イルミネーションが輝く夜の街
冬の冷たい風が懐かしい声を運んだ
『___ 』
聞きなれたその少し掠れた君の声が
私じゃない、他の誰かの名を呼ぶ
もしあの時、
私が君の手を取っていたら
今でも君の呼ぶ名は__
【名残り雪】
その日はいつもと同じ
代わり映えしない日常の中にあった
君と出会った日も今日みたいに
雪の降る日だった
不登校生徒の集まる補習授業で
私と同じ机に着いたのが君だった
サトシ
私と君_慧はお互いの心を隠して生きていた
深い傷を負った心を見えないように
慣れた手つきで笑顔を創り隠してきた
それは、出会った瞬間に解った
あぁ、"同じ"だって
「慧と私は、なんだか似てるね」
『俺も、そんな気がする』
2人で笑いあった時間は儚く、
時には強く、鎖のように2人を結び付けた
それから私たちは、
よく連絡を取るようになった
そこから数年後
ナ ツ
「奈津、この人が君の婚約者だよ」
そう言って紹介された人は
落ち着いた雰囲気のある爽やかな
少し年上の男性だった
イチカワヒロト
名前は壱河裕翔さん
「よろしく、奈津さん」
見飽きた上辺だけの笑顔
この笑顔に裏がある事を私は知っている
(いつまでもつかな…)
そんな心を隠して
「こちらこそよろしくね」
貼り付けた笑顔を崩さずに
私はまた笑った
また1つ嘘を重ねて
既読 22:48〈慧、私結婚するみたい
これまた急だね〉22:48 既読
既読 22:48〈慧は応援してくれる?
そうだね、応援するよ〉 22:49 既読
既読 22:49 〈そっか、ありがとう
今日の会話はこれだけ
本当は否定してほしかった
慧だけに、私を求めてほしかった
裕翔さんは、純朴な人だった
真っ直ぐに私を求めてくれて、
"忘れられない人がいる"と言った私に
"それでもいい"と言ってくれた優しい人
慧の応援もあって
私たちの婚約は定かとなった
奈津、俺、結婚する〉16:05 既読
そう言われたのが去年
慧は同い年の女性と結婚するらしい
過去に、1度だけ
紹介されたことがあったその女性は
柔らかい空気を纏う"花"のような人だった
彼女は慧の親戚の人で、
私と出会うよりも前から
慧を支えていた人だった
既読 16:57〈おめでとう
ただそれだけ言った
LINEで、良かったと思った
もし、慧が私に直接言ってきたら
笑顔で、おめでとうって
心から言えたか分からない
それでも私は慧たちの結婚式に出席した
夫の裕翔さんと一緒に
幸せそうに笑う2人が、羨ましかった
慧の隣で笑うのは私じゃない
私には、夫がいて
慧にも、奥さんがいる
それが、今の私たちの距離感だった
それからすぐに
私たちは連絡を取らなくなった
私が、連絡を辞めた
未練を、少しでも残さないように
優しくて酷い慧の事を
少しでも早く、忘れられるように
イルミネーションが輝く夜の街
冬の冷たい風が懐かしい声を運んだ
『___ 』
聞きなれたその少し掠れた君の声が
私じゃない、他の誰かの名を呼ぶ
すぐに、誰か分かった
私たちの横を通り過ぎる2人は
紛れもなく、私の最も愛していた人と
その彼を幸せにした彼女だった
言葉を交わすことも
目を合わせることもない
何年か経って少し大人びた彼は
私の知っている彼の面影を残しながら
愛する人へ嘘偽りのない笑みを向けていた
私へは、向けてくれなかった
それが現実
「奈津…?」
心配そうに裕翔さんが私の顔を覗き込む
「…懐かしい人に会ったの」
"見た"じゃなくて"会った"
未練のある言い方に自嘲する
「さぁ、行きましょう…」
手馴れたはずの笑顔が少し強ばる
それに気づいたのか私のかじかんだ手を
裕翔さんの温かい手が包み込む
そうだ…よね…
今ある"幸せ"を大事にしよう
彼への思いを夜に溶かし
私は本心を騙したまま彼を見送った
「バイバイ、慧」
届くはずのない、この思いは
雪に吸い込まれて消えていった
END