蝶番・2023-10-20
sketch*
今日の風向きはどうかな
やわらかい 潔い
髪をなびかせて
数日かけたスケッチに
筆入れする時間はない
そんな日々をわたしが選んでいる
美しくまとまらない生活の
傍らにも秋はあり 変わらず光輝く
今夜は月がきれいですよ
煌々と冴える半月
触れたら指先はひんやり
かじかむでしょうか
北の中空
電飾のように
瞬く星の鋭角
同じ夜を見るあなたに
その背にせめて
降りしきる歌のあることを
久々に踏み出した
秋らしからぬ
あたたかな夕方
笑い声をこぼしながら
肩寄せる制服
歌うような軽口は
デイバッグ鳴らして
空はにじんでも明るい
みんな等しく青の中
そそり立つ焼却炉の十字架
絵の具を直に塗りつけた
ちぎれ雲が平行を描き
魔法じみた夕暮れを歩く
待ち人来たらず
日が落ちるのと同時に
空は色を失い夜へと傾き始める
飛行機は鉄の影を纏い
月だけが明度を上げていく
待ち人来たらず
黄金色のレモンケーキみたいな月と
まったく遜色のない星の輝き
いや、まるで星が月を牽引
あるいは支柱となっているようだ
空がわたしを映すのか
わたしに空が映りこむのか
ただうれしく心強く
手を振るような秋の終わりに抱えた
子どもじみたさみしさも
するりと透き通っていった
イチョウの黄色が
あんなに鮮やかだなんて
初めて知ったような心持ち
モミジバフウの並木道は
赤黄緑、屈託なくカラフルで
いつかよりも無邪気に手を振っていた
つい先週のこと
今は暗赤色のグラデーションが
寺の小道を覆っている
冷たい強風にあおられ
目がしっかり開けない
砂埃と粉々になった枯葉
ずっと続くかのように思えた秋も
こうしてきちんと締めくくられる
ふと振り返った足下に
くすんだ堆積がカシャと鳴った
久々に見た月は三日月で
今日はすっかり半月に近くなった
線上に並ぶあの星は
変わらず花弁の形に腕をのばし
いかにも真摯で健気だけれど
月の圧倒的な光を前にその姿は儚い
何度も振り返り振り返り
ふたつを見比べる帰り道
月はなめらかで神々しく
星は繊細な瞬きを刻印している
そのままを受け取れない心を持て余し
北風に目を伏せ襟元をたぐり寄せた
わたしはカメラだ
犬を抱き歩く人の
鮮やかな千日紅の鉢の
細く開いた小窓の奥に
かすかな風と光
あるいは影を封印する
昨日より軽い雲が
遠く空を走っていく
この身に宇宙はないから
どこまでも歩く
歩いて歩いて見続ける
今の自分が少しだけ好きだ
煙っぽい空気を吸い込み
この先は冬なのだと知る
適温の無風の暗がりに抱かれ
どこまでもどこまでも
歩いて行ける夜だったけど
わたしには家があるから
明日があるから
月は今夜も探せない
名も知らぬ星が見下ろしている
毎朝歩いてきたからわかる
お日様はもう優しい
地面すれすれを飛び回っていた羽虫たち
朝もやに響いたあの鳥の声も
名を知らぬまま遠ざかる
まるで何も変わらない風情で
少しずつ着実に進んでいく月日
来年も 再来年も
まるで紙の月
白くて大きな満月が
ぺたりと淡い空に張りついている
夕日のオレンジ色を反射する
飛行機は左斜めに横切り
右へはシルエットの鳥が二羽
ちょうどいい風が吹く
ここに足が止まって
浮かんだ願いごとを
今日もそっと打ち消した
月が主張し始めた残照
右左と歩く人の姿が
すべてシルエットになる
無機質に群れを眺める
知らないわたしに虚を衝かれ
心さまよう ぬるい風
まだ一面緑のもみじの中
視界に違和をとらえ顔を向けると
赤い数枚の葉が重なって
よく目を凝らすとあちらにもこちらにも
その赤いリボンは見つけられたのだった
端緒の具現化、、
たった数週前のことなのに
真っ赤なもみじが並ぶ森で
あの始まりの赤はどうなったのかと
心はさまよう
夜気の垂れ込める湖畔を
切り裂く打ち上げ花火
誕生とほぼ同時に消滅する
閃光と轟音を幾度も浴び
幕間、朧に佇む自分の
同じようなシルエットの人の
推し量りかねる心模様
最近半月の美しさを
しみじみ感じるようになった
昔は三日月の危うさにばかり
心つかまれていたけど
半月の冷静な輝きや
無口な存在感に見とれる
そんな自分も悪くないなと思う