、悲しげにこう呟く。




「おさきが……突然、姿を消したのさ」



ヨイヤミは、ほう、と頷いて


再び老婆の話に


深く潜り込んで行った。





【ヨイヤミCase two carpenter④】




「じゃあおさき、行ってくる」



おさきの背におぶわれる


まだ小さなおみよをあやしながら


五郎兵衛はおさきの目を見つめた。



五郎兵衛は、


大川の大工仕事に駆り出され


遠方へと、出稼ぎに出ねばならない。



暇が与えられるのは1年後。



大きな仕事となれば


決して長くはない期間にも


不安は付き物だった。



「今度は一年…だね」



寂しげに


俯いたおさきの視線の先には


大きくなった自らの腹がある。


腹の中には既に


二人目の子、弥彦がいた。



「……一番最初に抱いて欲しかったなぁ」


「まあそん時に、親方に暇もらえたらすぐに飛んでくるさ」


「この子を抱くの一番最初は、おきぬちゃんかもね」



「まあ、おきぬだったら安心だ」



二人は、目を合わせて笑い合った。



五郎兵衛、おさき、おきぬは


幼なじみだった。



それはそれは仲のいい三人で


小さい頃から


よく野山を駆け回って遊んでいた。



信じ合っていた。


ずっとね。






五郎兵衛が出稼ぎに行って三ヶ月目


おさきは弥彦が生まれたことを


文で五郎兵衛に伝えたが


当然、帰って来れるわけもなく


結局、五郎兵衛は


1年後きっかりに帰宅した。



しかし

そこにいるはずの

おさきの姿はなく、


その代わりに


ややごの弥彦をおぶい、


おみよと手を繋いで


庭を散歩していたのは


幼なじみの片割れ


おきぬだったんだ。




「おきぬ、おさきは?やっと帰ったってのにいねえのかい」


仕方ねえやつだなと、


おみよを抱き上げる腕は


1年前よりだいぶ逞しい。



「……ゴロさん…実はね」


おきぬは、言った。


おさきは、忽然と姿を消したのだと。



「は……?、え?」


「ほんのひと月前よ、ゴロさんから予定通り帰るって文をもらったじゃない?飛脚がゴロさんちを訪ねたけど誰もいないって、私のところに来たのよ」


「誰もいねえって…おみよと弥彦は?」


「弥彦をおぶって、おみよがお花を詰みに行っていたみたい…朝までおさきちゃんおうちにいたんだって。でもそれっきり…帰っても来ないの」


「一体……どこに」


そして、おきぬは


悪びれもなくこう言った。


「言い難いんだけど村の人がね…男の人と隣村の方へ歩いてくおさきちゃんを見たんだって」


「男…と?」


五郎兵衛の表情に緊張が走った。


「いなくなる少し前、おさきちゃんずいぶん疲れてたみたい…ゴロさんがいなくて寂しいって。誰かに縋りたいって…。そんなのやめなよって言ったんだけど…」


「まさか、おさきが……待ちきれずに男とどっかへ行ったってのかい?」


「……うん」


「おみよと、弥彦置いて?」


「うん」


呆然と立ち尽くす五郎兵衛の目には


今にも溢れんばかりの涙がたまる。


あたしは叫びたかったよ。


違う、おさきは


こどもを置いて家を


出るような子じゃないだろってね


でも、あたしの声は


五郎兵衛にはもちろん届かない。





生身のおきぬは


五郎兵衛を抱き締めた。



抱き締めてその胸の中で


存分に泣かせてやったのさ。



どん底に落とされた心を


救うってのは案外簡単なもんでね


ちょいと優しく声をかけて


肌を寄せ合うだけでいいのさ。



庭には、無数の



カタクリの花が



寂しげに風に揺られている。






五郎兵衛は、すっかり


おきぬのことを信じちまった。



残された幼なじみ二人ってのも


あったのかもしれない。



五郎兵衛は失意の中で


大川の大工を辞め


村の漁師の舟で


細々と働き始めた。



大川の大工の一員になったと


嬉々として


おさきに教えていた五郎兵衛は


もうそこには居ない。



おきぬは


おさきが居ないことをこれ幸いとして


五郎兵衛の家に転がり込んだ。



季節が春、夏、秋、冬


そしてまた1年が経ち


カタクリの花が咲く頃


すっかりおきぬは


こどもたちの母親となり


五郎兵衛の


内縁の妻となっていた。


【ヨイヤミCase two carpenter④】

ひとひら☘☽・2020-02-12
幸介
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双葉 日南・2020-05-03
支えられた言葉
タグお借りしました🌠
友達
ふふ
婦婦
S.Yちゃん
好き
大好き

君に僕の人生を捧げます

・2021-01-30
それくらい大好き
愛してる
結婚

貴方が私を愛してくれてるほど

私は貴方を愛せない

佐山 庵 🥀最新のお知らせ見てね🥀・2020-05-27
重荷なの、ごめんね
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彼女
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夫婦
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私と貴方は赤の他人だった。
しかし互いに愛を育み、
永遠の愛を誓いあって、
一番近い存在になった。

職場で初めて出会った頃は、
ただ気になるかなと思うくらいだった。
しかし関係を深めるたびに
想いも強くなっていって・・・。

そんな貴方と一緒に生きること、
新しい命を授かれたこと、
当たり前のシンプルな日々が私には
とっても大きな幸せなのです。

健やかなときも病めるときも、
私は貴方を支え続けたいです。
一蓮托生な気持ちを忘れず、
同じ道を歩めますように。

SHI☆RO(シロ)・2019-05-30
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